【緋彩の瞳】 甘く噛む癖

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

甘く噛む癖

あぁ、またイライラされている。

 隊長室にある黒革の回転椅子は、少しだけ左右に揺れていた。背後の大きな窓から差し込む午後の日差しが、ダージリンの綺麗に編み込まれた金糸を、その揺れに合わせて光らせている。

 険しく寄せられた眉。

 瞳は手元の書類を追いかけるように動いて、最後まで読み終えるのを、アッサムは机の前に直立してじっと観察しているだけだ。


「………わかったわ」
「では、サインを」
「………待って」

 いつものごとくなのだけれど。 
 ローズヒップが修理を終えたばかりのクルセイダーを、今朝の訓練であっという間に爆発炎上させてくれた。せめて1週間は、絶対にどの戦車も走行不能にさせるなと、ミーティングできつく伝達したのは、その事故の2時間前。
クルセイダー会のお姉様方から、寄付金の用途について散々文句を言われ続けたのが昨日の夜。優雅に微笑みながらも、嫌味一つ言い返せずにダージリンにしては珍しく、押し黙って申し訳なさそうな振りで押し通していた。クルセイダー会のお姉さま方は、ローズヒップを連れて来いとしつこく粘ったらしいのだが、ダージリンが呼びつけたのはアッサム。
 この子がローズヒップの教育係ですの、と、しれっと言い放ち、道連れにされた。ダージリンが1人で対応した1時間のお小言のあと、さらに教育方法についてアッサムを交えて1時間。横浜港に寄港するのを待ち構えていたように、学生艦に乗り込んできたお姉さま方は、長い夏休みの間、相当お暇だった様子。昨日の今日なのだ、次は何人で押し寄せてこられるのかわからない。


「これ、本当にこの金額なの?」
「はい」

 クルセイダー会に集められた寄付金の1か月間の支出、そして明日からの修理費用の見積書を読み終えたダージリンは、まだ、左の人差し指の甲を噛んでいた。いつからの癖なのかはわからない。イライラしているということを、声や態度になるべく出さないように抑えようとしておられるのだろう。いかなる時も優雅、冷静沈着、怒鳴ることも、苛立ちで物を投げたりなんていうことも、出来ないように育ってきたはず。きっとその反動。ローズヒップを呼びつけて、昨日のクルセイダー会からのクレームのことを話しても、あるいは修繕費の金額について見せつけたところで、あの子はピンと来ないのだから、何の効果もない。返って、疲れが増すだけだ。



「………そう。あなた、この支出金額は分かっていたの?」
「えぇ」
「私、これ、聞いていたかしら?」
「事故事に報告書に記載して、金額も入れておりました」
「………積み重ねた金額を入れてなかったわ」
「これからは、入れましょう」

 言葉を発する隙間に、すぐに唇が指を噛む。その唇から見える白い歯は、赤くなっている指の甲を銜えたまま。
 ダージリンの癖を知っている人は、アッサムしかいないと思う。


「いえ……合計金額は、やっぱり心臓に悪いわ」
「そう思いますわ」


 絶句しそうな金額を見てしまえば、クルセイダー会のお姉さまが乗り込む理由もわからなくもない。とはいえ、お姉さま方もご自分が乗っていた戦車なのだから、見捨てるに見捨てきれず、誰かに文句を言わなければ収まらないのだろう。
 ダージリンとアッサムが盾になって、直接ローズヒップに喚き散らすことを阻止してばかり。素性がばれたら学校をやめさせろと言われることは、目に見えてわかる。
 クルセイダー会が後輩たちへと毎年高級なティカップをプレゼントしてくださっているのだが、20セットあったのに、もう、あと2セットしか存在していないのだ。アッサムが情報処理部の金庫の中に保管していて、ローズヒップが卒業するまでは、金庫を開けることは禁止した。


「………ローズヒップは?」
「草むしり真最中ですわ」
「……そう」


 白い歯が少しずつ指の位置を変えながら、皮膚に型を残していく。
 読むべきものを失った視線は、何を考え、何を見つめているのか。できれば何も考えたくないし、数字など見たくないと思っておられるだろう。
 少しの間、アッサムはじっと机の前に立ったまま、後ろ手にその姿を眺めていた。



「それ、あと何時間されますの?」
「………何?」




 ダージリンがアッサムの目の前で苛立ちをさらけ出している、その姿を見ることは嫌ではない。子供っぽい仕草だわ、と思う気持ちが芽生えてしまう。ちょっと可愛らしいとさえ、感じる。弱さを隠しきれない、そう言う姿をさらけ出す彼女のことが、好きだと思う。


「もうそろそろ、痛いって思った方が良さそうですわ」
「………あぁ」


 何度も圧迫を受けて赤く腫れている人差し指。
ダージリンはちらりとアッサムを見つめて、それから指を噛むのを止めた。



「アッサム」
「はい」
「………痛いわ、何とかしなさい」
「はい」


 差し出される、くっきりと歯形の並ぶ左の人差し指。こうやってこの部屋で、まるでどうだと言わんばかりに見せつけられるのは、これで何度目だろう。次の報告書の隅に数字を入れておいたら、それが何を意味するのか、ダージリンは気付くだろうか。きっと、そんな数字に気づくこともなく、また指を噛む。その姿を見せつけられるたびに、好きだと思ってしまうのだ。

 椅子に腰を下ろしたその傍に寄り、それからその膝の上に靴を脱いで跨った。耳元をくすぐる吐息が、その唇が、当然の様にアッサムの首筋に寄せられてくる。
 窓から差し込む光がアッサムの顔を照らし、その眩しさから逃げるように、ダージリンの額に自分の額を押し当てる。
歯型の付いた指は少しの唾液に濡れて、痛いと泣いている。

「ローズヒップを呼びますか?」
「……………怒る気が失せたわ」
「そうですか」

 アッサムの髪の波間に傷ついた指が絡む。
 わずかに背中を抱き寄せられて、その唇にキスをした。
 皮膚を傷つけることが得意な歯は、アッサムを傷つけることなく受け入れてくれる。

 唇を重ねる時は、いつだって柔く優しいのに。
 対照的な仕草を目の当たりにすることができるから、アッサムはいつも、彼女が指を噛んでいても、すぐに辞めさせたくはないと思ってしまう。

 唇を離すと、髪を弄んでいた歯形の残る指が、アッサムの唇の前に差し出された。その手を取り、爪先からゆっくりと唇を押し当てて行く。



 そして、手のひらにキスをした。
 その様子を満足げに見つめる眼差し。
 もう、数字を見つめて険しい表情をしていた彼女はいない。




「もう痛くないですか?」
「まだ、痛いって言ったら、何をしてくださるの?」
「氷で冷やしましょうか?」






“馬鹿ね、温めなさい”





 想定した答えが耳元に響いて、その唇はアッサムの唇を甘く噛んだ。



 戯れの間に痛みが消え、苛立ちも治まっていれば………
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Date:2016/06/23
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