【緋彩の瞳】 約束。 ④

緋彩の瞳

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ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

約束。 ④

「そんなに、具合が悪くなってしまったんですね」
「でも、薬の効果があれば、ちゃんと良くなっていくって言っていましたわ」
「そうですか。頑張って病気と闘っているんですね」
 マリアの話を誰にも言うなって、ルクリリがきつくローズヒップに伝えていたから、アッサム様やダージリン様と遊んでいる時は、何も報告を聞かなかった。遊び倒して、美味しいものを食べて、お2人に沢山可愛がってもらって、へらへら笑っているローズヒップ。何というか、成長したなって親心みたいなものを抱いてしまう。毎日のようにアッサム様から周りを見ろ、自分の立場を考えろって言われ続けて、そして卒業されて突き放されてしまうのだ。ローズヒップも彼女なりに一生懸命考えている。
「元気になったら、戦車に乗せてあげたいですわ」
「そうなれば、うちの学校にいずれ入学するのだから、焦ることはありませんよ」
 誰かのための戦車道と言うものが、まったく存在してはいけないとは思っていない。誰かのための勝利はある。夏にあった大洗女学園を廃校から救うために、捨て身の戦いをしたこともあった。でも、戦車道は人の命を救うことは出来ない。勝っても負けても、きっと、遅かれ早かれ、マリアは神様のお導きになる場所へ向かうのだろう。
「そうですわね。でも、それまで一度もどんな試合にも負けないって言うのは、難しいことですわ」
「負けはみっともないことじゃないですよ。全国大会で黒森峰に負けて、ローズヒップは恥ずかしかったんですか?」
「ダージリン様はとてもかっこよかったですわ!必死に戦って、最後まであきらめずに前進しましたもの。運が悪かっただけですわ」
 敵戦車のデータを何度も何度も読んでいるローズヒップ。リビングテーブルに広げられた資料の山。いつもはここまで試合にのめり込む性格じゃない。頭の中はずっとずっと、試合に勝つことしかないのだろう。何のために、誰のために戦うのか。ルクリリはしっかりとくぎを刺した。でも、それでも小指の約束を守ることを重視している。守れない約束など、してはいけないと思っているはずだ。
「今の私たちができることは、全部の力を出し切ることです。無様でもがむしゃらに戦いましょう」
「もっちろんですわ!でも、今回の戦いは勝たないといけませんわ。約束を破ったことになりますもの」
 資料に視線を落としていたルクリリが顔を上げて、ローズヒップを睨み付けた。でも、その瞳はとても心配している。ルクリリの中にある腹立たしさと、親友の優しい心が傷つくことを心配している気持を、ローズヒップはどこまでわかっているのだろう。
「明日、早朝練習の後、すぐに陸地に降ります。みっちり時間が許す限り練習しなきゃいけないし、ダレてしまわないように、隊員のモチベーションを維持しないといけません。ローズヒップは副隊長として、やらなきゃいけない仕事がたくさんありますから、とにかく残りの日数は試合だけに集中しましょう」
「……そうですわね」
 頭の中を支配する、マリアと言う少女。優しさは自分を傷つけるのだ。でも、ローズヒップには、そんなローズヒップを心配してくれる仲間がいる。




