【緋彩の瞳】 待ちわびる

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

待ちわびる

誕生日前日。意図してフライングされたのか、プレゼントが詰まっている段ボールが5ケース、隊長室に届けられた。ペコとアッサムと3人で、次の親善試合の打ち合わせをしている途中次々運ばれるそれが、ドアを塞ぐように並んでしまい、ダージリンのため息で話しは中断される。
「今日で5ケース分、ですか」
アッサムはパソコンのデータを保存して、画面を一度閉じた。
「ペコ、取りあえず開けて、差出人と中身のリストを作っていただけるかしら」
「は、はいっ」
ダージリンの言葉に、ピョンと立ち上がる。なかなか面白い反応をしてくれる。
頑丈にビニールテープを巻かれている段ボール。あたふたするペコの様子が可愛いので、どうするつもりかしら、とソファーに背を預けて眺める体制を取るより早く、机の引き出しからカッターナイフを取り出して、アッサムがペコに向かっていった。
「ほら」
「あ、ありがとうございます」
「学校、企業別にした後、ダージリン様の知り合いかどうか、私が分けるわ」
「はい」
よいしょ、よいしょと1人で掛け声を出しながら、一つ一つ差出人が書かれてある面を向けて並べて行く。アッサムに手伝えなんて言っていないのに。自主的にリストの紙をプリントアウトして、ペコが並べているその隣で膝立ちをしたまま書き写していく。相変わらず、アッサムは優しい人だ。ダージリンはペコがどういう行動に出るのかを、単純に見ていたかった。1人では時間がかかる作業になるのは目に見えてわかる。無理なものは無理、と瞬時に反応してみせるか、それとも自力でやり遂げるか。
「ダージリン様、マチルダⅡの隊員を手伝わせます」
「どうぞ、ご自由に」
1つの段ボールから次々にプレゼントが現れる。アッサムは隊長の机に置かれてある電話で、内線を掛けているようだった。
「ルクリリ、マチルダⅡから1年生を5人連れてきなさい。それと車を裏口に待機させて」
ミーティング中のマチルダⅡ部隊は、同じ建物の別の部屋にいるはずだ。2分も待たずに、部屋がノックされた。アッサムは手際がいい。面白くない程手際がいい。1年生を連れてきたルクリリは、深く一礼して見せて、アッサムの言うことを真剣に聞き、それぞれの役割を瞬時に振り分けた。ペコを含めて流れ作業がスムーズになると、アッサムがダージリンの傍にやってくる。
「教会には昨日、連絡をしております」
「そう、ありがとう」
「ここにあっても邪魔なので、すぐに運びます」
「そう。そう言う作業はルクリリたちにやらせたらいいわ。あなたはゆっくりお茶を飲んで終わるのを待っていればいかが?」
「わかりました」
2人は余裕で座ることができるソファー。アッサムは隣には座らずに、さっきと同じ、斜め前に腰を下ろす。冷え始めた紅茶を一瞥した後、ペコ達の様子を観察していた。

「アッサム様、終わりました。これがリストになります」
「ありがとう」
アッサムはリストを眺めながら、チェックを入れて番号を読み上げた。その番号の品物をよけて、それ以外は再び段ボールに戻され、引きずるように隊長室から運び出されていく。
「ルクリリ、ペコと一緒に教会まで行きなさい」
「わかりました」
「私の名前を出せばいいわ」
「はい」
全員が一礼をして部屋を後にして、一気に静寂が訪れる。冷えている紅茶に目もくれず、アッサムはパソコンを再び開けた。
「ダージリン様、リストは私が作り直して、明日の分もまとめてお渡しします」
「ありがとう」
「礼状の手配も、こちらでします」
「お願いね」
カタカタとキーボードを叩く指は、90度に開かれたパソコンの画面で見えない。アッサムのような優秀さをペコが持ち得ることができればいいのだが、やはりそう簡単にはいかない。3人集めても、アッサム1人には全く敵わないだろう。こうやって、ダージリンの前でパソコンと“お話をする”アッサムの姿は見慣れている。
「アッサム」
「はい」
「熱い紅茶を淹れなおしましょうか?」
「いえ。ペコが戻って来てからで構いませんわ」
「そうなると、ペコが淹れることになるけれど、その方がいいかしら?」
キーボードを叩く音が止まる。斜め下に向けられていた視線が、ダージリンを捉えた。

