【緋彩の瞳】 チョコじゃないのよ

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

チョコじゃないのよ


アメリカでは男性が女性にプレゼントを送る日だとか。
日本でチョコレートを送るようになったのは、どこかのお菓子メーカーの陰謀だとか。

さっきからその話ばっかり。

「わかったわ。要するに欲しいんでしょ?」
「そっ。そんなこと一言も言ってなくてよ」
今、学校では密かに14日のイベントで盛り上がっているらしい。ひとつ上の海王先輩の学年は最上級だからなのか、中学最後のヴァレンタインに勝負をかけている人が多い。
そもそも女子校内でそのイベントを楽しむなんて少々無理があるはずなのに。男の人といったらせいぜい体育やら数学の先生(即婚、子供あり)しかいない。
となると、500mほど離れた場所にある男子校やら近くの公立の男子が狙い目なのだろうか。
「あげたい人なんているの?聞いたことない」
先輩に向かって敬語を使おうとしないのは、火野レイが火野レイだからか、それとも海王先輩がレイにゾッコンで敬語を使うのを許さないのか。
後者に3000点。
「レイさん、さっきから失礼よ。私だってこの学校の生徒ですもの。周りの学友たちが桃色の世界に虜になるのと同じように、そういう雰囲気を味わうこともあるわ」
レイは思わず笑ってしまいそうになった。言っていることがチンプンカンプンだ。この人とは、知り合ってまだ3ヶ月ほど。同じ学校でも学年が違うと、まずすれ違うほどしか縁はない。第一レイは人嫌いだから。

こうなったのは、たまたま2,3年合同のスキー合宿で同じグループに入れられたことがきっかけだった。ともに上級コースで何かと目立った2人。レイは別に海王先輩のことをなんとも思わず意識もせずマイペースにしていたけれど、どうやら向こうはそうではなかったらしく。それから何かと海王先輩はよく、レイの教室を訪れては引きずり回して遊んでいる。
少し迷惑と思いつつも、嫌になれないのはどうしてなのかわからないけれど。
だから今もこうやって、誰もいなくなった音楽室でつまらない会話を楽しんでいるのだ。

「ごめんなさい。海王先輩はおモテになるものね」
イヤミでもなんでもないけれどこれは事実だ。1年生の後輩からはいつもキャーキャー言われているし、レイの学年でも海王みちるという人物は憧れの的だ。確かに相当な美人だけれど本人は噂ほど何でもできるというような人じゃない。たんなる財閥の令嬢様。あとは、有名なヴァイオリニスト。お母様は画家。レイにしては、生まれながらに重たい荷物を背負っているかわいそうな人、という風にしか捕らえられないけれど。
「レイさん、からかっているわね?」
「いいえ。私に何か頼みごとをするおつもりでしょうから」
「…」
彼女は左の頬にぷぅっと空気をためて見せた。
拗ねている。
「海王先輩、可愛くないですよ。ファンの子が泣いちゃう」
学年下にファンやら本気で惚れてしまっている子が多い割には、彼女は同じ学年に友達がいない。なぜなのかレイは何となくわかっている。たぶん自分と同じ理由で深い意味はないけれど、大雑把な理由としては面倒な目に合うのが嫌だからだと思う。
「あなた、私を困らせて楽しんでいる」
「自分で話題を振っているのは、海王先輩じゃない」
今度は右の頬。
チョコレートなんて毎年どっさり貰うだろうに。同じ女の子からありとあらゆる場所で。
呼び出されたり、靴箱に放り込まれたり。
レイ自身もそういうことをされたことが今までに何度もあったから、せめて14日が土曜や日曜であってくれたらって嫌気が差すくらいなのに。
「レイさん、あなたは誰にも上げないおつもり?」
「もちろん。今、海王先輩だってチョコレートを送るというのは、お菓子メーカーの陰謀だっておっしゃったから。それに流されるようなことはしないわ」
冬の放課後はすぐに光を隠してしまう。傾きかけた夕日が明るかったカーテンの色を少し暗くさせていた。海王先輩がそっぽ向いて何かをはぐらかそうとしている。
だからレイはゆっくりと立ち上がって、もう帰ろうと思った。言いたいことがあるなら今のうちよって。
「ねぇ、レイさん…」
スクールコートを着て、内側に入った髪を外に出して。マフラーを巻こうとするとようやく海王先輩は視線をレイに戻した。
「なんでしょう、海王先輩」
「その、ねっ…。その、あの」
マフラーを首に巻いて形を整える。冷たい手を温める手袋を鞄の中から取り出して…。
「あのね、チョコレートはいいわ。私、甘いものはあまり好んで食べないの」
何か決心した海王先輩の顔はやたらと幼かった。不覚にもちょっと可愛いって思ってしまう。
「そう。明日、海王先輩にチョコレートを上げるって言う人を止めろと?」
「違うわ」
綺麗な指が胸の前でソワソワと動いている。
「じゃ、何かしら?」
自分でも少しだけ、ほんの少しだけワクワクした。彼女がどんなお願い事をするのだろうって。
「その、お願いっていうのはね」
一呼吸。もう一度深呼吸。さらに呼吸。
何をそんなに緊張しているのだろう。大きく息を吸う彼女の胸の動きをじっと見ていると、その視線を感じたのか、ハッとなって顔を赤くするから。
「先輩?」
レイは首をかしげた。
「あの、その。あのね…“レイ”って呼んでもいい?」
あれだけ勇気を振り絞っていたわりには、たいしたお願いじゃない。レイは半分あっけに取られて思わず口をぽかんとあけたまま3秒くらいほうけていた。
「あ、はい。どうぞ…。それがお願い?」
「あと、私のことも海王先輩って呼ぶのはやめて」
どこかの子供同士の会話みたいだ。仲良くなろうね。だから名前で呼ぼうねって。