「………あれ、どこに電話してるの?」
「注意しましたけれど、休み時間なんだから5分だけって」
「………マリア?」
「みたいです」
 陸地練習が始まってから、お昼休みはそれぞれの部隊で別れて食事を取るようにしていた。みんな、話すことは黒森峰のことばかり。いかに一騎打ちに持って行くまでに多くの車両を残せるかをずっとずっと、話している。自分たちが倒せなくても、相手を近づけさせない。ダージリン様たちが取った作戦を受け継いで、フラッグ車との一騎打ちに、更にクルセイダーを生き残らせて、出来れば3両対1両に持ち込みたい。そう簡単には出来ない作戦を遂行させるために、みんな必死だ。無様でも走り回ろうって言い合っている。自分たちがこれから聖グロの戦車道を担う隊員として、しっかりと自覚を持てるように、頑張っている。
「………直接話をしているの?」
「いえ、仲良くなった看護師さんに、毎日、具合を聞いているみたいです。あんまりよくないから、励ましを伝えてもらっているんだそうです」
 こういう場合、ダージリン様なら、きっと見てみぬふりをされるだろう。あるいは強引に交流の手段を断たれるだろうか。いや、やっぱりわかっていても、見守ることを選ばれる気がする。アッサム様はどうだろう。あの方はローズヒップのことをまた違った方法で大事にされているから、言い聞かせるはずだ。世の中には沢山の病気の人がいて、すべての人の命は救われない。聖グロのボランティアは、命を救うためのものではない、と。その時だけ励まして、そして憧れを抱かれることに感謝だけを持って、前を見なさい、と。
「………悪化しているの?」
「そうみたいですね。日に日に」
「そっか。でも、どうすることもできないからね」
「いいんですか?ルクリリ」
 放置しているわけじゃない。見守っているだけだ。
「あれもローズヒップなんだ。自分で傷ついて、自分で学んでもらうしかない。私たちは仲間だから、ダージリン様たちのようにローズヒップを導いてあげるような立場じゃないし」
「ますます、絶対勝たなきゃいけなくなりましたね、ルクリリ」
 ペコは笑っているけれど、ペコだってずっとローズヒップを心配している。ローズヒップはわかってくれたりしないだろう。ペコもルクリリも、心配なのはマリアではないのだと言うことを。
「そうなんだよね、本当。まぁ、作戦がどれくらい上手く行くかっていうのを、ちゃんと見極めるいいチャンスには変わらないよ」
「ダージリン様たちは、OG会の先輩たちを試合観戦に誘っておられるそうですよ。無様に勝ちましょうよ」
「……ダージリン様って最後の最後までえげつないことをされる」
 ダージリン様がこっそりそんなことをされても、ちゃんと情報処理部責任者のペコには知られてしまう。情報源はバニラからなんだとか。きっと前のバニラお姉さまも見に来られるのだろう。
「険しい顔ですね、ローズヒップ」
「そうだね。ヘラヘラしているくらいしか、良いところがないのに」
「それは流石に言いすぎですよ」
 マリアが試合前に死んだら、ローズヒップはどうなってしまうのだろう。あと、試合まで3日。ローズヒップが使い物にならなくなったら、聖グロは戦う前から負けが確定してしまうのだ。
「ペコ、あとであの電話の相手と連絡を取りたいんだけど」
「…………はい。調べておきます」
 同じチャーチルの仲間と、キャンディ様たちのマチルダⅡの仲間。輪になって食べるサンドイッチの味はわからない。2年生のお姉さま方がおられるから、隊長と言う責任は重たくても、まだまだ助けられてばかり。ルクリリにできることは何だろう。なんだかんだ、聖グロのためにって言いながら、結局は馬鹿な仲間のためになってしまっている気がするのだ。



「お久しぶりですわね」
「あぁ。12月の試合ぶりだな」
 練習試合前日。いつも通り、相手校とのお茶会が開催された。引退したもの同士だが、試合を申し込んだ本人であるまほさんも、聖グロの学生艦に足を運んでくださったので、ダージリンもアッサムたち3年生全員を引き連れて、お茶会に参加をした。ルクリリたちがすべて仕切ってくれて、会場の端でのんびりと美味しいお茶を味わっている。
「そちらの新しい隊長はどうかしら?」
「エリカはまぁ、頭に血が上ると冷静さを失うが……色々と経験を積ませるしかないな。そっちはどうだ?」
「ルクリリは優秀ですわ。聖グロの概念を覆す逸材ですの」
「そうか、それは脅威だな」
 アッサムが淹れてくれた紅茶を飲みながら、12月の試合で勝てた時のことを思い出していた。あの日はアッサムの誕生日だった。隊員の士気は最高潮に高まり、アッサムの誕生日パーティを負けた残念会にさせたら、絶対に許さないと告げた時の隊員たちの顔と言ったらなかった。整備科も情報処理部も、夏の大会と同じような目だった。もっともその後、余計な冗談を言うんじゃないと、アッサムにこっぴどく怒られてしまったが。面白いスパイスを振りかけるにはちょうど良かった。決して、アッサムのために戦ったと言うわけじゃないけれど、誰もが、卒業試合で負けるわけにはいかないと、がむしゃらに戦っていた。あの戦いが、最後の試合でよかったと思う。たとえあの時に負けたとしても、必死に訓練をした日々のすばらしさは勝利と同じくらいの価値があった。
「脅威ですわよ。黒森峰を追い詰めるのは、大洗女子学園だけじゃございませんわ」
「そうか。明日が楽しみだ」
 思い残すことも、何の心配もなく、聖グロの学生艦から降りることができる。アッサムと共にこれから向かう大学生活では、また新しい戦車道が待っていて、きっと後輩たちのことを常に心配することもしなくなるだろう。でも、それでいいのだ。アッサムと共に歩む道がそこにあって、ただ、前を見つめているだけしかない。たっぷりの寄付金をルクリリに渡して、思う存分暴れてくれるのを、風の便りに聞くだけになるだろう。





