【緋彩の瞳】 ひとひらの想いは ②

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

ひとひらの想いは ②

 土曜日、今日も命じた通りに、ちゃんとペコはアッサムの世話をしているようだった。隣の部屋との壁はそれなりに分厚く、ノックの音がした後は、ほとんど物音は聞こえてこない。ダージリンは部屋で息をひそめているだけ。アッサムが体調を悪くしている以上、自分が休みだからと出かけるなんて言う気分はもちろん持てず、だからと言って傍にいてお世話をしてあげることすらできない。

できない、のではない。
アッサムには触らないでと言われたのだ。
ダージリンには、傍にいる資格がない。

なぜなのか、それがわかればいいのに。
わかるわけもなく、ろくに寝付けずに、頭を抱えるだけなのだ。
アッサムはいつも、ダージリンが何を考えているのかを良く知ってくれている人だった。だけどそれは、隊長としてのダージリンだけでしかなかったと言うのだろうか。拒絶されたことで、こんなに情けなく頭を抱えることになると、彼女は分かっているのだろうか。


思い上がり


ダージリンはアッサムのことを、まるで何もわかっていなかったのだと。思い知らされたと言うのに。
アッサムは自分のことを分かっているに違いないと、そう信じて2年以上も傍にいたなんて。


お昼を過ぎたあたりに清掃にやってきた人たちのために、邪魔になるからと一度部屋を出た。その間に、クリーニングに出すシーツや制服をまとめて、玄関に用意されているランドリーボックスへと放り込む。
「あ、ダージリン様。ごきげんよう」
「ごきげんよう。どうしたの?」
3年生のランドリールームに行くと、ルクリリがドラム式洗濯機の前にいた。
「アッサム様の物をまとめて洗濯しているんです。ペコは用事があって、情報処理部の人たちのところに行っているので、今日は私が代わりに」
「そう。朝からルクリリがアッサムの部屋にいたのね」
「はい」
4つのドラム型洗濯機と1つの縦式洗濯機。ダージリンが使えるのは1つ。ボタンを押して時計を見た。
「ダージリン様の分、終わりましたらお届けしましょうか?」
「いいわよ、そんなの」
時間はまだある。どこかでお茶を飲んで待っていればいい。
「アッサムの様子は?」
「熱は昨日より下がってきています」



……
………
ドラム式よりも、縦型式洗濯機は随分とにぎやかに揺れる。


「あなたの用事はそれだけなの?」
「はい。傍にいても邪魔になりますし、アッサム様には、休みの日だから出ていけと言われました。ペコもそろそろ戻ってくるので、ローズヒップと外にランチに行こうって」
「そう」
腕時計と洗濯機の表示時間を何度も往復しているのは、きっとアピールだろう。
「アッサムの服は私が届けるわ。ここはいいから」
「本当ですか?では、お願いいたします。アッサム様のお部屋の鍵です」
アッサムの部屋のマスターキーを預かり、ルクリリを見送った。小走りに寮から出て行くその向こう側には、ローズヒップが手を振って待っている。いつでも仲良しの1年生だ。和気藹々としていて、羨ましい。いつも思う。あの3人を見ていると、羨ましい、と。



……彼女たちのような関係
求めているものは本当にそれだけなのか


しばらくして、乾燥を終えた服を丁寧に畳み、アッサムの部屋の前に来た。小さくノックをしても返事は聞こえてこない。ルクリリが入ってくると思われているのだろう。寝ている可能性もある。一声かけようかと思ったが、息をひそめてそっと鍵を開けて中に入った。
音をなるべくたてないように、ドアを閉めてベッドに近づく。ほとんど溶けて小さな氷が数個浮いているだけの、洗面器がサイドテーブルに置かれていた。応急処置の授業なども受けているし、責任者として病気やケガ人の対処方法の知識はあるが、さほど必要とせずに今までやってきた。洗った服の入った籠をそっと置いて、眠るアッサムの頬に手を近づける。


