【緋彩の瞳】 約束。 ⑤

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

約束。 ⑤

早朝の目覚ましが鳴った。飛び起きたペコは一番にシャワーを浴びて、着替え終わり髪を結った。ルクリリもローズヒップも同じベルで目を覚まし、それぞれが無言でタンクジャケットに身を包む。普段は食堂がまだ開かない時間だけど、栄養学部の2年生たちの協力の元、集合時間に1,2年の戦車道全員を始め、整備科、情報処理部、その他自由参加で他学部の生徒たちも集まってくれた。外は情報処理部から1週間前に貰った予報通り、土砂降りの雨。
「おはようございます。予報通りの大雨です。どんな環境であろうとも、私たちはフラッグ車に向かって突き進むだけです。私たちの目の前には、苦難などありません。己の心の中にある恐れ、苦しみ、不安、そんなものはずべて取り払い、ひたすら、がむしゃらに戦うことだけに集中しましょう」
 ルクリリをじっと見つめ、引き締まった表情の隊員たちと、その隊員をサポートしてくれる全員の想いがとても力強く光っていた。ペコはマリアのためではないのだと、やはり思い知らされる。今、目の前でルクリリを信じ、支えてくれて、付いてきてくれる仲間たちがこんなにも沢山いるのだ。ルクリリには彼女たちの想いだけを背負うことが精いっぱいのはずだ。ペコだって、ルクリリたちを支えるだけがすべて。
「昨日は、皆さんの前で床を転げまわりました。申し訳ございませんでした」
 ルクリリの隣に立っていたローズヒップは、静かなフロアに向かって頭を下げた。こらえきれずに笑ったのは、バニラだ。それが呼び水になって、みんながクスクス笑いだすものだから。
「ローズヒップ、せっかく私が引き締めたのに、何でそう言うこというの?」
「だって、謝ろうって言ったのはルクリリですわ!」
「転げ回ったことを謝るって何?」
「先に叩いたのはそっちですわ」
 言い合いが始まったので、ペコは割って入って、温かい紅茶をゆっくりと味わってくださいと全員に告げた。早目の朝食を取り、最終ミーティングを済ませると、すぐに戦車整備の最終点検が始まる。いつものルクリリにローズヒップ。これが聖グロの隊長と副隊長だ。こうやって言い合っている姿を見るとみんなが落ち着くのだから、不思議なものだ。



「ローズヒップ、今日の試合は誰のためにあると思う?」
「…………聖グロの戦車道のみなさんと、整備科や情報処理部、栄養学部や家政科や、応援してくださっている人、全員ですわ」
 土砂降りの雨の中、指定位置に戦車を並べ、車長が整列をした。暦が春でもまだまだ寒いこの季節の雨は、足の小指の感覚を奪おうとする。
「みんなの真剣な顔を毎日見ていたでしょう?」
「………はい、ですわ」
「それでも、誰かひとりのために戦うつもり?」
「…………聖グロのみなさんと…声援をくださる人たちと…マリアのためにも、最善を尽くしますわ」
 ローズヒップが悩んで出した答えだ。朝から、病院に電話をする暇が全くなかったのだから、今、この時間、マリアがどんな状態なのかはわからないはず。でも、良くなっていると信じているローズヒップができることは、黒森峰を倒すことだけしかないのだ。
「なら、ローズヒップがフラッグ車を倒してね」
「もちろんですわ」
「私たち、全員の想いがローズヒップにかかっているんだ。もう一度最後に言うけれど、目的を見誤らないで」
「………わかりましたでございますわ、ルクリリ隊長!」
 土砂降りの雨だから、きっと室内モニター会場で、ダージリン様とアッサム様は、OG会のお姉さま方と優雅にお茶を飲みながら、試合をご覧になられるだろう。ひと暴れして、先輩方を驚かせたい。
「よし、勝とう。大切な仲間と……未来の仲間のために」