「この馬鹿野郎~~!!!!」





 すぐ近くで、黒森峰の生徒に写真撮影を頼まれているアッサムが、ピースサインを作って笑っているのを眺めていると、どこからか随分と下品な言葉が飛んできた。みんな、驚いて一瞬の時が止まった冷たい空気。

「…………あらあら、まほさんの学校の生徒も元気ですわね」
「いや、君のところの学校の生徒じゃないか?」
「ご冗談を。うちの学校にはあんな言葉遣いをするものは、少ししかおりませんわ」
「……少しはいるんだな」

 静寂の後、ドタバタと床に何かが当たる音がする。キャーと悲鳴が上がるが、それはうちの学校の生徒に違いないだろう。

「聖グロの名前に泥を塗るような真似をするな、馬鹿野郎!」
「名前なんて、実体のないものですわ!そんなのが大事なんですの?!馬鹿はそっちですわ!」
「馬鹿野郎はお前だ!!!この恥さらし!!」

 ガチャガチャと騒がしい音と、女の子2人が下品な言葉を叫んでいる。残念ながら、とてもよく知る声。思わずため息を漏らして、ティーカップをテーブルに置いた。過保護なアッサムが騒動の間に割って近づこうとしている。

「アッサム、放っておきなさい」
「………この恥を、放っておくんですの?」
「私たちには関係ないことよ」
「黒森峰のみなさんに、失礼極まり有りませんわ」
「ペコが止めるわよ。放っておきなさい」
 ダージリンを睨み付けてきたアッサムは、渋々、と言った表情で足を止めて、ふてぶてしい態度でダージリンの隣の椅子に腰を下ろした。相変わらず、少し離れたところで、ルクリリとローズヒップが罵倒しあっている。しかも、床に転げ回って殴り合っているようだ。

「威勢のいい生徒が多いようだな」
「でしょう?概念を覆す、と申した通り」
「なるほど………その通りだ」

 リゼやキャンディ、ペコが2人を引きずり離して、それぞれが別の出入り口へと連れていかれて、ようやく会場に静けさが戻った。何か、お互いに気に食わないことがあって、あのルクリリがローズヒップを許せなくなったのだろう。どちらが手を先に出したのかわからないが、周りが見えないと言うタイプではないルクリリが、この場でローズヒップと殴り合いの喧嘩をしたのだ。あとで自らの失態をどうやってリカバリーするのか、楽しみだ。
「ダージリン様、アッサム様。まほ様もご迷惑をおかけしました」
 少しして、ペコがキャンディと共に頭を下げに来た。逸見エリカも近づいてくる。どうやらすぐ目の前で殴り合いが始まったそうだ。
「エリカ、うちの生徒が何か迷惑をかけたのか?」
「………いいえ。あちらの2人が勝手に言い合いを始めただけです」
「そうか。ならいい」
 何か、事情を知っている様子のエリカは目を左右にした後、少しバツが悪そうにして、後ろ手に組んだ腕を揺らしている。
「ペコ、あとはあなたが仕切りなさい。もうそろそろ、お開きにしましょう」
「わかりました」
「詳細の報告は不要よ。あなたたちの起こした騒動、自分たちで何とかしなさい」
「はい」
 ペコは改めて、まほさんとエリカに深く頭を下げて詫びた後、中央に立って謝罪とお茶会のお開きの時間であると告げた。小さな体でテキパキと。出入り口に立って、黒森峰の生徒に頭を下げて、明日の試合を楽しみにしていると精一杯笑っている姿。本当によくできた子だ。ペコがいてくれなければ、ルクリリもローズヒップも“らしく”はいられない。

