【緋彩の瞳】 彼女のために ①

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

彼女のために ①

「あっ、ルクリリ」
名前を呼ばれて振り返ると、家政科の友達が手を振っていた。同じ中学に通っていた、お菓子料理が得意で、よく、ケーキやクッキーを作ったからっておすそ分けをもらう、ありがたいお友達。
「お疲れ。今日も美味しい何かを分けてくれるの?」
「えぇ、まぁね。と言っても、冷やしている最中なの」
「何を?」
「レアチーズタルト」
「おぉ!」
「家政科の、第3教室にある一番大きな冷蔵庫の中に入れているわ。1時間は冷やしておくつもり」
「わかった。じゃぁ、適当な時間に勝手に持って行っちゃうわ」
「どうぞ」
 情報処理部に出掛けているペコと、整備科に捕まっているローズヒップも、きっと喜ぶ。昨日のアッサム様のアップルパイのお礼に、お部屋に持参してもいいかもしれない。自分が作ったわけじゃないけれど、才能ある友達を持つのも、きっと才能のうちだ。廊下を走らないように隊長室のある建物へと、ルクリリは精一杯歩みを急かした。






 バニラは震える右手を左手で抑えた。それでもその左手も震えているのだから、落ち着くことができない。隣で直立不動のクランベリーは、顔面蒼白のままじっと、ダージリン様を見つめている。
「どうして、あなたたちが呼び出されたか、お分かりかしら?」
 ダージリン様はとても優雅に紅茶を飲んでおられる。あなたたちもいかが?って言われたところで、バニラは直立したまま動けないし、隣のクランベリーも同じように頷くことすらできない。
 いつも、この隊長室でローズヒップたちは中央のソファーを陣取り、優雅にお茶したり、アッサム様と打ち合わせをして、結構楽しいと聞いているけれど、滅多なことで呼び出されたりしないバニラにとって、隊長室とは聖地のようなもの。ティーネームを授かっているとはいえ、用事もないのに気軽にノックをするような場所ではないのだ。
革の隊長用ソファーに腰を下ろし、ティカップを机に置いたダージリン様の視線がクランベリーを捉えた。隣でその綺麗な瞳から見えない光線を受けた彼女は、ごくり、と唾を飲み込んだ。


視線だけで人を、ここまで追い詰める人もそうはいないだろう。
流石、ダージリン様だ。



 蛇に睨まれた蛙。いやもう、ダージリン様に睨まれたら多くの聖グロの生徒は固まって動けなくなる。身体を小刻みに震わせて次の言葉を待っていると、ノックが背後から聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します」
 この状況を打破できるかどうか、微妙な人の声。振り返ったら、バニラとクランベリーがここにいると言うことを知らなかったようで、キャンディ様は少し不思議そうに見つめ返してくる。
「お呼びでしょうか、ダージリン様」
「えぇ。これで全員揃ったわ」
 この場には、アッサム様もルクリリ達もいないのに、これで全員とは、一体何をされようとしておられるのだろうか。



「キャンディ、バニラ、クランベリー。あなたたち、ケーキ作りはお得意?」



「……………はい?」


 蛇は、いや、ダージリン様は不敵な笑みを見せて、3人の顔を順番に見つめて行く。取って食べられてしまいそう。何か、とても嫌な予感がして、出来るものならその視線を逸らしたかった。

「今から作るから、手伝いなさい。食材を確保して、家政科の調理室に集合。何か質問は?」


……
………

 質問と言うか、順番を追ってなぜそうなったのかを、教えてもらわなければならないけれど、ダージリン様は言いたいことは言い切ったと言わんばかりに、清々しいお顔をされている。何を、どうすればいいのだろう。こんな時ルクリリたちなら、遠慮なく何でも声に出すに違いない。生憎、バニラもクランベリーもそんな勇気を持ち合わせていないのだ。アッサム様というお優しい先輩もいないこの空間、頭の中に浮かぶ疑問符が、次々と増えて行く。

