【緋彩の瞳】 彼女たちの笑顔 ①

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

彼女たちの笑顔 ①

 横浜港に寄港した朝、3人部屋のペコたちは駆け足で食堂に向かい、ソワソワとしながら朝食を食べ終えた。身体が数ミリくらい浮いているのではないかと思うくらいに、なんだか落ち着かない。
残暑が厳しい土曜日の朝。混雑する前にランドリールームに駆け込んで、シーツや紅茶のシミの付いたシャツを最新式洗濯機で洗う。3人がドドドドと走るたびに、同学年の子たちは、また何かやらかしたのか、3年生に何か言われたに違いないと思われるのだけれど、今日はただただ、これから待ち受けることが楽しみで仕方なくて、落ち着いていられないだけなのだ。
「できましたでございますわよ!!」
「ちょっと、スカートのチャック開いているじゃない」
サンダルの紐を一生懸命足首に巻き付けていると、ローズヒップが1番と言わんばかりにドアを開けようとした。その後ろ姿にルクリリは呆れる。淡いピンクのフレアスカートから覗くシャツ。後ろ手に引っ張られたチャックに引っかかってピョンピョンと跳ねまわるメンドクサイ、ルームメイト兼親友。
「あ~。ダメですよ」
同じく準備完了したペコがその肩を落ち着かせて、丁寧にチャックに噛んだシャツを戻して閉めた。
「オッケーですわね」
「ローズヒップさ、街で暴れてアッサム様に激怒されても知らないからね」
「大丈夫ですわよ。先に車を取りに行って、3年生の寮の前にいますわ」
昨日、楽しみすぎて眠れないと言ったあと5分で寝付いたから、元気の充電は零れ落ちる位なのだろう。ペコと目を合わせて思わずため息を漏らす。
「………アッサム様の雷、何度落ちるでしょうかね」
「3度くらい」
面倒看の良い優しいアッサム様に可愛がられなければ、ローズヒップは変わった子として浮いた存在だっただろう。ダージリン様もそうだけれど、なかなか面白い趣味だと感心してしまう。ただ、そうなるとローズヒップと並ぶルクリリ自身もいささか問題があるらしいと認めざるを得ないから、何ともむず痒い。決して嫌ではないが、ローズヒップよりは“マシ”とは思っている。
「ペコはもう、準備できた?外出許可も出した?」
「はい。ダージリン様には今日、3人で街に出かけますと報告していますし、ばっちりですよ」
「怪しまれなかったの?」
「大丈夫でしたよ」
休日でも、ペコはダージリン様と一緒にいることが多い。どこかの港に寄ると、他校との交流があったり、戦車道関係の会合やらOG会の誰かに呼び出されていたりと、何かとダージリン様はお忙しくて、サポートする人が必要なのだ。ペコがティーネームを授かる前は、アッサム様がいつでもお供していたらしいが、ペコに代わってからというもの、多くをペコに任せている。信頼なのだろう。アッサム様はアッサム様で、決してその役目から解放されたからと言って、のんびりしているわけでもなく、情報処理学部と一緒になって何か色々やっていたらしい。


ダージリン様とアッサム様。
2人の間に流れる空気は、決して近づかず、遠からず。


ルクリリにはそう見えている。
自分たち3人とはまるで違う関係。その関係がお互いに必要といった様子にも見えた。

「よし、行きましょうか」
「はい」
忘れ物がないかを確認して、早足で階段を下りる。少し先に見えている3年生の寮の前には、すでにランドローバーが停まっていた。





「アッサム様、お連れしました~」
ランランと輝いた目のローズヒップが3年生の寮の玄関を開ける。ルクリリたちを見つけて、手をブンブンと振り大声を上げた。
「おはようございます、アッサム様」
「元気ね、本当に」
スピードコントローラーの代わりに、アッサム様は助手席に座っていただき、狭い後部座席にペコと共に座る。
「いざ、尋常に横浜へ参りますわよ!!」
「ローズヒップ、法定速度を1キロでもオーバーしたら、犯罪者として聖グロから放りだしますからね」
「も、もちろんでございます。速度は守るためにありますもの」
「そうね、陸と学生艦の中が違うと言うことは、よくわかっていますものね」
シートベルトをしながら、アッサム様はとても冷静に告げる。生唾を飲み込んだローズヒップは、慎重に慎重にアクセルを踏んだ。
 車の中で、アッサム様はローズヒップの運転を睨む振りをしながら、遠くを眺めておられた。10分ほどその姿を斜め後ろから観察しても、何を考えておられるかなんて、ルクリリにはわからない。
「アッサム様。今日、ダージリン様はどこかへ行かれますの?」
「プラウダ高校も横浜に寄港しているらしいから、きっと、カチューシャたちと会うんじゃないかしら。前に連合を組んだ後、結局バタバタしていてお互いの労をねぎらったりする暇もなかったから」
「アッサム様、行かなくてもよろしかったんですか?」
カチューシャ様たちと会うのに、お1人で行かれても大丈夫なのだろうかって、ルクリリは思わずにいられない。でも、アッサム様はあんまり興味がないようにも見えてくる。決して突き放しているわけでもなさそうだが、こういうのは、淡々という言葉が似合う。
「さぁ。カチューシャたちと会うと言うことも、何も聞いていないわ。ペコ、あなた聞いているの?」
「いえ。ダージリン様の予定は何も知らされていません」
「そう。ピロシキでもごちそうになるんじゃない?」

