【緋彩の瞳】 彼女のために ④

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

彼女のために ④

「それで、まずはどうするのかしら?」
「えっと、タルトの生地を作ります」
「なるほどね」
 なるほど、って大丈夫だろうか。レシピを読み上げろ、と言われたので、バニラは声に出して、バターや砂糖、卵、アーモンドパウダーなどを必要グラム数量って、ボールに入れてくださいと伝えた。
「ま、待ってください。この計量器で、先ほど伝えたグラム数を量ってください」
 真っ白で一度も使ったことがなさそうなエプロン姿のダージリン様は、セーターの袖を捲って、いきなり目の前の固形バターをスプーンで掬い、ドン!とボールに入れてしまわれた。クランベリーが慌ててボールから取り出してすぐに溶けずに済んだけれど、さっき声に出して読んだのを、まったく聞いていらっしゃらなかったようだ。
「バター25gって大匙一杯くらいでしょう?」
「えっと、いや……えーっと」
 ちゃんと、グラム数は聞いていた様子。ではなぜ、そうなってしまうのだろう。
「クランベリー、どうなの?」
「えっと、きちんと計量することは、料理の基本でして。25gはその、秤で計量した方が的確です」
「クランベリー、こんな格言を知っているかしら?“完璧主義では、何もできない”」
 口をぽかんと開けたまま、クランベリーは固まっている。ペコの様に上手く切りかえす言葉が何も思い浮かんでいないのだろう。バニラだって、頭が真っ白だ。
「ダージリン様。タルトを作る気はございますか?」
 使い込んだエプロン姿のキャンディ様が、秤をダージリン様の目の前に差し出して、とても冷静に告げた。
「えぇ、もちろん」
「では、バニラとクランベリーが言うレシピの通り、キチンと計量をして、独自の解釈をせずにタルトを作ってくださいませ。世の中に大量のレシピがあると言うことは、多くの人が幾度となく失敗に失敗を積み重ねた結果、最もおいしい分量を生み出したのです。分量をきちんと計量し、書かれた通りにすれば、とても美味しいものが出来上がります」
「それじゃぁ、誰が作っても同じ味になるわ」
 レシピとはそう言うものじゃないだろうか。もちろん、キャンディ様くらいの腕があれば、そこからアレンジをして、自己流のものを御作りになることができるだろうけれど、それには知識と経験が必要で、ダージリン様はそう言うものをお持ちじゃないと言うことは、さっきの動作ひとつですぐにわかった。
「ですが、食べてくださる人にとっては、この世に一つしかないものです。アッサム様を喜ばせたいという想いは、レシピにはありません」
 アッサム様に食べていただくつもりだと、どうしてキャンディ様はご存じなのだろうか。そう言えば、昨日か一昨日か、喧嘩をしていると噂が経っていたけれど、もう仲直りされたのだろうか。これが仲直りのお詫びの品、と言うことなのだろうか。もし、仲直りのためにと思っていらっしゃるなら、アッサム様のお口に入る物を、適当な分量で作らせるわけにはいかない。  
胃袋をお守りしなければ。
「…………あなた、アッサムに毒されているわね」
「いえ、計量は当然だと言っているだけです。手伝いはさせていただきますが、独自にされるようでしたら、私どもは失礼させていただきます」
 キャンディ様が、こんなにお強い人だったとは意外だ。物静かで縁の下の力持ちみたいなお姉さまと思っていたけれど、マチルダⅡ小隊長になって、ルクリリの補佐をするようになったからか、何と言うか、カッコイイ。アッサム様が何かと頼りにされていたのもわかる。
「わかったわ。感性を働かせて作って美味しかったら、アッサムがかえってふて腐れるわね」
「………えっと、では、改めて、計量をお願いします」
 どういう意味なのか、聞かない方が良い気がする。噂では喧嘩していると言うのは、お菓子作りが原因らしいが、何となく何があったのかがわかったような。わかりたくないような。
 バニラは、目盛の見方も懇切丁寧に教えながら、今日中に終わらないかもしれない覚悟を決めた。






