【緋彩の瞳】 右手と左頬 ⑤

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

右手と左頬 ⑤

「……何があったの?」


 アッサムからの電話は、早速、振込みの日を指定してくるのかと思ったが、いきなり、『助けてお姉さま』、だった。
『1年生が迷子ですの。もうそろそろ、出港の時間ですが、電車に乗ったままどこにいるのかわからなくて』
「……携帯電話は?」
『充電切れですわ』
「それで?」
『東京方面へ向かう電車におそらく乗ったのだと思います。GPSが線路上で途切れていますわ』
 聖那と愛奈と3人で東京へと帰る途中、渋滞に捕まって車は前に進みそうにない。何事なのかと聖那が携帯電話を奪い、スピーカー設定にした。
「探すのを手伝えというの?」
『はい。私たちは二手に分かれます。こちらの駅と最寄りの本来の待ち合わせ場所では、駅員さんや店員さんたちにお願いをして、聖グロの青い制服が通ったら、捕まえて連絡をして欲しいと伝えています。今、グリーンとシナモンに指示を出して、1つ1つの駅に電話をして、聖グロの生徒を見かけたら、捕まえて、学校に電話して欲しいとお願いしてもらっています』
 アッサムの焦っている声を聞きながら、愛奈が腕時計を見つめている。聖グロは気候の影響以外で学生艦の出港を遅らせたことは一度もない。ましてや、副隊長が出港時間に外にいるなんて。OG会に知れ渡れば、とんでもない騒ぎになるに違いない。とはいっても、麗奈もすでにOG会のメンバーだけど。
「アッサム、もう時間よ。あなたは陸にとどまっていいから、とりあえず船を出港させなさい。この後は輸送船の入港なのよ。妨げになると、違約金を払わなければならなくなるわ」
『分かっています。ですが、出港は出来ません』
「どういうこと?」
『ダージリンも陸に降りて探しています』
「何ですって?あの馬鹿はまったく……」
 愛奈は渋滞を離れて車を停車させるように運転手に命じた。グリーンに電話をして、目撃情報の確認を急がしているようだ。情報処理部全員で、人手が足りないなら、戦車道の3年生をこき使ってもいいから、駅での目撃情報を集めるように命令している。横浜から東京方面の駅以外、反対方向の駅もすべて網羅させて、別の鉄道会社まで念のために連絡を取るように指示を出している。アッサムが頼っているのは、きっと麗奈ではない。
「私たちが闇雲に探しても仕方がないわ。どこかのタイミングで、その子から連絡が来るのを待っていた方が賢明よ」
『それはわかっています。でも、じっとしているわけにはいきません。ローズヒップを1人にしておけませんし』
 どうやら、ティーネームを授けている1年生のようだ。聖那がクルセイダーのティーネームだって呟いている。
「ティーネームはく奪ね」
 言いながら、愛奈は車を降りて、携帯電話を手にして歩き始めた。聖那も後を追いかける。一番近くの駅へと、小走りで向かっているようだ。
「アッサム。私じゃなくて、オレンジペコ様の方が頼りになるみたいよ」
『愛奈さま?ちょっと怖いですわ』
「アッサムは電車に乗ったの?」
『はい。ダージリンは横浜の駅周辺をずっと探しています。戻ってくる可能性もありますし』
 電車が動くからと、一度電話が切られた。麗奈たちの方が、迷子の充電が途切れた時にいたと言う駅には近いようだ。





