【緋彩の瞳】 Because I love you ⑯

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

Because I love you ⑯

簡単に白旗を上げられないのなら、とにかく履帯を狙い、ひたすらフラッグ車以外の戦車の行動を鈍らせるしかない。勝負は正々堂々、だがそれは、チャーチルとティーガーⅠとの真っ向勝負のみでいい。バニラ様が車長を務めたクロムウェルを筆頭にした部隊が次々に、敵の履帯破損を狙って走り回り、マチルダⅡも次々に敵の履帯を狙い走り回った。その中でまっすぐにチャーチルはフラッグ車と勝負を挑んだが、結局は分厚い装甲を抜くよりも、相手に撃ち抜かれる方が早かった。いつでもあと1歩の火力が足らない。アッサムの攻撃は確実にティーガーⅠに当たった。装填の速さも問題はなかった。作戦も悪くなかった。それでも、毎年必ず戦ってきた相手だ。お互いにお互いの戦法など嫌になるくらい知られている。どんなにあがいても、火力の問題で、チャーチルがティーガーⅠを撃破するには、接近しなければならないのだ。そして、鈍足である以上、接近する隙も与えてはもらえない。
「ダージリン、不服な顔ね」
「いえ。不服などありません。私たちは最善を尽くしましたわ。バニラ様は履帯を狙いながらも、撃破に成功されました。この火力で、黒森峰を10両も撃破出来るなんて、正直、思っていませんでしたわ」
「私はフラッグ車以外の撃破は出来なくてもいい、って思いながら作戦を立てたわ」
「そうでしたか」
「来年はあなたの自由にしなさい。過去の戦い方なんて頭に入れる必要はないわ」
「はい」
 決勝大会の広い土地を走り回りながら、散らばった隊員たちが次々にメイン会場へと近づいてくる。呆然としていたアッサムに近づいて、汚れている頬をハンカチで拭った。
「……ダージリン」
「お疲れ様」
「ごめんなさい……砲撃は当たったけれど、跳ね返されたわ」
「わかっていたことよ」
「せっかく1対1に持ち込んだのに」
「仕方がないわ。勝負は時の運よ」
 理論上のことならば、ダージリンよりもアッサムの方がはるかにわかっていることだ。チャーチルがもっとスピードを出せるのなら、更に近づくことは出来た。みんな、聖グロの隊員はわかりきっているのだ。近づきたくても、近づくことができない相手なのだと。
「…………お姉さまは、ずっと、冷静で淡々としていらしたわ」
「そうね」
「3年生のお姉さま方はみんな、とても冷静なのね」
「3度目の戦いだもの」
「私たちも、そうやって黒森峰に負けることに馴れて行くのかしら」
「一緒に考えましょう。勝てる術を」
 体当たりをしながら敵戦車のチャーチル追撃を阻止して、見事にクロムウェルを大破させたバニラ様たちがようやく戻って来られた。清々しく笑っておられる。ずっとずっと使わずに眠っていたのに、この大破のおかげでまた、長期調整を強いられてしまいそうだ。それでも、バニラ様の動きは凄かった。あのスピード狂をクロムウェルに乗せて戦わせたアールグレイ様の采配は、間違えていなかった。好き勝手に動き回りながらも、確実に敵を仕留めて行く。本当に戦車道を楽しんでおられた。朝、目を赤くしていたことを、アッサムは心配していたけれど、試合には何の影響もなく、全力を注がれていらした。
「ダージリン、アッサム」
「バニラ様、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
「当てても当てても、跳ね返すんだもの。頭に来たから、パンターに体当たりしてやったわ」
「おかげで、修理に莫大な費用がかかりますわ。来年に間に合うかどうか」
 バニラ様はにっこりほほ笑んでダージリンの肩を叩くと、逃げるように去って行く。この戦いが終わると、公式戦から退く3年生が負けを受け入れているのだ。ダージリンたちが肩を落とす必要もない。
「………兄が大金を寄付して、クロムウェルのレストアをしたの。お姉さまはそう言うことを、何もバニラ様には告げていないはずよ」
「言う必要もないわよ。それより、アッサムのお兄さまには、さっそく追加寄付をしていただきましょう」
 初めての高校戦車道全国大会は、決勝大会進出を果たし、そして敗れた。相変わらず、アールグレイ様は淡々とされておられる。集まった整備科たちや、1年生の中でも泣いている子たちはいたが、ダージリンも感情を露わにせずに全てのみ込んだ。アールグレイ様が隊員たちの前に立ち、深く頭を下げる。その姿にさえ、感情は読み取れなかった。隣でその姿を見つめている、オレンジペコ様とバニラ様の悔しさを態度に見せない振る舞いに、みんな、感情を重ねているようだった。