「あ、ローズヒップ」
 隊長室に向かおうとする途中、書類を持って歩いているローズヒップを捕まえた。
「ルクリリ。もうお仕事終わりですの?」
「うん、ダージリン様に書類見せて、OKもらったらね」
「昨日、ルクリリから貰った書類に不備があったと、整備科に文句を言われましたわ」
「え~。嘘~~」
「訂正して、サインが欲しいって言われましたわ。予算の桁、全然違いますわ」
 最終確認をダージリン様たちにしてもらう前の書類でよかった。こんなものがばれたら、30分は説教が止まらない。
 朝から、機嫌がいいのか悪いのか、仲直りしたのかしていないのか、隣同士の席で朝食を取っていたダージリン様たち。取りあえずお2人の機嫌を、外的要因で悪くしてはいけないのだ。
「やばい。すぐ訂正する。あ、そうだ。ローズヒップ、家政科の第3教室にある大きな冷蔵庫の中に、タルトが入っているんだけどさ。取りに行ってくれる?貰ったんだ。もう時間も遅くなってきたし、夕食の後にみんなで食べようよ」
「マジですの?了解ですわ。今から職員室に行って用事を済ませた帰りに行きますわ」
「気を付けて持ってきてね」
「食べ物に関しては、大丈夫ですわ!」
 敬礼してみせるローズヒップは、ダッシュで姿を消した。


「ペコ」
「ごきげんよう、アッサム様」
「ダージリンがどこにいるか知らない?」
「え?いえ……」
「そう。まぁいいわ。放っておきましょう。隊長室に行くの?」
「はい」
 放課後、昨日のお詫びをするからと言って、姿を消したダージリン。どこで何をするつもりなのか。
 もう怒る気力も失ってまったくもって、何に腹を立てていたのかも、シナモンたちに仲直りしたのかと聞かれたりして、ようやく思い出した位のこと。思い出して、またムッとしたものの、それをもう一度蒸し返すと、過ぎたことを根に持つなんて、と、すまし顔で言われるだけだ。グリーンやシナモンたちに、怒ってないから、変な噂を消しておいてと伝え、ランチも隣に座って食べた。ダージリンは表面的にはいつもと変わらないけれど、一応はなし崩しにはせず、アッサムの機嫌を取る気はあるらしい。たぶん、許しますと一言も言っていないからだ。

「あら、ルクリリ」
「げっ…アッサム様……ダージリン様は?」
 隊長室に入ると、ルクリリが黒い革の椅子に腰を下ろしていて、バッと何かの書類を隠した。何か、ミスがあったのを直していたのだろう。
「いないわ。それで?何を隠したのかしら?」
「いいえ、何も隠していません」
「まぁ、いいわ、隊長様。私は引退した身分ですから、関係ありませんし」
「ははは、は……」
 電卓を必死にたたき、何か修正をしているようなので、知らない振りをしてペコとお茶を飲むことにした。のんびり時間を潰しながら、どこに行ったのかダージリンからの連絡を待ってみるけれど、携帯電話は鳴りそうにない。何か、お詫びの品でも買いに出かけたのかも知れない。
「ローズヒップは?」
「職員室だそうです」
「そう」
「っていうか、ちゃんとダージリン様は謝ったんですか?」
「あの人なりに、謝ったつもりらしいから、もうどうでもいいわ」
 ティカップは空になったけれど、ペコにもういらないと告げて、終わりそうにないルクリリの書類訂正を覗き込んだ。桁を間違えて計算していたらしい。ダージリンが見てしまえば、30分は説教しそうだ。カンマを打つ場所が違うから、分からなくなるのだ。アッサムは一から説明をして、すべてやり直しをさせた


「では、これを冷やします」
「どれくらい?」
「えっと、そうですね、ちゃんと冷やした方がおいしいので、最低でも30分は」
「それでは夕食になってしまうわ」
「えっと、お夕食の後のデザートにどうでしょう?」
「なるほど、それもいいわね」
 キャンディが、計量をきっちりしないと次の作業に移してはくれないせいで、ずいぶんと予定時間をオーバーした。
 アッサムを真似して苺の大きさを均等にしようとしてみたら、乗せるだけなのでそう言うのは要らないですと一喝された。出来上がったタルトを、教室の小さめの冷蔵庫に入れて、後片付けもきちんとして、3人に、明日にでもお礼に美味しいものを食べに連れて行ってあげる約束をして、アッサムに電話をした。
教室の外はすっかり暗くなっている。電話を掛けると、ルクリリたちと隊長室でお茶をしていたようだ。
「あら?ローズヒップ?」
 家政科の建物を出て寮へと向かう途中、走って家政科の建物に入っていく人物の影が見えた。気のせいかも知れないけれど、聖グロの中で走ると言うことをするのは1人だけだ。もちろん、家政科にいないとは限らない。兎に角、すっかり遅くなってしまったから、早く寮に戻らなければ。



