【緋彩の瞳】 涙の海に沈む想いは ②

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

涙の海に沈む想いは ②


いつもの起床時間に鳴るベルを止めて、無理やり身体を起こした。朝食の時間に余裕を持って準備を整えられるが、とても食べたいと思う気分なんて持てず、ずっとこのままベッドにうずくまって、すべてが夢だったのだと信じ続けていられるのなら、そうしていたかった。部屋の中は明るいけれど、ここはもう、海の底なのだ。ずっとこうしていられたらいいのに。そう思いながらもいつものように起き上がって、シャワーを浴びた。制服のままベッドでうずくまってから1時間しか経っていない。ぼんやりゆらゆらと揺れる視界。丁寧に髪を洗い、洗濯済みのシャツに袖を通す。髪を編み込む右手が、また泣きそうに震えるから、強くその甲を叩いた。

机の上に並べられた大切な隊員たちからのプレゼント。

自分の気分だけで、彼女たちに迷惑を掛けることは避けなければならない。ましてや、昨日、あれだけ盛大なお祝いをしてくれたのだ。今日は改めて感謝を伝え、あれだけ浮かれていた彼女たちの気を引き締めてやらなければならない。親善試合とはいえ、簡単に勝てる相手ではないプラウダとの戦いは2週間後。カチューシャとの間では、後輩育成のための試合だと了解を得ている。


とてもそんな気持ちになれない、だなんて。想うことすら許されるはずがない。

元よりアッサムもそうだろう。
この右手が泣こうとも喚こうとも、戦車道を突き進むダージリンには関係のないこと。

アッサムが傍にいなくても


アッサムがダージリンの傍にいてくれなくても。


アッサムが傍にいないダージリンなんて、そんな日は過去に一日もなかったのに。



 食堂に行くと、オレンジペコの姿が見えた。自由席だが常に同じ場所に座っていて、いつもそこはダージリンのために整えられている。
「おはようございます、ダージリン様」
「おはよう、ペコ。昨日はとても楽しかったわ。本当にありがとう」
「いえ。ところで、何か目が充血されていますが」
椅子を引いてくれたので、深く腰を下ろす。毎日ではなかったが、いつもはダージリンよりも早く隣にアッサムが座っていたのに、なんて余計な事を考えてしまう。
「あぁ……ほら、みんながくれた色紙を読んだあとに寝たせいね」
「え、それはちょっとダージリン様らしくありませんね」
「私だって、感動で涙を流すことくらいありますわよ」
「それはかなり意外です」
驚いているようなセリフ回しの割には、さほどペコは演技力が備わっていない。温めたミルクに注がれる紅茶。
「あら、今日は何を淹れたの?」
「アッサムティーです」
「……そう」
「アッサム様は?」
「見てないわ」
拗ねたように頬を膨らませているオレンジペコは、ローズヒップから何か聞かされているのだろうか。何を聞かされていようとも、彼女たちに余計な気を遣わせることはあってはならない。ローズヒップとルクリリの姿が見当たらないが、それをあえてペコに聞かずに2人だけの朝食を取った。


 部屋に戻り身なりを整えなおした頃、廊下をバタバタと走る絨毯を叩くような音が聞こえてきた。
「アッサム様!!!」
ローズヒップの声が聞こえてくる。
「アッサム様~~!!!おはようございます!!」
ドンドンとうるさくドアを叩く音が5秒。用意がすでに整ったダージリンは鞄を手に部屋を出る。ちょうど、アッサムがドアを開けたタイミングと重なって、ローズヒップがアッサムに抱き付いた姿を目の当たりにしてしまった。
「アッサム様~~~!!」
「こらっ……」
「アッサム様~~」
「離れなさい、ローズヒップ」
犬が主に抱き付いているようだわ、なんて。大嫌いと言われた彼女の睨み付けてくる瞳を思い出しながらも、そのすべてが現(うつつ)だったなどと、認めたくはない気持ちが、鞄を掴んでいる右手を震わせる。
「アッサム様、顔色が悪いですわ。白菜みたいですわ」
「気のせいよ」
「おメメも腫れていらっしゃるわ」
「冷やしていたところに、あなたが邪魔をしたのよ」
閉じきれていないドアから漏れる声を横切った。起きているのならば、集合時間にちゃんとミーティングルームに来るだろう。元より彼女は、一度として練習を休んだことはない。同じように一度だって休んだことがないダージリンの傍らには、必ず彼女がいた。
「アッサム様~。お休みしていた方がよろしいわ」
「私のことは私が決めるから。ほら、もう離れなさい」
ダージリンが階段を下り始めた頃、ドアの鍵が閉められる音が聞こえてくる。ズンズンと近づく2人の足音。ダージリンはスピードを上げて階段を下り、早足で寮を出た。