 車長全員で円陣を組み、その周りを他の隊員が囲む。腰で手を握り合った。ペコとローズヒップとがっちりと握りしめた手。土砂降りの雨は試合終了まで降り続けるだろう。


 早朝にルクリリに届いた訃報は、横浜港へ戻る日にローズヒップに伝えようと思う。


OGである、アールグレイ前隊長のお姉さま、前バニラお姉さまこと聖那さま、前オレンジペコお姉さまの愛菜さまと共に、会場傍に設置されている室内モニターでの観戦。アッサムはお姉さまと聖那さまの間に腰を下ろして、隊員たちのことを聞かれたら何でも答えられるようにしていた。ダージリンは愛奈さまと聖那さまの間に座っている。
「アッサムのデータでは、聖グロは勝てるの?」
 お姉さまはアッサムが淹れたお茶を飲みながら、それほど真剣なお声ではない。アッサムの髪を撫で、毛先で遊んでいらっしゃる。
「今回、あの子たちがどういう作戦を立てているのか、何も知りませんの。火力の差で言えば勝つことは出来ませんが、そこはルクリリの知恵次第、ですね」
「ここまで私たちを呼びつけておいて、やっぱり負けました。とは言わせないわよ」
 呼びつけたのはアッサムじゃないのに。それでも、東京から陸路で2時間程離れた場所まで来てくださったのだ。卒業試合もわざわざ足を運んでくださった。アッサムが後輩を可愛がっているように、お姉さまたちも、わりと後輩には甘いところがある。
「お姉さま方、この時期はお暇でしょう?私たちと遊んでくださってもよろしいじゃないですか」
 髪を撫でられながらふて腐れてみせると、右隣りの聖那さまが髪を引っ張ってきた。
「アッサム、あの本の感想を聞かせて」
「……あの本というのは?」
「私がお誕生日にプレゼントしてあげたでしょう?ダウンロードしなさいって」
 聖那さまはきっと、反応を楽しむために贈りつけたに違いない。アッサムが呆れたため息を吐いている向こうで、ダージリンが空咳をしている。
「聖那、アッサムに本を贈ったの?本なんて読まない癖に」
 モニターの向こうでは試合が始まっていて、大雨の中、後輩たちが必死に戦っているのに、この緊張感のなさ。きっとアッサムたちの卒業試合を観戦されているときも、本当に喫茶店でお茶をしているような感じでいらしたに違いない。でも、見ている側はどうすることもできないのだ。

 頑張ってと声を出さなくても、ルクリリたちは頑張っている。勝っても負けても、お疲れ様と労ってあげることしかできないのだ。

「読むわよ、“教科書”くらいは」
 愛菜さまが怪訝そうに尋ねられるのに、胸を張って答えていらして。贈りつけられたものを読み、硬直して頭を抱え込んだ日々は、しばらく忘れられそうにない。もっとも、ダージリンには効果てきめんだったから、結果的にはいい方向には向かったのだけれど。
「聖那は何を贈りつけたの?」
 アッサムは鞄から電子書籍を取り出して、パスコードを入れた。かなり刺激的なタイトルと表紙がずらりと並べられている。
「お姉さま、読まれます?こういうのを後輩に贈りつけるって言うのは、虐めだと思いますわ」
「待って、麗奈にはマズいわ」
 お姉さまに秘密で贈ってきたに違いない電子書籍。タブレットの画面を見て、表紙のいかがわしさで察したお姉さまは、慌てる聖那さまを睨み付けた。
「聖那、私の可愛いアッサムにとんでもないものを贈ったのね」
「あらやだ、大人の階段をいつまでも昇らないんだもの、ほんのアシストのつもりよ。それに贈ったけれど、読むかどうかなんて自由だわ」
 ダージリンが音を立ててティーカップをサイドテーブルに置いた。どんな表情をしているのか気になって仕方がない。
「ダージリン、聖那に遊ばれているだけなのだから、反応するのはやめなさい」
 呆れた愛菜さまの声。お姉さまはずっとタブレットを嫌そうな顔しながら操作されている。きっとあとで、聖那さまはお2人からきつく怒られてしまうに違いない。
「………愛菜さま、グーで殴ってくださいませんこと?後輩が必死に戦っている時にする話題じゃございませんわ」
 アッサムとダージリンの間にいる聖那さまは、今は安全地帯だ。本当にバニラの姉とは思えないお人。在学中に物静かでいらしたのが嘘のよう。
「私、2人から感謝されることはあっても、文句を言われることはないと思うわよ」



 アッサムは咄嗟に何を言い返せばいいのかわからなくて、思わず口を閉じてしまったけれど、ダージリンまで黙り込んでしまうものだから。

「ほらね?やっと大人の階段を昇ったわね」
「…………ダージリン、後で殴ってあげるから今は耐えなさい」
得意げな横顔の向こう側で、ダージリンは完全に硬直したまま動かない。愛菜さまがヨシヨシとダージリンの頭を撫でている手だけが見える。

