【緋彩の瞳】 その唇が ①

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

その唇が ①


気が付いたら、唇に視線がいっている
あっと思ってすぐに視線をそらす
その先にあるのは、彼女の細い手首

視線をどこかに逃がしても、必ずその先にある
素肌を捜している

「レイ?」
「……ん?」
「なぁに?」
「ん?別に……」
「そう?」

みちるさんと2人きり。ほかのみんなとは違い、私立には試験休みがある。試験のために午後の授業はないのだ。普通ならその時間は勉強に充てるのだが、レイは特にそういうことを必要とはしない。その話をしたら、遊びに行ってもいいかと聞かれ、どうぞと答えて今、こうして2人きりなのだ。
静かな神社の離れにあるレイの部屋は、12月に入って間もなく出されたこたつと本棚、勉強机が並ぶ部屋と、奥のベッドルーム。普段、仲間たちはこのこたつのある部屋でウダウダ過ごしている。みちるさんは正座をしてこたつに入って、何やらたくさんの書類に目を通していた。忙しい合間を縫って、会いに来てくれたんだと思う。
「相変わらず忙しいのね」
見つめていたことをごまかすように、レイは話題を振ってみた。みちるさんがここにきて、特に挨拶以外会話をしていないのだ。それが嫌だと思っていない。そういうことには気を遣わなくてもいい関係だと思っている。
「えぇ。もうすぐクリスマスだから、色々とイベント出演もあってね」
「そっか。やっと忙しかった秋が終わったばかりなのに」
秋らしさを感じることが年々少なくなってきている。暑いと思ったら、いきなり寒い。どっちも好きではないレイは、先日こたつを出してから、できる限りここに居座るのが日課になっている。神社の落ち葉を掃く仕事も、この時期になると相当な量になる。来週くらいに、うさぎたちが焼き芋をするとか言っていた。ついでに掃除もしてもらわなければ。
「レイ、クリスマスの予定は?」
「予定?」
みちるさんは書類を読みきったようで、鞄にしまいながら聞いてきた。
「えぇ。誰かと過ごす、とか」
「あぁ。何も考えてないけど……」
一般的には、クリスマスは恋人たちの一大イベントと言うことになっているらしい。美奈たちの学校では12月に入ってから、やけに色恋ごとでざわついているらしい。TAは年中淡々としているような気もするけれど、多少はきっとクラスメイト達も気にしているのだろう。それに影響を受けているということは、もちろんない。
「今年はチャペルコンサートがあるのよ」
「そう言えば、前に言っていたわね。クリスマスも仕事だって」
「えぇ。新しく建て直したマリンカテドラルで」
過去の戦いで一度半壊した海上の教会。あんなに素敵な教会でクリスマスにコンサートなんて、きっとカップルが多いだろう。みちるさんは若い人のファンがかなり多いし。
「チケット、あげるわ」
みちるさんは書類をしまった鞄から、封筒を取り出してレイの前においてくれた。
「よかったら、聴きに来て」
真っ白な手首、真っ白な手の甲。視線を上げると、艶のあるグロスのついた唇。
「あ………行くわ。ありがとう」
直角に座っている2人の距離は、手を伸ばせば簡単に触れるくらい近い。レイは何とか頑張って視線を封筒に戻して、ごまかすようにその中を見た。
「2枚?」
「だって、誰かと来るでしょ?」
「……えっと、誰を誘えばいいの?」
うっかり顔をあげたせいで、視線がみちるさんの瞳に吸い寄せられてしまった。
じっと見つめられて
じっと見つめ返して

怖い

ネプチューングリーンの瞳の色は
全てを悟られてしまいそうで怖い

「じゃぁ、1人で観に来る?」
レイは生唾を飲み込んで、必死になって視線をそらそうとした。



まずいって思ったのは
唇に視線が行いってしまったあと

「レイ?」
「……え?」
「キスしてほしいのでしょう?」


みちるさんの言葉を綴る唇
心臓のリズムが乱れ、体温がわかりやすく上昇していく
じっと見つめられていることがたまらなく嫌になった

身体がなぜだか震えてきて

その唇が近づいてくる
艶めいたその唇が近づいてくる

何をどうすればいいのかわからない
目を閉じて受け入れることが正解なのかもしれない

「……っ」

だけど
やっぱり怖い

思わず身を引いた

「……………レイはどうしたいの?」

横を向いて何とか逃げると、左耳がみちるさんの声をとらえてしまう。
逃がした視線をまた戻すと、今度は心臓を掴まれて殺されてしまうのではないか。

「………………お願い、だから……もう、…少し…待って」

唇を重ねてしまうと、とめどなく溢れてしまいそう
好きという感情が持つ怖さがある
何もかもを独り占めして、彼女の時間を奪って
心を縛り付けて
困らせてしまうのではないかと思うと

