【緋彩の瞳】 Kiss your lip ③

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

Kiss your lip ③

「やっと、芽が出た」
あと1週間で2月が終わる。自分が想像していたよりも遅いと思うが、ここから一気に伸びて行く、と言うことはあるのだろうか。植物は月の満ち欠けと違って、必ず決まった日に芽が出て花が咲くものではないっていうことを理解しているはずなのに、それでもこのチューリップたちに限っては、絶対に3月6日に咲いてもらわないとダメなのだ。
「ちょっとあんたたち、空気読みなさい」
花に向かって文句を言ったところで、どうしようもないって。朝晩の冷え込みはまだ厳しくて、1日1センチ成長しても、3月6日に蕾さえついていない気がしてならない。


「まこちゃん」
「あぁ。チューリップは元気かい?」
最近、まこちゃんに会うときの挨拶が変わった。レイの元気よりもチューリップのことが気になるんだろう。まこちゃんが言うには、レイがチューリップの話ばかりするせいらしい。周りに誰かがいるときは、この会話はしないようにしている。誰もみちるさんにうっかり話をしてしまうなんて思わない。でも、取りあえずは笑われる。美奈なんて、指を指して笑うだろう。花を育てるなんて似合わないにも程がある、って。……想像しただけで、殴りたくなる。言い返せないから余計。失敗した時のことも考えて、言わないことにしている。
「やっとね、昨日、芽が出てきたわ」
「へぇ。時期的にはそんなもんだろうな。よかったじゃん。可愛がった甲斐があったってところで」
「良くないわよ。間に合わない気がしてならないんだけど」
「まぁ、ビニールハウスでもないし、そもそも花だからね」

ちょっとくらい考えれば、時期がずれることなんて当たり前なのに。

「……こう、何か、お金かけて花を咲かせる方法はない?」
「いや、マジな目でそう言うことを言われても」
「1万位の肥料とか、いっそ毛生え薬とか撒いたらどう?」
「そんなものはないし、毛生え薬で花が咲くわけがないだろ?花とハゲは違うんだから」
亜美ちゃんが予備校でお勉強している間、レイはこうやってまこちゃんとお茶をする。誰にも咲き始めたチューリップを見せたくはないから、今は家に来るときは玄関を通るように、みちるさん以外に指示をしている。おじいちゃんに怒られたとか、適当に嘘を吐いたら、みんな素直に玄関から入ってくれるようになった。みちるさんは明るい時間帯に家に来るときは、きちんと玄関から入ってきてくれる。暗い時間は裏庭から来るけれど、光がない時間で花壇の様子がわからないから、気づかれた様子はない。今のところは、誰の目にも触れられていない。


「………想像していたよりも、咲くのが遅いわ」
「来週から急に冷え込むしね。またちょっと成長が遅れるかもね」
「それ、困るわ。何とかしてよ」
「いや、何とかって」
「お金出すって」
「札束で芽を叩いて咲く花も嫌だろ」
ボケと突っ込みも飽きた。ため息で紅茶の水面を震わせてみても、そっと優しく水をやり続けるくらいしか、レイにはやることがない。
「もっと早く教えてくれたら、あと2週間くらい早く球根植えたのに」
「それ何度も言うね。今度、絶対3月6日に咲く保証書がついた球根買いなよ」
それとなく提案したのは、確かにまこちゃんだけど、きっとレイはまこちゃんが想像するよりも、ずっとチューリップの花を咲かせることに意義を感じていて、楽しみにしていて、みちるさんの驚く顔が見たくて、うずうずしているのだ。落ち着いたらいいのに、って自分に言い聞かせたいし、同じことを誰かがやっていたら、腕を組んで”馬鹿じゃないの?“って笑っていたに違いない。

