【緋彩の瞳】 その唇が ②

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

その唇が ②


レイと出会った瞬間、この人のことを好きになると本能的に想った
そして、好きになると大変な目にあうだろうことも悟った

だから何をしても何をされても、そばにいることだけは決めている
その出会った瞬間にレイがみちるを強い意志を持って見つめていたのだから

あの時、あの瞬間に
奈落の底に突き落とされるような恋に落ちた
それだけは間違いない

それでも、どれだけ想っていても何もかもが同じ愛の形をなしえないこともある
それが火野レイなのだから仕方がない

瞳が重なっても
触れようとしたら逃げていく
最初は照れているだけだと思っていたけれど、本気で逃げられ、怯えるように身体を震わせて、部屋の隅まで距離をとられた時は、襲うわけでもないのに、とあっけにとられた。
レイの瞳はみちるのことを好きだと静かに告げている。
「私のことを好き…よね?」
震えるように頷いて見せる。好きだと、そう告げている。
「え?……じゃぁ、なぜ?」

“好きです。付き合ってください”
こういうセリフをちゃんと言ってからでなければ、触れさせてもらえないのかしら、なんて考えてしまった。そういう儀式的なことがない人と、キスをするなんて…そんなことをまさか考えたりするとも思えないけれど。
「ごめんなさい……。その…うまく説明、できない」
「嫌なの?」
「…嫌っていう…わけじゃないけど………」
部屋の隅で震える、拾われてきた猫のよう。みちるは必死に視線をはずそうと目を泳がせるレイが、見えない何かに怯えているように思えた。
「わかったわ……少しずつ、想いが深まればいいから」
泣きそうに彷徨う瞳。その姿はいつもの凛々しさのかけらも見当たらなくて、いたたまれず抱きしめたくなる。でも、触れられない。
そうやって、近づいては遠ざかり、遠ざかればそっと近づいてくることを繰り返して半年以上が過ぎてしまった。


手の甲に唇をあてた時、レイの身体が強張った。どんな顔をしているのか見てみたかったけれど、振りかえって泣かれていたら怖かった。
でも、嫌だという感情はこちらには届いていない。
また、ほんの数ミリ2人の距離が縮まったと思いたい。
クラクションが聞こえてきて、みちるは振りかえらずに玄関を出た。
「夜、帰ってきて、よ」
レイが絞り出してつぶやいたように聞こえた。みちるはそれに反応しないようにして、立ち止まりはしなかった。

振りかえってしまえば、嫌がるレイを押さえつけてでも、愛を身体に刻む行為をしてしまいそうだったから。





時計は11時半を回っていた。みちるさんはあの時のレイのつぶやきなんて聞こえてはいなかったのだから、突然また帰ってきてくれるなんていうことはない。だから電話をして、会いたいと言えばいい、なんて考えがよぎらなくもないけれど、遅くまで仕事をしているみちるさんに迷惑がかかること思うと、そんなこともできない。
会いたいって一言いえば、飛んできてくれるだろう。だけど、会っても、みちるさんの想いから逃げてしまい、それがみちるさんの想いを痛めることはわかっている。
でも、許してくれるから。それに甘えてしまう。

会いたいって思っていることがすでに、彼女のすべてを求めていることだと言うのに。

名前を心の中で呼ぶだけで、そんなことをしている自分が嫌になってくる。
静かな一人の夜に、12月の寒い夜に、みちるさんのことを想うことが、ただ辛い。
会っている時も会っていない時もこんな想いでい続けなければならない
だから、人を好きになるのが嫌だ

秒針だけが音を立てる。12時になる前にお風呂に入って、とにかくきつく目を閉じて眠るようにしなければ。
お風呂に行く前に、レイは外を歩こうと思い立った。
身体を少し冷やして、そして心を鎮めたい。
それに、もしかしたら来てくれるのではないか。なんとなく、そんなことがあればいい、なんていう淡い期待を抱きながら。
ショールを羽織り、中庭に置いてあるサンダルを引っ掛けて、ひんやりした冬空の世界へ出た。
吐く息はきっと白くて、薄暗闇の中でそれを見てしまうと寒さが増すような気がする。
月明かりを求めるように、少し境内を歩く。赤い鳥居を見上げ、そのそばにある月の光を浴びる。太陽ではないそれからは、温かさを得ることはできない。
でも少し寒い方がちょうどいいのかもしれない。
外に逃げ出せない熱を持ち続けているこの身体には、ちょうどいい。
「…………あ」
この時間、住宅地は静まり返っている。ハイブリッドの車のモーター音でもよく響くくらい。
それが気になったのは、間違いなく神社の前で止まったからだ。

