【緋彩の瞳】 願わくば、この恋を ①

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

願わくば、この恋を ①

予定通りに、プラウダ艦より先に聖グロの学生艦は横浜方面に向けて出港した。練習試合の次の日からは1週間、戦車メンテナンスとなり、整備科と共に必要物資の買い出し、情報処理部の無許可での偵察の事情聴取、各小隊の反省会など、何かとバタバタと過ごした。OG会からのクレームの電話は予想通りやって来て、ダージリン様が鼻で笑って対応をした。電話を掛けてきたお姉さま方は、過去にプラウダとの練習試合で全車全滅のボロ負け試合をされたのだから、3秒後でもフラッグ車を走行不能にさせたルクリリの方がよっぽどマシだと言って黙らせたらしい。バニラお姉さまからの電話はアッサムが対応して、バニラお姉さまは在籍中の3年間、一度もプラウダの車両を撃破されたことはありません、と一言告げて電話を切った。

 ルクリリが次期隊長ということで、ダージリン様はアールグレイお姉さまに電話を掛けていた。特に誰かの許可を得る必要はないのだが、念を押すように告げて、新体制のために引退試合まではダージリン様とアッサムは一線から下がることも告げた。残り少ない聖グロの戦車道で、チャーチルに共に乗り込むことは、本当に数えられる程度となったのだ。

後輩たちを引き連れて、次期体制のために走り回る日々を淡々と繰り返す。アッサムの担う仕事とダージリン様の担う仕事は違っていて、2人でいることは当然ながら減っていった。教室での授業やミーティングなどで、毎日顔を合わせるが、2人の時間と言うものが本当になくて、そのために左手は痛みを緩やかにさせて、想いが消えてくれるのではないかと期待した。ずっとそのまま、この関係を穏やかに維持出来る道を、ゆっくりと歩めるような気持ちがあった。

互いに、必要な情報を交換し合い、ルクリリたちとお茶を飲む楽しみ。それ以外に何かを求めなければ、心はこれで満たそうとしてくれる。でもそれは、そうあって欲しいと願うだけなのだと、本当は分かっている。繰り返される日々の中、近くにいれば苦しくて、離れている間は、淡く想う。何も、望んではならないと言うのに。
ダージリン様が隊長としての険しい表情をされることはもう、ほとんどない。練習試合前からずっと、3年生は指導要員として、いろんな戦車に乗り込むようになっている。チャーチルにはルクリリが乗り、ダージリン様とアッサムが日替わりで乗り込んで指導に当たっている。


