【緋彩の瞳】 彼女のために ③

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

彼女のために ③

「アッサム様!」
 夕食後、携帯電話のメールで3人揃って部屋に来るようにと命じられて、ドタバタと廊下を走った。絨毯敷きの廊下でもうるさいものはうるさい。
「あなたたち、走ったでしょう?」
「お呼びでございますか?!」
「アップルパイですか!」
「アップルパイ!!」
 きっと、アップルパイを食べさせてくれるに違いない。そう信じて疑わないルクリリは、眉間にしわを寄せて注意するアッサム様に抱き付き、それから一直線に勝手に部屋に押し入った。
「まったく、現金なものね」
「アップルパイ、食べたいです!」
「食べたいですわ」
「食べたいです」
 テーブルの上にお皿が3つとペーパーナプキンが用意されている。ほら、やっぱりアッサム様はお優しいから、ちゃんと3人のために残しておいてくださったのだ。グリーン様が美味しかったと称賛されていた、アップルパイ。
「ペコ、お茶を淹れて」
「はい、すぐに」
 そう言えば、ダージリン様は食べさせてもらえなかったようだけど、本当に一口も、味見すらさせてもらえていないのだろうか。鞄から取り出されたアップルパイに3人揃って喜びの声を上げて、熱いアッサムティーと並ぶ。
「ダージリン様の分は、残していますの?」
「ないわ、その3つで終わり」
「え~。ダージリン様、ごめんなさい、してないですの?」
「してこないわね。悪いと思ってないのだから」
 詳細がわからないけれど、ダージリン様が恋人の作ったものを一口も食べずに、自分たちが食べてしまってもいいのだろうか。何か、根に持たれそうだ。毎日毎日、チクチクと嫌味を言われそうな気がする。
「……1つをダージリン様に差し上げて、私たちは2つを3人で分けた方がいいんじゃ」
 ペコも同じことを考えていたのか、フォークを手にしたまま突き刺せずにいた。うーん、とうなる3人に、アッサム様はため息を漏らす。
「あなたたちみたいな優しさを、あの人が持ち合わせていれば、どれだけいいかしら」
「でも、お好きなんですよね?」
 すかさずルクリリは突っ込みを入れた。嫌いだったら、腹を立てたりしないだろう。好きだから、理解されたいと想うものなのだ。まぁ、さっさと素直に謝らないダージリン様の方が悪いと言うのはわかるけれど、あのお方が素直に悪いと認めるなんて、それを待つ方がダメージは大きい気もする。
「あなたたちに分けたものを誰が食べるかまで、私は口を挟まないわ」
 アッサム様は言葉に詰まり、それからちょっとだけ頬を赤くしてそっぽ向いた。
「可愛いですわ~~~!!」
「ローズヒップ、抱き付かないで」
「ダージリン様も素直じゃない。あ、見せびらかしながら食べたら、ごめんなさいって言うかも」
「そう言うことをすると、余計にへそを曲げるからやめて」
 ローズヒップに抱き付かれながら、これ以上状況をややこしくしないでと言われてしまい、この場にお誘いはしないことになった。アッサム様は自分が持って行くのは許したような気持になって嫌だと、こちらもそれなりの我儘を発揮されたので、帰るときにダージリン様に手渡しするようにした。
 均等にスライスされているリンゴを見れば、なるほど、アッサム様が作ったと言うことはわかる。味もとても美味しく、隠し味なんてなさそうな素直な甘さが舌に伝わって来て、何と言うか、アッサム様のアップルパイらしいものだった。これを誰よりも先に食べられないダージリン様は、自分の失態を反省した方が良いだろう。4人で楽しくお茶をして、すぐに3人で隣の部屋をノックした。


