【緋彩の瞳】 この想いに触れないで ①

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

この想いに触れないで ①

午後の訓練が終わった。朦朧としながらもちゃんと指導していたのが、自分でも不思議なくらいだった。緊張から解放された隊員たちの表情がホッとしたのを確認して、戦車でひどく揺らされた身体を今すぐベッドに横たえたいと思っても、やらなければならないことが、頭の中で次々と浮かんでくる。隊を乱し続けたクルセイダー部隊のメンバーの様子を見に行かなければ。
「アッサム」
「……はい」
「6時に隊長室に来なさい。規則違反のことで話をしましょう」
マチルダⅡの隊の中に紛れて整列後、解散して歩く途中、ダージリン様が道を塞ぐように立っていた。
「承知しました」
「顔色が悪いわよ」
「戦車酔いです」
ダージリン様がずっと立ち止まったまま、動こうとしてくれないので、アッサムは一礼をしてくるりと向きを変える。
「ローズヒップ、クルセイダーで入れ替えたメンバーを連れてきなさい」
「は、はい!」
クルセイダー隊員の列に向かって声を上げて、立ち止まったローズヒップに視線を投げる。ダージリン様の視線はずっとアッサムの背中に注がれたまま。
「少しだけ、お話しをしましょう」
ローズヒップは4号車の車長であるバニラと新メンバーを連れてきた。陽が落ち始めている静かな場所へと誘導し、並べられたベンチへと向かう。
「6人分ね。ローズヒップ、飲み物を買って来て。私はブラックコーヒーのホット」
「……コーヒー?うちの学校に置いてますの?」
「ありますわよ。情報処理学部の校舎裏に自動販売機が」
「え~!知りませんでしたわ!!!」
アッサムが入学した頃は自動販売機なんてなかった。副隊長に任命されてすぐ、要望があると言って、ドリップ式のコーヒーを淹れることができるタイプのものを設置した。場所を戦車道校舎から少しだけ離したので、OG会には何も言っていない。甘ったるいココアやホットミルク、美味しくない紅茶も淹れることができる。ダージリン様は味見をされて泥水とおっしゃっていたので、1度しかお使いになっていないが、情報処理部からは重宝されていて、よくこのベンチで集まって飲んでいることは知っている。紅茶の匂いにまみれていたら、時々別のもので胃を刺激したくなる。アッサムはそう言う性分なのだ。
「ホットココアですわ!!!」
みんな自分で選びたいと走って行き、子供みたいな顔でそれぞれがカップを手に帰ってきた。クルセイダーの他の隊員たちにもれなく伝わり、そのうち奢ってくれと群れてくるに違いない。日替わりになるだろう。お茶会の回数は稼げるが、ホットココアやコーヒー、炭酸の入ったジュースを飲んでいる姿を見られたら、ダージリン様は相当渋い顔をされるに違いない。

とはいえ、規則違反で与えられた罰によっては、もうアッサムは副隊長ではいられなくなる。それはそれで苦しいことだが、受け入れるしかない。それがダージリン様の出す答えならば。距離を広げることをアッサム自身は耐えられないが、ダージリン様を不快にさせる人間にはなりたくない。傍にいなければいつか、感情は緩やかな弧を描き、過去になり、想い出になり、笑える話になる気がする。何年かかるかはわからない。


近づくことも、遠すぎることも耐えきれない。


「あまっ!甘々ですわ!!」
「え~、本当ですか?」
「一口飲ませて」
隊員たちは、女子高生らしく楽しそうにカップを回している。淑女の中の淑女のはずだが、訓練も終わり、ギュウギュウと押し付けられた感情が解放されてしまったのだろう。
ここにダージリン様がいれば……まず、直立不動で整列したままに違いない。
「私が甘やかせすぎたのかしらね」
ため息を吐いて見せると、ハッとなってみんながカップを置く。
「まぁいいわ。訓練の出来の悪さに落ち込んでメソメソするよりも、切り替えは大事ですから。ただ、反省をして、次に生かす方法をしっかりと話し合いなさい。3年生は試合には出ないけれど、あなたたちの相談なら親身にのってくれるはずよ」
クドクドと偉そうなことを言うほど、アッサムには発言力なんてない。失敗をし続けた1年生を隣に座らせて、ただ、落ち込ませないようにするくらいだ。突き放すことも愛だと思う。ダージリン様の考えさせて育てるやり方は間違いではない。これはただ、アッサムの自己満足に過ぎないのだ。


