【緋彩の瞳】 涙の海に沈む想いは ①

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

涙の海に沈む想いは ①

 寮から出たダージリンは、フラフラと歩み始めた。船尾の方角と言っても、正門から出て行ったのか、裏門なのか、あるいは戦車専用通路からなのか、どこからでもアッサムはカードキーを持っているから、出入りは出来る。ダージリンは正門に向かって走った。真っ暗闇の中、ポツポツとある街頭。車の往来のない静かな時間。こんな暗闇の中、学院の外に出るなんて初めてだ。無論、さだめられた外出時間を越えた規則違反だ。
靴音を響かせながら、同じような靴音がないか、耳を澄ませ歩いた。アッサムの名前を叫ぶことは出来ない。彼女がどのあたりに居るのかも、まったくわからなかった。携帯電話を鳴らしたが繋がる気配を感じない。持っているのかどうか怪しいので、1度かけてすぐにあきらめがついた。

アッサムはどこに行ったのだろう。
なぜ泣いているのだろう。
どうして泣かせてしまったのだろう。

頬を汗が伝う。ハンカチで拭ってセーターの袖をまくった。焦りが呼吸を乱して胸のあたりが息苦しい。大声で彼女の名前を呼べたらいいのに。2人で学生艦の街を歩いたことなんて1度もなくて、だから地図は頭の中に入っているけれど、アッサムがどの道を好むかはわからない。暗闇の世界とはいえ、ダージリンには馴れない景色。いつもは戦車かランドローバーに乗って街を走るばかりだった。ローズヒップは船尾の方角と言っていた。船尾方向には3つ広い公園があり、教会や病院施設、図書館がある。コンビニもあったが、学生で顔が知られているアッサムが、この時間にそんなところに行くことはないだろう。風に当たってくると告げたと言うのなら、船尾の最も奥にある公園だろうか。そこまで相当な距離がある。流石に簡単に歩ける距離ではないはずだ。ダージリンは頭の中で地図を確認しながら、一番近い公園へと向かった。春には見事な薔薇が咲き乱れる公園。満開の時期になれば隊員を連れて、ピクニックに来たことがある。

「アッサム」
広い公園に入り、ますます暗闇が深くなった。秋とはいえ、草木は闇を引き立たせ、時々思い出したように葉が擦れた音を出す。記憶をたどり、ベンチが置いてある場所は全て探したが、人は全くいなかった。
ここではない。
そう感じる。
薔薇の棘と葉がダージリンの身体を痛めつけるように、周囲を囲んでいる。
「………アッサム」
闇雲に走り回るのはこれ以上出来ない。公園の時計の文字すら暗闇で読めずに、携帯電話のディスプレイを光らせた。23時を回ってしまっている。もちろん、彼女からの折り返しもない。船尾の方角とローズヒップが言っていたのを疑うことはないが、途中で折り返した、あるいは違う方向に向きを変えたということはないだろうか。寮のクラスメイトに電話をして、アッサムが部屋に戻っているかどうか、確認を取らせることもできる。悩んだが諦めた。これは、ダージリンとアッサムの問題だ。ローズヒップまで傷つけ、大嫌いだと言われるようなことを、ダージリンがしでかしたことが原因なのだ。


「……待つしかないのね」


 自分は何をしているのだろうか、と思う。冷静に考えれば学外を探し回らずとも、寮で待つべきなのだ。取り乱すなどと言うお粗末なことをするなんて、ダージリンという名を持つ人間がする行動のはずがない。ローズヒップの大嫌いと言う言葉と、アッサムが泣いていたこと。それだけで落ち着きを見失うなんて。


“なんて”ではない。
ダージリンがダージリンでいられるのは、いつでもアッサムがいたから。
落ち着きを失うだけの理由が、今は存在している。


同じ道を通らずに、裏門へと続く道を選んでゆっくりと歩いた。寮に戻ってきたころには日付は変わってしまっていて、アッサムの部屋をノックしても返事はない。元より帰ってきていても、応答する気がないかもしれない。
「……いるのに出ないのなら、マスターキーを使って開けるわよ?」
ドアに向かって言葉を掛けてみた。静寂から生まれる音は何もない。耳を澄ましても人の気配はない。
罪を増やした気分を背負いながら、仕方なく自室に戻った。ずっと握りしめていた、ローズヒップに押し付けられた紙袋を机に置き、小さな包装された包みを取り出す。ピンクのリボンを解き、破れないように包みを開くと、淡いピンクのマニキュア。きっと、アッサムが使っているものと同じブランドなのだろう。彼女と普段から、もっと他愛ないことを話せる仲だったら、愛用のマニキュアのことや、好きな色、こだわりなんかを知ることができた。休日に2人で過ごす様な時間があれば、彼女の趣味や興味があるものを、知ることができた。

近くて遠い。

それを良しとして受け入れる前に、もっと向き合ってもよかったはずだ。アッサムがそれを望んでいなくても、ダージリンが望む気持ちを消したフリをする必要などなかったに違いない。



いつでも、近くて遠い
やっとこの夏に
少し、近づいたはずだった
錯覚だったのかもしれない



今はただ、遠いだけ


もう二度と彼女に触れることは、叶わないかもしれない。
そんなことを思ったら、右手が泣くように震え出した。



待っている、だなんて




それがアッサムを追い詰めたと言うのなら、きっとダージリンのあまりにも身勝手な勘違いだったのだろう。じゃれ合いに無理矢理付き合わせていたのかも知れない。まったくそんなつもりがない彼女の気遣いを良いように捉え、満足して楽しんでいたのだとしたら。