『ダージリン』
「………愛菜さま」
『あなたを隊長に推したのは麗奈だから、悪いのは麗奈だと思う』
 声はとても穏やかだった、その落ち着いた声を聞いただけで、ローズヒップの居場所がわかったのだと思った。
「悪いのは私です」
『ローズヒップと言う子のGPSが復活したわ。アッサムの傍にいる子に電話が入って、取りあえず、絶対にその場所を一歩たりとも動くな、と。動いたら学校から追放させるとアッサムが怒鳴り散らして、迎えに行っているわ。距離的には、私たちの方が先に付くと思うけれど』
 愛奈さまは横浜から特急が止まる東京の駅の名前を告げられた。その場所の改札を出た近くのコンビニで、駅員さんが聖グロの制服の少女を見かけて、声を掛けてくださったそうだ。携帯電話用のバッテリーを買ったらしい。
「ありがとうございます。首根っこを捕まえて、グーで殴っておいてください」
 ダージリンはペコの手を取ってすぐに特急に乗った。電車は苦手だ。船の中とは違って、人も多く、出口を間違えると自分の居場所がわからなくなってしまう。ローズヒップの肩を持つ気はさらさらないが、陸地にいる時は、それだけ、注意深くしなければならないのだ。
「OGの方が見つけてくださったんですか?」
「探すのを手伝ってもらっていたの。愛菜さまからの命令で情報処理部とうちのクラスメイト総出で、1駅1駅、電話を掛けて目撃情報をあらっていたそうよ」
「……うわぁ。迷惑な学校って思われていそうですね」
 手を繋いでいるオレンジペコと電車に揺られながら、目まぐるしく動く景色で気持ち悪くならないように、ダージリンは目を閉じた。ローズヒップと無事に会えたら、どんな言葉を掛けようか。いや、まずはお姉さま方に土下座をしなければならない。そして、迷惑をかけた鉄道会社の人たちにも頭を下げに行かなければならない。船長、学院長、グリーンや3年生のクラスメイト、学生艦の住民代表、とにかくあちこちに頭を下げに行かなければ。
「大丈夫ですか、ダージリン様?」
「えぇ」
 考えながら思わずため息を漏らすと、ぎゅっと握りしめている手に圧力が加わった。
「ローズヒップの迷子は、私たちのせいです。私はどんな罰も受けます」
「………そうね。連帯責任ね」
 真っ直ぐ見上げてくるペコの赤くなった瞳。頭の中に並ぶ沢山の鬼の形相の中で、ホッとできる天使のようだ。もう2度と、ローズヒップを迷子にさせることもないだろう。ルクリリも合わせて3人、苦い思いを経験して、成長してもらうしかない。






「あなたがローズヒップ?」
 いつになく落ち着いて低い声で、聖那が赤毛の聖グロの制服の少女に声をかけた。駅長室前に泣きながら立ちつくしている少女は名前を呼ばれて、眉をハの字にして聖那たちをゆっくりと確認した。
「ど、どなたですか?」
「あなたのクラスメイトの、バニラの姉よ」
「バニラのお姉さんですか?」
「そう。2年前に副隊長をしていた、あなたの先輩です」
「げっ………マジですの?」
 狼狽えながらぽろぽろと涙をこぼして、落ち着きがない。絶対に動くなというアッサムからの命令を守ろうとしているのだろう。涙をぬぐうことなく、困り果てた様子をみて、麗奈はただただ呆れるだけだった。
「グリーンが言っていたやんちゃな子って、この子のことね」
「あわわわわっ!!!」
 愛菜が黒いネクタイを掴んでぐっと持ち上げる。慌てふためいているけれど、人目の付くところで殴るのは、勘弁してあげて欲しい。今度は麗奈がさらに上のOGから何か言われてしまう。
「……でしょうね」
「あなた、もうティーネームをはく奪されると思うわよ」
 カツアゲしているようだわ。腕を組みながら、麗奈は愛菜が後輩の胸倉を掴んで揺らしているのを眺めていた。
「って言うか、私がアッサムにティーネームはく奪を命令する。こんな迷惑な子にローズヒップお姉さまと同じティーネームを付けるなんて、信じられない」
「………クロムウェルを大破させた聖那が言うの?」
「麗奈、うるさい」

 “ごめんなさいです”をひたすら言い続けながら、泣く1年生。
小さい子を虐めている大人3人。
…………悪いのは1年生なのだけど。

「学生艦の出港を遅らせたのよ。ダージリンとアッサムがどれだけの責任を負わされるか、あなたは分かっているの?始末書1枚で済むようなことじゃないのよ?」
「そうよ。クルセイダー部隊のティーネームを授かる子の失態なんて、恥さらしもいいところだわ」
 
 麗奈の携帯電話が鳴った。アッサムだ。電車を降りて改札に上がってきている様子。人混みの中、青い制服が2人見えてきて、電話をしながら手を振って見せた。


「ローズヒップ!!!」
「アッサム様~~~!!ルクリリ~!!」


 改札から出てきたアッサムは、麗奈ではなくて脅されているローズヒップしか見えていない。
「アッサム様~~!!!」

 愛菜の手から逃れたローズヒップは、奇跡の再会のごとく嬉しそうにアッサムに手を広げながら走り出した。まるで映画のワンシーンのよう。



「馬鹿!!!!!」



抱きしめ合う先輩と後輩を見せつけられるのかと思ったが、アッサムの右手が勢いよくローズヒップの左頬を打った。渾身の力を込められて、高い音がパチンと響き渡る。


「あなたって子はいつもいつも!!!落ち着いて周りを見て行動しろと、何度言えば分かるの?!!」


 愛菜とは比べ物にならない程、アッサムは両手で胸倉を掴んで激しく揺らした。
「アッサム様、少し落ち着いてください」
 傍にいた生徒が慌てて間に入って止めに掛かる。周りの人の目がすべてこちらに向けられている。頬を真っ赤に腫らして泣いて謝る1年生に、怒鳴り散らしているアッサム。
止めたのは、さっきホテルの前にいた1年生だ。ルクリリと言うらしい。と言うことは、将来的に隊長はこの子だろう。

