【緋彩の瞳】 2人の距離 ①

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

2人の距離 ①

「アッサム」
「はい」
学生艦へ戻る門限ギリギリで船に乗り込み車庫へと向かうと、1年生たちが使っていたランドローバーはすでに駐車されていた。いらぬお節介をしたルクリリの声を思い出して、少々の苛立ちを覚えたが、それでもアッサムの傍にいられたと言うことは嬉しかった。あの子たちがいてもいなくても、アッサムがそこにいるだけでよかったのだ。
「今日はありがとう」
「いえ、夕食まで付き合わせるようなことをして、申し訳ございませんでした」
「とても楽しかったわ。整備科の子たちは、私がいたせいで気を遣わせたかもしれないけれど」
「そんな。あの子たちはダージリン様のことをとても尊敬しておりますわ。それに、初めて夕食をご一緒できて、嬉しそうでした」
ダージリンは特別扱いされたいと思っているわけではないが、やはりある程度の距離は絶対に必要だと思っている。指揮系統に甘えがあるべきではない。それに、アッサムのような上手さもないのだ。今になって思うのだが、ダージリンにはアッサムのような人との関係を築く上手さがないだけなのだろう。ある意味、隊長以外の任務は負えないのかも知れない。周りは、隊長という立場がどれほど大変なことかと気を遣ってくれているが、気を遣わせていればいいだけなのだ。

勝手に周りが、気を遣って動いてくれているのを、革のソファーに座って眺めているだけだった。アッサムが必死になって走り回っているのを分かっていて、任せている。彼女に具体的に仕事を押し付けたりしたことは、ほとんどない。自ら申し出てくれることを、お任せすると告げるだけだ。そうやってすべて、彼女に任せてきた。毎日、報告に来る彼女の足音を待ちわびる日々だったから、靴音だけでそれがアッサムなのだと分かるまでになった。

いい知らせなのか、悪い知らせなのか、一大事なのか。
靴音だけでアッサムの心情がわかるほど、耳は鍛えられていた。
そうやっていつも、アッサムを待ちわびていた。


「……明日、アッサムの予定は?」
「え?あ、はい。午前中は情報処理部の子たちと街に出て、午後からはノンナと会います」
「相変わらず、モテモテなのね」
「ノンナにモテても困りますわ」
車を降りて、ゆっくりと寮へと向かい歩く。
青森の夜は寒く、小さく凍えた。
「よければ、どうそ」
アッサムにショールを渡されて、遠慮せずに肩に掛けた。さっきまで彼女の肩に掛けていたものだ。温もりがまだ残っている。
「ありがとう、温かいわ」

半歩程後ろを歩くアッサム。
ダージリンが立ち止れば、きっとアッサムも立ち止まるだろう。
だから振り返ることも、立ち止まることもせずに歩いた。

この距離を心地いいと思っていたはずだ。
決して、これ以上離れることはないという自信が確かにあった。

今は、これ以上離れないで欲しいと希う想いが、右手に痛みを与えるだけ。
立ち止まり、手を伸ばすこともできずに。
何も知らなければ、あるいは無邪気にできたことかもしれないのに。


駐車場から寮までの少しの距離。会話が途切れて潮風が二人の間を駆け抜けて行った。

耳をくすぐる風の音。
アッサムの靴音。

車の中では、運転をしている邪魔をしないという言い訳が成立して、無口でいられた。
今はどんな言い訳を作ればいい。
いや、ただ他愛のないことを話せばいいのではないか、と思ってみる。
ルクリリと、どんなデートをしたのか。ランチに何を食べたのか。でも、そんなことを聞けば詮索しているようで不快に思われるかもしれない。


……

何も思いつかないまま、結局、寮まで戻ってきてしまった。絨毯敷きの階段をゆっくりと上がる。ふと思い立って足を止めてみた。隣に並んでくれたりしないだろうか、と。

「どうしました?」
「いえ……これ、ありがとう」
「どういたしまして」

足を止めても、アッサムはあの時のように自然に指と指が触れるような距離に、立ってなどくれなかった。探し出した言い訳を返して、笑って見せる。アッサムもまた、見慣れた笑みを返してくる。


これが、やっぱり2人の距離なのだろう。

余計なことをしてくるあの3人の冷やかしは、心を揺さぶられることはあっても、アッサムが望まない以上は、どうすることもできない。アッサムを守らなければならないのだ。傍にいてくれなければもう、ダージリンはその名を背負う強い人間ではいられない。失いたくはない。傍から離れて欲しくない。ルクリリたちには、おそらく知られているこの感情が、アッサムを傷つけると言うことを、あの子たちは知らない。