“触らないで”

声を思い出して、触れる手を止めた。純粋に熱があるのかどうか、知りたいだけなのに。自分に言い訳をしても、それでも右手が頬に触れたい想いと、拒んだアッサムの声に挟まれてしまって。


「……ん…」
「っ!」


別に変な気を起こしていないって、心の中で言い訳をして左手で右手を押さえて固まる。
アッサムが寝返りを打つように背を向けた。その流れに従って、はらりと額からタオルが落ちる。


……
………


洗面器の水を一度捨てて、固まったばかりのように見える氷を入れなおし、枕元に落ちたタオルをそっと拾って、冷やし直して額に置いた。呼吸を止めてしまうのはどうしてだろう。
「………ありがとう、ルクリリ」
どうやら、熟睡しているようではないらしい。頬に触れなくてよかったとホッとする。でもルクリリと思われているのなら、触れても問題がなかったのではないか、なんて考えがよぎる。
声を真似て反応してもいいかも、なんて馬鹿げたことまで考えて、疲れているかもしれないとため息を漏らした。


……

触らないでと言われたのに、それでも右手がその頬に触れようとする。
左手で抑え込んでも、触れなければ痛みを血液の狭間に流して、身体を支配してやろうと言わんばかりだ。


この身勝手な右手が、ダージリンの意思とは無関係であるように動くから。

ルクリリだと思っているのなら。

そんな言い訳を心に聞かせて、濡らしたタオルを握って冷たくなっている右手で、アッサムの頬にそっと触れた。


熱い


触れた頬は火照って熱い。落ち着かせるために頬に触れたはずなのに、頬に触れている右手から、痺れのようなものが広がり、淡く色づいた何かが血液に乗って心臓のリズムを早めて行こうとする。



「………そうね、やっぱり…そう言うことなのよ」



傍にいても、触れられなかった彼女
この想いに気づいてしまうことを、心のどこかで恐れていたのだ。


淡く広がる想いが、頬に触れた右手を痺れさてゆく。


「……ルクリリ?」
背を向けたままのアッサムが違う名前を呼ぶ。頬に触れた右手を離さなければいけないのに、吸い付いたように意思に反して、離れてくれない。



……
………



「……ダージリン様」



アッサムは、背を向けたまま名前を呼んだ。
気づかれたようだ。
どこまで気づかれてしまったのだろう。
この想いもすべて、気付かれているのだろうか。


淡く広がるこの想いを


「ゆっくり身体を休めなさい。早く良くなって」

我儘な右手をその頬から引き離して、そっと立ち上がる。振り返らないままの背中。
何も言わず、閉じた瞳も開かれることはない。変わらない柔らかな拒絶。

拒絶するのは、この気持ちを分かっているからだろうか。



「アッサム、あなたが好きよ」




部屋を出る直前、ドアに向かって呟いた。遠く、互いに背中合わせの想いなど、届きはしない。押し付けてはならない想いは、伝えたところで彼女をさらに追い込むだけだろう。想いは足元に落とされて、ドアを開けば外へ逃げて行き、やがて跡形もなく消えてしまうのだ。

初めてこの部屋に入った日のことを思い出す。アッサムは冗談で、ダージリンが好きだと言った。紅茶のことだってわかっていても、あの時芽生えた感情は、嘘偽りのない純粋なものだった。違う景色が見たいと思った感情も、その景色の中でアッサムと手を繋いでいられたらと思っていた感情も、何もかも純粋な気持ちだった。



好き



それ以上の感情があると、気付かずにいた。
感情に彩があると。
そして、痛みがあるのだと。



知らずにいたかった。


「私もです、ダージリン」


ドアを閉める直前に、そんな言葉が聞こえたような気がしたけれど、ついに耳まで都合のいい音を作り出すようになってしまったのだと、カチャリと鍵をかけた。

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Date:2016/05/03
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