みちるさん

まさか、と思いながら、それでも感じる何かが胸の奥で小さな鈴を鳴らしているように思えた。
でも、動けない。鳥居のそばでみちるさんが来る期待が身体を縛り付けてしまっている。

「………レイ?」
コツコツとヒールを鳴らして近づいてくる音に身体が震えて、期待と気持ちが付いていけない。
「みちる、さん」
「やだ……どうしたの?こんな時間に外にいたら、風邪を引いてしまうわ」
寒さも、寒さから来る指先の痛みも、身体の震えの理由にはならなかった。
「さ、中に入りましょう。お風呂はまだなの?しっかり温めないと」
10時間くらい前に会ったのに、もう何年も会っていない人のように感じる
いつもいつも、そういう風に感じる
そんな自分が怖い
「ほら、レイ」
みちるさんの手がレイの右の手の甲を掴んだ。
「あっ」
消さないようにしていた、みちるさんの唇の跡。
「えっ?」
「………なんでもない」
ずっと、ずっと消えないようにするにはどうすればいいのか、何時間も眺めながら悩んでいたのに、付けた本人に一瞬にして消されてしまった。
「何?」
「…………みちるさん、こんな時間にどうしたの?」
引っ張られながら、その握られた手から伝わる熱が少しずつレイの体温を上昇させていくことを感じている。好きだと身体が叫んでいる。
「会いたかっただけよ」
みちるさんもまた、玄関ではなく中庭の方へ向かい、2人でレイの部屋に入った。
「レイも私に会いたいって思っていてくれたのでしょう?」
ひんやりしている部屋だからか、みちるさんはすぐにコートを脱がなかった。暖房を消した部屋は寒々しい。
「………みちるさん」
「身体を温めた方がいいわ。試験はこれからって言っていたわよね?」
心配そうな声に、大丈夫だと言いたくて顔を上げた。
まなざしが心臓に食い込んでくる。

逃げなきゃ
視線を逃がさなきゃ

身体が動かないから
視線を、目の力を入れて
突き刺さる想いから逃げ出さなければ




「レイ、キスして」




重なる視線は

ネプチューングリーンの瞳は
憂いを帯びたその瞳は
レイに愛を告げる

動かなかったはずの両腕が、まるで動かされているように、柔らかいみちるさんの冷えた髪と頬を、掴むように包んだ。
痙攣するように小刻みに震えている手の、その怖さのすべてがみちるさんに押し流されて伝わっていく。




重なり合う視線がわずかに外れた瞬間、レイの震える唇がみちるの唇を覆った。
頬を包む冷えた両手は髪を掴み、愛が零れてしまわぬようにと息をもふさぐように。
腰が砕けてしまいそうになった。

レイの唇がみちるの唇に重なっている
信じられなくて
求めてきているのはレイの方だ
みちるはいつものレイのように動けない


静けさの中にあるのは一点の曇りもない愛
「……ん…っん」
それを全て身体の中に入れて、生きる意味になればいい
レイの身体がみちるの身体に密着されてくる。
まだ、震えている。両腕で抱き寄せると、2人で少しずつ耐えきれなくなってズルズルとしゃがみ込んだ。
唇がそれに合わせて離れる。わずかに目を開けると、漆黒の髪が見えた。みちるの髪を掴んだままのその震えた腕が力なく引き寄せてくる。それに答えるように、みちるは角度を変えて唇を合わせた。
逃げ続けてきたレイが何を怯えているのか
何を怖がっていたのか
わかっている

