【緋彩の瞳】 Tea with Milk

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

Tea with Milk

アッサムティーが苦手だった。
 舌の奥に少し残る苦味が好みじゃない。

 茶葉だけの色や味わいを楽しみたいと思うと、アッサムティーを避けるしかなく、ずっと飲まずにいた。ミルクを淹れると、何となく子供っぽいと思ってしまう気がして、いつも、ストレートでも美味しく感じるものばかりを選んでいた。

 たぶん、背伸びをしたい子供だったのだ。


「それは、ダージリンティーですか?」


「………え?……えぇ」

 入学式の数日前。すでに学生艦に住民票を移し、寮の準備も終えていた。学校の中を私服姿で散策することは流石にできない。持て余した暇を潰すために、地図を持って街に出てみた。 
いくつかのブロックに分かれている街。船の上だと言うのに、海が見えない程広い。赤い二階建てのバスが、時速30キロ以下でゆっくりと隣を追い越していく。その真っ直ぐに大きな道をひたすら歩いていると、4つ角の信号の向こうに、レトロな喫茶店が見えた。何やら、お菓子と紅茶が店内で楽しめる、と書いてある。


「あ、ごめんなさい…いきなりでしたわね」
「いえ」
 
 それほど広くはない店の2階。控えめなクラシックのBGM。窓のすぐ傍に腰を下ろして、ダージリンティーと、スコーンを注文した。街を眺めて、やっぱり船の上だなんて、全く感じないものなのね、と思っても、その考えると言うことにすぐ飽きてしまう。学生生活は、まだ何も始まってなどいないから、あれやこれやと想像することさえできないのだ。

「嵩森さんはお1人?」
「……えぇ」

 目の前に立っているのは、真っ白いスカートに、薄手の桜色のカーディガン姿の少女。名前を知られていることに、違和感はない。中学時代はクラブチームで隊長をしていたし学校の代表を経験していた。いろんな人に、声を掛けられることには慣れている。

「よろしいかしら?」
「どうぞ、嵩山さん」

 そして、彼女の名前も知っている。砲手としては中学時代に名前を聞いたことがあった。県では最優秀砲手に何度も選ばれていた人。東日本チームの時に一緒のチームになったことだってある。

 その時は、一度も声を掛けなかった。
 何も会話をしなかった。
 互いの自己紹介をその他大勢と聞いていた。でも、顔も名前も覚えている。


 とても可愛い子だと、記憶にとどめておいたのだ。


「名前、覚えていてくださったんですか?」
「顔と名前は覚えるわ」
 とても自分と似ているから、すぐに覚えたのだ。印象深かった。顔も名前も。
「一度、同じチームでしたものね」
「同じ名前でしたわね」
「えぇ、漢字違いの同じ名前ですわ」

 アッサムティーとベリータルトが彼女の前に運ばれてきた。たっぷりのミルクが先に注がれたあと、苦味のありそうなアッサムティーがティーカップの中に円を描いて落とされていく。

 ずっと、避けていた飲み方だ。目の前の彼女はそれが当たり前と言わんばかりに、ミルクの味を足したアッサムティーを美味しそうに飲み始めた。


「あなたは、アッサムティーが好きなの?」
「え?」
「いえ、とても美味しそうに飲むものだから」
「小さい頃から、ミルクティーが好きだったので。癖がありますけれど、ミルクを淹れると、マイルドになって飲みやすいですわ」

 この子と仲良くなりたいのなら、アッサムの茶葉から淹れるミルクティーを美味しく飲めるようにならなければいけないらしい。とはいっても、もう何年も避けているものだ。美味しいと思えるようになるだろうか。

 いえ、アッサムティーを美味しく飲めれば仲良くなれる、という保証など何もないし、そうならなければいけないということもない。でも、とても美味しそうに飲んでいる、その対に座りながら、それを苦そうに見つめる訳にはいかない。


「アッサムティーは苦手ですの?」
「……え?どうして?」
「いえ、苦そうだわって、言いたそうなお顔ですので」
「………そういうつもりではないわ」

 どういうつもり、と突っ込まれないようにティーカップで顔を隠しながら、数秒だけ窓の外に視線を逃がしてみた。まばらな人の流れ。車もほとんど通らない。風もなく、5分咲きの桜が入学式に合わせようと必死に花を咲かせている。

 彼女の視線は、ミルクを混ぜたティーカップに注がれたまま。時々視線を感じて、そのたびに意図的に視線を逸らして。そんなことをしても、すぐに空っぽになってしまうティーカップ。