「………ずいぶん、にぎやかだったわね」
「アップルパイを食べていました」
「…………あらあら」
 微笑みながら、静かな怒りを内に秘めた瞳でルクリリを睨み付けてこられても、悪いのは誰だ、と言いたくなる。
「私たちにってもらったんですけれど、1つ残しておきました」
 ペコはラップに包まれ、さらにハンカチで包んだものを両手に載せて差し出した。
「すぐに謝った方が良いですよ、ダージリン様」
「ごめんなさいって言うのは、3秒ですわ」
「まぁ、意地張ってアップルパイは要らないっていうのなら、私たちで食べます」
 3人揃って、本日2度目の追い込みをかけられたダージリン様は、2歩くらい後ずさりをして、致し方ないと言わんばかりに額に手を置いた。食べたいって顔に描いているのを隠したいのだろうか。
「まったく、アッサムも3人を使うなんてズルいわね」
 ペコの手から受け取りながら、言うセリフなんだろうか。
 相変わらず、高飛車なお嬢様。素直にうれしいって笑えばいいのに
「どちらかと言うと、許すチャンを与えられたダージリン様の方がズルいって、アッサム様は思っておられますよ」
「そうですよ、アッサム様は何だかんだとお優しいです。ダージリン様に甘すぎます」
「アップルパイ、超美味しかったですわ」
 ペコとルクリリ、ローズヒップの顔をゆっくりと見つめて、美味しかったんだと確かめておられるようなまなざし。ルクリリは勢いよく頭を下げて、廊下を早歩きで逃げ出した。1秒の遅れで、ペコとローズヒップが付いてくる。
「今から、謝りに行くかな」
「どうでしょうね」
「ごめんなさいって言えば、アッサム様は許してくださいますわ」
「だろうね」


 どんな風に仲直りされるのか。そう言うものこそ見てみたいけれど、残念ながらルクリリ達は、アシストは出来ても覗き見はご法度なのだ。いつもいつも、損な役割。アッサム様に内緒でアップルパイをもらったり、ダージリン様にレストランに連れて行ってもらうくらい、してもらって丁度いいくらいだ。


「アッサム」
 部屋をノックして待っていると、鍵を開けてくれた。
「おすそ分けをもらったのですか?」
「えぇ」
「そうですか」
 3人が遊びに来た痕跡が残されたまま。温もりが残る椅子に腰を下ろすと、綺麗に洗い直したお皿とフォークが差し出された。
「今、食べますか?」
「えぇ」
「紅茶は、何がいいですか?」
「アッサムとダージリンのブレンドがいいわ」
「わかりました」
 茶葉を計量して、丁寧に紅茶を淹れる。きちんと時間を量って、完璧な淹れ方だ。アッサムが淹れる紅茶は、学年で一番おいしいと評判がいい。1年生の頃、上級生によく褒められているその傍にいた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 包みを広げてお皿に載せてくれたのに、アッサムは傍に座らずに、セーターを脱いでタブレット片手にベッドに腰を下ろしてしまった。
 人差し指が小さくタップする音を聞きながら、フォークで小さく切ったアップルパイを口に入れる。切りそろえられたリンゴがシャキシャキと音を立てて、甘みが口の中に広がった。
「美味しいわ」
「……よかったですわね」
「アッサム、そろそろ機嫌を治してちょうだい」
 紅茶のちょうどいい苦味が、甘さをすぐに引き締めてくれる。一口一口、じっくりと味わいながら、リンゴが少々不揃いだと何がダメなのかやっぱりわからないわね、と心の中で思った。それでも、美味しいものは美味しい。今、余計な事を言えばこの部屋を追い出されることは、流石にわかっている。
「まともに料理ができない身分で、偉そうに馬鹿にして申し訳ございませんでした、と謝ってください」
 偉そうにした記憶も馬鹿にした記憶も、まったくないけれど、アッサムがそう捉えて機嫌を悪くしたのなら、それは謝る方が良い。
「あなたの気分を害したのなら、とても悪いことをしたわ。ごめんなさい」
 じっとダージリンを見つめる。本気で謝っているのか、見極めようとしているのだろう。簡単に許したくないと、瞳は抵抗を見せている。
「アッサム」
「…………許すかどうか、考えておきます」
「謝ってと言ったから、謝ったわ」
「許すとは言っておりませんわ」
 ツンと澄まして、またタブレットへと視線が逃がされてしまった。一体何をどうすれば、機嫌が直ってくれるのだろう。アップルパイを食べさせてもらえたのだから、怒りのピークは過ぎて、緩やかなカーブを描き始めてはいるのだろう。
 何か、物を渡して機嫌を取った方がいいのかしら、と思ってみても、何も作る才能を持ち得ていないのだ。
「アッサム、ねぇ」
 寝転がって背を向けてしまったアッサムの名前を何度か呼んだけれど、いつもの綺麗な微笑みと甘ったるく名前を呼んでくれる声は返ってきそうにない。