まさか、と思いながらも、「違う」と言い切るものは何もない。
事実、アッサムは日付が変わっても行方がわからないのだ。ローズヒップに涙を見せて、消えてしまったのだ。

ただ、ダージリンはアッサムの傍にいたいと思った。
隣で同じ歩幅で歩み、袖がすり合う距離で互いを感じたいと。

埋まることのない距離
近くて遠い

でも、それはそれで心地よかった。
遠くても、一定の距離以上は離れることがないと、言い切れることができたから。
信じ切っていた。
互いに近づくことができないと言うのであれば、その距離以上、離れないでいてくれるはずだと。


右手が泣きだした。


アッサムの左手に触れたダージリンの右手は、しくしくと泣いている。
押さえても、撫でても、叩いても、意志とは関係がないと言わんばかりに、震えて泣いている。ため息を吹きかけてあやしてやっても、泣き止みそうにない。
ならば、泣きたいだけ、泣けばいい。それが悲しみなのか侘しさなのか、苦しみなのか、わからないのだ。慰めてくれる人がいるのなら、アッサムしかいない。
部屋のドアを開きっぱなしにして、ブランケットを手に廊下が見える場所に腰を下ろした。何時になれば帰ってくるのか。何時になってでも待つしかない。駄々をこねたように泣く右手を押さえながら、薄闇の廊下の先を、じっと見つめるだけだった。


こんなことをするなんて、らしくもない。
まったくもって、今は“らしさ”の欠片も心には存在していない。
今のダージリンはもう、“ダージリン”として立っていられない。


闇が消えたのは、寮監が廊下の電気を一斉に付けたせい。訪れた光に一瞬目がくらんだものの、暖色の光に目はすぐに馴れた。ジンジンと痺れる腰を押さえながらゆっくりと立ち上がる。じっと待っていてもアッサムは帰って来なかった。朝の5時。周りが起きるには少し早い時間。神経を研ぎ澄ましてじっと音を聞いていたが、アッサムが階段を上る音など聞こえたりしなかった。
今日は朝から、親善試合のための戦車長ミーティングを予定している。午後からも訓練が待っている。眠らずにいた身体よりも、泣き疲れた右手が重たくて。

もし、このままずっとアッサムが姿を消したままだとするならば。

右の腕は泣き腫らして、痛みすら覚えてくる。
別の痛みで紛らわせないだろうかと、壁に頭をぶつけた。



……
………
…………


ぼんやりとした頭に、絨毯敷きの階段を上る音が重く響く。聞き慣れたリズムではないその音。それでも、それはアッサムだとすぐにわかる音。
手すりを掴む手と青いセーターが見えて、それからゆっくりとその姿が現れる。



「………アッサム」


向かい合って、見つめるその瞳。
充血して赤くなった瞼。
真っ青な頬の色。
ダージリンを捉えて、立ちつくし動こうとしない。

「アッサム」

廊下を進もうと一歩を出すと、視線が外された。ダージリンが迎えに行くことを拒むように、重苦しい空気を背負って近づいてくる。

「おはようございます、ダージリン様」

泣き疲れて痛む右手を慰めて欲しいと、その左手を掴もうとしたけれど。
それを察したように一歩下がられてしまった。

なぜ、と言葉に出せないのは。
右手が嗚咽して、声すら上げられないでいるから。


「ダージリン様」


アッサムがそう呼ぶ。赤く腫れた瞼は伏せられ、足元へと逃がされた視線。

「…………それが…答え?」
小さく震えるように俯かれた。
その顎の動きはダージリンの質問に対して、肯定的なものだった。
「本当に?」


「…………はい」


認めないと声を荒げてしまえばいい
その頬を叩いて、認めないと言えばいい


頭の中でそんな我儘な考えが渦を巻いた。
右手の自由が効いていれば、本当に頬を叩いていただろう。


「……ダージリン様、部屋に入りたいのですが」
アッサムの部屋のドアを塞ぐように立っていたダージリンは、よろよろと後ろに下がった。ポケットから鍵を出す横顔。青白く、色を失った唇。いつもはふんわりとしている髪は、朝露に濡れたのか、背中にまとわりついている。
「…………こんな時間まで、どこにいたの?」
「教会にいました」
「開いてなかったでしょう?」
「閉ざされた門の前でずっと、懺悔していました」
「何を懺悔していたの?」
「さぁ……くだらないことですわ」
小さく深呼吸をして、俯いた顔を上げる。


その横顔が見慣れた造形物へと変化していく瞬間。


ダージリンの右手は涙の海に沈められた。



海の底に引きずり込まれていく。


アッサムの手を握りしめていたはずの、右手が、右腕が、右肩が、身体が傾くように、海底に引きずり込まれていく。

「アッサム」

溺れてしまい息ができなくなりそうで、助けを求めた。
アッサムは無理やりに口角を上げて、作った笑みで見つめてくる。

赤い瞳。
腫れた瞼。


「ダージリン様、まだ朝は早いです。規則違反に対する罰については、訓練の後に隊長室で。どんな罰も受けますが、今日の訓練メニューは後輩たちのために変えたくはありません。今日までは隊員でいさせてください」

ゆっくりと目の前で閉じられたドア。
海に沈んだ身体はもう、声も出せずに見えない底に横たえたままだと言うのだろうか。

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Date:2016/05/03
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