「うちの生徒が賑やかにしてごめんなさいね、まほさん」
「いや、気にするな。明日の試合がますます楽しみになったよ」
「えぇ、本当に」
 ふて腐れた様子のエリカは、ルクリリとローズヒップが喧嘩を始めた理由に、何か絡んでいるのだろう。ダージリンは2人を見送って、エリカよりも不機嫌な表情のアッサムの髪を撫でた。
「試合が終わってから、すべて聞けばいいわ」
「………そうですわね」
「ご不満?」
「………いいえ」
「そう。私たちも戻りましょう」
 片づけに取り掛かる生徒たちの合間を縫って、アッサムの背中を押した。気になって気になって仕方がないのはよくわかる。1年生の心配よりも、子離れ出来ない親であるアッサムの方が心配になるくらいだ。



「えっ、少し良くなりましたの?!」
 パーティから抜け出したローズヒップは、こっそりと携帯電話で病院のナースセンターに電話を掛けた。なるべく迷惑にならないように、決まった時間に電話をしてマリアの様子を教えてもらっている。本当は直接電話を繋いでほしいのだけれど、最後にお見舞いに行って以降、親族以外は許可が下りていないのだ。看護師さんは、マリアはローズヒップに会いたがっているし、一生懸命病気と闘っていると伝えてくれる。毎日、状況は好転していなかったが、やっと、明るい話題が聞こえた。
「マリアに、絶対勝つからと伝えてくださいませ。聖グロは黒森峰に必ず勝ってみせますわ。だから、早く元気になってと伝えてくださいませ」
 看護師さんの明るい返事を聞いて、携帯電話の電源を切った。急いでルクリリたちに知らせてあげたい。マリアの病状が良くなってきたのだと。だから、絶対にここで負けるわけにはいかないのだ。一生懸命戦って、病気に勝とうとしているのに、聖グロが負けるわけにはいかないのだ。


「あ、えっと………エリカ様」
 立食で行われているパーティ会場。ルクリリを探し回っている途中、黒森峰の新しい隊長を見つけた。パーティの冒頭で挨拶を交わしたから、ちゃんとお互いに認識をしている。
「何でしょうか、副隊長さん」
「ローズヒップです」
「あぁ。そう言う名前でしたわね。ごめんなさい、変な名前が多すぎて」
 一つも笑みを見せないエリカ様。フラッグ車の車長をされる方だ。ティーガーⅠという強敵を倒すためには、どこまでチャーチルが近づけるか。どこまで、クルセイダーがティーガーⅠに通用するか。
「ローズヒップはクルセイダー部隊の名誉あるティーネームですわ」
「ふーん。まぁ、どうでもいいけれど。おたくの隊長のなんたらと言う人が、あなたを探してウロウロしていたわよ」
 たぶん、エリカ様は最初から誰の名前も覚える気がないのだろう。聖グロそのものに興味がないのか、わざとなのか。こういう笑いもしない人がローズヒップの周りにはいないので、正直分からない。
「うちの隊長の名前はルクリリですわ。エリカ様、明日の試合、私たちは絶対に勝たなければならないので、覚悟をしてくださいませね」
「………はぁ。何?勝たないと丸坊主とかにさせられるの?ダージリンさんってえげつない人ね」
 ダージリン様は負けても、きっと怒ったりされないだろう。頑張ったことを労ってくださるだろう。でも、今のローズヒップには、負けを想定なんてすることができないのだ。そんなことは許されない。
「いえ。お友達に10歳の女の子がいて、マリアと言うのですが。重たい病気で何年も入院しています。聖グロの戦車道に憧れています。今、ずっと病状が良くなくて、無菌室にいますの。私たちが明日、試合で必ず勝つから、マリアも必ず病気に勝って、元気になって、そして聖グロの戦車道に入ってねと、約束をしましたの。だから、負けることなんて私には許されませんの。きっと、テレビで応援してくれますわ。負ける姿を見せられませんわ。頑張れば病気に勝てると、私たちが証明してあげるんですわ」