「ダージリン様?」
「……何でもないわ」
1段低いアッサムが、じっと見上げてくる。そこから動くつもりはない、と。どうせなら、返したりせずに、わざとショールを持って部屋に入ってしまえばよかった、だなんて。そんな馬鹿げたことを考えながら、アッサムの部屋の前で別れた。


横浜寄港の時には会えなかったノンナとは、1か月ぶりに会う。頻繁にメールのやり取りをしていて、アッサムにとっては唯一の親友と呼べる。とはいえ、メールの内容と言えば、戦車道のことばかり。それでも、1年の頃は先輩のことを、今はお互いの後輩のことを愚痴ったり自慢したりと、それはそれで楽しんでいる。聖グロに友達が1人もいないと言うわけではないが、聖グロで最も早くチャーチルに搭乗し、今は副隊長を務めている立場では、同じ学年の人たちはみんな、どこか遠慮されていて、こちらからも簡単には近づけずにいた。いつでも先輩と行動を共にすることが多かったから、それもまた、彼女たちとの距離をそれとなく開けていく要因になっただろう。今ではそんなことはないつもりでいるが、それでもやはり、何でもかんでも話せる間柄、とは言えない。



たとえば、好きな人の話、なんて。



「保奈美」
午前中、一緒に行動していた情報処理部の子たちに車を預けて、ノンナとの待ち合わせのお店に向かうと、背の高い彼女はすぐに見つかった。
「ノンナ、お待たせしたかしら?」
「いいえ、時間通りですよ」
青森で会えるのは春以来。練習試合はその年によるが、大体1年に3回程。それ以外にも同じ港に寄港していれば、お茶会や夕食会などで交流はある。互いに四強と言われる学校であり、練習試合はある程度の強さの学校としなければ、意味はないのだ。サンダースとは1年に1度、黒森峰とも1年に1度は何かしらの交流がある。でも、こうやって友達として会うのはノンナだけだ。
「保奈美、少し痩せました?」
「そうかしら?」
「先週は熱を出したと言っていましたね」
メールの返信が数日滞った時に、素直に事情を伝えて彼女を更に心配させた。副隊長として何も仕事ができていないので、今回の練習試合のことは、本当に何の役にも立っていない。そのため、ノンナと交換できる情報もあまり持っていなかった。
「もう、元気になったわ」
「心配しましたよ」
「後輩たちが、私の代わりに走り回ってくれたわ」
「また、後輩の自慢ですか?」
「自慢できることが、それくらいなの。そろそろ交流の一環として、戦車、取り替えてくれるかしら?」
「OG会が許可をするのであれば、喜んで引き受けますよ」
「……そうね」
オレンジペコお姉さまや、バニラお姉さまが目を吊り上げて、学生艦に乗り込んでくるだろう。想像をして、ため息を漏らした。イギリス戦車以外を聖グロが導入することなんて、不可能なのだ。優勝した大洗女子のように、多くの国の戦車を保有できれば、聖グロは毎年優勝を争える場所にいられるだろう。聖グロに足らないのは、唯一、火力。

ダージリンという隊長は、西住姉妹よりもずっと能力が高い。頂点にふさわしい人だと思う。彼女を頂点に立たせてあげたかった。優勝旗を持って、優雅に微笑むその背中を見つめたかった。

「どうしましたか?」
「え?」
「何か、考え事ですか?」
「………いえ、今更ながらに優勝できなかったことが、残念だったなって。決勝戦でプラウダと戦いたかったわ」
「そうですね。私も保奈美と一騎打ちをしたかったです。黒森峰との最後、本当に見ていて悔しい想いでした」
あの白旗が上がる音、耳を防ぐことができればどれほど楽でいられたか。
ダージリン様がその場所に最も近かった。彼女にあの音を聞かせたくはなかった。
「きっと、後輩たちが仇を取ってくれるわ。うちのOGはみんな、この捨て台詞と一緒に卒業していくのよ」
「そうですか。まぐれで勝ったうちの学校は、黒森峰を破ったことがあるという自慢だけを背負うのですから、似たようなものです」
「勝ちは勝ちだわ」
プラウダと練習試合をするたびに、去年の黒森峰との戦いについて嫌でも目にしてしまう。そのたびに、雨の中、ダージリン様と2人で試合を観に行ったことを思い出す。プラウダが勝った瞬間、ダージリン様は西住まほの指揮が悪かったとおっしゃっていた。アッサムもそう思った。副隊長であった西住みほがフラッグ車を担うものとして、適切かどうかの判断を見誤ったのは隊長であり、責任を取るべくは隊長の西住まほだと。プラウダには、気持ちのいい勝ち方ができなかったことに、同情さえした。
「今回の試合は、勝たせてもらいます」
「どうぞ。むしろ、勝たなければカチューシャが暴れ出すでしょう」
「えぇ。全員、シベリア送りですね」
プラウダにとってはホームグラウンドである試合会場である以上、今回の練習試合は最初から不利と言うことはわかっている。出来る限りこちらが不利な条件を選んだのだ。一度も指揮を取ったことがないルクリリが、2週間足らずで考えた作戦で勝てる相手なら、試合をする意味もないのだ。プラウダはプラウダで、こんな有利な条件で負けたら、カチューシャの怒りは相当なものになるだろう。ノンナの言うシベリア送りがどんな罰なのかわからないが、プラウダ側は勝つことで自信を付けさせたいらしい。聖グロに必要なのは、ルクリリの信頼度。負けて周囲から批難されるような人物であれば、次期隊長としてふさわしくない。負けた後、周りがどう反応するのか、彼女がどう対応するのか、ダージリン様とアッサムは、そこに注目している。万が一勝った場合、それはそれでルクリリで間違いないと言うことになる。
「罰、ね。うちの子たち、今回の試合では、並々ならぬ決意を持って勝とうとしているの。他の部の生徒もかなりやる気がみなぎっていて。まるで全国大会みたいで、ちょっと心配だわ」
「保奈美とダージリンを喜ばせたいのでしょうね」
「……泣かれたりでもしたら、私たちへの罰になってしまいますわ」

