【緋彩の瞳】 雨のち晴れ ①

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

雨のち晴れ ①

雨が続いている。

窓の隙間から漏れる雫の音と、耳に流れ込む水音は身体に水分を含ませるように続き、いい加減消えなさいと雨雲に向かって叫んだって無意味なこと。もっとも、そんなことをしようなんて思ったことはない。声を荒げるのは、はしたないことだと小さい頃から言われていたせいだろう。


「アッサム様~~~~~!!!」


……
………


「………走ってはダメと言ってるでしょ!!!!」

 4月であろうと5月であろうと、あるいはジメジメと湿度が高く、滑りの悪い廊下であろうと、全力で掛けてくる1年生に向かって、アッサムは声を荒げた。
滑ることなくキュッと靴音を立てて立ち止まるローズヒップの髪は、湿気を含んでいつもより跳ね上がっているようだ。


「アッサム様~~!ごきげんようですわ!!!」
「………はい、ごきげんよう」
「お元気でございますか?!!!」
「あなたほどじゃないですわ」

 船は連日の雨で、出港が遅れている。陸からの物資搬入が上手く行かないせい。大雨のために交通網の乱れが生じ、海の問題ではなく、陸のトラブルで聖グロの学生艦はずっと横浜に寄港したままだ。戦車訓練をすることもできず、連日、OGは押し寄せてくるし、物資搬入の連絡は来ないし、雨は止むこともないし、清々しい気持ちで元気だと答える気持ちは、今は持ち得ていなかった。髪だって、毎朝ふわりとならずに何だか元気がない。

「元気じゃございませんの?!!」
「雨が続いていて、元気が吸い取られていくわ」
「雨はキラキラ綺麗ですわ!」
「………そう。それは知らなかったわ」
「アジサイも綺麗ですわ!!」
「………そうね」

隊長室に籠っている“彼女”は、陸からの連絡を待っているため部屋から出られずに、ムッとしたまま。アッサムはお茶を淹れて機嫌を取ろうとしたが、隊長室に置いていないカモミールティーが飲みたいとリクエストされ、致し方なく茶葉を買いに行くことにした。ダージリンかアッサムか、アールグレイではだめなのか、と、妥協案を出してもよかったけれど、何となく重たい空気の隊長室に、ダージリンの苛立つため息をこれ以上充満させたくもなくて。

買いに行ってきますと言い放ち、逃げ出した。


「アジサイ、超青かったですわ。旬ですわ!」
「……食べ物みたいに言うのね、あなた」
「見られました?紫もありましたわ~!」
「………そうね、咲いていたわね」

 船の上でも季節はあり、その時期に見合う花は綺麗に咲いてくれる。でもアジサイが綺麗に咲き乱れる頃になれば、雨で目線は足元へと落ちてしまう。見惚れるほどの記憶もなく、いつの間にか夏になってしまうかもしれない。

「アッサム様~~~!!!どこへ行かれますの?」
「紅茶の葉を買いに行くの」
「学校の外に行きますの?!!!!」
「えぇ」
「一緒に行きますわ!」
「えぇ、いいわ」

 茶葉の専門店は、校門を出たすぐ傍。広い学内を出るまでに7~8分、そこからは3分ほど。片道10分のデートだ。
アッサムはローズヒップの差す傘の中に入れてもらった。隣を歩く人の足のペースに合わせなさいと、先を急ごうとするその袖を引っ張り、せっかくだからアジサイがキラキラ綺麗と教えてくれたので、業者が手入れをしてくれている紅茶の園の近くを通り、色とりどりの丸いアジサイを眺めた。

「キラキラですわ!」
「そうね」

 足元の革靴がだんだん色を変えていく。10分も歩けばタイツの中の指はジメジメと雨に濡れてしまうだろう。それでも、隣を歩くローズヒップという後輩は、薄暗く湿った空気を清らかにするような笑顔を見せてくる。憂鬱や苛立ちと言う言葉を、その意味を、知らないと言わんばかり。何だか、雨を言い訳にして落ち込んだ気分でいる自分こそが悪いと思わせられる。

「カタツムリ、発見ですわ!!」
「はいはい。濡れてしまうから、傘に入りなさい」

 校章の入った大き目の紺色の傘は、些細なことで小さく回転するたびに、重力に逆らえず飛沫が舞い、そのたびにアッサムの肩を濡らす。傘を取り上げて肩を抱き寄せた。

「ローズヒップ、道草は5分よ。ダージリン様に怒られてしまうわ」
「……はいですわ」

校門を出た頃にはすでに10分を過ぎていた。雨音がアスファルトに当たる音が途切れることもなく、耳を刺激してくる。歩くたびにピチャピチャ鳴るリズムの隙間に、雨がしみこんだ革靴の中で指先が不快を訴えていた。