 拳を作って、ローズヒップはエリカ様に語った。語っている途中でエリカ様の目つきが険しくなり、だんだんと睨み付けてくるほどになっていくのはわかった。本当に笑わない人らしい。


「………あぁ、そう」
「絶対に勝たなければなりませんの」
「ふーん」
「聞いてますの?!」
「全然」

 黒森峰の新しい隊長さんは、とても耳が遠い様子だ。大丈夫だろうか、こんな人が隊長で。

「ローズヒップ、どこに行ってたの。探したんだから」
「あ、ルクリリ!」

 意気込みをエリカ様に伝えようと思っても、まったく伝わりそうにない。これは話す相手を大いに間違えたかもしれないと感じていると、ルクリリがやってきた。

「あぁ、聖グロのルクリリさん」
「はい、何でしょうか、エリカ様」
 険しくローズヒップを睨み付けていた瞳は、同じ視線をルクリリに投げかけて、鼻で何か馬鹿にするように笑っている。



「明日の試合、悪いけれど負けてくれないかしら?」

 …
 ……
 ………

「………はぁ?」

 いきなり何を言い出すのだろうか、このエリカ様という隊長は。ルクリリが喧嘩を買ったような気がした。こんなパーティ会場で相手の学校の隊長と喧嘩は、とてもマズい。

「うちの隊員の妹がとても重たい病気なんだけど、黒森峰に憧れて、頑張ってうちの学校に入って戦車道を続けたいって言っているの。でも、もう明日にでも死んじゃう命なの。せめて死ぬ前くらい、勝つところを見せてあげたいって言われていて。だから、明日は悪いんだけど、協力してもらえると嬉しいわ。練習試合とはいえ、聖グロに勝てば、いい冥土の土産になると思うのよ」


 …
……
…………



 エリカ様も負けられない事情がおありのようだ。とはいえ、何かどこかで聞いたことのあるような気がする。ニヤリとローズヒップを見て笑っているけれど、本当の話なのだろうか。

「………ローズヒップ、エリカ様に何か余計なことを言ったの?」
「え?」
「エリカ様に、まさかマリアのことを話したの?」

 ルクリリって時々エスパーになることがある。たいてい、ローズヒップが悪いことをしたときに限って、それを暴いてしまうのだ。

「………明日、絶対勝つっていうことを」
「このっ………この、馬鹿野郎~~!!!!!」


 ルクリリの怒りとはり手が、ローズヒップの左頬にバチンと音を立てて降ってきた。


「何するんですの?!」
「この馬鹿野郎!エリカ様に謝れ!」
「なぜですの?!なぜルクリリが切れるのか、わかりませんわ!」
 なおも叩こうとするルクリリの腕を掴んで抑え込もうとすると、勢い余って身体を押し倒してしまった。叩かれるのを阻止しながら、だんだんとなぜ怒られなければならないのかと、腹が立ってきて、ルクリリを叩き返した。

「聖グロの名前に泥を塗るような真似をするな、馬鹿野郎!」
「名前なんて、実体のないものですわ!そんなのが大事なんですの?!馬鹿はそっち!」
「馬鹿野郎はお前だ!!!この恥さらし!!」
「ルクリリだって下品で恥さらしまくりですわ!」
「お前がやったことは、戦車道の道に反するんだ!」
 罵倒されながら、床を転げまわり、叩かれて叩き返して。