 試合開始から20分。
 ルクリリたちチャーチルは、真っ直ぐにティーガーⅠに向かって進んでいるようだ。


車体を刺すように降る雨の音。試合開始から2時間が経過して、予想通り、クルセイダー4両とマチルダ1両、そしてチャーチルの合計6両が生き残った。相手側は2両しか撃破出来ていなかった。 
それでも、幾度となく履帯破損を狙い続けては、ティーガーⅠと他の車両との距離を開けさせ、そう簡単には一丸とさせない狙いの通り。黒森峰の偵察車であったⅢ号を撃破したおかげで、相手は少しチームワークを乱しているようにも思えた。
 撃墜されないようにクルセイダー部隊は動き回り、黒森峰に突き進んでいく。ティーガーⅠの側面に1両だけでもいい、ぴったりと張り付いて離れずにいられたら。たとえ撃破出来なくても、嫌がられるくらい付きまとい、足を止めることができたなら。2対1、あるいは3対1くらいに持ち込みたいものだ。望遠鏡にはティーガーⅠがパンターに守られている姿が写っている。
『ティーガーⅠ、真っ直ぐ来ましたわ。両サイドにパンター2両』
「パンターが邪魔だ。履帯を狙え。チャーチル、マチルダ1号車、バニラ、9時方向のパンターに砲撃を開始」
 チャーチルがまさか、パンターを狙うはずがないだろうという油断を誘い、履帯めがけた同時攻撃の後、一旦チャーチルは、砲撃を受けながら後退をした。チャーチルに気を取られている隙を狙い、ローズヒップのクルセイダーがティーガーⅠの後ろから走ってきている。さらにその後ろからはエレファント。マチルダⅡ部隊が履帯を潰していた車両が戻ってきたのだ。走り回るクルセイダーではなく、鈍足のチャーチルをめがけてくるだろう。
「ローズヒップの後ろからエレファント2両だ。先に残りのパンターを狙え」
『了解!!バニラ、クランベリー、お任せですわ!』
 土砂降りの雨、生い茂る草木はスピンしやすく、バニラもクランベリーの車両も何度も煙と飛沫を上げながら走り回っていた。2時間経過したら、リミッターを外せと指示をしていた。全力で走り回って履帯を狙っているが、砲撃を交わすことは出来ても、砲撃をあてることは、やはり難しそうだ。迫ってくるティーガーⅠから逃げながら、チャーチルは前後に動き、ローズヒップがティーガーⅠにドンドンと近づいてくる時間を稼ぐ。

『砲撃が来るわ!』
「後退!」

 キャンディ様の声に反応して、チャーチルを後退させた。大きく車体が揺れるが、着弾はしていない。
『残りのパンター、履帯破損!クルセイダー全車、ティーガーⅠへ砲撃を開始!なるべく近づいて、べったり離れませんわよ!』
 走り回りながら、ティーガーⅠへの一斉攻撃はクルセイダー4両によって行われた。エレファントの砲撃はクルセイダーにはなかなか当たらないが、チャーチルの背後を狙っているラングやティーガーⅡの脅威は間違いなくすぐ傍まで来ている。
「全速前進、ティーガーⅠへの砲撃を開始」
 まだまだ、確実に撃破するには距離が開きすぎている。17ポンド砲ならいいのにって、こういう時に思わずにいられないけれど、仕方がないのだ。ローズヒップたちクルセイダー4両が走り回りながら、攻撃をかいくぐり、ティーガーⅠとの距離を詰める。先を走るマチルダⅡにティーガーⅠから放たれた砲撃が着弾し、目の前で白旗が上がった。後ろから、ラング2両とヤークトが迫ってきている。前後を挟まれているが、ティーガーⅠを5両で追いかけまわしている聖グロに、まだ、可能性はある。

『バニラ、ティーガーⅠを止めますわよ!』
『了解!』
 全速力で真っ直ぐに向かうバニラのクルセイダーを当然、ティーガーⅠは射程に収めようとする。
『クランベリー!』
『はい!』 
 ティーガーⅠが砲塔をバニラへと向けたところで、クランベリーのクルセイダーも同じように、ティーガーⅠの逆側面を狙ってスピードを上げ、砲撃を開始した。

「………危ない!!!」

 猛スピードでティーガーⅠを狙うクランベリーの車両に、エレファントの砲撃が襲った。衝撃を受けてスピンした車体。スピードを上げていたせいで、そのまま止まることができない。
『バニラ、ブレーキ!!!!!!』
 ティーガーⅠが急ブレーキでカーブを描いてクランベリーの車体をよけても、最速のスピードを出していたバニラのクルセイダーは味方の車両をよけきれず、爆音と共に激しくぶつかり、2両は黒い煙と白旗を上げた。

 その間の出来事は、どれくらいの時間だっただろうか。数秒、あるいは10秒くらいだったか。双眼鏡の中の出来事は、映画を見ているようなクラッシュだった。

「バニラ!クランベリー!無事?!」
 敵フラッグ車のすぐ傍で起こった爆発炎上。ルクリリは無線で呼びかけたが応答がない。

『バニラ!!クランベリー!!!』
『バニラ!』
『クランベリー!!』
『返事をして!!』

 
 ローズヒップが何度も声を張り上げている。後ろからの砲撃がチャーチルを襲って、激しく車体が揺れた。前進を続けているチャーチルの中に広がるのは、ローズヒップやリゼ様が無線から叫ぶ声だけだ。




 隊員たちの無事がわからない。
 こんな時どうすればいい。
 ダージリン様ならどうする。
 アッサム様ならどうする。





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Date:2016/10/13
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