「はぁ……」
きっと、いや、間違いなくあんな小さな蕾では間に合わない。








 2月末の土曜日。マンションに泊まりに来ていたレイは、何かソワソワしながらテレビを付けてチャンネルを天気予報番組に回している。ここ最近、泊まりに来る夜、必ず一度テレビを付けて天気予報を見ていた。積極的にテレビを付けるなんて今までなくて、リモコンすら触ったことがなかったのに。そして、天気予報が終わるとすぐに消してしまう。次の日に遊びに行くための天気を調べているのかしらって、最初は思っていたけれど、外出する予定がなくても確認しているから、やっぱりちょっと不思議。
「明日の天気は?」
「うーん、曇り。降水確率40%」
「そう」
俯いて腕を組んで、首をかしげる仕草。また、この仕草。
「天気が悪いと、何か困るの?」
「ううん」
「明日は部屋でゆっくりしたいのでしょう?」
「えぇ。寒いもの」
美味しいコーヒー豆をもらったので、明日はそれに合うクッキーを作って、2人でのんびり過ごすのだ。飽きることのないセックスをして、昼まで寝て。そうやって休日を過ごすのだから、天気を気にしなくてもいい。
「天気が気になるのはどうして?」
「え?あ、……別に」
このやり取りも、ここ最近何度か繰り返している。悩みがあるのかと思っても、天気に左右されるような悩みが思いつかない。夏の湿気に苛立つならともかく。冬の天気に左右されて、食欲がなくなるとか寝不足になると言うような、身体に影響が出てくる様子もないし、それとなく美奈子にレイの様子を聞いても、まったく何も知らないし、悩んでいるように見えないらしい。ただ、みちるの誕生日が近づいているからじゃない?って言われた時に、それなら可能性はあると思えてきて、ちょっと嬉しくもあって。

「……ねぇ、もうお風呂に入ってベッドに行きましょう?」
「そうね」
はたして、みちるの誕生日と天気予報にどういう関係があるのかしら。レイはスキー場でも貸しきってくれるつもりかしら、なんて。天気が関わるものって、みちるにはそれくらいしか想像ができないでいた。




 よっぽど、うさぎの首根っこ捕まえて、銀水晶の力で何とかしてと、お願いしようかと思ったくらいだ。あのあとも、多少は成長した。よく見る、チューリップらしい葉っぱの形までは成長した。たぶん、これからチューリップの花が咲くのであろうと想像できるにはたやすい程度。

つまり、葉っぱまでの段階で小さな蕾が申し訳ありません、みたいに土に近い高さにある。きっとここから、ぐんぐんと太陽に向かって成長するのだろう。あと2週間位だろうか。いや、もっとかかるような気もする。
「流石にあと10時間くらいで、2週間分は………無理ね」
まこちゃんに色々相談をしたものの、本に書いていること以上は何もすることなどなかった。世の中には、植物に話しかけながら育てる人もいるらしい。もちろんレイは祈ったり呪ったりしたが、媚びるように話しかけることはなかった。そもそも、話しかけて成長する花だったら気持ち悪い。


今日は3月5日


夜の12時前にみちるさんはやってくる。今は昼を過ぎた頃。居心地がいいとは言えないレイの家に呼びつけておきながら、何もあげられるものも用意できていない。1日や2日で花が咲くことはないってわかっていたけれど、この日のこの時間になるまで、他のものを買う気になれなくて。
「………仕方ないか」
そう言う言葉を使うことは好きじゃない。重たい腰を上げてコートを羽織り、最後にもう一度恨めしく葉っぱと背の低い蕾を見つめても、風すら吹かない春らしい気温程度では、驚くほどの成長など、訪れやしなかった。


「レイちゃん」
「………あぁ、美奈」
「何、機嫌悪い顔して」

そう言えば、この1か月くらいは美奈とゆっくりお茶なんてしないで、まっすぐ家に帰ることが多かった。偶然会った美奈は、何やらレイと目的が同じで買い物のために電車に乗ろうとしているところ。