そしてすぐに逸らされる。
それは拒否ではない。

「では、お言葉に甘えて」
「アッサム」
「はい」
「ペコが戻ってくるまで、30分はかかるのよ。ゆっくりしましょう」
「………えぇ」
返事をしたものの、ダージリンが紅茶を淹れている間、ずっとカタカタと指は動いていた。背後でそれを感じながら、止めろと言う言葉は空気に触れることはない。元よりアッサムが今やっていることは、ダージリンが本来なら自分でやるべきこと。煩わしいことを代わりにやってくれているのだ。時間を掛けて蒸らした紅茶をティーカップに淹れ終わり、テーブルの上に置くと、彼女はパソコンの電源を落とした。すべての作業を一気に終わらせたらしい。

「ありがとう、ダージリン」
「いいえ、どういたしまして」

2人きりの時を選び、彼女は名前を呼ぶ。
ホッとしてしまうため息を、聞こえるように出した。

「ねぇ、アッサム」
「はい」
「2人きりでいるのに、あなたはそこに座るの?」
今まで、この距離は当たり前だった。
だけど今は、遠くて寂しいと感じてしまう。
2人でいるのなら、もっと指が触れる距離にいたい。

いて欲しいのか。
ダージリンがアッサムの傍にいたいのか。

「紅茶を淹れた後、そちらに座ったのはダージリンですわ」
「あぁ……そうね」
パソコンの前から動かなかったアッサム。一度立ち上がっていたのはダージリンの方だ。冷静に返されて、こちらに来てもらおうとする思惑があっという間に崩された。ならば、と、カップをソーサーに置き、彼女の隣に押しやる。
「では、こうしましょう」
立ち上がり、アッサムの隣に座りなおしてみた。拳が3つくらい入る少しの距離。キョトンとした表情に、もっと近づいて座ればよかった、と少しだけ反省する。

「あなたが来いと言ったのでしょう?」
「そう言ったつもりはないのですが」
「嫌だと言うの?」
「………まさか」

副隊長としての表情が消えているこのわずかな時間、出来る限り近くで見ていたいのだ。
それを見ることができるのはダージリンだけなのだから。
“ダージリン”だけが許された場所なのだと思っている。
聖グロの生徒の中で、唯一“ダージリン”と呼び捨てていいのは、アッサムだけ。

「明日の準備はどんな感じ?」
「2年生は大丈夫でしょう。3年生も全員参加らしいですわ。整備科も駆けつけて、1年生の手伝いをするみたいですわね」
「そう。楽しみね」
明日の誕生日は、放課後の訓練もミーティングもない。戦車点検日と名を付けた休みを作っている。
「あの3人が指揮を取って色々走り回っている様子は、可愛いものですわ」
「いいわね、見てみたいものだわ」
「私の役得ですもの」
ダージリンの香りを楽しむように、伏せた瞳。ふわふわとした長い髪。丁寧にブラッシングされているのが見て取れる。大きな黒いリボンでまとめられた髪の毛は、よく、ローズヒップが握りしめていた。
「横浜では、デートを楽しんだのでしょう?」
「えぇ、まぁ。ローズヒップに振り回されましたわ」
事細かく知りたいところだけれど、隠れてパーティの準備をしている3人のためにも、それ以上の詮索は上品ではないだろう。
「迷子になるよりは、ずっといいわ」

紅茶が喉を通る音が、やけに部屋に響く。
ティーカップをソーサーに戻す音も、こんなに響くものかしら、なんて思ってしまう。

「ダージリン」
「何?」

拳3つ。それでも、簡単に触れられる距離。
肩にも髪にも、その大きな黒いリボンにだって、触れることができる。

「…………いえ、何でもありません」

ティーカップに伸ばされるアッサムの左手を掴んだ。
ひんやりとしている。
その手を自分の膝に置いてみた。


拳3つ分
とても近いのに、それでも何か少し遠い

「もう少し、こっちに来る?」
「いえ、遠慮します」
「理由は?」
「………十分に近いですわ」
「嫌?」
「……ダージリンはそうやって聞くのが癖ですか?」
アッサムに否定の言葉を言われたくないという意識が、きっと表現として出てしまっているのだろう。意地悪く使っているつもりはない。
「そうかもしれないわね」
「嫌かと言われたら、嫌ではありませんわ」
「では、お願いをすればいいのかしら?」
重なった瞳に映し出されるダージリン自身の姿。
アッサムは表情を変えない。
膝と右手に挟まれたひんやりとした左手が、スカートを頼りなさげに握りしめてくる。