「おはようございます、ダージリン様」
「おはよう、ルクリリ。昨日は本当にありがとう。とても幸せな時間だったわ」
寮を出ると、ルクリリが立っていた。アッサムたちが降りてくるのを待っているのだろうか。
「喜んでいただけて、よかったです」
昨日のソワソワした様子は見られず、眼差しは憐れんでいるかのよう。ダージリンは背後から近づく足音を確認して、歩みを再開させた。いつものアッサムの定位置、少し後ろをルクリリが付いてくる。静かに10分ほど歩き、戦車道校舎に入る。階段を上がりミーティングルームに入ると、各戦車長がすでに座っていた。

 赤い瞳、腫れが残ったままのアッサムの青白い顔。ちらりと後ろを見ても、彼女は手元のパソコンから視線を上げたりしない。前を向けば、ローズヒップが睨み付けてくる。そのふて腐れている態度が続くようなら、何かしらきつく注意をする必要があるだろうが、今はそんなことに時間を割けない。

ダージリンはまず、改めて、昨日のお礼を丁寧にして、一生の想い出として深く胸に刻むことを隊員に約束した。その後の出来事は夢と幻の狭間に追いやり、ダージリンという存在は、一度、しくしくと溺れて海底に沈んで死んでしまったのだと、自らに言い聞かせた。ここにいるのは、聖グロ戦車道の隊長としてのダージリンだ。アッサムもまた、副隊長としての責務がある。


「今回の親善試合は、フラッグ戦となり、クルセイダー小隊4両、マチルダⅡ小隊5両、チャーチル1両の10両の編成になります。3年生は全員参加をせず、後方支援に当たります。まず、各隊の編成を小隊長が選任。その後、各車長は、現在3年生が担当している役を1,2年生から選任、ダージリン様に参加者名簿を提出してください。原則、各小隊からの編成変更となりますが、人員に問題がある場合は、各小隊長の許可を得て部隊編成をしても構いません」

アッサムがいつもの口調で車長達に伝えて行く。みんなそれぞれ、明らかに困ったような眉になっていった。一番困り果てているのは、ダージリンのすぐ横に座っているペコだ。彼女には、3年生が出場しないと言うことをずっと伏せていた。

「ダージリン様」
「何かしら、ペコ」
「我々チャーチルの戦車長はダージリン様ですが、チャーチルはどうしますか?」
ダージリンは腕を組んで、マチルダⅡ小隊長へと視線を投げかける。
「マチルダⅡ小隊長がチャーチルの車長をします」
隊員の視線が中央に集まる。本人は首をかしげるだけで、さほどその重大さに気が付いていないようだ。
「………私ですか?」
「あなたよ、ルクリリ。マチルダⅡ小隊の編成は、キャンディを中心に考えておきなさい」
「あ、はい。え?私がチャーチル?」
「ご不満?」
「いえ……光栄です」
ルクリリの視線はちらりとアッサムへと向けられた。
「砲手、操縦手はマチルダⅡから選ぶように」
「わかりました」

 夏の大会が始まる頃から、チャーチルの次の戦車長、行く行くは隊長になる人物について、ずっとアッサムと他の3年生たちと話し合いをしていた。ダージリンはペコを隊長にと考えて装填手をさせていたが、アッサムはルクリリを推していた。他の3年生からは2年生のキャンディを選ぶべきだと言う声もあり、最終的にはルクリリかキャンディ、2人に絞られた。ペコの背は隊を背負うには小さすぎる。サポートの立場の方が彼女の持ち味を生かせると、アッサムはそう思っているようだった。ルクリリとローズヒップの3人の関係性を見れば、確かにペコは2人をグイグイ引っ張っていくようにも見えない。一度、ルクリリをマチルダⅡのトップに立て、問題が出てくればキャンディにチャーチルを任せるという方法で大会後に編成を変えた。アッサムの読みは正しく、ルクリリは隊をまとめる人物として、相応であると思う。絶対的な輝き、強さ、そういうものは見えてこないが、ペコやローズヒップ、そして2年生たちとの仲も良く、信頼を得られている。嫌われる強さはないかもしれないが、さほど嫌われるタイプでもないだろう。独裁者と言うほどの強さもないが、仲間を巻き込む勇気や、素直に助けを乞える感情を持っている、とてもいい子。1年生も2年生も、アッサムが可愛がり育てた。ダージリンはそれを、脚を組んでソファーに背を預け、眺めているだけだったように思う。