「保奈美」
 名前を呼ばれた気がして振り返ると、見知らぬ男性が爽やかな笑みを携え、ポケットに手を入れて立っていた。
「……来ないでくださいって言ったのに」
 もう一人の保奈美であるアッサムが、困惑した声でダージリンの肩に隠れようとしているけれど、もう名前を呼ばれているのだから無意味なのに。
「どなた?」
「兄」
 優勝を逃したものの、多額の寄付をしてくださった企業やOGを集めた感謝パーティは、予定通り行われた。優勝という横断幕など、初めから用意されていなかった。それでも、お世話になった方々にお礼をしなければならないのだ。オレンジペコ様が用意されたと思われる原稿を、淡々と読むアールグレイ様の挨拶に、学院長の挨拶。整備科長の挨拶も終わり、立食パーティは華やかに行われた。当然、隊員たちの家族も参加が許されている。
「えっと、保奈美の御学友ですか?」
「はい」
「お兄さま、参加しないでくださいと、お願いしたはずですわ」
 ダージリンは自己紹介しようかと思ったが、アッサムが阻止するように前に出てきた。嫌そうに詰め寄っていくから、置いてけぼりにされてしまいそうだ。
「仕方がないよ。学院長という方が、多額の寄付に直接お礼をって言われたんだから」
「さっき、挨拶されたのでしょう?お帰りになったらいかが?」
「何だよ、保奈美が落ち込んでいるかもしれないと、励ましに来てあげたのに」
「いりませんわ」
 仲がいいのか悪いのか、まったくわからない。兄という存在がいないので、ダージリンにはそれが正常かどうか、判断が付かなかった。
「麗奈、ずいぶんとぶっきらぼうな挨拶だったね。いつもあんな感じなの?負けたショックのせいかな」
「お兄さまに関係はありません」
 一目で高級なスーツだと分かる、それをとても自然に着こなして、嫌味のない爽やかさ。
「保奈美、何を怒っているんだよ」
「お兄さまがここにいることにです」
 兄はシスコン、とアッサムから聞いたことがあるけれど、なるほど、そのようだと言うのがとてもよくわかる。
「帰れば機嫌は良くなるのかな?」
「そうですわね」
「まったく。試合が終わったんだから、実家に顔を見せなさい」
「わかっていますわ」
「それで、そちらのお嬢さんにご挨拶をさせてもらえないかな?」
 アッサムが嫌そうな顔で兄とダージリンを交互に見つめた。どうして消えていないの、とダージリンに目で訴えかけてくる。アッサムの親族から逃げるなんて、そんな印象の悪いことなどできるはずもないのに。
「嵩森穂菜美と申します」
「初めまして、嵩山裕一と申します。いつも保奈美と麗奈がお世話になりまして」
「いえ。こちらこそ」
 麗奈って誰のことだろうか。数秒考えて、アールグレイ様の本名だと思い当たった。作り笑顔で握手を交わすと、アッサムが手刀で邪魔をしてくる。
「お兄さま、もう、お帰り下さいませ」
「……はいはい。麗奈に挨拶したら帰るよ」
「お姉さま?結構ですわ。隊員が沢山いますのよ。妙な噂が立ってしまいますわ」
 アッサムはピリピリして腕を引っ張って会場から出て行かせようとした。また妙な噂が立つことを恐れているのだろう。そして、バニラ様のことも。
「噂されてマズい人間かな、僕は」
「えぇ、とっても」
 会場を出て行こうとする出口のすぐ傍に、アールグレイ様とバニラ様、オレンジペコ様がおられる。ダージリンは慌てて、そっちはよくないと声を出そうとしたけれど、1つしかない出口で、どこへ誘導すればいいのかも思いつかず、背中を追いかけるだけだった。確実に近づいていくその帰路を修正するよりも先に、アールグレイ様がアッサムの姿を捉えたようだ。
「アッサム」
「……お、お姉さま」
「麗奈、よかった。君に挨拶せずに帰ると、親に怒られるんだ」
「探していましたのよ、裕一さん。こちらも事情があって、多額の寄付をしていただいた方に、きちんと挨拶せずにはいられませんの」
 アッサムに腕を取られていた彼は、振り払い、スーツのしわを引っ張って、背筋を伸ばした。周りの隊員がざわめき始める。噂の彼氏だって囁く声は、決勝戦で負けて落ち込んだ日であろうとも、それはそれ、のようだ。とはいえ、アッサムが一番敏感になっているし、ダージリンも気がかりなのだから、噂している隊員たちと変わらないのかも知れない。