「アッサム様」
「何?」
「ダージリン様は?」
「学生艦の次の寄港先のことで、ペコを連れて船舶関係者のところに行っているわ」
隊長室をノックする音。その雑さで誰なのかわかる。入ってきたルクリリがアッサムに一礼をして、ソファーに近づいてきた。
「そういえばそうでした。これ、訂正した訓練計画書です」
「ありがとう、見ておくわ。もう仕事がないのなら、お茶を飲んで行きなさい」
「はい。ローズヒップはどこです?」
「整備科のミーティングルームじゃないかしら。あちらの提出書類の確認をさせて、こっちにくるはずだわ」
「そうですか」
アッサムの空になったティカップを片付けて、ルクリリは自分の分と2つ、ダージリンティーを淹れてくれた。あの負け試合以降、顔つきも落ち着きも、様になってきている。
「ダージリン様と一緒に行動して、どう?大変かしら?」
「よく、“アッサム”って呼び間違われます」
「……そう」
ルクリリが遠慮して、ダージリン様の隣ではなく、常に後ろを歩いているからだ。ルクリリ達3人は毎朝、3年生の寮の前で待っていてくれて、何かと誰かがダージリン様の傍にいる。だからアッサムは次々に自分が受け持っていた仕事を振り分け、日々、報告を待つという役目になっていた。今もそうだ。ルクリリからの報告書とローズヒップからの報告を隊長室で待っている最中。
「あと、アッサムならもっと気を利かせるわ、とか。アッサムならどうするかしら?とか」
「変ね、あなたは隊長としてのイロハを教えてもらっているのに、副隊長の仕事まで?」
「………最近、傍にアッサム様がおられないのがご不満なのですよ、ダージリン様は」
ルクリリが色々と気を利かせて、先手を打つことは無理だろう。そのあたりはペコの方が数段優れている。
「あんまり、ため息ばかり吐かせてはダメよ」
「勝手に吐き出すため息まで、私はコントロールできません。それはアッサム様が何とかして差し上げてください。あと、ため息だって色々と種類があるんです」
ルクリリはルクリリで、何かイライラしたものを我慢しているようだ。ずっとダージリン様の傍でミーティングやいろんな書類の作成、多方面への確認など、少々不向きなことをさせているせいだろうか。それとも、アッサムがいない時間、ダージリン様と過ごされて、相性が悪い何かがあったのだろうか。
「何か、嫌なことでも言われたの?」
「………いえ」
「そう?」
「………最近、ダージリン様とお話されていますか?」
「何を?」
「ですから、普通にお2人でお茶をされないのですか?」
最近、2人でゆっくりお茶をしたのはいつだろうか。思い出そうとして記憶を遡っても、何も出てこない。練習試合の前のような気がする。2週間以上前だろうか。
「ダージリン様、色々とお忙しいのでしょうね」
「学校が終わった後は、お時間ありますでしょう?」
「さぁ?」
「……さぁって。お隣のお部屋ですのに?」
「いつも、関知していませんわ」
「…………あの大馬鹿野郎」
「はい?」
「いえ。……その、ダージリン様の息抜きは、アッサム様がしてくださらないと」
ルクリリの苛立ちは、ダージリン様が苛立ちを覚えていることなのだろうか。その息抜きを自分たちの手では負えないと言いたいのだろう。それでも、2人きりにならずとも、毎日3年生のミーティングでは彼女たちのことを褒めている。ダージリン様がルクリリたちに苛立っている様子など何もないのに。
「よくわからないけれど、一度、聞いておきましょう」
「お願いします、アッサム様。こっちがチクチクと何を言っても動こうとしないんですもの。是非とも、ダージリン様にマニキュアを可愛く塗って差し上げて、ご機嫌を取ってください」
「………あぁ。そうね、約束をしたのに、なかったことにしていたわ」

消えたわけではないが、耐えられる程度の痛みの日々を送っていたせいで、このままの方がずっといいと思っていた。約束を交わしたのは自分からだったと言うのに、近づかない日々のどさくさに紛れて、ダージリン様が何もおっしゃってこないのを言い訳にして、知らない振りをしていたのだ。


ダージリン様が忘れるなんて、そんなはずもないのに。


「毎朝、ローズヒップにチェックを入れられて、チクチク言われるのが腹立たしいらしいです」
「それは、ローズヒップが悪いのでしょう?」
「ダージリン様のせいですわ」
「いえ……私のせいかもしれないわ」
「じゃぁ、アッサム様のせいですわ。と言いますか、アッサムアッサムアッサムって……ダージリン様も、どれだけアッサム様をお好きなんだか」

ルクリリの愚痴は、どこからが本当でどこからが誇張なのかがわからない。何か芝居じみたものを感じなくもないが、どれ一つとして嘘だとしても、嘘を吐く理由が見当たらない。

「ルクリリ、ダージリン様のお傍で楽しそうね」
「ダージリン様のお傍は、メンドクサイですわ」
「そう思っている間は、まだまだ勉強が足りていないわね」
「………やっぱり、アッサム様にはこの攻撃は無理ですね」
バタバタと走る足音が、隊長室に近づいてくる。ローズヒップだろう。
「何のこと?」
「何でもありませんわ。もう、メンドクサイから、ペコに何とかさせます」


