【緋彩の瞳】 希うものは、あなたのすべて

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

希うものは、あなたのすべて

「アッサム」
「はい」

 訓練中に感じたわずかな違和感。本当にわずかだった。射撃訓練を続けている最中、ダージリンの“発射”という指示にアッサムが応えるその1秒にも満たない瞬間、本当にわずかなタイミングがいつもと違う。それは瞬き程の時間。だけど、2年程ずっと同じチャーチルで鍛錬を積んできた同志なのだ。違うと言うことは確か。
お互いの呼吸のわずかな差でも、いつもと違えば気になって仕方がない。

「どうしたの、今日」
「はい?」
「何か、気に病むことでもあって?いつもの訓練とは違ったわ」
「……いいえ?」

 訓練終了後、車庫から出てきたアッサムに声を掛けると、キョトンとした表情が返ってきた。傍にいたペコも不思議そうに首をかしげている。

「そう?勘違いかしら」
「私はいつもと変わりませんでしたが、何か気になりました?」
「えぇ、少し。……いいわ。忘れて頂戴」

 気のせいだなんて、少しも思ったりしていないが、言えない事情があるのだろう。言いたくないことなのかもしれない。隊長職をこなし、アッサムに副隊長を任せるようになってから、2人とも多くの仕事を抱えて走り回っている。お互いの疲れが多少影響しているのだろうか。
アッサムは、気を使わせることをダージリンにさせたくはないのだろう。だけど、ダージリンからしてみれば、本当はそれが気に食わないのだ。
 整列をした隊員に、2,3つ注意事項を申し伝えた後、そのまま解散になった。シャワーを浴びて、隊長室でお茶を飲みながら、車長達から上がってくるレポートを待ち、明日の訓練内容を確認して1日が終わる。自然な流れで3年生が使用するシャワールームに向かい、クラスメイトと他愛ないことを話しながら、それぞれが次にするべきことのためにバラバラになっていく。いつもの通りだ。たいてい、アッサムは当たり前のようにダージリンの傍にいて、2人で揃って隊長室に向かうのが慣れた空気。

「あら?アッサムは?」
 シャワーを浴びて脱衣所には、姿がなかった。入っていく時はクラスメイト達と話しているアッサムの姿が見えていた。まだ、シャワーを浴びているのだろうか。
「先に出ましたわ。何か、忘れ物をしたとかって」
「………そう」
 シナモンは取り繕うように、無理やりの笑みをダージリンに見せてきた。何か適当にごまかして、とでも言われたのだろう。
「医務室?寮?病院?どこへ行ったの?怪我?それとも体調が悪いのかしら?」
 鎌をかけただけだ。アッサムの体調が悪いと言う風にも見えなかった。何か悩み事でもある、その程度のことだと思っていた。だから、とても気まずそうに作り笑顔を消すシナモンの表情は、アッサム自身に問題を抱えているのだと伝えてきて。

自分に腹が立った。

「えっと………大したことじゃないそうなのですが」
「何なの?言いなさい」
「爪が剥がれてしまって……さっき、グローブを外したら、出血がひどかったみたいです」
 大したことかどうかは、医者が決めることだ。隠せないと悟ったシナモンから医務室に行ったと告げられて、ダージリンは走ってシャワールームを飛び出した。





 医務室に入ると、アッサムが自分で右手の爪に消毒液を掛けて、処置をしている姿が飛び込んできた。
「………ダージリン」
「アッサム。さっき、どうして嘘を吐いたの?」
「特に気に掛けてもらうことでもありませんもの」
 丁寧に消毒をしている人差し指の爪の先。それを隠すように背中を向けようとしたから、ぐっと肩を掴んだ。
「アッサム」
「……どうしました、怖い顔して」
 怪訝な顔で見上げてくる様子は、心配していると言うことが、まるでわかっていない様子。いや、心配などいらないと言うのを、遠まわしに伝えてきているのかも知れない。
痛いとも辛いとも言わず。何事もなかったように。


腹立たしいのだ。何もかもが腹立たしい。
腹を立てている自分自身にイライラする。


「アッサムは、私が嫌いなのかしら?」
「…………ダージリン、またですか?」
「ずっといつも傍にいたわ。1年の頃から、ずっとよ。それでも、私に大事なことを言ってくれないのね。それはなぜなの?」
 肩を揺さぶり、腹立たしさが抑えきれなくて。苛立ちをすべてアッサムにぶつけるしか術がない。子供じみていると思う。でも、きっとこうやって、いつでもアッサムは、何もダージリンが知らない間にすべて抱え込んで、勝手になかったことにしているのかも知れない。その可能性を考えると、どうしようもなく腹立たしかった。