「ダージリン様、あの……」
「なぁに、キャンディ」

 2年生のマチルダⅡ小隊長の、キャンディ様が控えめに手を上げられた。流石、ルクリリのコントローラーとして毎日走り回っておられるだけのことはある。バニラたちよりも、ずっとダージリン様のことを良く知っておられるはずだ。
「ケーキ、と言うのは……。ダージリン様はどのようなケーキをご所望でしょうか?」
なぜ、ケーキ作りを?と聞かないのはきっと、無駄なことだと分かっておられるからだろう。あるいは、聞いてはいけないものなのかもしれない。
「そうねぇ。こう、ちょっと難しい感じのものがいいわね」
「はぁ……」
「ショートケーキとかじゃないものがいいわ」
「アップルパイとか、レアチーズケーキとか、タルトとか?」
「あぁ、そうね、そう。そう言うのがいいわ」
要するにそう言うお菓子をご所望らしい。ちょっと難しい感じ、という言葉だけで理解するキャンディ様は流石だ。
「果物を乗せたタルトなんかはどうでしょうか?」
なぜ、積極的に提案されているのだろうか。もうすっかり、腹を括ってキャンディ様は頭の中でレシピを浮かべておられるに違いない。ダージリン様やアッサム様のお誕生日会の時に、とても大きなケーキを作っておられて、その腕は確かだと言うのは誰もが知っている。戦車道の中では数少ない、料理がお上手なお方だ。
「とてもいいわね。いちごとかがいいわ」
「わかりました。ベリー系の果物を、至急手配いたします」
「アッサムを驚かせるようなものにして頂戴。あぁ、あと、いいと言うまで誰にも言わないように」
「承知しました。バニラ、クランベリー、付いてきなさい」

 一体、アッサム様と何があったのだろうか。噂では喧嘩していらしたはず。ルクリリたちから、新しい情報は入ってきていないが、どうなったのだろう。
一礼して部屋を出るキャンディ様の背中を、クランベリーと共に追いかけた。兎に角、今日の放課後は、ダージリン様と調理室に籠ると言う、人から聞いたら羨ましいかもしれないけれど、ちょっとした恐怖の時間が待ち受けている。