 周りから悲鳴が上がって、ペコがルクリリの腕を引っ張って止めに掛かった。キャンディ様とリゼ様に両腕を掴まれたローズヒップは、まだグーで殴っていないのに、引きずられて会場から放り出されてしまった。


「ローズヒップは退学になりたいの?」
「先に手を出したのはルクリリですわ!」
「ルクリリがあなたに手を上げるということは、あなたが何かをしたと言うことよ。頭を冷やしなさい、ローズヒップ」
 キャンディ様もリゼ様も、何も状況をご存じないのに、隊長と言う名前がついている方の味方をされる。手を出したのはルクリリからだ。罵声を浴びせたのもルクリリだ。寒空のもと、リゼ様に腕を取られて、外に放り出された。パーティが終わり、すべての片づけが終わるまで、動くなと言われた。涙は出なかったが、腹立たしかった。きっと、周りが言うのだから、ローズヒップが悪いのだろう。だけど、ローズヒップには、何が悪いのかがわからないのだ。そのことが、腹立たしい。
「………もう、アッサム様は守ってくださらないし、怒ってもくださらないですわ」
 自分が副隊長という立場で本当にいいのだろうか。2年生の方がずっとしっかりしていると言うのに。副隊長が怒られるって、聖グロにとって良いことなのだろうか。



「先ほどは、申し訳ございませんでした」
「…………いえ、別に」
 顔を洗って、気持ちを落ち着かせた後、お開きになったパーティ会場から出てきたエリカ様を見つけて呼び止めると、ルクリリは正座をして手を付いて頭を下げた。
「ローズヒップが、何か余計な事をエリカ様にお伝えしたのなら、どうかお忘れくださいませ」
「………もう忘れたわ。私、お涙ちょうだいっていうのは大嫌いなの。そう言うのを聞かされると、むしろ、どんな手を使ってでも負けさせてやりたいって思うわ」
 エリカ様のそれは本心だろう。誰だって、相手側に勝たなければならない事情があると知れば、心理的なブレーキがかかってしまうのだ。ローズヒップは、決してそんなことを意図したわけではないだろうが、受け取り手は必ず、そう思う。人の命のことを言われてしまえば、なおのこと。 

「マリアの件は、ローズヒップの個人的な感情です。聖グロの戦車道は、いつでも正々堂々と、真っ向からの勝負をしています。一切の駆け引きなどございません。私情をお伝えして、エリカ様を不快にさせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」

 聖グロの戦車道は、例え練習試合であろうとも、死にゆく少女のためにあるものではない。相手に失礼極まりないことをしてはならない。もしそんなことをするくらいなら、試合をしない方がずっといい。

「………明日、ボロボロにしてあげるわ。その、マリアとやらを黒森峰のファンにさせてあげる。そうすれば、気が楽になるでしょ」
「こちらも、全力で挑みます。マリアは未来の聖グロの生徒です。簡単に心変わりさせません」

 差し出された手を取り、ゆっくりと立ち上がった。笑ってはくださらなかったが、無表情のまま会場を後にされるエリカ様を見送り、ペコの元に走った。ローズヒップのことはもういい。明日の試合が終われば、すべて終わる。とにかく、キャンディ様にも謝って、ダージリン様とアッサム様にも謝りに行かなければ。



「きちんと黒森峰の方に謝罪をしたのならそれでいいわ。気持ちを切り替えて、試合に励みなさい」
 ダージリン様とアッサム様は先に戻られたと報告を受けて、急いで寮へと向かう道を走った。薄暗い中、とても仲良く寄り添っておられる後姿。声を掛けて振り返ったお2人に、騒動を起こしたことを謝罪した。
「はい」
「あなたは隊長よ。すべての責任はあなたにあるの。ルクリリの意志は聖グロの生徒全員の意志よ」
「はい」
「よく考えて、適切に行動しなさい」
 ダージリン様は、騒動の内容なんて聞く気がないのだろう。淡々としたままだ。隣のアッサム様はそれを不満そうに見上げておられる。
「ローズヒップは?」
 アッサム様は赤く腫らしたルクリリの頬を、冷たい手で撫でてくださった。今度はダージリン様がふて腐れた表情に変わる。このお2人は良い意味でバランスを取っておられるのだ。2人揃って激怒されたことなどない。
「たぶん、リゼ様とキャンディ様がどこかへ連れて行ったままです」
「そう。明日、画面にふてぶてしい顔が映らないように、ちゃんと話し合いなさい」
「はい」

