【緋彩の瞳】 触れた指の間を流れる想いは ②

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

触れた指の間を流れる想いは ②

「アッサム」
全員整列、一礼をして訓練が終わった。それぞれ無言で、各車長を先頭として、列をなして寄宿舎まで帰るのがしきたりだ。寄宿舎は学年別であるが、3年生、2年生、1年生と徐々に人は少なくなって消えてゆく。チャーチルの5人のうち、最初に列から離れるのが最前列のダージリンと次を歩くアッサム。無言で寄宿舎の玄関を入り、いつ落ちるかしらと悩むほど古くて大きなシャンデリアに迎えられて二手に分かれている階段の右側を上る。
「はい」
「……髪が濡れているわよ」
横に並んだ時に気が付いた。紅茶のシミの場所を見れば、誰がやったのかもすぐにわかる。
「えぇ。久しぶりにマチルダⅡに乗ったもので、ルクリリにお茶を淹れて差し上げた時に、零してしまいましたの」
いくら戦車の中では車長の命令は絶対だからと言って、訓練中にルクリリが副隊長にお茶を淹れるように命じることはないだろう。もちろん、指導する立場のアッサムがすすんでお茶を淹れてあげるということは考えにくい。下級生に不要な気遣いをさせることが、訓練の邪魔であるということは、身に染みてよくわかっているはず。
「その割には、袖周りは綺麗ね。後ろ髪と背中を濡らすなんて、どんな器用な技で紅茶を淹れたのかしら?」
「ご想像にお任せいたすことにしましょう」
相変わらず、アッサムは過保護だ。そこがまた彼女のいいところだろう。隊長も副隊長も後輩を委縮させてしまえば、彼女たちの“らしさ”は影をひそめて、ただの軍隊になってしまう。聖グロリアーナの戦車道は伝統を重んじるべきではあるが、永遠に優勝しない伝統をいつまでも持ち続けるべきではない。西住流の直系の長女と同じ歳に生まれてしまったダージリンは、頂点に立つことはできなかった。それは不運なことかもしれないが、だからこそダージリンは後輩たちには思い切った改革が必要だと、経験から物を言える。ダージリンとアッサムが1年の頃から徹底的に鍛えられた聖グロリアーナの戦い方ではない道の改装をするのが、今の2人の責務だ。ペコたちが3年生になった時、再び優勝争いができる場所まで能力を引き出してやらなければならない。
「隊長室に、あの3人を呼んで」
「承知しました」
「あなたがシャワーを浴びた後で構わないわ。1時間後に」
「はい」
しなやかで柔らかそうな髪も、今は元気がないようにしんなりしている。それでもそんなことに興味がないようなアッサムは、丁寧に頭を下げて、一足先に自室へと戻っていった。
洗ってあげましょうか、なんて冗談を、今思いついても遅い。

黒森峰に負けて、OGからの労いと嫌味のお茶会や、各学科へのあいさつ回りや、書類整理など、2人して目まぐるしく走り回っていた。お互いの疲れをねぎらう暇もなく、負けたことで落ち込む隙を後輩たちに与えないために、訓練の休みを取らずに負けを未来へと繋げる為に、むしろダージリンはやる気に満ち溢れていた。ある意味、ダージリンが背負っていた大きな黒い十字架は消えた。だが、聖グロリアーナが背負うべき十字架はまだまだ重い。かろうじて四強には残ったものの、大洗女子という天敵が現れたとなった今、真っ先に引きずり降ろされるのは、サンダースではなく自分たちの学校だろう。その危機感を持たせるために、ペコには大洗女子の試合をすべて見せた。
「………アッサムは、変わりませんわね」
フラッグ車が走行不能になり試合が終わる。その時も悔しそうに拳を握っていた1年生や2年生と違い、アッサムはいつものように淡々としていた。彼女に泣かれてしまったら、流石にダージリンも冷静沈着ではいられなかったが、彼女がそういう人だから、ダージリンもいつも通り過ごすことができた。泣いている後輩たちを見守るその瞳はあの日、同じ色でダージリンを見つめることもなかった。一区切りすれば、2人の間の“何か”が変化するだろうと確信していたし、望んでいた。決してこちらから手を差し伸べるようなことをせずとも、互いに自然に寄り添う何かが生まれるだろうと。

