【緋彩の瞳】 Because I love you ⑨

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

Because I love you ⑨

「体調悪いの?」
「………いいえ、大丈夫です」
 2週間ほどして、噂の声は次第に薄れて行ったようだった。誰も確認を取ることができない噂は、それ以上憶測が広がると、彼女たちは自分で自分の憧れに傷を付けると悟ったのだろう、不確かなことは、すべてなかったことにされたようだった。アッサムもあれから誰かに何かを聞かれるようなこともなく、ただ、初めて気が付いたお姉さまとお兄さまは恋人ではないのだという事実について、どう向き合えばいいのかわからなかった。結婚をして欲しいと言う気持ちが、消えたわけではない。お姉さまと家族になれて、これからもずっと親しくできることは楽しいと思う。でも、それでいいのだろうか。ずっとそんなことを考えていても、お姉さまとは毎日会うし、毎日狭いチャーチルの中で何時間も過ごすのだ。何でも話せる関係であるはずなのに、肝心なことが何も聞けない。
「ここのところ、食事の量を減らしているみたいだけど」
「ちょっと、身体を絞ろうかと」
「馬鹿。それ以上痩せたら大変よ。むしろ太りなさい」
「はい……」
 5月も半ばを過ぎた頃、隊長室に向かうと、オレンジペコ様とダージリンがお茶を飲んでいた。何か、ダージリンの見慣れた三つ編みが、午前中と違って編み込んでサイドに一つくくりにされてしまっている。オレンジペコ様にお願いされた書類を持ってきたアッサムは、フラフラとダージリンの隣に腰を下ろした。お姉さまは職員会議に出ておられる。お茶を飲む気持ちはないが、ダージリンが立ち上がり、紅茶を淹れてくれた。
オレンジペコ様が眉をひそめて、ため息を漏らしたアッサムを見つめてくる。お姉さまも、食事の量が減っていることを毎日気にしてくださっていて、積極的に毎晩夕食に誘ってあちこち連れて行って行ってもらっているが、2人きりになると余計、胃がキュッと締め付けるように痛みを与えて、無理に押し込めることが苦痛なのだ。

胸につっかえた疑問が邪魔で、食事が喉を通らない。

「ダージリン。明日、アッサムを病院に連れて行きなさい」
「はい」
「いえ、大丈夫です。ちゃんと食べるようにしますから」
 艶のある黒髪、真っ直ぐな瞳。オレンジペコ様に見つめられて、思わず視線を逸らした。
「アッサム」
「はい」
「今日の夕食もアールグレイと食べるの?」
「え?あ、いえ、まだ何も決めておりませんわ」
「そう。ダージリン」
「はい」
 アールグレイを淹れてくれたダージリンは、静かにアッサムの隣に腰を下ろした。オレンジペコ様がその髪を勝手にいじられたのだろう。昨日は、お団子を一つにまとめてアップにされていた。
「6時にランドローバーを押さえておきなさい」
「はい」
「アッサムの携帯に地図を送っておくわ。この前のお休みの日にオープンした、中華粥の専門店があるの」
 オレンジペコ様は、アッサムに気を使ってくださったようだ。発端になっていることがお姉さまなのだと分かっておられるのだろうか。それとも話を聞かせて欲しいと思っているのだろうか。真っ直ぐな黒い瞳。とても聡明で頭の回転も速く、お姉さまとは違って厳しく、でも、とてもお優しい。同じ部隊のマチルダⅡに乗るダージリンのことを、特に可愛がっておられる。あちこちに気を配って、大変そうな方だ。オレンジペコ様はバニラ様とお姉さまのことを何か、御存じなのだろうか。それでも、それを聞けないのだ。声に出せそうにない。




「オレンジペコ様?」
 隊長室でのお茶のあと、言われた時間にランドローバーを取りに行くと、オレンジペコ様が待っておられた。ダージリンはオレンジペコ様のIDカードを渡されて、その電子マネーを使い、2人で食事をして来いと言われた。気兼ねなく何でも相談し合えないのなら、それはダージリンが悪いのだ、と。
「あの子、たぶんアールグレイのことで何か悩んでいるのよ」
「……そのようですわね」
「何も聞いていないのでしょう?」
「はい」
「もう少し様子を見ていてもと思ったけれど、アールグレイは自分のことだと思い当たっていないみたい。こっちからはあの人には言わないでおくわ。余計、こじれそうだから」
「わかりました」
「アッサムは、あなたに心を開いているの?」
「…………わかりません」
「愚痴も言いあえない関係?感心しないわね」
 肩を叩かれて、報告はしなくていいから、とにかくアッサムの悩みを聞いてあげてと言われ、ダージリンは一礼をしてありがたくその優しさに甘えることにした。
アッサムと2人きりで食事なんて、初めてだ。嬉しいと思う反面、彼女が何を悩んでいるのかを聞き出せる自信はさほどない。それでも、今日楽しく食事をすることができたら、何かが変わるのかも知れない。変わればいい。手を差し伸べることができれば。