「ダージリン、触らないでください」
「アッサム、いつまで秤とにらめっこしているのかしら?」
「材料をきちんと量るのは当然です」
 3年生の授業は、自習授業も増えていた。戦車道の生徒は卒業試合を終えてはいるものの、指導として、後輩たちの訓練には顔を出すようにしている。それでも整備科の3年生も合わせて、みっちり戦車道に関わる時間も減り、自分たちで勝手にお茶会を開いたり、こうやってワイワイと家政科の調理室を借りて、お菓子作りを楽しんだり、外にボランティアに出かけたりして、暇をつぶしているのだ。
「切ったリンゴの重さまで量ってどうするの?」
「お言葉ですが、砂糖すら量らずに適当に入れる人に、言われたくありませんわ」
 クラスみんなでいくつかの班に分かれて、それぞれお茶菓子を作ろうとなった。ダージリンは出来ればアッサムと同じ班になりたくはなかったけれど、公平なくじを引いて決まってしまったことなので、権力を行使して誰かと代わってもらうこともはばかられた。
 アッサムはさっきから、レシピをタブレットで見つつ、リンゴをスライスしては重さを量っている。厚みも均等になるように必死な様子。もう見ているだけで飽きてきた。同じ班になってしまったシナモンたちは、パイ生地をイソイソと作って、われ関せずを貫いていて、アッサムとダージリンに大事な味の決め手になる中身作りを押し付けている。
「えっと、お砂糖にシナモンに、ナツメグに……ナツメグって何?」
「それです」
「どれかしら?」
几帳面に包丁を使って、スライスされたリンゴが均一になるようにと必死のアッサムに声を掛けると、イライラした声が返ってきた。
「ダージリン、適当にしないでください」
「このくらいでしょう?」
「入れすぎです。量ってください」
「きっとこんなものよ」
「あなたのその野生の勘、今はいりませんわ」
「天性の勘といいなさい」
「今は何の役にも立たない、野生の勘ですわ」
 1年生の頃から、戦車道は1クラスしかないものだから、幾度となく家庭科の授業で、このやり取りをしてきた。戦車道では、ダージリンに対して一切文句を言わないアッサムも、こういう時は本当に細かく指摘してきて、少々厄介なのだ。周りのクラスメイトから言わせれば、どっちも悪いと言われてしまうが、だからこそ、同じ班になったことが不運としか言いようがない。
「完璧主義では、何もできないでしょう?」
「もうそれも聴き飽きましたわ。プロの料理人でも、計量は必ずします。適当な目分量で作るおつもりなら、触らないでください」
「アッサムに任せると、夜になってしまうでしょう?チャイムが鳴り終わるまでに、すべて終わらせると言うことが、一番重要だわ」
「マズいものを食べさせられるよりマシです。どうせ、ダージリンはまともに作れないのでしょうから、みんなの胃袋を守る方を優先するべきですわ」
 味が薄かったり、極端に濃かったり、分量が違って、見た目がとんでもない料理に仕上がったりなんて、それは確かに過去に何度かあったが、連帯責任で個人成績には大して響かなかった。アッサムはこの性格のため、兎に角、恐ろしく時間がかかるのだ。
なぜサンドイッチを作るのに2時間もかかるのかって言って、ムッとさせたことがある。1年生のまだ、友達としても拙い頃だ。それ以来、プライベートで彼女の手料理を一切食
べさせてもらえないものだから、相当根に持たれていることは分かっていた。
それでも、几帳面な性格は変えられるはずもなく、時間を掛けてリンゴの厚みと重さを均一化しようとしたり、火にかける時間やら温度をチェックしたりしているのだから、進歩しないのはお互いさまだ。
「今日は、チームプレイでアップルパイを作るのでしょう?」
「えぇ、ですから、ダージリンが余計な事をして、マズいものになっては私たちが困ります」
「お茶の時間に出来上がっていない方が悲劇よ」
「レシピの通りに進めているから問題ありません」
 レシピにはリンゴの個数と切り方は書いていても、均一化させるためにすべて計量しろなんて書いていないに違いない。言おうとしたが、睨まれるだけなので、ダージリンは肩をすくめて適当に濁しておいた。
 パイ生地の準備が整ったところで、思った通りに中身の準備が整わない。他の班はオーブンからいい匂いがしてきた。ダージリンはアッサムの周囲をウロウロしていたのを一喝されて、1人、紅茶を飲みながら、リンゴを煮詰める様子を離れた場所から見ていた。大真面目なのはわかるが、周りの班は片づけ始めている。
「遅いわね。手伝いましょうか?火をもっと強めたらいかが?」
「結構ですわ。これ以上火を強くしたら焦げてしまいます」
「他の班がほとんど終わっているのに、どうしてうちだけまだオーブンにも入っていないのかしら?」
「戦力が最初から1人足りないからですわね。ウロウロと邪魔しかしなかったですし」
「レシピに書いてないところまで計量している、誰かのせいじゃないかしら?」
 アッサムの視線は、リンゴを煮詰めているお鍋だけに集中されていて、まったくもってダージリンを相手になどしていない。丁寧に丁寧にパイ生地にのせて、どうせ焼き上げてしまうと言うのに、その盛り上がりの形にまでこだわりを発揮し始めるアッサム。周りの班が出来上がったケーキを切り分けて、お茶室へと移動を始めたころ、ようやくオーブンに入れられた。
「私はみんなに、先に食べてと伝えておくわ」

 アッサムたちを残してお茶室に向かうと、紅茶のいい香りと、いつでも食べられる準備が整っていた。
「ダージリン様、もうそちらも終わりですか?」
「えぇ。……あと少しかかるわ。先に食べておいて頂戴」
 ダージリンは、味見でもどう?と言われて、用意されていた自分の椅子に座った。ちょうど焼きたてと、冷めた時はまた味が違うから、と、他の班の人たちが、お皿にいろんな種類のケーキを乗せて並べてくれる。アッサムたちがまだだから、と一言伝えたが、熱いうちに一口と言われ、断ることもせずにフォークを手にした。いつの間にか紅茶も淹れられている。
「アッサムがもっとテキパキと作ってくれたら、美味しいタイミングでみんなとお茶をすることができたのに、残念だわ。あの子のあの性格も、面倒なものね」
 この美味しいものをアッサムが食べられないことが可愛そうだと思えた。きっとアッサムは、じっとオーブンを覗き込んでいるに違いない。


「…………あら、それはそれは、申し訳ございません」


振り返ると、満面の笑みを浮かべているアッサムがいる。相変わらず、本当に綺麗な顔立ちで惚れ惚れすると言いたいところだけれど。


「あら、アッサム」


相当怒っているようだと言うのは、アッサムの背後にいるシナモンたちの青い顔色を見て察した。



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Date:2016/07/18
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