「ダージリンがこちらにいらしたら?」


「………いいのかしら?」


物理的な距離ではなく、こちらから踏み出してもいいと言うのだろうか。
ダージリンは待たなければいけないと思っている。
自分から行けば、アッサムは“嫌ではない”と言って受け入れるだろう。
それは卑怯なことだ。
ダージリンが欲しいものは、そう言う感情でもないし、自分自身の感情を権力武装してしまうような思いを抱いてしまう。


「いえ……その、すみません。冗談ですわ」
「アッサム」
「忘れてください」
「嫌ですわ」

何でもないただの友達なら………もっとありふれた形で互いに感情を共有しあえたのに。
ダージリンは一番欲しいものを、欲しいと言えない場所で立ちつくしてしまっているのかも知れない。


ダージリンの欲しいもの
それは何だと言うのだろう


「……距離を縮めて何をなさりたいのですか?」
「そうね、知りたいわ」
「何をですか?」
「あなたのことを」
「ご自身のことを知らないとおっしゃっていたのに?」
「そうよ。でも、アッサムが嫌だと言うのなら、それは受け入れなければならないけれど」

パープルネイビーの瞳は、ダージリンの瞳をかわして湯気立つティーカップを見つめる。
頼りなく握りしめられていたスカート。
膝にわずかに爪の力を感じた。
綺麗にクリアのマニュキアを塗っている爪。

「そう言う言い方をしないでください、ダージリン」
「アッサム?」
「あなたの言葉に嫌だと言える強さなど、私は持っていませんわ」
いつもの作り笑顔も淡々とした口調もなくて、それはアッサムの想いだと、重ねた指の先から伝わってくる。

落とされた視線。
わずかに震えた長い睫。
困らせているのはダージリンだと言うのに、そう言う表情にさせていると言うことに、心臓の近くを何かに圧迫されたような痛みを覚えてしまう。

「だから、私は待つ身でしかないのよ。でしょ?」
「………分かっています」
「もとより嫌だと言う気もないようね」
「えぇ。ですが、そう言う自分が……今は嫌なのです」

もちろんそれも、ダージリンを納得させる答えではない。
だが、アッサムがいつでもどんなことにおいても、ダージリンを納得させてくれると、どうして信じ切っているのだろう。


答えなど、アッサムにしかわからないと言うのに。
いや、アッサムもいまだ見つけ出していないと言うのに。


「私の自惚れが過ぎたのかしら」
「………あなたは……ダージリンはそれでいいんです。これは、私の問題ですわ」

スカートを放して、その手が向きを変えてダージリンの右手を握りしめた。
ひんやりとした手の甲よりも、その手の平は温かい。

「戦車に乗っている方が、随分、気楽でいられるものだわ」

力を入れることなく、その手を自由にできる。
だけどただ、ダージリンはそっと握るだけだ。

「………私は、隊長ではないダージリンの方が」

ティーカップを右手に持ち返して、アッサムはぬるくなりかけたダージリンで唇を濡らした。

“好き?”と震わせようとする喉をぐっと押し殺す。
嘘でも義務でも義理でも、言わせようとする感情をアッサムにぶつけるのは今ではない。

「ありがとう、アッサム」
かろうじて繋げた言葉に反応して、アッサムの視線がダージリンへと注がれた。

パープルネイビーの瞳
長い睫

「面倒な人ですわ、と繋げるつもりだったのですが?」
「………あなたも言うようになったものね」


この感情に名前を付けるとしたら、“面倒”なのかもしれない。

指の間に指を絡めてみる。
触れた指の間を流れる想い。
淡く広がるこの想い。
伝わればいいのにと願いながら。
もどかしいと感じながら。
握る力を籠めると、絶妙に同じ分量の力が加わった。

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Date:2016/04/11
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