 アッサムの道案内で辿り着いたお店では、オレンジペコ様の配慮で一番奥の個室が用意されていた。2人で向かい合って腰を下ろし、お店の人が薦めるものを注文する。
「アッサム、食欲はあるの?」
「えぇ、大丈夫。何か、気を使わせてごめんなさい」
「私は何も。でも嬉しいわ。あなたと2人で食事を取るなんてなかったから」
「そうね。オレンジペコ様に感謝しないと」
 小さく微笑む笑みには、戸惑いの色が滲んでいる。
「アッサム」
 グラスに注がれている水。一口飲んで喉を潤した。同じようにグラスに口を付けていたアッサムは、返事の代わりにゆっくりとグラスをコースターに戻した。
「黙っていて、自分で解決できることではないのなら、私が共有するわ」
アッサムは困った顔を見せた後、お腹を擦りながら無理に笑って見せてくる。
「…………自分のことじゃないのよ」
「アールグレイ様のことでしょう?」
「えぇ」
「あの、デートをしていたとか、そう言うことね」
「……そうね」
「そのデートの相手を、アッサムは知っているのでしょう?」
「えぇ」
「あなたの身内なのでしょう?」
「………調べたの?」
 4月の、入学してすぐの頃、オレンジペコ様が身辺調査をしていたことは知っている。アッサムとアールグレイ様どういう関係なのか。どこからの繋がりで仲がいいのか。本当に中学時代の上下関係だけなのか、すべて調べたそうだ。そこで、小さい頃から家族ぐるみで仲がいいと言うことがわかったらしい。アッサムには兄がいる。だから、ダージリンはそのデート相手と言うのが、おそらくアッサムの兄なのだろうと想定していた。オレンジペコ様もそう考えておられるはずだ。アッサムが気まずそうにしている態度とも、整合性は付く。
「想像で話をしているのよ」
「……デート相手は私の兄で、2人は結婚するの」
「整備科たちはパニックね。騒いだところで、蚊帳の外でしょうけれど」
 結婚相手であると言うことを黙っていることが辛いなんて、そう言うものではないだろう。それは今に始まったことじゃない。アッサムが姉のように慕っていると言っていた、その人は本当に姉になるのだ。周囲のざわめきは納まっている。アッサムの悩みはむしろ、日ごと息苦しそうな程だ。
「………そうね。兄が16歳の時に決まったことだし、私は子供だったけれど、でも、ずっとそうなればいいと思っていて、それが当たり前だと思っていて」
「そう。何か、素直にそう思えないことがあったのね」
「…………えぇ」
 左右に泳ぐ瞳は、彷徨い、溺れて沈んでいってしまいそう。タイミングよく運ばれた前菜が、アッサムに浮袋を渡してくれたようだった。
「後で続きを聞くわ。とにかく今は、食べましょう。オレンジペコ様から、平らげるまで部屋を出るなと命令されたの」
「………ダージリン、相当、オレンジペコ様に可愛がられているわね」
「あのお方、最近、毎日私の髪でお戯れよ」
「そうみたいね、何か、朝と昼で毎日髪型が変わるものね」
「もう、朝のセットをせずにいた方が良いかもしれないわ」
「朝、ブラシを持って、オレンジペコ様のお部屋を訪ねたらよろしいんじゃない?」
 食事中は、先日のプラウダとの練習試合のことを話した。久しぶりに会うノンナの腕がかなり上達したことや、カチューシャがいずれ隊長になる気がすること、バニラ様がアールグレイ様の命令なんてまったく聞かずに、勝手に走り回っておられるのが面白かったこと、学食のサンドイッチはそれほど美味しくないと思っていること。毎日アッサムのすぐ傍にいるのに、まったくそう言う会話をしなかったから、次から次へと本当に大したことではないことが溢れ出した。そのたびにアッサムは小さく笑い、同じことを考えていたと同意してくれる。オレンジペコ様に言われた通り、食事を終えるまで、ダージリンは席を立たないで、アッサムを見守っていた。笑みを浮かべて、ゆっくりと食べ進めてくれる、その姿を見て安心できた。少しでも気を許してくれるのなら、嬉しかった。オレンジペコ様に言われた通り、ダージリンとアッサムの関係は、ただのクラスメイトというだけではだめなのだ。
 唯一無二の存在になることは難しい。彼女の心を支配しているのは、アールグレイ様だ。でも、だからこそ、アッサムはその大きな存在のことで頭を悩ませても、解決の糸口を見いだせずに、1人で追いつめられるしかないのだろう。



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Date:2016/08/04
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