 つま先立ちをされて、ルクリリの頬にキスをしてくださるものだから。

「………ちょっと、アッサム」

 ほら、きた。

 ダージリン様は、パーティでルクリリとローズヒップが床を転げ回ったことを、どれくらい心配されていたのか、わかったものじゃない。そんなことよりも、アッサム様がルクリリを慰めるためにほっぺにちゅ、ってしたことの方が大問題でいらっしゃるようだ。

「何ですか、ダージリン」
「そんなサービスを施していいなどと、私は許可していませんわよ」
「ダージリンの許可なんていりませんでしょう」
 頭を撫でてくださったアッサム様のこれはたぶん、ダージリン様とは考えが違うことのアピールでいらっしゃるのだろうけれど、そこでルクリリを使うなんて、これはこれで迷惑この上ない。
 騒動を起こしたことよりも、ずっとずっと腹立たしいと言わんばかりのダージリン様の睨み。アッサム様は平然と受け流して、ルクリリの肩を叩いて、“じゃぁね”と先に歩みをすすめられた。

「覚えておきなさい、ルクリリ」
「…………嫌です」

 きっと、もうルクリリとローズヒップが床を転げ回って喧嘩したことなんて、ダージリン様はきれいさっぱり忘れてしまい、ルクリリのほっぺにちゅ、が上書きされてしまわれている。

 アッサム様って、怖い。





「ローズヒップ」
 キャンディ様たちに居場所を教えてもらい、会場の裏に立ちつくしているローズヒップを迎えに行った。身体を冷やしてしまっているかもしれない。
「………ルクリリ」
「冷えるし、部屋に戻ろう。黒森峰を倒すために、最後のミーティングをペコとしないと」
 ルクリリを思いっきり叩いた手は冷たくなっている。握りしめて引っ張った。ローズヒップはどこまで自分が悪いことをしたのか、1人で立たされている間に理解してくれただろうか。
「……マリアのこと、誰にも言うなって言う約束を破ったから、ルクリリは怒ったんですの?」
「そうよ。約束を破る人間なんて、私は嫌い」
「じゃぁ、ルクリリは私が嫌いですの?」
「嫌いなら、叩いたりしないわよ」

 ローズヒップが嫌いなら、エリカ様に土下座なんてしない。
 ローズヒップが嫌いなら、マリアがもう、どうしようもない状態で、おそらくテレビを見ることすら無理な容態であることを隠したりしない。
 ローズヒップが嫌いなら、ローズヒップにティーガーⅠを撃破させたいなんて思わない。
「………約束は、守らないといけませんわ」
「ズルをすることは、守ったことにならない」
「負けてくれって言ったわけじゃありませんわ」
「わかってるわよ、そんなことくらい」
 手を引いて歩きながら、寒さに体を震わせた。アッサム様が優しくキスをしてくださった頬は、冷たい風で冷やされて、すっかり熱もなくなっている。寮に戻ると、ペコが外で待っていてくれた。
「ルクリリ。ダージリン様たちは?」
「さっき、頭を下げに行った。お2人は何もおっしゃってなかったよ」
「そうですか。キャンディ様とリゼ様たちには謝っておきました。お2人とも、ルクリリに任せるそうです」
「そう。明日、試合前にみんなには謝るよ。今から、ポテトチップスでも食べながら、地図を広げようか。情報処理部が現地の撮影をしてきているし、最終確認をしよう」
「はい」
 ペコはローズヒップの空いている右手を握りしめて、3人で部屋へと戻った。ローズヒップからごめんなさいと言われなかったし、最初に手を上げたルクリリもそのことを謝ったりしなかった。






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Date:2016/10/13
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