「アッサム」
「どこにいらしたの?隊長室で、ルクリリが提出書類の確認をお願いしていたはずです」
 隣の部屋をノックすると、また違うお怒りを携えたアッサムの眉間のしわが飛び込んできた。機嫌を取るように頬にキスをしてみせると、誤魔化さないでと言われてしまう。
「ちょっとね。お詫びをすると言ったわ」
「何ですの?」
「あとで渡すわ」
「………期待しませんわ」
 学外のレストランで夕食を軽めに済ませて、デザートを食べずにすぐに部屋に戻ってきた。お茶の用意をすると言うので、その間にダージリンは用事を済ませると一度部屋を出て、家政科の教室に向かった。
 電気を付けて、小さい冷蔵庫の中を覗き込む。十分に冷やす時間があったのだから、きっとおいしくなっているはずだ。これでアッサムも喜んでくれて、きちんと計量をしてレシピの通りにしたと言えば、ダージリンが反省の態度を見せたと言うことで、機嫌を良くしてくれるに違いない。
 バニラたちに聞いても、アップルパイを作る過程で、りんごの計量や形が均一であることなどは不要だと言っていたけれど、でも、してはいけないというルールはない、とも言われた。キャンディには、それが喧嘩の原因なんですね、とため息を吐かれて、3人から、ダージリンの方が何もできないのだから、分は悪いと教えられた。
 何はともあれ、アッサムが上機嫌になるのなら、それに越したことはない。
「…………あら?」
 冷蔵庫を開けると、そこには何もなかった。白い箱に入れて、間違いなくここに入れたはずだ。隣の冷蔵庫の中にも何もない。
「キャンディ?タルトが忽然と姿を消したのだけど、御存じないかしら?」
 すぐに携帯電話でキャンディを呼び出したが、何も知らないと言う。バニラたちにも確認を取ると言われ、数分待ったが、3人とも知らないようだ。
顔面蒼白の3人が、家政科室に飛び込んできた。私服に着替えていて、すっかりくつろいでいたのだろう。
「ないのよ」
「おかしいですね」
「どなたかが、持って行ったのでしょうけれど」
「家政科の友達に連絡を取っています。来てくださるそうです。誰かが移動させた可能性もありますし」
 もちろん、どの冷蔵庫も家政科の所有物だから、いろんな食材が置かれている。だから白い箱に入れて、今日の日付と“ベリータルト”と書いておいた。10分ほどして、見知らぬ1年生が廊下を走って来てくれた。ローズヒップ以外でも、廊下を走る生徒はいるらしい。とはいえ、必死になってきた様子なので今が例外なのかもしれない。
「あの、バニラが作ったタルトが消えたって言うのは、どういう事情でしょうか?」
「あぁ、わざわざ申し訳ないわね。あなた、行方をご存じないかしら?」
「今日の放課後は家政科生徒全員、この教室を使っていません。確認をしてきました」
「では、なぜ、消えたの?」
 肩で息をしている少女は、真っ直ぐに教室の奥に向かって、業務用の大きな冷蔵庫を開けた。
「…………あぁ、もしかしたら」
「何?」
「ルクリリが間違えたのかも……」
「ルクリリ?」
 戦車道に無関係の生徒から、ルクリリの名前が出てくるとはどういうことだろう。
「はい。今日、授業で作ったタルトを彼女に差し上げて。ここに置いているから取りに来てほしいと伝えたのですが。まだ、ここにあると言うことは、もしかしたら、その……」
「間違えて、持って行ったと?あなたは何を作ったの?」
「レアチーズタルトです」
「…………なるほど。それを持って、ルクリリのところに行くわ。お騒がせして申し訳なかったわね」
 事情がわかったとたん、ホッとしたようにため息をついているキャンディたちだけど。すでにあの1年生の胃袋の中に納まっていたりしたら、もう一度作り直すことになるわね、と告げると、クランベリーが泣きそうな顔で見つめてきた。




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Date:2016/07/18
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