【緋彩の瞳】 この想いに触れないで END

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

この想いに触れないで END

夕食に行かずに、重い身体をベッドに預けた。寝不足のままずっと動き回り、戦車に乗った身体は、ダージリン様の前に立って遂に、スタミナが切れた。タンクジャケットのまま汗も掻いて気持ち悪かったが、動くこともままならない。お腹が空いたような気もする。それでも疲れを取っておく方がいい。空腹は明日の朝に埋めればいい。


じっと見つめてくるダージリン様の瞳。


じっと、見つめてくる。
いつもはその背中を見つめていた。
向かい合って見つめられるような場所は、居心地が悪い。
やはり、アッサムの居場所はあそこなのだ。
早く、あの場所に戻りたい。
近づくと胸が苦しくて、離れすぎてしまうと身体が辛い。
だからあの場所がいいのだ。

あの場所しか、アッサムには居場所がない。


「……ダージリン」


そう呼べば、素直に喜んでくださるだろう。アッサムから空けた距離が縮まれば、共に手を取り友人として微笑み合う関係になれる。そう、信じてくださっている。アッサムだって、そうなれたらどれだけよかったかと、想わずにいられない。でも、出来なかった。背中を見つめることしか、出来なかった。

寄り添えば、近づけば、こうなるって。
きっと、1年生のあの紅茶の園からの帰り道に、本能的にわかっていたのだ。

人を惹きつける魅力を持つ彼女とは、向かい合うべきではない。
共に歩みを合わせるべきではない、と。
そんな幻想を抱くことなど、戦車道に必要ではないと。


「………今更、どうして」


あと何時間、懺悔をし続ければよかったのだろう。
傍を離れたくはないのに、傍にいると言うことさえ、苦しいのなら。
同じ苦しみならば、その手を取ればいいだけなのに。
嬉しそうな微笑みに、自らの心を傷つけて行く方がまだ。

……でも

瞼に感じる痛み。
消えたはずの痛みだったのに。

一晩かけた決意は、ダージリン様の瞳を見ただけでグラグラと揺れ動き眩暈を起こす。

そのまま枕の下に頭をおしこめて、ただじっと、うずくまっていることしかできなかった。




 そのまま朝を迎えた。アラームに頭を叩かれて、アッサムは身体を起こした。腕が痛い。頭も痛い。喉も痛い。朝食を食べる時間を入れて早めに設定されたアラームではあるが、それでもお風呂にも入らずに寝たのだ。机の上も資料の山がそのまま。今日は何月何日で、朝は授業だっただろうか、訓練だっただろうか。ぼんやりと定まらない。とにかく、起き上がらないと。
 いつもよりぬるく感じるシャワーを浴び、重く痛みを覚える腕で髪を乾かし、身なりを整えた。パソコンを開くと日付が出てきて、今日の予定が並ぶ。午前中は通常授業だ。胃がキリキリと痛みを訴えてきた。コーヒーを飲んだせいだ、とダージリン様がため息吐く姿を想像して、そんな想像をするアッサム自身にため息が漏れる。冷蔵庫に置いてあるミルクを飲み、空腹を埋めた。にぎやかな食堂に行く気持ちになれなかった。キャンキャンと近づいてくるローズヒップ達の相手をする気持ちは持てない。
 重たいと感じる鞄に、勉強道具とタブレットを入れる。隊長室に提出されているであろう、昨日の訓練報告書と計画書を読みたいし、今日の訓練内容について、いくつか整備科に確認をしておきたい。頭の中で、3年生の教室に行くまでの導線を確認して部屋を出た。

隣の部屋のドアが開く音が聞こえて、歩くスピードを速める。逃げるように階段を下りて、扉を開けた。


予鈴ギリギリに教室に着く。重い鞄の中からは誤字だらけの報告書を取り出し、5分の間にルクリリのものを捲った。クラスメイトたちにはまとめて挨拶を交わすだけ。ダージリン様のことは、視界に入れることができなかった。赤ペンで誤字を直し終わったら数学の教師が入ってくる。内容のことが頭に入っていなかったが、昨日、早い時間に眠ってしまった分の作業を少しでも進めなければ、午後からの訓練に間に合いそうにない。



「アッサム」
「はい」

休み時間になるたびに、報告書を読み誤字脱字を直してサインをする。それを何度か繰り返して、やっと昼休みになった。バラバラと立ち上がり食堂へ消えてゆくクラスメイト。がらんと静かになる教室。アッサムは整備科にお願いしていた資料について、持ってきてもらおうと携帯電話を取り出した。

「慌ただしくしているけれど、何をしているの?」
「……いつもと変わりませんわ」
「お茶の時間、何をしていたの?」
「昨日の報告書を……。すみません、昨日は読めずにいたので」
特大の溜息が前髪を揺らした。
「顔色が悪いわ」
「眠りすぎたのでしょう。10時間以上寝ていたせいです」
「具合が悪いのでしょう?」
「いえ、まったく」