30分程ローズヒップたちと話をして、時間を見計らって解散した。隊長室に向かうと紅茶の香りが部屋を包んでいる。
「コーヒーでも飲んでいたのかしら?」
「………はい」
「そんな顔色でコーヒーなんて飲んだら、ますます具合が悪くなる気がするわね」
「………はい」
革でできた隊長の椅子に座って見上げてくるダージリン様の瞳。こうやって直立不動で彼女の前に立つなんて、どれくらい久しぶりだろう。1対1の時は、こんな風に彼女が座りアッサムが直立不動なんていうことは、滅多にない。


いつも、その背中を眺める傍らに立っていた。


「あなたは昨日、何時に学院から出て行ったの?」
「パーティが終わって、しばらくしてからです。時計は見ておりません」
「朝方までどこで、何をしていたの?」
「教会の前にいました」
「何を、していたの?」
「…………じっとしていました」
ダージリン様の瞳は、あくまでも隊長の瞳の色。じっとアッサムを捉えて言葉を紡ぐ。
「具体的に言いなさい」
「懺悔を」
「何の?」
「プライベートなことで」
「私に言うつもりはないのね」
彼女の机の傍にあるティーセット。カップの一つは紅茶が淹れられていて、もう一つのカップは伏せられている。ちゃんと用意されていたのだ。同じ形で同じ色。
「お応えできません」
「言いなさい」
「懺悔の内容を、神様以外にお伝えすることは致しかねます」
「規則違反を犯してまで、懺悔することを神様はお許しになったのかしら?」
「それは、私ではなく神様にお尋ねください」
ダージリン様は右手の甲を左手で摩りながら、深くため息を吐かれた。このやり取りが無駄なことになるというのは、3つ目の質問から分かっていらっしゃる。
それでも、言わせたいのだろう。本当のことを。

一番、ダージリン様が知りたいことを。

「どんな罰を与えても、アッサムは喜んで受けるでしょうね」
「はい」
「退学しろと言えば?」
「後輩たちに申し送りをするために1週間ほど頂ければ、お受けします」
「でしょうね。アッサムが辞めたら、私が隊員達に殴られてしまうわ」
昨日の夜のローズヒップを思い出してしまう。あの後、あの子はダージリン様に余計なことをしに行ったりしていないだろうか。昨日のことを何も言ってこない。朝からまとわりついていたけれど、それでも何も言ってこなかった。落ち着いたら、泣かせてしまったことを謝らなければ。

ダージリン様の瞳に映し出される醜い自分の姿に、吐き気を覚えた。一晩、暗闇の中で照らされた十字架を見つめ続けて、卒業まではずっと、いつまでも近くて遠い距離を守りたいという浅ましい想いを許して欲しいと乞うだけだった。

ダージリン様が近づいてこられても、その分アッサムが下がればいい。
違う彩の想いを悟られてしまわぬよう、嫌っていると誤解されぬよう。
淡々と、今までと同じように。


今までと、同じ。


ずっと、気付きさえしなければ。


「成績優秀、無遅刻無欠席、生活態度に問題なし。外泊して不純異性交遊でもしていたのなら、退学処分でも構わないけれど。教会前で懺悔していたと言われてしまえば、懺悔させた理由は私なのでしょう?」

関係ありません、と嘘を吐くことが出来ない。そんな見え透いた嘘を吐いても、それはさらに真実味を帯びてダージリン様の耳に届くだけだ。何も言わないでいるしかない。


「否定もしないのね」
「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「アッサムを探して、あちこち街を走り回るくらいには心配したわ」
「…………なぜ…」
朝、廊下にダージリン様が立ちつくしていた。アッサムがいないことを知っている様だった。ローズヒップが余計なことを言ったのか、用があって部屋を覗きに来ていないから探したのか、わからない。深く考えるほどの元気もなかったし、今もまだ、そんな気持ちはない。
「ローズヒップが知らせに来たの。あなたが泣いていると」
「……そうですか」
「私が泣かせたと」
「……それは、あの子が勝手にそう思っているだけです」
充血して痛かった瞳は、夕方になってずいぶん楽になった。
零れ落ちる涙がなぜ溢れ続けたのか、アッサムすらわからない。


分かりたいはずもない。


「そう。もういいわ。今回のことは不問にします。もう……心配させないで」
「はい」

紅茶の香りが眩暈を起こさせる。
ダージリンの香りではない、飲み馴れた香り。
一礼して逃げるように隊長室を後にした。

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Date:2016/05/03
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