【緋彩の瞳】 満天の星

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

満天の星

 星に願いを託さなくても。
 叶えてくれる人は、すぐ傍にいる。






 学生艦は、夏の全国大会の陸地練習場所へと向け南に向かっている。
 梅雨の中頃、過去2回あった七夕は雨の中の航行で、イベントなど行われなかった。元々、聖グロにはそう言う習慣もなく、学外の民家や公園などに申し訳ない程度に笹が飾られているのを、景色の1つとして眺めていたような記憶しかない。
 ダージリンが校庭に30本の笹を用意しなさいとアッサムに命じてきたとき、てっきり笹を切って流しそうめんでも始めるおつもりなのかと思ったけれど、これから向かう海は満天の星空が約束されていて、七夕を楽しめるとおっしゃったので、やっと、何をなさりたいのかの理解をした。

 大量の笹が並べられて、聖グロの生徒たちはみんな、折り紙で作った飾りを掛け、短冊を掛けて手を合わせて願いが成就するようにお祈りしていた。
 訓練が終わった戦車道の生徒も、タンクジャケットのまま、他の学部よりも高い場所に短冊を付けようと、我先に30本という沢山の笹を目指していく。

「ダージリンは、何かお願いしますの?」
「そうね、機織りやお裁縫が上手くなりますようにと願っても、その力を発揮する場所がないわね」
「あぁ、七夕の本来のお願いはそう言うものでしたわね」
 楽しそうな隊員たちを眺めていると、オレンジペコが黄色い短冊を持ってきて、ダージリンとアッサムに渡してくれた。その手には、すでに何かお願い事が書かれている短冊がある。
「ペコは、どんな願い事を書いたの?」
「夏の大会で優勝しますように、と」
 高い場所にある願い事の方が叶いやすいなんて、誰が言いだしたのか。そんな噂を真に受けて、ペコは脚立を取りに走って行った。2列に並んでまるでアーチのような笹には、戦車道の生徒たちが群がっている。
「願いが重くて、折れてしまわないことを祈るわ」
 ダージリンはそっと一番近くの短冊を手にして、小さく笑った。誰かが笑わせるようなお願いをしたのだろう。
「アッサム、これ見て」
 これ、と言われて赤い短冊に手を伸ばす。
 面積一杯に渾身の力で書いたような文字。



『学食にオムライス追加 ローズヒップ』


……
………
…………


 お願いする相手を間違えているのではないか。アッサムはため息を吐き出して、掛けた人物がどこに消えたのかとあたりを見渡した。

「この願い事、叶うといいわね」
「………まったくあの子は」
「叶えてあげなさいな」
 短冊に願いを込めて笹に掛けたことなのに、どうしてアッサムが叶えなければならないのだろう。視界にとらえたローズヒップは、ルクリリの踏み台にさせられて、四つん這いで地面に手足を付いている。
「栄養学部の管轄は、私じゃないので」
「あら、口は出せるでしょう?」
「私より、ダージリンの一言で済むと思いますわよ」
「命令になったら、お願いじゃないわ」
「………では、お願いくらいはしてみましょう」
 ルクリリが嬉しそうに掛けている短冊には、どんな願い事が書かれているのだろう。つま先立ちをしても、視界には入らない。
「あ!ダージリン様、アッサム様~~~~」
「わ~~、動くな!ローズヒップ、じっとして!!」
 ルクリリを背中に乗せたまま、ローズヒップが二人を見つけて、ニコニコしながら声を張り上げていた。
「お2人の短冊も、高いところに掛けましょうか?」
 ローズヒップの背中から降りることなく、ルクリリが手を出してくる。さっきもらったばかりの短冊には、まだ何も願いは書かれていない。目に付く短冊には、全国大会優勝と言う願いばかりだ。整備科も情報処理部も、みんな、聖グロの生徒の悲願なのだろう。

 でも、それは年に一度の七夕に、織姫と彦星に叶えてもらうものではない。
 ダージリンを信じて、付いていけばそこに道はある。
 信じて、共に戦えば、そこに待ち受けているものだ。

 優勝できるか否か、ダージリンの背中に掛かっていると言うことを、誰も理解していないのだろう。
 優勝したいと願う多くの短冊を見て、その身体に浴びる期待に押しつぶされたりしないかと、少し心配だ。でもきっとダージリンは、それすら楽しみながら、試合に臨まれる人。

