【緋彩の瞳】 触れられぬ彼女へ ②

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

触れられぬ彼女へ ②

「珍しいですわね、ダージリン様がこちらに出向くとは」
「初めてよ、アッサム」
「確かに、言われてみればそうですわね」
隊長であるダージリンの部屋と、ほぼ同じ広さの副隊長の私室。来客があると想定されていないのか、1人用のソファーに1人用の小さなテーブル。勉強机にはつけっぱなしのパソコンが白い光を放っていた。
「お忙しかったかしら?」
「いえ、大したことではありませんわ」
戦車の中にパソコンを持ち込んだのは、アッサムが初めてだった。経験値と勘、洞察力をたよりに指示を出すことが車長の務めではあるが、砲手の彼女はいつも、横から淡々と過去のデータや、予測などを口出す。それでもダージリンが言うことを真っ向から否定をすると言うものでもなく、反感でもなかった。とりわけ、地形や天候、相手戦車の時速や正確な位置の把握、仲間車両の目的地到達予想時間など、彼女は頼む前に勝手に調べて、淡々と先に教えてくれる。そうするようにお願いしたことは記憶にない。1年の初めの頃、彼女はそんなことをしていなかった。チャーチルの車長になったばかりの頃も、彼女はそんなことをしていなかったように思う。おそらく、2年になり、ダージリンが副隊長になった頃からだった。パソコンを持ち込むことの相談などもされなかったが、戦いの合間合間にサクサクデータを集めては、淡々と説明をしていたように思う。そうやって、ダージリンを完璧に支えてくれていたが、決して自己主張することもなかった。
「明日のことで、何か調べていたの?」
「少しだけ」
チラリと見ただけだが、黒森峰の保有している戦車のリストが見えた。アッサムはパソコンを閉じて、いつものような作り笑顔を見せてくる。何度も何度も見てもそれでも、その笑みに親近感を抱くことができない。それもアッサムがそう言う演出をしているのだろう。
「お座りになって。何か飲み物を入れましょうか?」
「ありがとう。でもいいわ。もう夜も遅いから」
「そうですか」
1人用のソファーに腰を下ろすと、彼女は勉強用ディスクの前にある回転チェアに腰を下ろして、くるりと向きを変えた。
「それで、どうされましたか?」
「いえ、どうってことはないのよ。何となく、あなたと2人でゆっくりした時間を持ちたいと思ってみただけなの」
時計の秒針がカチカチと部屋に響いて、それよりも早く、ぱちくりと彼女の瞬きが繰り返される。
「まぁ、ダージリン様どうかされましたの?OGの方から妙なお電話でもありまして?」
それは冗談なのだろうか。首をかしげる彼女の様子は、やっぱりどこまでも作っていて、どこからが本心なのかはわからない。

彼女の目的は、そうやってダージリンを悩ませることではないか、と思う。
そうだとするならば、もうずっと何年もその罠に陥ったまま、身動きが取れずにいるのだ。
アッサムは黒森峰どころでは済まない。

「全会派のお姉さま方から、激励のお電話はありましたわ」
「試合が終わったら激怒のお電話でしょうか」
「……あらやだわ。誰一人として黒森峰に勝ったことなどございませんのに?激怒される謂れなどありませんわ。そのような電話がかかってきた場合は、アッサムが対応なさって」
「あなたがご命令するのなら、そうしますわよ、ダージリン様」


アッサムは、チャーチルの隊長になってからダージリンのことを “様”を付けて呼んでいる。ティーネームを与えられた頃は、彼女は“ダージリン”と呼んでくれていたし、“様”を付けて欲しいと思ったことはない。だが、元より腹を割って何でも語り合うソウルメイトだったかと言われたら、決してそうではなかった。だが、そうなるよりも早く、ダージリンの立場を勝手に彼女が位置付けてしまい、彼女の方からやんわりと身体を押されて、近づけられなくさせられた。そんな風に感じている。他の同期メンバーのそれのように、嫌味を感じたことはただの一度もないが、彼女がダージリンに対してどう想っているのか、ついに何も知ることができずに、3年の大会まで来てしまったのだ。今更、聞いて何になるのだろう。また、まったく同じ質問を彼女にされた時、ダージリンは何と答えればいいのだろう。正しい2人の関係とは、どういうものなのだろうか。隊長と副隊長として、常に隊員のことや編成、OG対応や予算、あらゆることを話し合ってきたが、お互いのプライベートについても、たわいのない会話も、上辺以上のものはなにもなかった。ダージリンは意図的に避けてきていたし、避けなければならないと、何となく思っていた。言い訳ではないが、アッサムがそう望んでいるだろうと考えていた。決して嫌われているわけではない。

「あなたのデータでは、明日の黒森峰との戦いはどういう結果になるかしら?」
「ダージリン様にお教えするわけにはまいりませんわ」
「あら、なぜ?」
「ダージリン様は、数パーセントの勝利の可能性があれば、俄然張り切ってしまいますもの」
つまり、数パーセントしか勝利の可能性はない。彼女は今更そんな分かり切ったことを調べていたわけではないはずだ。その数パーセントの中で何ができるのか、彼女なりに考えていたのかも知れない。本来ならそれは、隊長であるダージリンが率先して行うべきであり、もっと副隊長であるアッサムと語り合うべきことだ。
「100%勝利すると言われても、私は張り切ってしまうわよ?」
「そうですね」
「こんな言葉を知っている?回想していると、ある老人の話が思い出される。その老人は死の床でこう言ったのだ。生きている間には数々の心配ごとがあったが、その心配が当たったことはほとんどなかった」
「……お言葉ですが、私たちは死に行くわけではございませんわ。ましてや年寄りでもありませんのよ。それに試合は未来のこと。あと、黒森峰の重戦車は、“心配事”ではないですわ」
もちろん冗談で用いた。やっぱりアッサムは作り笑顔でさらりと言い返してくる。
ダージリンは常日頃から、黒森峰に勝つことだけを考えていた。どの学校との練習試合であろうとも、どんな練習であろうとも、それは全て黒森峰を意識したものでしかなかった。あらゆるデータは頭の中に沁み込むように存在していている。勝てるかどうか。そんなことを心配する段階はもう、遠に越えていた。
「アッサム。データではなくて、あなたの個人的な意見が欲しいのだけれど。明日は勝てるかしら?」

ほんの少しだけ、震えるまつ毛。
作られた笑顔が一瞬だけ消える。

「………勝ちたい、ですわね」
「そうね」
言葉を選ぶことに数秒。それでもそれは、感情をむき出しにしたものではない。
「ダージリン様の喜ぶ顔を見てみたいものですわ」
「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない?」
「誰よりも長い間、あなたの傍にいたのですから。一度くらいは、喜んで両手を上げるような、無邪気な笑顔を見てみたいと願うのは当然のことでしょう?」

傍にいるのに、遠く感じていてよ?

言葉には出さなかった。

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Date:2016/03/22
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