でも、

と思う

みちるも怖いのだ
レイの愛の強さが
レイの愛を受けることが

互いにとめどない愛を紡ぎ合い
信じあうことを続ける怖さが

溺れてしまい、死んでしまうことが

死んでしまってもいいと思ってしまうことが



震えながら、その手が掴んでいた髪を放し、レイは手探りでみちるさんの素肌を求めた。頬をなぞり、指をそのさらりとした頬から首筋を這うように泳いでいる。指に髪が絡みつきながら、コートの襟をつかんだ。
きつく抱き寄せてしまいたくなる。みちるさんの温もりが欲しくて、レイは閉じたボタンの場所を手探りで探した。
その探す手を、みちるさんが握りしめてくる。
唇が少し離れた。
息が乱れているのは、呼吸が追い付いていないからなのか。
でも身体が震えているからなのかもしれない。
視線が合わせられなくて、逃げるように縋りつくように、みちるさんに握られた手を強く握り返す。
「み…ちる………さん」
声がまともに出るはずもない。囁くように、それでもすぐそこにみちるさんの耳があるから、聞こえているのは間違いない。
「して。レイ、……もっとキスして」
みちるさんはレイがやろうとしたことが分かっていたのか、コートのボタンを片手で外して、脱いでくれた。薄手のセーターのその華奢な腰に抱きつくと、力なくその背が畳に落ち着いた。追いかけるように身体に重なって、縋りつくように口づけをする。
貪るという言葉では収まらないように、みちるさんの唇を求めた。
気持ちがとめどなく溢れてこぼれおちても、それでも身体の全てがみちるさんの唇を求めている。
みちるさんの両腕がレイの身体をきつく抱き寄せてくる。
背中を、髪を、頬を這うその指の旋律。
震えを止めようと密着させている身体がその指の旋律に合わせて、制御できないくらい震えてくる。重ねているその唇にも振動が伝わるくらい。
居たたまれなくなり、レイは唇をずらした。
「……大、丈夫?」
乱れた呼吸が耳元に降りてくる。視線が重ならないようにみちるさんの肩に顔を押し付けた。
うなじが呼吸に合わせて揺れている。脈打つその白い素肌に唇を押しあてる。
「………あっ…」
みちるさんが艶のあるため息をついたので、レイはビクッと身体を震わせた。
「……反則、だわ」
囁く声に、レイは恐る恐る顔を上げる。視線が重なると、その瞳につかまってしまった。
雫を携えて、今にも零れおちそう。
泣かせてごめんなさいと声に出せなくて、上半身を起こして、そっとそっと震える手でその頬を包み込む。
「レイ」
その瞳で見つめられると唇を重ねたくなる
「………レイ」
みちるさんの両腕がレイの髪を掴み、引き寄せる。逆らわずに唇をみちるさんの桜色の唇に押し当てた。
ときどき酸素を求めるわずかな間に漏れる吐息さえ奪うように。
何度も何度も
角度を変えて求める。
飽きることなんてない
朝まででもずっとこうしていられると思った
薄く開いた瞳が重なり、また唇を求める
何度でも何度でも
この身体を襲う震えが完全に消えてしまうまでは


「………レイ」
緩慢な唇の動きになる。それは眠りを誘う口づけのようで、みちるは少し身体を押して、レイの名前を呼んでみた。激しく唇を求め続けてから、どれくらいの時間が経ったのかわからない。
5分なのか、30分なのか、1時間以上なのか。
「……………レイ?」
レイはあれから震えが止められないでいる。それが体力を奪ってしまったのか、唇がだんだん離れて、苦しそうな息が聞こえてきた。
「レイ?」
やはり少し辛い呼吸をしているようだ。背中をゆっくりとさすって、抱きしめる腕の力を込める。
「レイ」
レイはみちるから身体を離そうとしているみたいだけど、腕に力が入れられないみたいで、本当に動けないようだった。みちるは抱きしめたまま、服を引っ張り、そっと横たえるように身体から下ろしてあげる。
「大丈夫?……真っ青よ」
震えているのか頷いているのか。
「怖がらないで。ずっとあなたのことが好きだから」
今度はみちるがレイを見下ろして、瞼に唇を押しあてる。
ぴたり、と震えが止まった。
「………レイ」
「みちる……さん……みちるさんが好き」
「えぇ、知ってるわ」
唇が重なるよりももっとずっと前に
初めて出会った瞬間から
ずっと重なり続けていた想いがあると
「キスして、みちるさん」

やわらかく、優しく、静かな口づけを
魔法をかけるように落とした

「よかった。やっと震えが止まってくれて」
「…死んでしまうかと思ったわ……」
「死なれたら困るわ。キス、全然し足りないのに」
「………じゃぁ、死なない」
真剣なまなざしでそんなことを言うから、クスッと笑ってしまう。
「私が好きだっていう理由でレイが死んだら、私、みんなに何と申し開きをすればいいのよ」
「……確かに」
冷えた頬を両手で包み、そして飽きることのない口づけを交わす。
「明日も来るわ」
「待ってる」
「キス、してくれるのでしょう?」
「……絶対するわ」
バードキスをひとつ。弦をつま弾くように。
「もう……怖くないでしょう?」
怯える瞳を見つめ続けた半年間に、終止符を打ってしまいたい。
「……怖くないって、信じさせ……んっ」
怖いと言わせないように塞いだ唇は、みちるが分けた熱で温かい。
「信じさせてあげる」

言葉よりも
口づけで
あなたのことが好きだと歌ってあげる


「信じるわ」
「えぇ。レイ、私もあなたを信じる」

愛していると囁くよりも
信じると言う想いは深くて強くて、とても清らかい
無垢の愛以上のもの

口づけを
何度でも口づけを

朝が訪れるまで
夜を超えてもなお
溢れる全ての愛の憂いが互いの身体を温めるように




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Date:2014/01/18
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