 

 だから、アッサムは信じて傍を離れなければいい。



「私はまだ、書いてないからいいわ。部屋に戻ってゆっくり考えてからにするわ」
「アッサム様、一体どんな凄いお願いをされますの?」
「オムライスよりはずっと、まともなお願いにするつもり」
 ルクリリが一番高いところに飾って、満足そうな表情を見せているすぐ傍に、脚立を持ってきたペコが、鼻歌交じりにさらにその上に短冊を取り付け始めた。
「ズルいぞ!」
「ズルいですわ!私ももう一つお願い書きますわ」
「1人1つにしないと、不公平だからダメですよ」
 大会優勝や怪我をせずとか、打倒黒森峰なんて書いていて、ペコの全国大会優勝が一番高い場所であっても、周りは文句など言えないはずだ。
「ダージリン様はどうしますか?」
「そうね。願い事と言われてもすぐに浮かばないわ。とてもいい環境に身を置いているから、叶えて欲しいことと言っても、出てこないものね」
 ペコは飾り付けをいくつか綺麗に取り付けて、パンパンと手を叩いてお祈りした。手を叩くのは作法として合っているのかわからない。クリスチャンの学校の敷地内で、そんなことをして、マリア様の機嫌を損ねたりしないだろうか。今日くらいは大目に見てくださればいいけれど。

 赤いタンクジャケットの子たちが、想い想いにこれからの試合に向けてのやる気を綴る。
 アッサムは真っ白な短冊を手にしたまま、寮へと戻ることにした。隣を歩くダージリンもまた、同じように手にしたままの短冊は真っ白。彼女には不要なものなのかもしれない。何かに願いを託さなくても、ダージリンは自らの手でチャンスを引き寄せ、自らの手で道を開いていく人だ。





 だから、ただ、その傍を離れたくはない。

 アッサムの願いはずっと、聖グロに入る前から一つだけしかないのだ。




 夕食が終わった後、短冊に向かってペンを走らせた。七夕だから、書いても許されるかもしれないと、そう思った。
 誰に許しを乞うものなのかはわからない。でも、文字にしてみると、何だかそれは恋情のようで、流行りそうにない、どこにでもありそうな歌の詩のようなものだった。
 静かな夜。携帯電話の光を手にして、アッサムは校庭に向かった。ダージリンの言った通り、海の上をゆっくり進む船は満天の星空の下。無数にちりばめられた星を見上げていれば、生徒たちの願いが空に届く気がする。そんな想いを抱く程度に、まだ心は汚れていないのだと自覚することが不思議だと思った。

 この手にしている願いもまた、そんな夢物語に託そうとしているのだ。満天の星に見守られて、声にならない想いを託す馬鹿らしさも、今は沢山の願いに紛れ込ませていれば、許されるだろう。
 適当な笹の、低くて葉がたくさんある場所に隠すように短冊を取り付けた。携帯電話の光で確認しながら、簡単には見つからないようにと、念入りに葉と折り紙の飾りでカムフラージュをした。


「…………アッサム?」
 立ち上がり、小さなため息をついて、ペコ達みたいに手を合わせようかと思っていると、足音と共に名前を呼ばれた。
「ダージリン」
「今頃、短冊を付けに来たの?」
「え?えぇ……もう二度と七夕をこの場所で迎えられないので」
 ダージリンは暗闇の中、手元を照らすものを何も持たずに来ていた。満天の星と月が薄暗く照らす彼女の瞳は、空で輝く星よりもずっと、アッサムには眩しくて。
「そうね。みんな、楽しそうだったわね」
「お気遣い、ありがとうございます」
「いいのよ。私がやりたかっただけよ」
「何か、お願い事をしたかったのですか?」
「…………さぁ、どうかしら?」
 ダージリンは、アッサムが隠した場所とは違う笹を選んで、同じように低い位置に隠すように付けた。その手元を携帯電話で照らしたけれど、何が書いてあるかなんてわからない。
「これでいいわ」
「大事なお願いなら、ペコたちみたいに高い場所じゃなくてよろしいのですか?」
「えぇ………年に一度しか会えない恋人たちに、我儘を押し付けるのも気が引けるわ」
「一体、どんな壮大なお願いですの?」
「さぁ?」
 聖グロの生徒たちの願いを見渡すように、笹を眺めるその瞳。アッサムも同じように眺めて、そして空を見上げた。
「とても綺麗な星空ですね」
「えぇ、とても綺麗ね」
「何だか、願いが届きそうです」
「アッサムは何を願ったの?」


