【緋彩の瞳】 Kiss your lip END

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

Kiss your lip END

朝方、みちるさんの腕の中で目を覚まして、そっとベッドを抜け出した。身体中に降らせた愛で、みちるさんはまだ気を失うように眠っている。

「…………諦めたから、いいけどね」

薄紫の朝焼けが照らすのは、相変わらずチューリップの葉っぱと、小さな蕾だけだ。昨日の天気予報では、今日の午後から雨が降る。水を与える必要はないから、早く起きても何もすることがない。もしかしたら少し、例えば赤い花びらの欠片でも見えていたりしないかと思ったけれど、もちろんそんなことなんてなくて。
「硝子のチューリップ、喜んでくれたみたい。あんたたち……残念だったわね」
花言葉なんて知らずに赤とピンクの花が咲く球根を植えていた。もし、このチューリップが綺麗に咲いていたら、みちるさんはどんな表情を見せてくれただろう。やっぱり、花言葉を知っているか、って聞いてきて、レイを困らせるに違いない。でも、硝子の花よりももっともっと、喜んだんだと思う。

『レイが花を育てるなんて、驚いたわ』

嬉しいって笑いながら、涙を流すんじゃないかって。

やっぱり、その表情も見たかった。


「レイ、何をしているの?」
「…………ごめん。起こしちゃった」

襖が開く音と共に、少し眠たげな顔が見えた。後ろ手に雨戸を閉めようとしてみても、重たくて、何事もなかったように裏庭を隠してくれない。
「どうしたの?何か焦って」
「ううん、寒いでしょ?」
「何か、隠そうとしている顔ね」
相変わらず、鋭い人なんだから。
「隠す?別に?」
一度、みちるさんに背を向けて重たい雨戸を引く。雨雲が近づいている湿気のせいなのか、ただ焦っているだけなのか、いつものように閉まりそうにない。
「………何を隠したの?」
「いや、隠すとか。何のこと?」
「声が上ずっているわよ」
ギシギシ、ミシミシと音を立てるだけで、焦りだけが背中ににじみ出ていて、みちるさんにはすべて見えている、と言うことなのだろう。









「………みちるさんの誕生日、また一緒に迎えられて嬉しかったなって、こう、何て言うか、その、しみじみしていただけよ」

隣の温もりが消えたのは、すぐに気が付いた。そっと襖を開けて出て行くのかと思えば、雨戸を開けてぼんやりと何かを眺めて、独り言を呟いていたから、誰かに電話をしているのかしらと思った。あるいは、みちるに言えないことを吐き出しているのかと。
「しみじみ?………レイ、何か隠しているの?」
「いや、隠すって言うか……隠すと言うよりも、ほら、まぁ……色々とあるのよ」
ギシギシと音を立てて雨戸を閉じてしまえば、陽も入らなくなってまた薄暗闇に戻ってしまう。レイの気まずい表情も隠されてしまったが、残念ながら見え透いた嘘はより鮮明になった。これはきっと、また些細なことを隠しているのだろう。なんというか、みちるが知ったら呆れるようなことでも、本人は真面目に悩むようなこと。
「色々、なの?」
「うん」
「レイ、私の誕生日にそう言う隠し事をしたままで、私が嬉しいって思って言っているの?」
「………いや、別に隠すとかじゃなくて。ただ、ほら、物思いにふけっていただけで、そう言うの、恥ずかしいでしょ?」
本当に恥ずかしいって思っていたら、それを認めないで誤魔化すはずだから、嘘を吐いていますと正直に白状している。いい加減、少しは学べばいいのにと思う。でも、それだけみちるがレイのことを知っているのだ。レイのちょっとした仕草も、言葉の使い方も、視線が何を捉えて、どんなことを考えているのか、いつでも些細なことを気にしているから、レイよりもレイのことを知っている自負がある。

でも、レイのすべてはわからない。何もかもすべては、きっとずっとわかることはない。何かを隠していることはわかっても、何を隠しているのかなんてわからない。

「それで、私は何もわからないフリをしていた方が、レイにとっては都合がいいの?」
「えっと……」


みちるを見つめた後、背後の雨戸をちらりと見つめ、それから何かを悩んで右斜め上を見つめ。

どうすることが一番いいのか、必死になって考えている。それが全部表情に現れている。
いつか、撮影をしてレイに見せてあげたいくらい。きっと、その嘘はみちるを悲しませたり怒らせたりするものでもないのだろう。勝手にレイがそう判断しているだけで。