何でもないと、作り笑顔を見せた。
見つめてこないでと思いながら。
瞳を重ねてはならない。

「………心配させないでと、昨日言ったわ」
「ご心配されるほどのことは、何もありません」
「アッサム」
座ったままのアッサムの肩にダージリン様の手が置かれる。


逃げなければ


そう思ったけれど、身体はどこへも逃がす場所はなかった。

「私が悪いの?」
「ダージリン様?」
「私が悪いのでしょう?」

見上げなければ、ダージリン様の瞳から逃げられるはずなのに。

「………ダージリン様」
「私が何をしたの?」

交わってしまった視線を逸らすことができない。

「私の自惚れでしたと、お伝えしましたわ」
「アッサム」
聞きたいことは、そうではないと訴える瞳
隊長ではない、ダージリンの瞳

「触らないでください」

その瞳で見つめないで
触れないで
これ以上、この身体を苦しめないで


「アッサム」

傷つけたくはない
ダージリンを傷つけたくない

「触らないで!!」

頬に触れようとする右手を払いのけた。
ほんの一瞬触れたその右手。


アッサムの小指を掬い、指を絡め、握りしめて歩みを揃えてくれた

何も知らずにいた頃のアッサムが望んだこと
ダージリンは応えてくれただけだ

こんな想いさえなければ、それすら望まずに済んだのなら。


きっと
ずっと、ずっとあの日から


肩の重みが消えた。一歩下がったダージリンの瞳から、ひとひらの雫が落ちる
涙の似合わない人なのに
どんなことがあっても、涙を流す人ではないはずなのに


傷つけたくないと願えば願うほど
ダージリンはアッサムが向ける刃に近づいてきてしまう
そういう人なのだ
刃をどけろと、真っ直ぐに迫ってくる


「午後からの訓練には来なくていいわ。病院へ行って、寮に戻りなさい」
「……命令ですか?」
「鞄を持って、さっさと教室から出て行きなさい」
「……はい」
立ち上がれば、アッサムより少し背の高いダージリンの瞳がある。



逸らすことができれば、ひと雫の涙の存在を知らずに済んだのに。




「申し訳ありませんでした」
アッサムはハンカチをポケットから取り出し、ダージリンの右手に押し付けた。


教室を出た後、自分がどうやって寮に戻ったのか、完全に記憶にない。



「あっ、気が付きましたか?」
「…………ペコ?」
「正解です、アッサム様」
可愛い子供のような声だった。キャンキャン吠えるというより、困ったハの字で見上げてくるイメージの声。声は聞こえたけれど、視界には何もない。
「キャンディ様と私しかいなくてよかったです。ローズヒップが見つけたらもう、きっと大騒ぎで訓練どころじゃなくなるところでした」
「…………ごめんなさい、状況がわからないわ」
「倒れていたんですよ、寮へ向かう道で」
教室を出たところで記憶を失くした気がするが、一応は歩いていたらしい。どうせなら、寮の自室まで頑張ればよかったのに。自分に檄を飛ばしたところで、これが現実なのだろう。
「ここは?」
「アッサム様のお部屋です。お医者様が来られて、診察してお薬を置いて行かれました。とにかくしっかり休んでください」
額に置かれたひんやりしたタオルを退けると、あどけない可愛い笑顔が傍にあった。ダージリン様がお気に入りの子。ローズヒップが柴犬、ルクリリがハスキー犬で、ペコはポメラニアンだとおっしゃっていた。柴犬は少々扱いがメンドクサイらしい。
「………ダージリン様には…」
「流石にお医者様を呼ぶのに、伝えないわけにはいきません」
「……それもそうね」
「ダージリン様は訓練中です。体調不良と言うことはみんなに伝わっています」
「……そう。あなたはいいの?」
「はい。ダージリン様が傍に付いておけと」
構わないから、訓練に行けと言いたいが、それはダージリン様が認めないだろう。ペコが命令を受けているのなら、拒絶をしても無駄なこと。余計に困らせる顔をさせてしまうだけだ。
「申し訳ないことをしたわね」
「アッサム様が抜けると、みんな気が休まらないんです。早くよくなってください」
副隊長代行として、ペコたち3人がダージリン様の補佐をするらしいが、自分たちが書いた報告書の内容確認なんて、どうするつもりなのだろうか。不安でしかない。おそらくそのあたりはダージリン様がすべてお読みになって、盛大なため息を吐くことになるだろう。
クドクドとお説教が続くのは簡単に想像できる。
「アッサム様、お仕事のことを考えている顔です」
「……いえ」
「大丈夫ですよ。大丈夫じゃなくても、何とかしなきゃいけないんです。ルクリリも一生懸命、チャーチルの車長として頑張っています」
冷たいタオルを改めてぎゅっと押し付けられて、アッサムはひとまずため息を漏らした。重い頭を動かしたところで、身体は動かないのだ。
「あとで、お食事をお持ちします。その後でいいので、お洋服を着替えてください。お身体に無理があるなら、シャワーじゃなくて、身体を拭く準備をしますので、おっしゃってくださいね」
「ありがとう」
訓練に途中からでも参加したら、と言う言葉を飲み込んで、ペコには机の上に置きっぱなしだったデータをまとめてもらうことにした。練習試合の場所の地形図が広がっていて、過去のプラウダとの練習試合のデータや、車両の特徴についても紙ベースのものが束ねてある。スキャンしてパソコンに入れてしまえばいいのだが、頭の中に先に入れてからでなければ、何の意味もない。ペコがそのあたりを不得手としているかどうか、様子見がてら、お願いをして目を閉じた。途中で、鬼って何度か聞こえたが、出て行かない以上、訓練をただサボらせるのも良くないだろう。
ガンガンと頭は痛む。それでも気分は落ち着きを取り戻している。

最後にダージリンと何を話しただろう
思い出せない。思い出したくない
目を閉じて、意識を手放した




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Date:2016/05/03
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