2年半、近くて遠くにいる彼女の傍にいて知った、このモヤモヤとしながらも、決して不快ではない感情。

この想いの取り扱いについて、彼女に尋ねなければならないと言うのに。



『ペコ、あなたが先に入りなさいな』
『え?私ですか?』
『リーダーでしょ?』
『一体、何のリーダーですか?』
『私たち豪快シスターズの、ですわ』
『何、勝手にチーム名付けてるんですか?』
『ダージリン様のお気に入りなんだから、ペコが先頭であるべきよ』
『何でですか?戦車壊したのはローズヒップですよ?』
『じゃぁ私はとばっちり?』
『ルクリリはアッサム様にお紅茶ぶっかけましたわ』
『え?そうなんですか?』
『事故よ、あれは!』
『じゃぁ、私だってスリップ事故ですわ』
『嘘つけ!リミッター外したって整備科の子が言っていたわ』
『2人とも、聞こえちゃいますから、し~!』


「………扉一枚隔ててあれだけ盛り上がって、一体どんな顔で入ってくるのかしらね」
呼び出し時間の5分前。廊下をバタバタ走る音が近づいてきたと思ったら、3人が隊長室の前で何やらヒソヒソと話し始めた。すでにダージリンの傍らにはアッサムが控えていて、タブレットで口元を隠しながら、笑いをこらえている。
「仲良しですわね、“豪快シスターズ”ですって」
アッサムはひとしきり会話を聞いて楽しんだ後、バタバタと音を立ててノックなのか体当たりの音なのかわからないものに反応して、軽く咳払いをして背筋を伸ばした。
「………うらやましいことだわ」
「何がですか?」
「仲良しのことよ」
ダージリンは言って、“入りなさい”と声を響かせる。開いた扉のドアノブを握っていたのはローズヒップで、勢いよくペコがルクリリに背中を押される形で前に飛び出してきた。

「お、遅くなりました」
「豪快シスターズ、参上ですの」
「失礼いたします」


「……いいチーム名ですこと。では、豪快シスターズのみなさんは、今後誰かひとりでもミスを犯した場合、常に連帯責任を取っていただくことにしましょう」

テーブルに肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せる。じっと見つめた先にいるペコがこの世の終わりのように眉をハの字にしていた。ローズヒップだけを呼び出すことは頻繁だったが、なぜ今回から自分まで呼び出されたのか、理由を理解したようだ。
「げっ……マジですの?」
嫌そうな顔をするローズヒップに、その台詞は自分が使いたいと言わんばかりのルクリリとペコの表情ったら、淑女からどれほど遠ざかっているか鏡を見せてやりたい。
「ローズヒップ、その言葉遣いはおやめなさい」
傍らに立っていたアッサムが、鋭い言葉を飛ばした。とたん、ピシッと3人の背筋が伸びる。ゆっくりと1年生3人の前に出てきたアッサムは、ダージリンに深く一礼をしてきた。
「クルセイダーの事故とパーツの在庫を切らしてしまったのは、私の監督責任です。大変申し訳ございませんでした」


果たして、このアッサムの対応に1年生たちはどう反応するのだろうか。


ダージリンは何も言わず、頭を上げないアッサムの意図を、最初に見抜くのがローズヒップであってほしいと願った。


「アッサム様!違います!私がリミッターを勝手に外したんですのよ!」
アッサムに懐いているローズヒップがいたたまれないと言わんばかりにアッサムの90度の角度で頭を下げているその肩を揺らした。やるであろうと思った行動を簡単にしてしまうあたり、まだまだ青い。そしてわかりやすくて真っ直ぐで、それは可愛らしい。きっとアッサムも心の中では嬉しい気持ちが半分くらいあるに違いない。
「馬鹿、そうじゃないでしょ!」
「そうですよ、ローズヒップ!」
肩を揺さぶり、顔を上げさせようとするローズヒップを、2人が引き剥がした。
「嫌ですわ!アッサム様は悪くありませんわ!」

相変わらず、副隊長はモテモテですこと。
こんな風にわかりやすい態度を取るから、アッサムはローズヒップを思い切り可愛がっている。

………流石にあんな風には。そう思って、ダージリンは何を考えているのかしら、とすぐに考えを取り消した。


「私たち3人が規律を守らず、今日の訓練で皆さまにご迷惑をおかけしました。申し訳ございませんでした」
ペコがローズヒップの頭を押さえつけて、そしてアッサムより深く頭を下げる。
「大変、申し訳ありませんでした」
ルクリリもダメ押しと言わんばかりにさらにその上から、頭を押した。