「アッサム」
「アッサム?」
「ねぇ、アッサム」
「アッサムさん?」


 いろんな声色で名前を呼んでみても、振り返る気配がまるでない。隣に寝転がり、その身体を抱きしめても、邪魔だと言わんばかりに押し返してくる。
「キスしたいわ」
「嫌です」
 返事をしなかったのに、そこだけキッパリと拒絶してくるなんて。ダージリンは抱きしめたまま束縛を解かずに、その頬に唇を寄せた。

「嫌です」
「アッサム」
「嫌だと言っています」
「アッサム」

 がっちりと唇をガードされたまま、頑固なアッサムとベッドの上で、ずいぶんと転がりながら戦ってみたものの、赦しを乞う口づけは得ることができず、いつの間にか、2人して息を切らした。
「もういいわ。一時休戦、疲れたわ」
「そうですか。諦めがついてホッとしましたわ」
「続きは、明日よ」
もうどうでもよくなったから、2人して無言のままお風呂に入り、早々にベッド入って背を向けて眠った。







 朝、ぼんやりとした意識の中、息苦しさで目が覚めた。何というか、とにかく苦しい。


……
………


「………ぷはっ!」
「おはよう、アッサム」
「……ダージリン、何をしました?」
「恋人に目覚めのキスをするのはダメなの?昨日の朝は、アッサムからしてきたわ」
「……本当に、ズルい人ですわね」
 確か、何かダージリンに腹を立てて眠ったような気がする。具体的に何に腹を立てていたのか、すぐに思い出せないけれど、とにかく腹を立てていたことは間違いない。
「もう許して。アッサム」
「……………ズルい人」
 キスさせてやらないって思って阻止できたのは夜だけで、無防備の朝にこんなことをされたら、怒りを持続する感情がそぎ落とされてしまうのだ。ダージリンはそれを知ってか知らずか、こうやってキスをしてくる人だから。本当にズルいって思う。
「アッサム」
 卒業試合とはいえ、黒森峰から奇跡の勝利をつかみ取った夜以降、ダージリンは毎日アッサムの部屋で寝て、キスをねだってくる。ここ数日、その手が時々、寝間着や制服の上から乳房に触れてくるのだけれど、逃げ方がわからなくてされるがまま。
「………はい」
 キスをして、右の手が乳房を撫でた。身をよじっても、困っていると分かってもらえない。
「どうしたら許してくれるの?」
「もういいです。ダージリンを相手にするのは、色々気力が持ちません」
「機嫌を治してくれるのね?」
「……………はいはい、もういいです」
「じゃぁ、もっと楽しそうにキスして」
「………何だかズルいですわ」
 枕に顔を埋めて逃げても、乳房に触れた手はそのまま。その手が何を求めているのか、ダージリンも深く考えていないのではないかと思う。シャワーを浴びると言って離れてもらい、身体の火照りを逃がしながら、結局、一体何に腹を立てていたのか、もう思い出せそうになかった。
 それはたぶん、大したことじゃなかったと言うことなのだろう。

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Date:2016/07/18
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