「いつものお店ですわ~~~」
「お店の中では、静かにね。走ったら退学させるから」
「もっちろんですわ」
静かに告げると、ローズヒップはアッサムの腕に身体を引っ付けて、たくさん並ぶ茶葉の名前に興奮しながらも、声を潜めるように口を手でふさいでいた。時間に余裕があればのんびりと一つ一つ香りを楽しんで、いろんな種類の茶葉を買いたいところだが、遅くなると、あのムッとしたままの表情の彼女に、どんな嫌味を言われるかわからない。
店員にダージリン隊長がカモミールをリクエストされていると告げると、彼女の一番好きなブランドの缶を袋に入れてくれた。
「カモミールですの?」
「えぇ」
「ダージリン様、イライラですの?」
「そうよ。落ち着かせて差し上げないと」
「雨のせいですの?」
「そうね……きっと」
 雨が降ろうとも、キラキラして元気な子もいるし、雨の滴を受けても綺麗にアジサイは咲いている。

憂鬱を雨のせいにして、きっと何かを誤魔化したいだけだ。

アッサムも、ダージリンも。


 雨脚は弱まることなく、水溜まりを踏まないように、幉を引きつつ学校に戻った。ローズヒップは大事な用事があると言って、アッサムを隊長室まで送ってくれて、それから、廊下を走って行った。もう、怒るにはその背中は遠い。声を荒げるのは、諦めた。



「失礼します」
 
 ノックをして隊長室に入ると、睨み付けるような視線がアッサムを捉えた。思わず壁時計に目をやる。時間はあれから30分以上経過している。遅いと訴えてくる視線をかわしてドアを閉め、給水器の水を電気コンロで温め始めた。

「遅かったわね」
「ローズヒップと、雨の中デートしながら買い物をしていたもので」
「あら、相合傘でもしていたの?」
「えぇ。アジサイがとても綺麗でしたわ。大きくて丸くて、いろんな色が咲いていました。キラキラしていました」
 何だか、感想が小学生のようだと思ったけれど、素直に綺麗だと思ったものを、アジサイを何かに例えて表現をするなんて出来ないのだ。綺麗で、キラキラして、眺めていていい気分だった。
「………そう」
 彼女に背を向けたまま茶器を温めて、買ったばかりの缶を開ける。カモミールの香りが鼻をくすぐる。思わずため息を吐いた。雨を言い訳にしていた身体のだるさが抜けて行くように思う。早く、ダージリンに飲ませて差し上げたい。

「靴、濡れているわ」
「えぇ。雨脚が強くて」
「風邪を引くわ」
「はい。待っている電話が来たら、お部屋に戻りますわ」
「もう、さっき電話は来たわ。物資運搬の再開は、明日の朝8時からになるそうよ」
茶葉にお湯を注ぎ、腕時計の秒針を確認する。
「終わったのに、待っていてくださったんですね」
「買いに行かせてしまったんだもの。飲みたいと言った私がいなくてどうするの?」
お湯を捨ててカップを隊長の机に置いた。背もたれに身体を預けているダージリンの表情は、あのキラキラしたローズヒップとは大違いだ。アッサムが出来ることはせいぜい、紅茶を淹れて差し上げることくらいだろう。
アッサムがあの子のように、ダージリンにとって清々しく、キラキラした存在になれたらいいのに。なんとなく、そんなことを考えてしまう。
「どうぞ」
「ありがとう」
アッサムも自分の分をカップに淹れて、部屋の真ん中にあるソファーセットに座った。濡れた靴の変色している部分をぼんやりと見つめては、何か話すことはあっただろうかと考えてみる。
「美味しいわ」
「あ、はい。久しぶりに飲むと、美味しいですね」
「あなたが淹れてくれたからよ。待ったかいがあったわ」
距離にして2メートルほど離れた場所の、隊長のためだけの椅子に腰かけるダージリン。顔を上げて見つめると、気を遣ってくださっているのが伝わってくる。


もしかしたら、雨のせいにして憂鬱を演じて、重たい身体だと思い込んで、何だかイライラしていたのは、アッサムだけなのかもしれない。


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Date:2016/06/23
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