「…………アッサム、あなたの指導能力が問われるわね」
「はい」
「全国大会が終わり、新たに編成を組み直して、ローズヒップを小隊長に推したのはどなた?」
「私です」
無論、ダージリンもアッサムと同じく彼女を小隊長にさせたかった。彼女が推したと言うよりも、2人で決めたことだ。
「アッサムがどうしても、と言うのでクルセイダー会のOGのクレームをねじ伏せたのよ」
「はい」
それは嘘だ。ダージリンはOGに何も許可を得ていない。
「練習中に許可なくリミッターを外すなど、かつてそんな生徒はいたかしら?」
「クルセイダーのリミッターを外したのは、ローズヒップ以外、歴代にはおりません」
これは本当のこと。過去の全国大会でも、リミッターを外すことなく戦っていた。淑女たるもの、無謀なリスクを冒すことなく堅実に戦うべし。そう言われていた。おかげで故障はなかったが、鈍足軍団だった。クルセイダーの本来持っている能力を最大限引き出させるために、ローズヒップは必要だ。
「………そのようね。では、アッサムに罰を受けてもらいましょう」
「はい」
さぁ、ローズヒップはどう反応をするかしら。



「お待ちください!!」
左右から頭を押されていた彼女は、2人の腕を振り払って顔を上げた。
「嫌ですわ!私一人が悪いんですの!アッサム様が罰を受けるのはおかしいですわ!」

ダージリンはじっとローズヒップを見つめる。ペコがその腕を引っ張ろうとするのを、そっとアッサムが止めたのを見逃さなかった。

「私が悪いんですの!リミッターを外しましたの!昨日の雨で芝生があそこまで滑りやすいなんて、考えていませんでしたの!クラッシュは予想外でしたの!」

相変わらず、ずれている子。ルクリリがローズヒップの頭を思い切り叩く清々しい音が部屋に響く。



……
………


「………それで?ローズヒップ。あなたは何をなさりたいのかしら?」
「私が悪いのでございます!私だけが罰を受けます!アッサム様には練習前にリミッターを外すなと言われましたのに、守らなかったのは私ですの!申し訳ございませんでした!どうか、私だけに罰をお与えくださいませ!」


アッサムが頭を下げるそれより深く、ローズヒップは膝をついて土下座した。
ルクリリとペコも深く一礼をする。


「………あなたのクルセイダーが規律を守らず事故を起こし、そのせいで例えば誰かが怪我をしたとして。痛い目に遭った隊員はどんなことを想うかしら?あなたの自分勝手な行動が誰かを傷つけると考えたことはあるかしら?」

猪突猛進の小隊長は、本当に前だけしか見ない。失敗を誰かに咎められている間に、冷静沈着に周りに目を配るということを覚えさせなければ、怪我では済まないこともいずれ起こるだろう。ダージリンやアッサムがいる間はかばってあげられるが、彼女の上がいなくなった時、今のままでは困るし、ペコもルクリリも上手く彼女の長所と短所を自分たちがコントロールをする必要があると、認識してもらわなければならない。


「………今後、気を付けますわ」
「ローズヒップは反省文を書いて、アッサムに提出しなさい。それから、ペコとルクリリ、ローズヒップ、あなたがた3人は今後、互いの訓練内容書類にサインをしてもらいます。自分たちの小隊だけではなく、それぞれの小隊について、互いに理解を深めなさい。何かあった場合は、常に連帯で責任を取ってもらいます」

頭を下げている三人は、きっと嫌そうな表情をしているに違いない。これは牽制し合うという意図ではないと、ペコはわかるだろう。
「暴走シスターズさん、よろしくて?」
「豪快シスターズですわ!」
返事をしない3人に問いかけると、ローズヒップが顔を上げて突っ込んでくる。そのおでこをパチンとアッサムが叩いた。
「痛いですわ、アッサム様~!」
後ろにひっくり返るのを片手でかろうじて止めた彼女は、脚を開いて座っている姿勢を分かっているのだろうか。
「ローズヒップ、下品よ。立ちなさい」
おでこを摩りながら、唇を尖らせるローズヒップ。ダージリンには真剣な顔で謝って見せても、アッサムには拗ねて見せるあたり、信愛の度合いが違うように思える。


………何だか、ちょっと腹立たしいのは誰に対してだろう。


「私の監督が行き届いていませんでした、ダージリン様」
「そうね、あなたはあなたで、今回の事故について報告書を提出してもらいます」
「承知しました」
彼女にそんなことをあえて言わなくても、すでにあのタブレットの中に入っている事故報告書のフォーマットは、埋まっているに違いない。
「アッサム様…ごめんなさいですわ」
「謝る相手は私じゃないでしょう、ローズヒップ」
「………ごめんなさいですわ、ダージリン様」
子供のように、ローズヒップの手はアッサムの髪を無意識に握りしめている。喧嘩に負けた子犬のようだわ、と思うと、元より怒っていたわけじゃないこの芝居の終わらせ方を考えなければならない。

「ローズヒップ。“成功とは、情熱を失わずに失敗から失敗へと突き進むこと”よ。ちゃんと今日の失敗を反省して、これからの自分の行動について考えなさい。以上」

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Date:2016/03/25
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