「私を好きなのでしょう?」
「……………」

ドクンと心臓が跳ねる

「私はあなたが好きよ、レイ」

綴られる言葉の意味は歌うような囁きなのに、身体を硬直するには十分な威力。
レイは小刻みに震わせて、かろうじて小さく頷いて見せた。

「ごめんなさい…………怯えないで」
気配がゆっくりと離れて行く。解放された緊張感と、怒らせてしまったのではないかと言う申し訳なさ。緊張した身体のほてりは、みちるさんが離れた距離と同じ分だけ熱を落としていく。

殺した息を吐き出すと、同じ音量でみちるさんからもため息が聞こえてきた。
それでも顔をあげられない。
「あと10分くらいで、ここにマネージャーが迎えに来るの。2人きりでいる時間があまりとれないのよ。お願いだから、こっちを向いて。ね?」
視線に気をつけて、そっとそっと顔をみちるさんがいる場所に戻してみる。それでもずっとうつむいたままで。きつくぎゅっと握りしめた手に、嫌な汗をかいている。
「………ごめんね、みちるさん」
爪の食い込んだ掌は、きっとくっきりと跡が付いているだろう。
「いいわ。嫌われていないことくらいは、わかっているつもりよ」
みちるさんの涼しげなその言葉は、それだけ傷つけているんだと知るには十分だ。
好きだから怖い
好きすぎて、見つめられると怖い
想いが重なっていることを
ちゃんと信じられる強さが、今のレイにはない

どうすればその強さを手に入れることができるのだろう

「………」
何か言おうと思っても、何も思いつかない。
「レイ」
みちるさんは腕を伸ばしてきた。身構えてしまう。
「……レイ」
その腕はレイの頭上に上がり、そっとそっと頭を撫でてくれた。

「震えちゃって……黒ネコちゃん。お願いだから、私に心を預けてほしいのよ」
柔らかくて温かな掌がレイの髪に触れ、猫を撫でるように何度も往復する。
「……もう少し」
待ってと言おうとしたら、みちるさんの鞄の中から携帯電話が着信音を鳴らした。
「えぇ。待つわ」
そう言った後、マネージャーらしい人からの電話を取ったみちるさんは、あと少しで車が到着するらしく、帰る準備を始めてしまう。

行かないでって言いたい
そばにいてって言いたい

あぁ、まだまだ弱いって思う

「今からのお仕事、何時くらいに終わるの?」
温もりが離れてやっと、身体の震えも収まっていつも通りの声を出せる。みちるさんはゆっくりと立ち上がりながら、壁の時計を見上げた。
「夜遅くにね。11時すぎくらいかしら」
「大変ね」
コートを羽織るから、レイも見送りのために立ち上がり、羽織るものを取りに隣の部屋に入った。
「いいわ、レイ。車の音が聞こえてきているし、身体を冷やしてしまうから」
「いえ、待って」
みちるさんが襖をあけて部屋を出て行こうとする音がして、慌ててショールを手にする。姿が無くなっていて、襖をあけると廊下を歩いて玄関に向かっていたみちるさんの背中が見えた。
ヒールを履く背中にようやく追いついて、ほっとする。
見つめ合っていない時なら、こんなにも安心できるのに。
高そうなコートを羽織って、アクアマリンの髪の柔らかいウェーヴの後ろ姿。
「………みちるさん」
レイは振りかえろうとするみちるさんの背中に、そっとそっと抱きついた。
「レイ?」
「…………みちるさん」
優しくて甘い香り。
控え目に付けているコロンの甘さと、シャンプーの香り。髪に顔をうずめるようにして、その細い腰に腕を巻きつかせる。みちるさんの左手には鞄とヴァイオリン。
レイが回した手にそっと、片手が触れてきた。暖かくてやわらかいみちるさんの右手。
「ひどいわ、レイ。これじゃぁ、振りかえることもできないし、キスもできない」
ひどいって言われるほど、みちるさんが怒っているようには感じられないけれど、いつまでもこのまま、こうやって逃げて回っていることが、柔らかくみちるさんを傷つけていることはわかる。
「みちるさん……」
「好きよ、レイ」
みちるさんはレイの手を取って

甲に唇に押しあてた

冷たいはずのレイの手が、その右手だけが熱を持っていく
手の甲に残る感触が、その唇が背中に甘いしびれを覚えさせて

「…………」
心の中でもっと欲しいと思ったのに
身体に振るこれ以上の愛に怯えてしまう
「仕事に行くわね」
みちるさんがそう言うから、がちがちに力の入った両腕から何とかその身体を解放した。
「その手、洗っちゃだめよ」
手の甲についたグロスは、唇の形を残したままだ。レイは視線を自分の右手に落として、みちるさんの命令にただうなずくしかできない。
「じゃぁね」

「……夜…帰ってきて、よ」

かろうじて口にしたのに、みちるさんはもう玄関の向こう側に行ってしまった。


手の甲にある、みちるさんの唇が触れた証


胸が


痛い




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Date:2014/01/12
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