 心を開く相手ではないと、そう思わせていることが。


「…………あなたは私が嫌いなの?」
「ダージリン?」
「嫌いだから、相手をしたくないから、適当に嘘を吐いて距離を開けようとしているの?私たちはそんな関係だったかしら?」
 
見上げてくる瞳が、ゆっくりと逸らされる。
落とされた視線の先には、まだ血の色が見える指先。


壁に置かれている電波時計が秒針のリズムを刻む音。
肩を掴んだ手は勝手に震えて出した。


「…………私がダージリンを嫌うはずありません。何度も言っています」
「私のことは好き?」
「えぇ」
 離してくださいと告げられて、震える両手をどける。まだガーゼも巻いていない爪をかばうように、アッサムはまた、背中を向けてしまった。
「アッサム」
「………少し待ってください。処置をしたいので」
 チャーチルの中でもいつも、彼女の背中を見つめている。わずかな違いはすぐにわかる。それでも隠されてしまう。シナモンを脅さなければ、きっと何事もなくやり過ごそうとしていたに違いない。隠し通せるところまで、貫こうとしただろう。
 向けられた背中。髪を撫でて、出来る限り優しく、それでも力を入れて抱きしめた。カチャカチャと動作は続いて、片手で包帯を巻こうとするので、それすらこの距離にいるダージリンに助けを求めてくれないことが、腹立たしく、悲しくなってくる。
「貸して」
「………すみません」
「なぜ、謝るの?」
「………いえ」
「私たちは、互いに大切な存在ではないの?」
 きつくならないように包帯を巻くと、アッサムはその右手をかばうように左手で抱きしめて俯いた。何も話をしたくないと言う態度。目を逸らしたまま、何を考えているのかを伝えようとしてくれない。
「………ダージリンはこの学生艦の責任者であり、隊長です」
「それが何?」
「…………迷惑を掛けることも、心配させてしまうことも、私は望んでいません」
「一人の親友として、心配することすらさせてくれないと言うの?」

 包帯をなぞる指先。逸らした視線をダージリンに向けたくないと、強く願っているように見える瞳。なぜなのか、分からない。




「アッサム」

 横を向いて拒絶する、その頬を両手で包み、強引に唇を押し当てる。何度もこうして、唇を押し当てた。

好きだと。
何度も告げた。
無理にでも欲しいと、何度もこうして拒絶する唇を求めてきた。

微かなまつ毛の震える気配も、静寂の中に響く怒りも、絶望のような想いも、すべて身体に受け止めた。


 嫌いと、本当に嫌いだと。告げてくれるのならば。


「…………いつも、そうやって身勝手ですのね」
「好きだもの」
「………親友だと言うのなら、そういう接し方をしてください」
「親友でもあるけれど、私が好きな相手よ」


 痛む指をかばい、左の手の甲で濡れる唇を拭いながら。
アッサムはいつものように、本気で逃げず、本気でダージリンを押し返したりもしない。


唇に感じない拒絶


とても虚しい。



「もうよろしいでしょうか?今から少し、情報処理部と打ち合わせがありますの」
「…………あなたが好きよ」
「何度も聞いています」
「私のこと、好きなのでしょう?」
「嫌う理由はありませんわ」
 淡々と答えて、唇を何度も拭いながらアッサムは、誰にでも見せるような笑みを向けてくる。いつもそう。頬をひっぱたいて嫌だと喚けばいいのにって思う。

 最初に唇を押し付けた時もそうだった。
拒絶されて、諦めたかったから。

「…………何度も言うけれど、嫌いと言われてしまえば、諦めが付くわ」
「どうぞ、私のことなどお気になさらず。私が欲しいものは、ダージリンからの好意でも、心配でも、気遣いでもありません」
「じゃぁ、何が欲しいと言うの?」
 
 ダージリンから逃れて、立ち上がり、血を拭ったガーゼや消毒液をしまいながら、アッサムの背中は何も伝えてはくれない。

 何度こんなことを繰り返しても、2人の関係はずっとずっと一方的に感情をぶつけるだけだ。


「……何でしょうか。私にもわかりませんわ」
 血に染まるガーゼが足元のゴミ箱に捨てられて、柔らかな拒絶を抱きしめたまま傍から離れて行く。追いかけて、何度も好きだとわめいても、また、同じ言葉を繰り返される。



「…………わからないと言うことは、とても苦しいことね」


 決定的に振られたと、言い切れないアッサムの態度が、何を求めているのか。


 わからない限り、何度でも繰り返すしかない。

 その心の奥にある答えをどう、求めればいいのだろう。


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Date:2016/09/18
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