泣く様な子ではないルクリリに泣かれたら。
負けるように仕組んでいることが心苦しい。

「保奈美は本当に後輩想いですね。横浜でダージリンとお茶をしたとき、とても褒めていました。後輩の面倒は全て保奈美がみてくれて、とても助かっていると。後輩から絶大な人気だと言っていましたよ」
その日、ペコたちと横浜に出かけたから、そう言う話題になってしまったのだろう。
「どうかしら、目立つ問題児もいるから。でも、面倒をみているのはダージリン様のためよ。あの方のための隊員ですし、みんな、ダージリン様のためだから必死なの」
「相変わらず、保奈美は“もう1人の穂菜美”を大切に思っているんですね」

同じ名前でも、ダージリン様とアッサムはまったく違う立場だ。何も背負わずに副隊長と言う立場でいられる。すべての責任をダージリン様に背負わせたまま。背中を押して差し上げることすらできず。隣を歩くことすらままならない関係。

「私の戦車道は………私の道は、ダージリン様が用意してくださっていたの。彼女が切り開き進む道を、ただ付いていくだけだった。随分と楽をさせていただいた以上、後輩の面倒くらいはね。何の力もないのに、副隊長にしてくださった恩を少しでも……」

何も恩を返せず、友として差し伸べられた手すら拒絶した。
重くのしかかった黒い十字架がようやく消えた、そのダージリン様の、ダージリンの気持ちを踏みにじる罪を犯した。
この感情さえ存在しなければ。


「保奈美はダージリンと共に、道を切り開いてきたのでしょう?」
「………ノンナとカチューシャのような関係ではないわ。ダージリン様は、すべてが完璧だもの」
カチューシャはノンナがいなければカチューシャではいられない。彼女が腕を組みふんぞり返るその身体を、いつもノンナが支えている。どこに行くにも引きずり回し、暴君でいられるのは全て、ノンナという優秀な副隊長がいるからだ。アッサムは違う。ダージリン様とカチューシャはあまりにも違う。
「ダージリンは、保奈美がいるから完璧でいられるのでしょう。あなたは自分を卑下しすぎです」
「………私には、何の力もないわ」
「ほらまた。あなたがダージリンをあそこまで立派な隊長にしたようなものでしょう。彼女はあなたの支えがあるから、立っていられるのよ」
聖グロで出会ったときから、彼女はもう、すでに1人で立って、未来を背負わされていた。黒い十字架に顔を顰める仕草一つ見せず。
「私は支えではないわ。ただ……後ろを歩いていただけよ」


出来るのなら、息苦しさに耐えながらも、あの背中を見つめる居場所を守り続けたい。
寂しそうなため息も、後ろにいればかからないのだ。


ただ、その手を取れば

でも、もう、ダージリン様は二度と手を差し伸べてくださらない。

この手はもう、“ダージリン”に触れることはない。


「保奈美は、ダージリンと肩を並べるべきです。ダージリンはそうして欲しいと思っているんじゃないですか?」
「いえ、その………出来ないの、どうしても」



痛みという感覚以外の何も感じなくなっている左手。
彩すら失って、青くなってしまっているんじゃないかと何度見ても、痛みとは関係なく、ちゃんと動かすことは出来る。



「ダージリンのこと、好きなのですね」
「………どうして、そう思うの?」

聞いてみて、それが答えになってしまったのだと、ノンナの柔らかい笑みを見て気が付いた。

「女の勘、ですかね。いえ、ちょっと保奈美の目がそんな風に見えたので」
「それは困ったわね」
関連記事

*    *    *

Information

Date:2016/05/16
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/718-375bcc37
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)