【緋彩の瞳】 Because I love you 26

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

Because I love you 26

 進路変更をして、急遽横浜港に着いた学生艦。お姉さまに事情を聞いても、色々、と一言しか言われなかった。寄港と言っても、たった1日だけだ。予定になかったので、生徒の外出は10時間と決められた。アッサムは実家に寄ることをせずに、ダージリンと横浜に買い物に出かけるだけにした。お姉さまの個人的な用事で寄港されたのか、険しい顔をしてハイヤーに乗って船を降りられる姿が見えた。アッサムに何も言わずに出て行ってしまうことは悲しかったが、知られたくない何かがあるのなら、何も聞けない。
2人でゆっくりデートをして夕食をどこで食べようかと、相談している途中、お姉さまから電話が来た。場所を指定されて、会いたいと。ダージリンは行った方が良いと、わざわざ指定のレストランまで見送ってくれた。

「悪かったわね、デート中に」
「いいえ」
「さっきまで、あなたの家にいたの。裕一さんとおばさまたちと」
「………言ってくださればよかったのに」
「自分で決めたことだから、あなたを巻き込みたくなくて」
 まさか、もう婚約指輪を買ってしまったとでもいうのだろうか。身構えていると、お姉さまは保奈美に向かって深く頭を下げた。
「お姉さま?」
「裕一さんとの結婚は、取りやめてもらったの」
「………お姉さま?」
「もう、あなたと私は家族になることはないわ。ごめんなさい」

 どうして、謝られなければならないのだろう。頭を下げる姿を眺めながら、そうさせているのはきっと、今までの子供だった保奈美の言動だと思い当たった。お兄さまのお嫁さんになる人だと、そう言って慕っていたからだ。

「謝らないでください、お姉さま」
「………保奈美」
「お兄さまたちは何と言っていました?」
「保奈美が悲しむことが心配だって」
「いえ、そうじゃなくて。ちゃんと、許嫁解消は受け入れられました?」
ゆっくりと頭を上げたお姉さまは、小さく頷いておられる。保奈美はホッとして思わず背中を椅子に預けた。激怒されたわけでもない様子だ。あのお兄さまのことだ。どうせ、開口一番、保奈美が泣く、なんて言ったに違いない。

「よかったです」
「………もう、保奈美とは何の関係もなくなるわ」
「なぜですの?嵩山の人間が嫌いになりました?」
「いいえ、大好きよ」
「私も、お姉さまのことが大好きです。お姉さまが好きな人と一緒にいられる道を進むのなら、それが一番いいことですわ」
 神妙な顔つきのお姉さまを見つめていた保奈美は、カラカラになった喉を潤して、座る位置を整える。お姉さまはまだ、心苦しそうな顔つきのままだ。

「保奈美」
「はい」
「………ごめんね」
「何がですか?」
「あなたの夢を壊して」

 保奈美の夢は何だろう。確かに、お姉さまがずっと近くにいてくれることは嬉しいと思っていた。結婚することも普通に受け入れ、楽しみにしていた時期もあった。でも今、保奈美の夢はダージリンの傍にいることだけだ。そのことが前提で、すべてが成り立っている気がする。季節が代わるようなスピードで、お姉さまの手を必要としなくなっていた。

「いえ。むしろ、私が無邪気に結婚して欲しいだなんて思っていたことが、間違っていたんです。お姉さまには、お姉さまの好きな人と歩む人生があるって、気が付かなかった私が愚かでした」
「オレンジペコの言うとおりね。保奈美はもう、とっくに私を必要としていない」
「…………そうですわね。でも、お姉さまのことは大好きです。ずっと、これからも」

 バニラ様のことは、お姉さまの口から聞くことはなかった。結婚をやめた理由にバニラ様の名前を出すことを避けたのは、守りたいと思っておられるからだろう。保奈美に気を使って、保奈美を傷つけたくなくて結婚したくないと言い出せなかったのなら、ずっと保奈美が重荷になっていたのかも知れない。もっともっと、早くそう気が付いていたのなら。もっとお姉さまは自由に、堂々とバニラ様と恋を楽しまれていたのかも知れない。