「………みちるさんの指示に従うことにする」
付き合い始めた頃と違い、最近はみちるを怒らせない方がいいと言うことを、ちょっとは理解してくれているみたい。
「懸命ね」
「誕生日に、変な気を遣わせるのも……」
「じゃぁ、隠しているものをすべて見せて」
「…………はい」
諦めのため息とともに、薄闇が一気に明るくなった。
再び開かれた雨戸の向こうに、一体何が隠されているのだろう。
夜に通った時は、何も感じなかったのに。


「それで、レイは何を隠していたの?」
「隠しているって言うか、その、まだ見せられる状態じゃないって言う方が正しいと言うか」
レイが指を指した先には、整列された緑の葉っぱが見えた。

「………あれは?」
「上手く咲けば、チューリップ、ね」
「え?」
「間に合わなかったの。2週間くらい……下手するともう少しかかるかも」



『間に合わなかったの。全然』


昨日の夜、レイが呟いた言葉の意味が、これでようやくわかった。
そして、最近、しきりに天気を気にして腕を組んで何か考えていたことも。
一瞬で繋がってしまって、疑問に思っていたことのすべての答えがここにあって。


「………ふ、ふふふ……」
笑いを我慢しようと思ったけれど、堪えられなかった。
「な、何で笑うの、みちるさん」
「だって、レイが……レイが、チューリップを育てるなんて。だって、そんなの、似合わないんだもの」

間に合わなかったって言う意味が、みちるの誕生日に合わせていたことは間違いないだろうし、そうやって咲かせた花をきっと、凄く自慢気に見せるつもりでいたんだろうと思うと、どうにもこうにも、嬉しさと同じくらい笑いがこみあげてきてしまう。

「わ、笑うことないでしょ。それは予想外だわ」
心外だと言わんばかりに頬を膨らませる愛しい人。抱きしめたいって思いながらも、まだ嬉しさと可笑しさがみちるを冷静にさせてくれない。
「だって……もぅ、嫌だわ、レイったら。何だか最近、天気を気にしてばかりだし、私がここに来るたびに、なんだかソワソワしているし、ちょっと様子がおおかしいって思っていたのよ。まさか、これを隠していたなんて。想像をはるかに越えてしまって……」
顔がみるみる赤くなっていったレイは、頬に空気を膨らませながらも、ムッとするのを我慢しているようだ。
「それは無自覚だったわ」
「お馬鹿なんだから、もう」
「………馬鹿ですけど」
尖らせた唇を指先でつついた。その冷え始めた身体をきつく抱きしめて、頭を子供にするみたいに撫でまわす。3年傍にいても、また新しいレイを発見できたことが嬉しい。
「……本当、レイって飽きないわ」
「それは、その、褒めてる?」
「もちろん」
「……今日の朝、花が綺麗に咲いているって、想像だけは……完璧だったのよ」
チューリップの球根を植える時期は秋。みちるは実家で何度も手伝ったことがある。芽が出るまでは、それなりに放っておくわけにもいかなくて、春になるまで毎日待ちわびていた記憶は残っている。

つまり、レイは秋から今日まで、ずっとずっと、チューリップの花を咲かせようと裏庭を眺めていたと言うこと。

みちるの誕生日のために。
みちるを喜ばせるために。
レイはいつからそんな、可愛げのある子になってしまったのだろう。


「私に見せたいって思ってくれたの?」
「………驚くかしら、って思って」
「驚いたわよ、とても」
「咲いてないのに?」
「馬鹿ね。レイがチューリップを咲かせようとしていることに、よ」
「……間に合わなかったら意味がないわよ」
「馬鹿ね、本当」

しかめっ面しながら、じっと土を見つめているレイを想像するだけで、心がどれほど満たされるか。そうやってレイが、みちるの誕生日のために秋からずっとずっと、一生懸命になってチューリップを育ててきたことが、どれだけ嬉しいか。

