【緋彩の瞳】 彼女の背中 END

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

彼女の背中 END

5月を迎える頃、必須科目である操縦訓練の授業が終わり、午後は模擬試合だった。隊列を組んだ行進訓練後、整列させられた1年生は、それぞれ隊長から役割を振りあてられる。彼女はチャーチルの車長を命じられた。この試合で彼女が実力を発揮すれば、めでたくダージリンというティーネームが与えられる。何となくそう思った。昨日、隊長に呼び留められて、「アッサムとリゼなら、どっちがいい?」と聞かれ、「アッサム」と答えた。自分だけにそんな確認をすることはないだろう。彼女も同じように、ティーネームのことを事前に通知されているに違いない。
「チャーチルに乗りたかった?」
「いいえ」
「次期隊長候補が敵側になってガッカリしているかしら?」
「いいえ。とてもやりがいがあります」
「結構なことね。私としても、車長よりも砲手の役割がいかに大事かと言うことを知らしめるためには、おいそれと負けるわけにはいかないの。だから、チャーチルを倒しなさいな」
「承知しました」
副隊長のオレンジペコ様が車長のマチルダⅡに乗り込んだ。砲手席に座りトリガーに触れてみる。次期隊長候補の彼女が乗り込んだチャーチルの砲手は3年生で、装填手として隊長が乗り込んでいる。敵はチャーチル1両にクルセイダー3両、マチルダⅡ1両。こちらはクルセイダー2両にマチルダⅡ3両。副隊長の合図で前進する。マチルダⅡの狭い車内では、早々に紅茶の準備が始まった。
「ファースト・フレッシュちゃん、紅茶いかが?」
「いえ、結構ですわ」
「いかなる時も優雅。紅茶をこぼさず戦うことは身体で覚えた方がよろしくてよ?」
「………はい」
茶道と言いながら、授業では紅茶の淹れ方やお茶菓子の作り方も習う。オレンジペコの香りは、この車内に充満するほどきつくはない。むしろ茶葉の香りなんて感じない。
「私たちは全力でチャーチルのみを叩くから。全車真っ直ぐチャーチルを見ておきなさい」
無線で部隊にそう告げるオレンジペコ様の声に、少しの意地の悪さを感じた。最初からこの模擬試合はあの彼女を試すためだけに用意されたものなのだろう。1年全員、彼女のおまけのようなものなのかもしれない。
「殲滅戦ですが、よろしいのですか?」
「いいのよ、ファースト・フレッシュちゃん。あなたの実力を見るのが私の仕事。10年に1度の逸材って言う相手の方が、倒す価値があると思わない?」
クラスメイトを倒すことなどに価値はない。それでも車長に言われた通りのことをするのが今の任務。
「わかりました。ですが狙える場所にチャーチル以外がいた場合、発砲させてください」
「構いませんことよ」
5キロ先の彼女はどんな戦術でこちらに向かってくるのだろう。隊列を乱すことなく進む
姿を捉えて、打ち合い合戦は始まった。



「負けたから、あなたはリゼにしようかしら?」
「……申し訳ありませんでした」
「でも、1人で4両も倒すあなたって天才よ」
「オレンジペコ様のご指示に従っただけです。……それでも負けてしまいました」
「ご指示?発砲ってセリフ、1度しか使った記憶がないわね」
結果は負けだった。聖グロの副隊長が率いるチームは、1年生が率いたチームに見事に打ち負けたのだ。オレンジペコ様のマチルダⅡはチャーチルに撃破された。相打ちを狙ったが完全に動きを読まれていたようで、最後はあっさりと打ち負けた。
「……申し訳ありません」
「構いませんことよ。私の考えが彼女に読まれていたのでしょう。ダージリンの名を与えるには、不足はないということね。いいのいいの、この試合は“ダージリン”のためのもの。あなたの活躍は、明日のお愉しみよ」



次の日、チャーチルの砲手を試合で決めるという、砲手希望者全員参加の試験が行われた。1人1人乗り込み、隊長の命令通りに走らせながら、移動式の的を撃って行く。秒数と正確性を競い、優秀者をチャーチルの砲手に選ぶ。やり方としてはわかりやすいが、チャーチルには正砲手として3年生の先輩がいた。チャーチルに乗りこむというのは、聖グロの戦車道を学ぶものの憧れ。そのためチャーチルの車内は3年生がほとんど。ある意味それは、自然な成り行きだった。それを1年生があっという間に奪ってしまったのだ。

