【緋彩の瞳】 零れ落ちた想いは ②

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

零れ落ちた想いは ②

指に触れると
その手を握ると
淡い期待の風が撫でるように吹く


近くて遠い
いっそ、ずっと背中を見つめる距離だけでいた方が。
だけど、近づきたいと願ったのはアッサムだった。

ダージリン様の背中から黒い十字架が消える時を、心のどこか知らないところで、ずっと待ちわびていた。

あの日、初めてダージリンが部屋を訪ねて来た夜、淡い想いが胸をくすぐった。
“ダージリン”としての微笑み。3年近くいて、一度だって見たことがなかったのだと思い知らされた。作られた笑顔ではない、彼女の笑みが見たい。隊長としてではなく、素顔の“ダージリン”として。そして肩越しではなく、ちゃんと向かい合えたら。


悟られている、この想い
ダージリンはアッサムさえ知りたくはない感情について、どこまで読んでおられるのだろう

小指から腕へ伝わり、流れ込む淡い何かが胸を苦しめようとする。






 ダージリンの誕生日。アッサムはほとんど眠ることができずに、早朝からジョギングに出た。考えるという行動ではない何か別のことをしていなければ、今日一日、彼女のその背中すら見ることが苦しくなるのは間違いない。身体を疲れさせて、少しでも気分を変えたら、何か違う景色が見られるのではないか。そんな気休めが欲しかった。
闇がようやく晴れる頃、船の上は薄霧が立ち込めていた。夏が終わった海の上、この時間はひんやりとしている。寮を出て校舎へと向かう道を突き進み、そのまま戦車道訓練場の広い敷地を走る。今は風が凪いでいる。ガンガンと頭を誰かに抑えつけられているような痛みは、眠れない身体に少々の無理をさせているせいだろう。毎年、夏の大会の期間中に経験している痛みだ。

経験したことのある痛みなら、対処の方法を知っている。
原因は何なのか。
どうすれば納まるのか。
それは日にち薬でしかないものなのか。

余計な事を考えないって決めたのに。
走る足の動きに合わせた呼吸が崩れそうになり、アッサムはスピードを少し緩めた。ずらりと並ぶ戦車倉庫の前を抜けきり、ぐるりと芝生を周り、同じ道を引きかえす。時計は6時半。帰ってシャワーを浴びたら、丁度食堂が開く時間だろう。脇の痛みも納まり、もう一度加速をして寮へと向かった。



「あなた、どうしたの?」
寮へと戻ると、玄関扉の前に見知らぬ生徒が立っていた。1年生だろうか、2年生だろうか。戦車道じゃない生徒でも、3年生なら顔と名前はおおよそ把握している。年下なのは間違いないだろう。
「あっ……おはようございます、アッサム様」
「3年生の誰かに御用かしら?」
戦車道選択者30人中20人がここで生活をしている。ここは戦車道の3年生の生徒だけだ。
「えっと……はい。あの、待っているんです」
頬を赤らめて、少女は胸に綺麗に包装された小箱を抱きしめていた。今日はダージリンの誕生日。こういう女の子たちが今日、あちこちに散らばっているに違いない。
「あと少ししたら、ここを出てくると思うわ」
「えっとあの……その、アッサム様。あの、これをダージリン様にお渡し、その……お願いできますか?」
「待っているのでしょう?それに、あなたが直接渡さなければ、意味がないと思いますわよ」
このやり取り、過去にも経験をしている。勇気がないからと言って、同じ学年の一番近い人間に押し付けると言うやり方。ダージリンは決して、差し出されたものをないがしろにするような人ではない。直接渡せば、顔くらいは覚えてくださるだろう。せっかくそういう想い出を作るチャンスを、なぜアッサムが代わりにしなければならないのだろう。いつも思いながら、一度は断わるようにしている。
「でも、その。受け取ってもらえないのも、嫌なので」
「渡すという行為で満足するだけなら、渡せば受け取ってもらえるわ」
「でも……」
「ダージリン様に何か、特別な感情を渡しても、傷つくのはあなた自身。傷ついたあなたを見て、ダージリン様に心苦しい思いをさせたいのなら、どうぞ。私には関係のないことですし」
その言葉はそのまま、アッサム自身の疲れた身体を冷たくさせる。言葉にして、せっかく考えないようにしていた、この1時間を無駄にしてしまっただけでなく、名も知らぬ生徒を傷つけてしまったようだ。