「………植物を育てるのって、私には向いてないわ」
そんなことないわって言えないのは、レイの性格をよく知っているから。やるからには大真面目に取り組んでしまうタイプだから、言葉の通じない、じっと見守るような物が相手だとレイの方が先に滅入ってしまうことになるだろう。あるいは、やる気を失って早々にダメにしてしまうこともあるかもしれない。だから、チューリップを毎日せっせと育てていたことが、本当に嬉しい。
「でも、あと少しじゃない」
「今日じゃなきゃ、意味がないわ」
「意味?私、すごく嬉しいって思っているのに。分かってくれないの?」
きつくきつく抱きしめて、こんなに幸せだと思っていても、レイは咲かなかったチューリップを恨めしそうに見つめるばかり。
「………なら、いい。その、喜んでほしいって思っていたから」
「幸せよ」
「笑ったくせに」
「それはその……本当に意外だったんだもの」
「笑うほど意外なことなの?」
「レイったらもう、拗ねないでちょうだい。ほら、身体が冷えてしまうわ」
雨戸を閉めないで、そのまま腕を引っ張ってベッドに身体を押し倒した。
不満げな表情を見せつつも、レイがみちるを待ちわびているのはわかる。
「ちゃんと、チューリップの花を咲かせて欲しいわ」
「ここまで来て、誕生日が終わったからって、放置するわけにはいかないでしょ?」
「毎日、ちゃんと可愛がってあげて」
「……お望み通りにするわ」
唇をこめかみに押し当てて、ゆっくりと頬を伝う。

唇を軽く重ねて、瞳を重ねた。

「誰かに相談したり、見せたりしたの?」
「誰にも見せてないけれど、そもそも花を育てるようにけしかけたのは、まこちゃんなの」
今度、まことを捕まえて、どういう経緯でそうなったのかを事情聴取して、これまでのレイの様子も教えてもらわなきゃ。
「あのチューリップは私のものだから、咲いたら一番に私に見せてね」
「……わかってる。みちるさんだけに見せるわ」
「綺麗に咲いたら、2人だけでお花見をしましょう」
「チューリプで?」
「えぇ」
「……咲いたらね」
「あと少しよ」
「……頑張ります」
もう、葉も出ていて、蕾も付いているから、レイがする努力はほとんどないけれど、決意の表情を鼻先が触れる距離で見せるから。
それが反則技で、眩暈を覚えてしまう。

どれだけ嬉しくて、幸せで、愛しいと思っているのか、その全部が零れてしまわないように、唇を覆った。

「してもいい?」
「……みちるさん、嬉しそう」
「嬉しいのよ」
シャツの中に手を入れて、冷えた手のひらで素肌をなぞれば、小さく震わせるまつ毛。昨日はずっと抱かれていた。ずっとずっと、レイがみちるを組み敷いていたし、抱かれたいという願いを叶えてくれた。それで幸せだった。本当に幸せなひと時だった。
「……私、ちゃんとみちるさんを喜ばせることはできた?」
「まだ、伝わらない?」
「ううん……でも、間に合わせたら、もっともっと喜んでくれたのにって」
「同じよ。綺麗なチューリップは昨日もらったったわ。それだって本当に嬉しかった。それに、誕生日は今日1日で終わってしまうけれど、これからまだまだ楽しみが待っているって、とってもワクワクするの」
「そう?」
首筋を舌先でなぞりながら、ゆっくりとシャツを捲る。みちるの頭を撫でたレイのため息を無視して、そのまま腕を万歳させて脱がせた。
「本物のチューリップは、何色を咲かせてくれるの?」
「……みちるさんの胸に咲いてるのと同じ」
「あら、可愛いことを言うのね」
レイの頬の色とも同じ色かしら、なんて笑いながら、みちるもシャツを脱いだ。夜に散々愛された跡が胸にもお腹にも背中にも、沢山残っている。レイがこんなにも跡を残すなんて言うのは、本当にめったにないこと。誰にも見せられないけれど、誰かに自慢したいくらい。

愛していて愛されている。それがどれほど幸せか。

「これはピンクで、ここは赤っぽいけれど?」
右の乳房、腰のあたり、ひとつずつ指を指して見せる。でも、やっぱりレイの頬の方が赤い。
「じゃぁ、両方見られるかもしれないわね。2種類あるから」
「そうなの?」
「花言葉を知って選んだつもりはないの。赤ってどう言う意味?」
それだけ知っているなんて、もちろん思っていない。3月の誕生花がチューリップであることすら知らないと言っていたのだから。


「赤いチューリップの花言葉は」



耳元で囁くと、みちるの腰を抱くその指先に力が込められた。



「……聞かなきゃよかった」
「絶対に私に一番に見せなきゃ嫌よ」
「知ってしまえば、みちるさん以外、誰にも見せることができないでしょ?」
「そうね」
「ちゃんと、綺麗な花を咲かせるから、もうちょっと……待ってて」

そうやってさらりと、愛していると同じ意味を声にするんだから。

「愛してるわ、レイ」
「………知ってる」

“私も”って言わないレイの唇にチュッと音を立ててキスをした。






HAPPY BIRTH DAY TO MICHIRU
2016.03.06
関連記事

*    *    *

Information

Date:2016/03/06
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/683-b157c0f2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)