「気にしなくていいのよ、“アッサム”。この結果は、3年生の顔に墨を塗るようなものではないわ。1年でチャーチルの砲手は前代未聞だもの。聖グロにとって喜ばしいことよ」
「………はい」
「アールグレイがチャーチルに乗り込んだのは、1年の終わりだったわ。前ダージリン様は1年の夏に最初は操縦手として、だったかしら?それはそれで結構騒がれたものなのよ。でも、あなたが史上最速よ」
副隊長に褒められても、何か心にしこりが残る。隣にいた彼女は昨日、すでにダージリンの名を授かっていた。昨日までオレンジペコ様が務めていた小隊長をいきなりダージリンが務めることになるそうだ。チャーチルの砲手より、マチルダⅡの小隊長の方がよほど荷は重いだろう。ましてや副隊長を下ろしてまで、ダージリンをあてがったのだ。昨日の試合は、オレンジペコ様とダージリンの戦いだったのか、あるいは負けた責任を取らされたのか。
「1年に優秀な人が2人しかいないのは寂しいものね」
「いいんじゃない?2人だけど30人分くらいの実力がありそうだもの」
1学年30人、ダージリンとアッサム以外のクラスメイトは、隊長たちの目にとまることがなかったようだ。アッサム自身は、ダージリン以外に目がいかなかった。彼女だけが特別な人なのだと思っていたし、クラスメイトもそう思っていたはずだろう。



「リゼじゃなくてよかったわね、アッサム」
紅茶の園からの帰り道、隣を歩く彼女に初めて名前を呼ばれた。
「……どちらでもよかったわ。あなたがそっちの方がいいと言ったから、アッサムがいいと伝えたの」
「そう。ただ、紅茶としては、そちらが好きなだけだったのよ」


アッサム


そう呼ぶ彼女の横顔は、隊長の前に立っているときのような凛々しさはない。
未来を思い描き、突き進まなければならない覚悟の中に見える戸惑い。
背負わされる黒い十字架が、彼女の背中に刻まれているように思えた。露わにしないあたり、流石だ。

風格はすでに隊長のよう。

聖グロリアーナ女学院、隊長ダージリン

そう遠くない未来にその響きが、全国に広がるに違いない。

明日からダージリンは、隊長と副隊長につきっきりで聖グロの戦車道を引っ張っていく立場になる。この学校に来てまだ1か月だと言うのに。徹底的に彼女を育て上げるつもりなのだろう。先輩方が見出した才能は、この夏の大会で発揮することができるのだろうか。


ダージリン


アッサムよりも背の高い彼女の隣を歩いていたつもりが、気を抜くと少し遅れてしまう。その背中に刻まれたティーネームの重さと、先輩方からの期待と、黒森峰に立ち向かわなければならない覚悟。決して正面からは見えないその痛みに似た重石。隣を歩く程度なら、見えることはないだろう。


“アッサム”は“ダージリン”の隣を歩くべきではない。見えないフリなど、したくはないと思った。彼女が常に十字架を背負わされていると言うことを、背後から見つめていなければならない。手を差し伸べることが許されなくてもいい。もとよりダージリンは要らないと思うかもしれない。かといって、孤高の静寂で淑女の笑みを浮かべるその顔を正面から見つめていても、彼女が何を考えているのかなど、露ほども理解することはできないはずだ。いずれ、2人が聖グロを引っ張るのだと言われても、彼女がその役目の多くを担うだろう。隊を率いた経験がないアッサムは、彼女をただ見つめること以上に、何もできそうにない。

向かい合えば、彼女の道の邪魔になるだけだ。隣を歩いても、すぐに歩幅は乱れ、遅れてしまいその歩みを止めてしまいかねない。


「……あ、ごめんなさい。歩くのが速かったかしら?」
背中を追いかけていると、ピタリと止まって回れ右をしてきたダージリンの“作られた”笑みがアッサムを捉えた。

美しいその人の笑みは優雅で柔らかな偽物。
アッサムにはそう見えた。
少し不完全に見えるのは、背中を見てしまったせい。


だから、アッサムも作り笑顔を見せた。


「いいえ、お気になさらず。この距離がちょうどいいわ」
「……そう?背後を取るなんてあなたもやるわね」
「正面突破で負けたんですもの」
「あれはそちらの操縦手の反応が悪かったと思うわよ」


本当のことを言うと、彼女ともっと仲良くなってみたかった。お互いに自由な身のままでクラスメイトとして他愛無い会話をしながら、放課後にお茶をしたり買い物に行ったりするような、そう言う普通の関係。まさか入学式当日から、幹部に目を付けられるなんて。元より彼女はそういう人だったのだ。アッサムが幼稚だったのだろう。

彼女は、“ダージリン”は、群衆の中の戯れの中にいる人ではない。
だが、孤高の静寂に取り残されたままの人でもないだろう。
強烈な個性を発揮する日は、必ず訪れる。
どこまでも、この背中を追いかけようと思う。

ずっと、どこまでも付いていこう。

彼女の作り笑顔が本物になる、その日までは。
ダージリンの背中を追いかけようと思う。




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Date:2016/04/01
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