「…も……もうしわけ、ございません」
肩を震わせて、目頭を指で拭いながら少女は、届かぬ想いを涙にしてやり過ごしている。そうやって、泣いた後、その想いとどう向き合うのだろうか。
「いえ、ごめんなさい。あと少し待っていれば、彼女はここを通るはずですわ」
汗を掻いていなければ、疲れていなければ、苛立ちを覚えていなければ、いつものように優しく接することができたはずだ。頭を撫でて、頑張ってと言うことくらいは出来た。機嫌が良ければ、渡して欲しいということを引き受けることもしたかもしれない。過去にも押し付けられて、何度か、致し方なくそういう役目を受けたことはある。それらは隊長室のその他大勢のプレゼントに紛れ、ダージリン様はリストにあげられた名前だけ目を通すことで終わりだ。
「いえ、その……でも」
「あなたのしたいようにしなさい」
大きくカーブを描いた階段を上り切り、立ち尽くす少女をそのまま置いて、部屋へと急いだ。

走り終わって随分呼吸は落ち着いたはずの身体は、部屋に入って、とたんに震え始めてくる。
バスルームへと向かおうおとする一歩が出せず、ドアに背を預けてズルズルとしゃがみ込んだ。




「アッサム」
朝食を食べ損ね、そのまま3年生の教室に急いだ。ダージリンが机に近づいてくる。ちらりと彼女の机を見ると、両サイドにすでに大きな紙袋がぶら下げられていた。きっと、いろんな生徒からプレゼント攻撃を受けたのだろう。戦車道の後輩たちは、今日のパーティで渡すと聞いているから、その他の学部の人たちからに違いない。朝のあの子のプレゼントはあの中に入っているのだろうか。
「おはようございます、ダージリン様。お誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう。あなた、朝食に来ていた?」
「いえ、ちょっと。頂き物のお菓子があったので、部屋で」
「そう」
「今年も朝からお忙しい様子ですわね」
「そうね。朝から見知らぬ子たちに好き好きって言われながらここまで来ましたわ」
「それはそれは……」
その中に、あの子はいただろうか。黄色い声を上げる程度の想いのようにも見えなかったが、ダージリンの傍で1分も過ごしたことのないその想いは、ただの勘違いに過ぎず、黄色い声を上げる子たちと本当は何も変わらないはずだ。むしろその方が随分気が楽なはず。
「ビートルズの気持ちがわかるわ」
「……気絶させたのですか?」
「さぁ、どうかしら」
ダージリン様が人を寄せ付けるのは、決して好意に対して不快な態度を取られないことだろう。機嫌よさげに満更でもないと言った様子。ただ、重たい想いは全て教会へと、神様へと委ねられてゆく。神の元へ行った好意は大切に扱われるに違いない。


授業を二コマ受けたあと、戦車道全員が小走りになって訓練場まで急いだ。昼までの訓練中はもう、1年も2年も足が数ミリ浮いているのではないかと思えるほどだった。アッサムは空腹のままクルセイダーの射撃訓練指導を行い、バニラが車長の狭い車内でずっと気分の悪さと戦う羽目になった。ローズヒップの車内にいれば、乱暴な操縦のせいで胃液を吐いていたに違いない。ソワソワしている隊員に怒る気も失せてゆく。訓練が終わった後、ダージリン様が最大級の溜息をもらしていたのだが、それでも事情を知っている彼女の背中は、心なしか楽しそうに見えた。やはり最初に言っておいてよかったと、アッサムもため息を漏らした。
「アッサム様」
ランチ前に訓練の評価をまとめて隊長室に置きに行こうと歩いている途中、情報学部の生徒に呼ばれた。
「何かしら」
「大量の荷物がダージリン様に届いていましたので、隊長室に運んでおきました。あと、学校中の生徒たちからのプレゼントが3年生の教室前に並べられていましたので、こちらで勝手にまとめて運んでおきました」
「そうなの。ありがとう」