バックミラーには、聖グロの船の横に大きな船が近づいてくる様子が映し出された。きっとプラウダ高校の学生艦だ。

「ピロシキ美味しいんですか?」
「サンドイッチに飽き飽きしたころに食べたら、美味しいと思うわよ」
「アッサム様、食べたことありますの?」
「えぇ。ノンナが作ったのを頂いたことがあるわ」
思わず“食べたいです!”と声を上げると、ペコとローズヒップと声が揃ってしまった。考えていることが同じだったのだ。
「朝食食べたばかりなのに、あなたたちはもうお腹が空いたの?」
「いや、そうじゃなくて」
「ノンナさんが作ったピロシキ食べたいですわ」
「私もです」
「買い物をするか、プラウダに突撃するか、どちらかにしなさい」
1つしかない選択肢は、諦めろと言うお達しだ。唇を尖らせてみたところで、買い物の方が大事だってわかっている。先輩方からのカンパのお金を預かっているのだ。
「ダージリン様のお誕生日パーティの方が大事ですよ、ルクリリ」
「もちろん」
「そりゃそうに決まっておりますわ」
学生艦にはない、大きなショッピングモールの駐車場に入ったランドローバー。作り笑顔のアッサム様は何を考えておられるのだろうか。



「ペコ、買い物リストは作っているの?」
「はい」
ローズヒップの手首を掴んだまま、アッサム様はペコのリストをチェックしていった。興奮して走り出しそうになるローズヒップは、何をしに来たのか忘れているような気がする。
「このショッピングモールの外に出ないようにね」
「わかりました」
「1時間後に、サービスカウンターの前にいなさい」
「はい」
小学生じゃないのだから、大丈夫ですと言い切りたいけれど、先輩方から預かった大金を持っていることを、心配されているのだろう。無論、その大金はペコが預かっている。
「アッサム様、アッサム様、デートですわ!」
「おとなしくしなさい」
尻尾がちぎれる位振られている様子のローズヒップ。ペコはよろしくお願いしますと言わんばかりに、アッサム様に頭を下げた。
「アッサム様、あれ!ほら~。可愛いですわ」
もはやリストなど見てもいないローズヒップを放って、ペコはルクリリとうなずき合った。使い物にならないことは、想定内なのだ。アッサム様に捕まれていようとも、平気で引っ張っていく。