 同じ満天の星を眺めているけれど、この美しさはその清らかな瞳にどう映っているのだろう。
 アッサムが見ている世界と同じ彩をしているだろうか。
 同じ世界が広がっているだろうか。


「七夕のお願いって、継続的なことをお願いしてよかったんでしょうか?」
「あら、永遠の愛でも求めたの?」
「………さぁ、どうでしょう」

 


 ただ、ずっと傍に居たい。
 傍でその瞳を眺めていたい。




「アッサム、少し散歩しましょう」
「はい」

 差し出された手を取り、月明かりだけを頼りに、そっと芝生を歩いた。
 同じ歩幅で、同じリズムで。
 握られた手はいつしか、指と指を絡めるように繋いでいた。
 左手に感じる体温は、アッサムの身体を廻る血液を温めて、心に届く。
 火照りそうな身体をそのままに、暗闇の道は続いている。


「夏が始まったわね」
「………この船で迎える、最後の夏ですね」

 控えめに鳴く虫の声と、時々風が葉を揺らす音。足元からは、低く船のモーター音が響いている。
 この場所で、ダージリンと過ごす最後の夏の満天の星。身体を包むすべてが、ずっと永遠に続くことなどない。



 だけど、傍に居たいと願う。

 もしも叶わぬ願いなら、短冊にしたためても、天の川に流されてしまうだろう。



「そういえば、短冊に願い事を書くときにね、願いが叶う書き方があるの。知っていて?」
「……知りませんでした。それ、今になって言いますか?」
「迷信よ。“なりますように”ではなくて、“なる”という書き方をするといいみたい」
 指を絡めた腕を引っ張られて、アッサムは暗闇の中で、足元が見えずにその腕を取った。セーターを掴み、胸に抱きしめる。その瞳は小さく笑っていた。きっと、ダージリンは迷信だと言いながらも、そう書いたのだろう。

 言葉の持つ力はとても強い。淡い想い程度なら、それは無数の願いに紛れ込み、星屑となって消えてしまう。
 強く願う。強く信じる。
 そう言う想いをいつも携えているから、彼女は、ダージリンはとても清くて堂々としていられるのだ。


「………ダージリンはきっと、ご自分の力で叶えられることを書いたのですね」
「さぁ。でもそうね、今、少しだけ叶っているわ」


 星を見上げていた瞳がアッサムに注がれた。
 きつくきつく握っている指に込められた願いが、心に向かってくる。


「………奇遇ですね、私もです」
「あなたは継続的なものを願ったのでしょう?」
「はい。でも、書き方を間違えたようです」


 自分だけの我儘のような想いを、強く願えるほどの力が欲しい。
 願いを星に乞わずとも、強く想う力が欲しい。



「大丈夫よ、アッサム。私がちゃんと書いておいたわ」



 見上げれば満天の星の下。
 それでも、アッサムの瞳に映し出されるのは、ダージリンの清らかな瞳だけ。


「……少しだけ叶っているのなら、もう少し延長しますか?」
 ダージリンの左手が、そっとアッサムの頬に触れた。とても冷たく感じたのは、アッサムの頬が熱を持っているせいだ。
「もう少しってどれくらい?」
「ダージリンの気分次第ですわ」
「あなたの願いが叶うまで、構いませんことよ」



 ダージリンがどんな願い事を書いたのか、知ることはないだろう。
 だから、アッサムも、どんな願いを書いたのか口にはしなかった。

 考えたこともなかったけれど、同じ想いでありますようにと、書けばよかったのかも知れない。

 否、同じ世界を眺める、その傍に居られるのなら、想いの彩が違ってもいい。



 だけど、今は
 今だけは

 

 この満天の星が、朝空へと消えてしまうまでは 




「では、星が消えてなくなるまで」
「何億光年、ね」
「………そうですわね」
「構いませんことよ」




『ずっと、好きな人の傍にいられますように』
『どんなときも、アッサムの傍にいる』


 どうか、この願いが叶いますように。



関連記事

*    *    *

Information

Date:2016/07/09
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/738-3e39fe07
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)