隊長室に行くと、段ボールが7つほど置かれていた。開いているものは、校内の生徒たちのものだろう。今日、明日くらいまでならこのままおいていても構わない。一言ダージリン様に伝えておくだけにしてもいい。部屋を出ようとすると、ふと、見覚えのある包装紙が見えた。朝の、あの子が抱いていたものだ。
「………顔を見て渡すこともなく、神様の元に」
アッサムは食堂の傍にある売店に向かいサンドウィッチを買うと、パソコンを持って再び隊長室に戻った。午後からは訓練がない。浮き足立っていた後輩たちは今頃、血走った眼で準備をしているだろう。大参事が起こらない限り、アッサムを呼ぶなとペコに伝えてある。
空いた時間に、ダージリンとゆっくりお茶をという想いも、よぎらなくはなかった。この痛みの出どころや、痛みの質、そして痛みに耐え続ける道を選ぶべきか否か、彼女の傍で考えて、その勢いのまま答えを導き出しても、構わない。そんな気持ちも少なからずある。

ダージリンが昨日、このソファーで隣同士に座り、そして、触れてくれた手は痛みに痺れたまま。待っているとはっきりと言ったダージリンは、果たして一体どんな想像をしているのだろう。いや、彼女が望んでいるアッサムの気持ちは、他愛のない親愛で間違いはない。

「他愛ない」

その名の通り、そこにある友情は、互いに開いた距離を最短で埋める清らかな存在だ。

アッサムだって、ずっと近く遠かった
自ら広げたこの距離を縮めたい
隣で歩幅を合わせ、歩むことができるのなら

そこに痛みがなければ、どれ程、幸せでいられだろうか


「……何を考えているのかしらね」


段ボールを開け、あの子が抱きしめていた箱を手に取る。名前と学年を確認しようと思ったが、どこにも書かれていなかった。彼女は存在を知らしめることすらできず、想いを押し付ける方法を選んだのだろう。そうやって簡単に諦められるくらいの想いなら、それはただの身勝手な情だ。神様の元へ送り届けて終わらせた方がいい。アッサムは、昨日ペコにやらせた作業を、1人でやり始めた。一つ一つ名前と中身をリストに書き込み、メッセージカードがあればそれを別にまとめる。それぞれの想いの欠片の中、こうやって押し付けるだけの想いたちと、アッサム自身のそれには、違いがないのだろうという考えと、ダージリンに触れることができる距離にいる自分とでは、やっぱり違うという己惚れた想いが交互に押し寄せてくる。1ケースの作業が終わっても、憧れのような想いたちは、アッサムに苛立ちしか与えてはくれなかった。サンドウィッチをつまみつつ、他校や企業からの段ボールを開ける。ノンナとカチューシャ、ケイたち。直接プレゼントをダージリンに渡すべき名前を見ると、ため息が零れ落ちた。
ある程度1人で運べそうなところまで作業を終えると、アッサムはそれらを先に神様の元へ届けることにした。悪いことをしているわけではないが、ダージリンに顔も名前も認識されない想いはせめて、アッサムが責任を持って神様の元に届けるべきだと思った。

そういう言い訳をして、ただ、自分の気持ちを落ち着かせたかった。



 教会に向かい、シスターに段ボールを預ける。お昼を過ぎた教会はとても静か。痺れる手、腕の痛み、胸を締め付ける苦しみから救われはしないかと、誰もいない教会の長椅子に座り、手を合わせてみる。時計の音さえない、その静寂。


力を貸してくださいという祈りなのか
痛みを和らげて欲しいという祈りなのか
想いをこの場に置いていかない限り、痛みは取り除けないと言うのに。




「………今度は、懺悔に来る羽目になるかしら」



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Date:2016/04/12
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