そういえば、そんな会話を幼稚舎くらいのときにしたことがある。でもそのときの、その子の名前なんてもう覚えていないし、同じ学年かどうかも覚えていないけれど。

「じゃ、なんと呼べと?」
「その、“みちる”でいいわ」
懐かしい響きだった。海王先輩が“みちる”って言う名前だったっていうのを、今思い出した。
「わかった。じゃ、みちるって呼ぶわ」
「お、お願いね」
少し戸惑いながら嬉しそうに笑うから。レイもつられて普段誰にも見せない笑顔をみちるに見せた。
「帰りましょうか、レイ」
「はい」
二人は並んで校舎をあとにした。歩きながらみちるは、ずっとレイに話しかけてきた。
チョコレートは好き?とか。どこのメーカーのお菓子が好み?とか。あなたもいろんな子からのチョコレートを受け取るの?とか。本当に誰にも上げないの?とか。
私があげたら受け取ってくれる?って、やっと本音が出てきたときはもう、二人は違う道を歩かなければならない直前だった。
「受け取るわよ。受け取らせるでしょう?みちるはきっと命令するんだから」
レイは神社への道へと左足を出して、それから振り返った。
「そうね。でも、命令はそれだけじゃなくてよ?」
「何?」
「私以外から、何も受け取らない。これのほうが大事だわ」
独占欲でもあるのだろうか、この人は。でもレイは受け取らないことなんてたいしたことじゃないから、はい。と返事を返した。
「でも、みちるは後輩から受け取るのでしょう?大人気だもの」
「今年は受け取らないわ」
「でも、みちるにあげないわよ?さっき、お願いを聞いたわけだし。第一チョコレートを買いに行く暇がない」
明日に迫ったヴァレンタイン。欲しいならもっともっと前におねだりしておけばいいのに、ウジウジ躊躇ってばかりだから。
「いいわよ、わかっているわ。その代わりホワイトデーの予定は空けておいてね」
プレゼントを渡す前から見返り要求とは。でも、嫌って言う気持ちが持てない。
「返事は?レイ」
「はいはい。みちる、変わった人ね」
今までレイは知らない人から声をかけられたり、プレゼントを押し付けられたりして、近づいてくる人はみんな敵だと思っていたけれど、みちるのことはそうは思えない。それはなぜだかわからないけれど。嫌じゃないのは確か。
「じゃぁね。気をつけて」
「さようなら、先輩…じゃなくて、みちる」
慌てて訂正したレイをからかうように、みちるはウインクを投げてきた。
「ごきげんよう、レイ」
背筋をまっすぐ伸ばして、ヴァイオリンと鞄を持って歩く後姿。彼女が見えなくなるまでしばらく眺めていた。



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Date:2014/02/11
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