ローズヒップは、ティーネームを授かる前、初めて横浜港に立ち寄った時に迷子になって、学生艦の出港を遅らせた前科を持っている。携帯電話の電池が切れていて、誰も彼女がどこにいるのか、把握できなかった。責任者のダージリン様とアッサム様が、それぞれの車で街中を走り回り、ペコとルクリリもそれぞれにお供して、必死になって探したのは4月の頃。ローズヒップを偶然にも保護したのが、いいのか悪いのか聖グロのOGのお姉さまで、その連絡を受け取ったダージリン様の顔がホッとしたと同時に青ざめていったのをよく覚えている。保護した場所に駆けつけると、すでにアッサム様がいらして、OGのお姉さまに土下座に近いように頭を下げていた姿が印象的だった。べそをかいているローズヒップの頬には、くっきりと指の跡が残っていたんだとか。アッサム様に平手打ちされたそうだ。
ペコにとってアッサム様は、入学した時はよくわからない人だった。ダージリン様の後ろで作り笑顔を見せながら、常に何かを考えておられる。だけど何を考えているのかが、伝わってこない。それでも、ダージリン様のお傍にいらした。ダージリン様がそうするように命令しているようでもなく、そこがアッサム様の定位置の様だったし、ダージリン様もそれが自然であるように振舞っておられた。決して仲良しと言う様子もない。雑談に花を咲かせることも、休日に2人で遊びに出かけるようなこともなく、淡々としている。だけど、絶対的信頼を預けているようにも見えた。
ペコにとって、ダージリン様の方が感情を豊かに表現して、冗談も言うし怒ると怖いし、でも優雅にお茶を飲んで機嫌がいいとわかりやすいし、隊長という立場の割には近づきやすくて、話しやすい印象だった。ダージリン様と淡々とした関係を築いているアッサム様は、ローズヒップの迷子事件までは、よくわからない人だった。でも、平手打ちされたローズヒップはアッサム様に懐いているし、ルクリリもアッサム様に懐いている。OGのお姉さまの前で、ローズヒップを平手打ちして見せたおかげで、彼女は戦車道を辞めずに済んだらしい。聖グロの名に泥を塗る恥さらしとお怒りになるOGのお姉さまに、余計な口を出させないために、アッサム様は後輩の指導ができない自分に非があると頭を下げたのだ。遅れて駆け付けたダージリン様も頭を下げて、責任は自分にあると言っていた。その時傍で見ていたルクリリが言うには、OGのお姉さまは、平手打ちされてべそをかいているローズヒップが不憫に見えたみたいで、しつこく辞めさせろとは言えなかったんだろう、と。生粋のお嬢様でしょうから、平手打ちを目の前で見て、少々面食らったらしいとか。
ローズヒップはもちろん、学生艦に戻った後にこっぴどく怒られた。隊長室に呼び出されて、ダージリン様から冷たい言葉を浴びせられたらしい。そのダージリン様はアッサム様と共に学院長室に呼び出されて怒られたのだから、当然だ。
「アッサム様、引っ張られてどこに連れていかれるのかしらね」
「大丈夫とは思うけれど」
「また平手打ちされなきゃいいけどね」
「ははは」

ローズヒップが紅茶の園にいきなりノックもせずに参上した日のことも、よく覚えている。その時、ペコは毎日ダージリン様に連れられて、美味しくお茶を飲んでいたのだけれど、どうやらそれが幹部候補に選ばれているようだという噂が1年生の間に広まっていた。それを知ってか知らずか、あるいはどういう解釈をしたのか、ローズヒップは紅茶の園に乗り込んで、クルセイダーに乗りたいんです!と直談判してきたのだ。さらに彼女を止めにやってきたのがルクリリで、あっけに取られて固まっているダージリン様とアッサム様の前で、ローズヒップと派手な言い合いを展開させたのだ。同級生の言い争いに、いてもたってもいられずに間に割って入ったのがペコ。
「でも、アッサム様って本当にローズヒップのこと可愛がっているわよね」
「ですよね」
「あのあと、アッサム様はローズヒップのこと抱きしめていて、ホッとしたのを覚えているわ」
「そうなんですか」
「本気の平手打ちはあれだけだもん。アッサム様も初めて人を叩いたみたい。加減せずに悪かったって。ローズヒップって言う名前を決めたのは、アッサム様だし」
クルセイダー会は、横浜で出港を遅らせた迷惑な子が早々にティーネームを授かるなんて、とかなり文句の電話をしてきていた。
「ルクリリもでしょう?」
「たぶん、そう。ダージリン様から貰ったけれど、考えたのはアッサム様だったと思う。そんな感じがするから」
アッサム様がローズヒップのこともルクリリも、もちろんペコのことも凄く可愛がってくれていると言うのはよくわかる。可愛がられている、大事にされていると言うのが伝わってくる。ダージリン様から可愛がられていることも、とてもよく感じている。3人に期待してくださっているからこその、愛ある叱咤もすべて。

そうやってわかりやすく1年生たちに表現をしてくださると、アッサム様はダージリン様のことをどんな風に想っておられるのだろう、なんて、気になることがあるのだ。


お二人の関係は、近づかず、遠からず
馴れあわず、だけど認め合っている


ペコが紅茶の園に出入りするようになり、5月頃にティーネームを授かったあたりから、ダージリン様の傍にいる時間は、知らず知らずのうちにペコの方が多くなった。アッサム様とダージリン様でそういう風にしていこうという話し合いをされたのか、わからない。でも、アッサム様は絶妙のタイミングで必要な時には、必ずダージリン様の背後に立っていらした。じゃれ合うペコ達とは違う関係性。1年生の時からそうだったのだろうか。きっと、そうだったのではないか、と思う。助け合うと言うのではない。支え合うでもない。寄り添っていると言う様子でもない。


ダージリン様の少し後ろを見つめているアッサム様。
それ以上近づくことはない。ダージリン様の性格では、決してダージリン様からアッサム様を後ろに控えさせるようなことはされないだろう。きっとアッサム様が望んでそうしているに違いない。そしてそれをよしとしている聖グロの隊長、ダージリン様。

でも、本当は、お2人はきっと、似ている。
ペコはそう思っている。


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Date:2016/04/11
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