「どれだけ心配したと思っているの、この馬鹿!!」
「ごめんなさいです、アッサム様~~!ごめんなさいです……」

愛菜も聖那もアッサムの本気の怒りを初めて見たせいで、少々面食らっているようだ。もちろん、麗奈もここまでアッサムが声を張り上げる姿なんて見たことがなかった。ちょっと面白いとさえ思ってしまう程。

「申し訳ございませんでした、お姉さま方」
「申し訳ございませんでした」
「………ご、ごめんなさいでした」

 短い髪を掴んで、押し付けるように麗奈たちに向けて頭を下げさせたアッサムは、自らも床に擦り付けるほど頭を下げた。おさげの1年生も深く頭を下げている。

「アッサム」
「ローズヒップ!!」

 ダージリンの声が近づいてきた。振り返った愛菜が小さく手を上げると、すぐに状況を確認したようだ。

「ご迷惑をおかけしました、お姉さま方」
「申し訳ございませんでした!!」

 深く一礼をしたダージリン。傍にいる1年生は、おさげの1年生とホテル前にいた子だ。
きっと仲良し1年生3人組、と言ったところなのだろう。

「ペコ、グリーンに連絡をして、出港の準備をすすめるように指示を。ブリッジで待機をさせて。直接向かうわ」
「はい」
 オレンジペコのティーネームに、愛菜が反応を示した。まじまじと姿を確認している。テキパキと電話をして、自分たちの居場所や、帰るまでの予想時間などを報告している姿。ダージリンがこの小さい子のティーネームをオレンジペコにしたのは、間違いなく愛菜の影響だ。
「愛菜さま、ありがとうございました」
「いいえ。とにかくすぐに戻りなさい。OG会は麗奈に対応させるわ。鉄道会社への謝罪とお礼も、私たちがしておくから」
「ありがとうございます」
 ダージリンは愛菜に一礼をして、聖那と麗奈にも一礼をすると、泣きじゃくっているローズヒップの肩を叩いた。OG会はクルセイダー部隊の生徒なのだから、聖那に対応させなければならない。麗奈は嫌だ。ルクリリお姉さまが今年のOG会の幹事だから、多分、まぁ、何とかなるだろう。

「ローズヒップ。アッサムに叱られた?」
 泣き腫らしている瞳よりも赤い、左の頬。叩いたアッサムは口を真一文字にしたままだ。
「………はいですわ」
「そう。私たちは、あなたを見捨てたりしないわ。学生艦に戻るわよ」
「ごめんなさいです、ダージリン様」
 ダージリンから安堵の溜息が漏れて、アッサムもその様子を見守り、苛立ちを沈めたようだ。
「アッサム」
「はい、お姉さま」
「しっかり副隊長としてなすべきことをしなさい」
「はい」
「あなたがその子のティーネームを授けたのでしょう?あなたが責任を負いなさい」
 アッサムもダージリンも、きっとこの子のティーネームをはく奪するようなことはしないだろう。誰に何を言われても、きっと必ず守る。そんな気がする。不服そうな聖那も、必死に探していた二人を見てしまえば、声高にはく奪だと言えない空気だと読んでいる。
「はい。では、ダージリンと私のティーネームを授けたアールグレイお姉さま、陸地での面倒事はお願いいたします」
 ダージリンを見て頷いたアッサムは、ローズヒップの背中を押して、改めて頭を下げさせた。
「あらやだ、アッサムったら生意気!」
「……まったく、誰がしつけたのかしら」
 愛菜は麗奈を睨んでくるが、躾は愛菜がしていたのだ。麗奈はアッサムを可愛がっていただけだ。特に何もしていない。
「落ち着いたら、電話しますわ」
「えぇ。とにかく迷惑をかけた方にはきちんと謝罪しなさい」
「はい」


 ダージリンは小さいペコと手を繋ぎ、アッサムはローズヒップの腕を掴み、ルクリリと寄り添うように、改札を抜けて階段を下りて行った。



「…………さっきから、ずっと携帯電話が鳴りっぱなしなのよ」
 愛菜の携帯電話を鳴らすなんて、ルクリリお姉さまに決まっている。麗奈に掛けても無駄ってわかっておられるからだ。
「あらやだ、ルクリリお姉さまじゃない?」
「………聖那、あなた電話に出て」
「嫌」
「クルセイダーの子でしょう?」
 耳を塞ぎながら、聖那はイヤイヤと逃げて行く。麗奈は鳴りっぱなしの携帯電話を押し付けられても、絶対に手のひらを見せたりしなかった。



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Date:2016/09/05
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