「三大茶葉の名前、もう何年もティーネームとして使われていませんわね」
「そのようね」
 空っぽになったのを察してくれたようで、彼女がミルクポッドを手にして、視線を重ねようとしてきた。左右に逃げた瞳は、自らのティーカップを差し出すことで彼女へと定まった。

 ミルクを注ぎ、自分の手元にあるアッサムティーをその上から乗せてくる。ダージリンティーはそれじゃないのに。言おうとしても、もう遅い。初めから、そのつもりだったに違いない。


「今年、8年ぶりにダージリンを受け継ぐ人物が、現れるかもしれませんわ」
「そうなの?」
「えぇ。アールグレイお姉さまたちは、すでに目を付けていると聞いています」
「あら、あなたのこと?」
「まさか。私は砲手ですもの。そんな偉大なティーネーム、私の身体には似合いませんわ」


 あなたには、アッサムというティーネームが似合っている。そう言おうとした。


 …
 ……
 ………


 一口飲んだミルクティーは、やっぱりちょっと苦味が残っていたので、イメージじゃないかもしれないと思って言わなかった。

 色白で、小柄で、フランス人形のような彼女。甘ったるいフレーバーティーの名前の方が似合っている気がする。あるいは、キャンディやルクリリという、響きが愛らしい名前。

「苦い、って思いました?」
 何を読み取られたのだろうか。わずかにひそめた眉だろうか。閉じた口の中で遊ぶ舌の動きだろうか。
「……ダージリンティーよりはね。でも、そうね、ミルクを淹れてマイルドになるし、甘いお菓子には合う気がするわ」
「そうですか。よかったですわ」

 彼女のティーポッドの残りをもらったので、代わりにその空いたティーカップにダージリンティーを注いだ。踊る色濃いダージリンティー。

「………聖グロに入って、あなたとお友達になるには、ストレートティーに慣れた方がいいですわよね?」

 香りを確かめながら、ちょっとだけ眉をひそめた彼女は、意を決したと言う頬。一口飲んで、味を確かめる様子は、子供が嫌いな野菜を飲み込むのを見守っている母親のような気分になった。

「ごめんなさい、苦手だったのね」
「いえ。私もあなたの苦手を飲ませたんですもの」
「………まだ、入学してもいないのに、早々、お互いの秘密をばらしてしまったわね」
「そうですわね」

 甘いタルトで誤魔化しながら、彼女は小さく微笑む。


 瞳を逸らそうと思っていたのに、惹きこまれて、見つめていたいと願ってしまうのは、アッサムティーにそんな麻薬作用があるのだろうか。


 まさか、あるはずない。


「アッサムティーをストレートで飲むよりは、ずっと飲みやすいですわ」
「そうね、ダージリンはアッサム程、苦味がずっと残ると言うほどではないわね」
 もう、アッサムティーのそれが苦手で嫌なのだと言っているようなもの。言っておきながら、誤魔化すように飲むのは、そのアッサムティー。また、舌に残る苦味。思わずスコーンを手に取りたくなった。
「もし、苦いと思っておられるのなら、ダージリンとブレンドをしたものを飲んでみるといいですわ」
「ブレンド?」
「えぇ。ブレンドしたものにミルクを注いで飲めば、より柔らかい味になりますし、甘いお茶菓子とも相性がいいですわ」
「………そう。では、学校でお茶をご一緒するときは、ブレンドティーにしましょう」
 
 彼女が淹れてくれたアッサムティー。

 たっぷりのミルク。

 もっと飲む習慣を持っていれば、克服できない味ではなかった。やっぱり、子供だったのだ。ミルクも砂糖も、茶葉の香りや味わいを邪魔することはない。嗜み方にはきっと、正解はない。そのことを知ると言うことが、大人になると言うことなのだろう。

「これで痛み分け、ですわね」
「好きになる訓練ですわ」
「アッサムを?」
「えぇ。あなたも、ダージリンを好きになるはずですわ」

 はにかんで、手に持っていたティーカップを傾けた彼女。
 さっきとは違い、堂々と苦そうな表情が返ってくる。




「えぇ、そうですわね。きっと好きになりますわ、ダージリンを」

 

 
 “アッサム”はすでに知っていたのだ。



 誰が、“ダージリン”というティーネームを受け継ぐのかを。



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Date:2016/10/20
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