「保奈美」
「はい」
「ダージリンのことを追いかけて、聖グロに入ったのよね」
「………はい」
 お姉さまの背中を追いかけたわけではない。でも、お姉さまにそう言い出せなかった。大好きなお姉さまを、がっかりさせたくはない。そう思った。でもそれは、勝手な想像だったかもしれない。互いに、互いの期待に応えようと、気を使いあっていただけなら、それはただ、優しく傷つけていただけだった。

「あの子の傍にずっといたい?」
「はい」
「そう」
「お姉さまも、バニラ様とずっといたいですか?」
「………そうね。たぶん、ずっと傍にいると思う」
「よかった。お兄様よりもずっと、バニラ様の方がお似合いですわ」

 恋をしてよかった。ダージリンを好きになって、好きな人の傍にいたいと言う感情を知ったおかげで、好きでもない人と結婚するお姉さまを、止めることができてよかった。とはいっても、実際、保奈美が止めたというよりは、ダージリンが止めてくれたような気がする。保奈美は一人でウジウジ悩んで、ダージリンに話を聞いてもらっていただけだ。

「どうしたの、保奈美」
「え?」
「ダージリンのことでも考えているの?」
「……いえ。まぁ」

 ダージリンはどこで夕食を取っているのだろう。誰かと合流しているのだろうか。それとも、学生艦に戻ってしまったのだろうか。早く会って、報告したい。ありがとうって伝えないと。




 先に戻っているとダージリンから連絡を受けたので、お姉さまとハイヤーで学生艦に戻った。学校の近くで車を降りて、久しぶりに手を繋いで歩いた。もう、手の温度は小さい頃に感じていた憧れのお姉さまとは違っていた。
「お姉さまって、これから呼ぶのをやめた方が良いですか?」
「保奈美の好きにしたらいいわ」
「………お姉さまは、私のお姉さまです」
「そう思ってくれていると、嬉しいわ」
 聖グロに入って、ずっと知らない人のように感じていた。バニラ様と出会い、それでも逃れられない結婚や、それを後押しする保奈美の存在。いろんなものがお姉さまの肩にのしかかっていたのかも知れない。少しずつ、離れて行く。それが普通のことなのだ。それでもどんなお姉さまでも、好きだと思う。


「お帰りなさい」
 1年生の寮の玄関先にダージリンが立っていた。帰ると電話をしてから、きっと待っていてくれたのだろう。
「ダージリン」
 お姉さまと繋いでいた手は、とても自然に解けて、ダージリンに駆け寄ってその身体に抱き付いた。
「アッサム」
「ダージリン」
 きつく腕の力を込めて、その体温を感じる。
落ち着いた呼吸の音、乱れない心臓の音、柔らかな手のひらの温度。
「お邪魔だったわね。ごめんね、デート中に保奈美を借りて」
「いえ。横浜に戻って、婚約指輪をお求めになられたはずもないでしょうから」
 ダージリンは、アッサムを抱きしめてくれたまま。だから、アッサムは顔を上げなかった。
「結婚はやめたわ。私が嫌だと思ったから」
「そうですか。愚か者にならずに済みましたわね」
「そうね。誰かを言い訳にしてばかりだったわ。これからは、自分の意志で、自分の道を決めるわ。もう、保奈美を引っ張ることもしない」
 何だか、少し寂しいかもしれないって思ったけれど、アッサムにはダージリンがいてくれる。お姉さまと繋いでいた手は、ダージリンの身体を抱きしめたいと願った。そしてお姉さまの手も、バニラ様に差し出されるのだ。だから、これでいい。
「ご安心ください。アッサムは私が引き受けますわ」
「お願いするわ」
 優しい手のひらが、アッサムの黒いリボンでまとめられた髪を撫でてくださった。

靴音が遠ざかる、それに耳を澄ませる。気配が消えると、同じようにダージリンがアッサムの髪を撫でてくれた。

「アッサム、部屋でお茶をしましょう」
「えぇ」
「アールグレイが飲みたいわ」
「わかりましたわ」

 見えなくなったお姉さまの背中。少し寂しくて、でもホッとする。アッサムの傍にはダージリンがいる。アッサムはアッサムの幸せを、お姉さまはお姉さまの幸せを求めて、手を離しただけだ。

「どうしたの?」
「いえ」

 また、明日もダージリンと同じチャーチルに乗っての訓練が始まる。
今はまだ、夢の途中だ。






関連記事

*    *    *

Information

Date:2016/08/27
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/776-0977271b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)