「保奈美が、帰れ帰れってうるさくて」
「あらそうなの?学院長や、OG会も、長い年月放置していたクロムウェルのレストアに対する寄付をしていただいたこと、とても感謝しておりますのよ。おもてなしさせていただかないと」
「それはよかった」
「可愛い妹のために、来年も是非お願いしますわ」
「何だか、帰ればよかったとちょっと後悔してしまうな」
 ようやく追いついたダージリンは、怒ったようで困ったような表情のアッサムを見つめた。早く帰れと訴える視線も、お兄さまは完全に無視されているようだ。
「あらやだ、もしかしてアッサムのお兄さまなの?」
 ふわふわと穏やかで、少し高めの声。バニラ様が自らアッサムのお兄さまに手を差し伸べた。顔が硬直したまま、アッサムは目が泳いで対応に困り果てている。
「えっと………あの、はい。兄です」
「そう。初めまして。今回の多額の寄付は、アッサムのお兄さまからと伺っておりますわ。私が、クロムウェルに搭乗しておりましたの」
「そうでしたか。見事なご活躍でした」
「ご期待に沿えない結果で、申し訳ございません」
「とんでもない」
 あくまでも爽やかな笑みを浮かべる彼と、いつもと変わらないバニラ様。その間に挟まれたアッサム。今度は、アールグレイ様がその握手の手を切り落とすように引き離した。
「裕一さん、鼻の下が延びておりますわよ」
「いやいや、そんなことはない」
「お兄さま、とっとと帰ってくださいませ」
 3人に挟まれているアッサムは、いたたまれないと言わんばかりに、背中を押そうとする。
「アッサム、寄付をしてくださった方としてもてなすのがマナーよ」
「バニラ様、この人はただのシスコンです。お気遣いなどいりませんわ」
 多くのOGが目を光らせているからなのだろうか、バニラ様はやんわりとアッサムを注意した。そして、アールグレイ様もだんだんと険しい表情に変っていく。駄々をこねるようなアッサムの言葉遣いを気にしておられるのだろう。
「せっかく来ていただいたのよ。聖グロの戦車道にとって今日の日を迎えることができたのは、彼のおかげでもあるの。この場で、そう言う態度を取るのはおやめなさい」
 アッサムのお兄さまを押して会場から追い出そうとする手を、アールグレイ様が止められる。無言で見つめ合った2人の間で、さわやかな彼は軽く肩をすくめてみせた。
「レディたちの間で僕を取りあうなんて」
「お兄さま、そう言う冗談はいりませんわ。もう、お帰りになって」
「保奈美、やめなさい」
「麗奈、いいよ。保奈美はいつもこうだから。僕は保奈美に嫌われると生きていけないんだ。2人の顔も見られたし、失礼するよ」
お兄さまは、ダージリンにも改めて一礼をして会場を後にした。見送るために、アッサムとアールグレイ様もその背中を追いかけて行く。周囲のざわめきの中、ダージリンはバニラ様とオレンジペコ様をそれぞれ見つめてみた。
「なぁに、ダージリン?」
「………いえ、何でもありませんわ」
「アッサムは何を怒っているの?あなたは何か知っているの?」
 朝、目を赤くされていたバニラ様を思い出した。何かあったのだろうかと少し、心配をしていたが、それよりも試合の緊張の方が上回っていて、心に引っかかるほどのことでもなかった。相変わらずの、感情が読めない笑み。
「………怒ってなどいませんわ」
「あら、そう?」
 この場にとどまったところで、何も言うべきことはない。一礼して3人を追いかけた。塩を投げつける勢いで追い払っているアッサムと、それを咎めているアールグレイ様の姿が見える。少し距離を開けて様子を伺いながら、アッサムのお兄さまが最後まで爽やかに姿を消すのを見届けた。



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Date:2016/08/21
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