「プラウダからは、出場車両の事前連絡をもらっています。手元の資料を読んでおくように。敵戦車の特徴を踏まえ、編成を考えてください。各小隊の提出時間は12時までです」
アッサムの淡々とした口調。静まり返っている部屋に、パラパラと資料を捲る音が響いた。
「……以上よ、質問は?」
誰も手を上げるものがいない。アッサムが部屋を見渡したあと、ペコが立ち上がった。それを合図に全員が立ち上がり、一礼をする。ローズヒップが先頭となって部屋を出て行った。マチルダⅡの車長達もゾロゾロと部屋を出て行く。
「ペコ、あなたは今の時間、マチルダⅡの車長ミーティングに参加をしなさい」
「わかりました」
ダージリンが告げると、ペコは一礼をして部屋を出て行った。

「ダージリン様。私は、マチルダⅡのミーティングを少し見てきます」
「なぜ?」
「ルクリリの動揺を和らげておきたいので」
「あの子を推したのはアッサムでしょう?」
「はい」
「ペコを傍に付けているわ。キャンディもいるし、問題はないでしょう。あと10分したら3年生がここに来るわ。こちらのミーティングに参加しなさい、アッサム」
「わかりました」
優しい副隊長は、ルクリリが助けを乞う瞳をアッサムに投げかけたことを気にしているのだろう。ダージリンはだからこそ、ルクリリが今からどういう編成を組むのか、彼女自身で考えて欲しいと願う。元よりアッサムはそこに口を挟むわけではないだろう。きっと優しく肩を叩く程度のことをしたいだけ。

大きな窓から注がれる朝の光はカーテンに阻まれて、部屋はスクリーンを見やすくするために薄暗い。重苦しい空気だけが身体を包み、ため息を漏らしてしまえば、海底に沈めた“ダージリン”が泡を吐き出して、もがく様な気がした。
「ダージリン様、お茶を淹れましょうか?」
「お願いするわ」
後ろでガタンと音を立てる。ダージリンはそっと振り返った。立ち上がった音は聞こえたが、そこに姿が見えない。
「アッサム?」
「……すみません」
低い位置から声が聞こえ、思わず立ち上がる。アッサムは頭を押さえて片膝をついている。
「アッサム?」
「平気です」
ダージリンが無理やり正常に頭を働かせているのと同じように、アッサムもまた無理を押し通している。テーブルを支えに立ち上がる彼女の背中に、そっと触れることができたら。



その背中に、この泣き濡れた右手で



「………私、あなたを傷つけたの?」



青白い頬に向かって海底から泡を吐き、腕を伸ばそうとする無様。
失ったのではなく、最初からなかっただけだと言うのだろうか。

「いえ、違います。私がダージリン様を傷つけしまっているのです」
「あなたの言い分を聞かせてほしいわ、アッサム」

違う。お願いすればいいだけだ。
傍にいて欲しいと。
離れないで欲しいと。
触れる距離でいたい、と。

もう、近くて遠い場所に行ってしまわないで、と。


この海底から差し伸べる右手を引っ張って、と。


“傍にいたい”のか“傍にいて欲しい”のか


「……いい訳などありません。私のおこがましい想いが、隊長であるダージリン様を動揺させてしまった。それだけです」
「私とアッサムは友達として、互いに手を取り合うことすらできない関係だとでも言うの?」
背を向けたままのアッサムは、振り返ろうとはしない。答える気がないというのではなく、答えられないと訴える背中。

触れたいと思う背中。
きつく握りしめたいその左手。

「お茶の用意をしてきますわ」

フラフラと部屋を出て行く彼女の背中を見送り、ダージリンは腰を抜かしたように椅子に座った。

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Date:2016/05/03
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