「みちるさんの誕生日プレゼントさ、本当に困るわ」
「あの人は、美奈に何の期待もしていないわよ」
美奈の悩みなんて、本当に塵ですらないと思う。高級なベルギーチョコレートを誕生日プレゼントに貰っていたけれど、美奈はその10分の1の金額のものさえ買う気はないはずだ。
「そりゃそうでしょうとも。で、レイちゃんは何を買うわけ?よもや同じものになるなんて思ってないけどさ」
「………何も考えてない」
「あらら。陽がくれないといいね」
美奈はデパートに入ると、早々に地下へと向かうエレベーターに乗った。1時間は並ぶ洋菓子を買うつもりらしい。並んで買ったって伝えたらきっと喜んでくれるだろうから、と。無難なチョイスに反対する理由もない。美奈とはそこで別れて、1人で化粧品売り場に向かった。みちるさんが愛用しているブランドに行くと、店員が話しかけてくる。誕生日プレゼントって言えば、あれやこれやとサンプル色を手の甲に付けて、見せてくれた。春の新色はチークでも口紅でも、何でも綺麗で、何を付けてもみちるさんには似合うと思う。でも、何でもいいと言う感情が嫌で、何も買わないで化粧品という選択肢を捨てた。
 服を手に取ってみても、きっと何でも似合うと思う。レディースフロアをうろついてみても、これと言って心を揺さぶるものがない。やっぱり、いつものアクセサリーのお店に行った方がいいかもしれない。

「……土壇場で迷うくらいなら、最初から用意しておけばよかった」
美奈はまだ、並んでいるだろうか。どうでもいいことだから放っておいてデパートを出た。なんとなく普段は立ち寄らない駅ビルの中に入ってみる。若い人向けのお店が続いていて、適当に覗いてみても、みちるさんらしいものなんて見当たらない。結局、電車に乗って、アクセサリーのセレクトショップに向かうことにした。

そのお店はみちるさんが気に入っているから、もちろんみちるさんに似合うものが多く並んでいて。でも、もうすでに持っているようなものばかりにしか見えてこない。硝子ケースの向こう側でゼロがたくさん並んでいる髪飾りやブレスレッド。小さな宝石をちりばめたピアスや、1点ものの腕時計。きっと、どれを選んでも喜んでもらえるだろう。去年はここで1時間悩んで、髪飾りを買った。何を身に付けても、みちるさんには絶対に似合う。そのことがレイを悩ませるのだ。


今年は何一つ、手に取ることができない。繰り返されるため息が、選ぼうとする手を止めてばかりいる。こんな数時間歩いて、1時間もしないで選んだものを渡して、みちるさんが喜ぶ顔を見て、それはレイの幸せなのだろうか。

………みちるさんを幸せにしたいと思いながら、やっぱり、満たされたいと思うのは自分の心で。


「……………だから、人にプレゼントをあげるって苦手なのよね」
何も選ぶことなく、レイは見知った顔の店員さんに頭を下げてお店を出た。フラフラと歩いて、知らない道を曲がる。電車に乗ってしまえば家に帰ることになって、それでは何一つ買うこともできない。今更、手作りの何かっていうのもすべてが遅い。

誰のものなのか、誰が管理しているのかわからない道路脇の花壇では、チューリップの蕾が並んでいた。

「うちより大きな蕾じゃない」
服のセレクトショップや、帽子、鞄。雑貨店。ウインドウにはただただ、どうすればいいのか、何も考えたくない情けない表情をしている自分が映って、こっちを見つめてくる。
「あ……」
小さな雑貨店へと目を向けると、綺麗なチューリプを見つけた。でもそれは、生きている花ではない。
「硝子……?」
半透明の緑色の茎の先に、薄いピンクの花びら。その形はチューリップそのもの。店先にかざられているそれを、手に取ってみた。そのお店は硝子細工のいろんなものが飾られているようだ。グラス、花瓶と言ったものから、硝子でできている動物の置物、楽器の形をした置物、そしてレイが手に取った花。チューリップ以外にも季節外れのひまわりや、百合もある。売り物の花瓶に一本だけ飾られているそれらは、とても綺麗で。
永遠に枯れないで、光を当てられてキラキラと輝いている。



枯れない花だったら。


切り取った花を人にあげることは好きじゃないが、枯れることのない花であれば。
レイは1本だけ薄いピンクのチューリップの硝子の花を割れないようにそっと包んでもらった。



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Date:2016/03/06
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