「アッサム様!!!」


ノックもせずに入ってきたローズヒップに会話の行方を阻まれて、ルクリリは何の会話をしていたのか、知りませんと言った様子でお茶を淹れると立ち上がった。

「………あぁ、いけない」
ローズヒップからの報告を聞き、17時に近づいてきたので、ダージリン様たちを待たずに今日の仕事は終わりにして、寮へと帰ることにした。2人を先に隊長室から送り出し、ルクリリが提出した計画書に目を通して、サインを入れてダージリン様の隊長机の上に置く。帰り道、ふと駐車場に目がいって、教会に未だにダージリン様のプレゼントを持って行っていないことに気が付いた。もう1か月も経過してしまっている。このまま、また今度と思っている限り、時間が取れないだろう。鍵をあの時に預かったまま、戻していない。寮に戻り、ランドローバーの1号車の鍵を手にして、すぐに車に乗り込んだ。隣の駐車場は空きになっているから、ダージリン様とペコは、まだ話し合いから帰ってきていない。教会の門は空いている時間、アッサムは門限まで随分余裕があるのを確認して、学校の外に出た。

あの時、ふらふらと歩いた道は、車ではあっという間に到着してしまう。門から入ってすぐに車を止めて、シスターを捕まえて事情を説明してお詫びをした。喜んで引き受けてくださった。ダージリン様への想いを形にしたプレゼント。あの中にどれほどの本気が入っていたのか、今となってはもう思い出せない。


想いは

過去のものになって

いつかそうやってどこかへ消えてしまうのだろう。


「………消えてなくなれば、か」

新しい体制を整えようとすると、立場上、今までのように2人で何かをするという時間はなくなって行くことは仕方がない。頼もしい1年生3人や、違う学科の生徒たちのために時間を費やす日々。授業が終わって部屋に帰ってからも、隣の部屋のことをなるべく考えないように本を読んだりデータを集めたりしている。意図的に避けているというつもりはない。元々は、お互いの部屋をノックするようなことなどほとんどない関係だったのだ。プライベートな時間に踏み込まない関係を築いてきた。気にならなかったわけではないが、踏み込むべき時間ではないと言うのは、今でも思う。土日に何をしているかなんて、互いに確認を取ったこともほとんどなく、戦車道関係の会合などで土日に共に出掛けなければならない時くらいにしか、休みの日に顔を合わせない程だった。

学校がある間は、ほとんど一緒にいたのだ。戦車の中でもずっと。

引退することは避けて通れない。
12月に行われる引退試合のための訓練でしか、もう、2人でチャーチルに乗ることはないだろう。同じ教室で授業を受けているとはいえ、チャーチルにダージリン様と乗れない日が続くと言うのは、やっぱり寂しい。入学したその日から、彼女の傍にいたいと思い続けてきた。チャーチルでは、ダージリン様がアッサムの背後にいる唯一の時間だった。緊張感と安心感がいつも背中を包み込んで、居心地がいい場所だった。

「………何を想っても、今更」


想いは、想い出になる。
3年間想いを抱き続けることになるなら、完全に消えるには同じ3年を費やしてしまうかもしれない。

しんみりする理由なんて、もう持っていないのだった。アッサムは時計を見て、まだ十分に時間があることを確認すると、教会の最前列の長椅子に腰を下ろした。ステンドグラスは外の光を浴びることなく、色濃く薄暗い。手を合わせて、少しの間目を閉じることにした。



何の音もない静かな空間




心臓の音と流れ込む血液の中に混じる淡い想いは
音を作らず、柔らかくアッサムの身体を廻るだけ




10分なのか、30分なのか、どれくらい経過したかわからない。背後で扉が開く音がした。誰か、1人だけ気配がする。

振り返ることも失礼になるかと思ったが、一歩一歩進む靴音のリズムは、聞き慣れたもののような気がした。

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Date:2016/05/16
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