【緋彩の瞳】 大切な儀式

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

大切な儀式

「ダージリン」


 ドアの鍵穴に外から鍵がさしこまれる音。視線を注いでいると、つまみがゆっくりと横から縦になった。部屋の主以外でそんなことができるのは、スペアキーを持つ人だけ。
 机には図書室で借りていた分厚いイギリス戦史の本と、開かれたままの辞書。ダージリンは名前を呼ばれて、指で差していた単語から視線をその人に向けた。

「何かしら、アッサム」
「お勉強中ですか」
「思わず手に取ってしまったのに、開かずに返すのがもったいなくてね」
「そうですか」
 
 食堂で夕食を共に取った後、少し机に向かうと告げてダージリンは部屋に籠った。ある程度読み進めて、キリの良いところでしおりを挟むつもりでいたが、それまであと10ページ程残っている。

「どうしたの?」
「………いえ。暇を持て余してしまって」
「お茶、淹れましょうか?」

 本が好きと言う点においては、アッサムもかなりのものだ。もっとも、文学を好むダージリンと、論文なんかを電子書籍で読み漁るのが好きなアッサムとでは好みの種類は違う。どちらかと言うと、こういう歴史本なら、アッサムの方が好きだろう。ただ、原文なので、彼女は読んだりしない。一度しおりを挟んで、珍しく部屋に来たアッサムのためにお茶を、と立ち上がろうとしたら、腕で制された。
「いえ、お茶は結構です」
「そう?」
「………あの」
 少し困っていると眉をひそめた様子を見せられて、その手を条件反射的に取った。
「何かお悩み?」
「いえ」
 アッサムは一度俯いて、それからダージリンが座る椅子のひじ掛けにそっと触れる。タイツの摩擦音。靴を脱ぎ、何をしようとしているのだろうか。様子を伺っていると、ふわふわとした髪を後ろに払って、ゆっくりとダージリンの膝の上に対面するようにまたいできた。
「アッサム?」
「……あの、こうしていてもいいですか?」
「えぇ、構わないわ」

 食事は必ずアッサムと一緒に取るし、プライベートの時間はほとんどアッサムの部屋に籠っている。天気がいい日は2人でどこかに出掛けることもある。壁を壊すことができれば、2人の部屋の間にもう一つドアを作りたいところだけれど、ダージリンが自室に篭ると言うことなんて、今はもう、ほとんどない。そう言えば、辞書などがいらない本ならば、アッサムの膝を枕にして読みふけってしまうほど。勉強をしなければならない時は、アッサムと一緒に図書室に籠っている。それくらい、彼女の傍にいる時間は多い。篭ったことで、寂しい気持ちにさせてしまったのだろうか。

「ダージリン」
「なぁに?」
「…………朝、ご自分でおっしゃったセリフを忘れましたの?」
「朝?」

 朝、どんな会話をしただろうか。少し朝が冷えるようになったから、裸で寝ていたら風邪を引くかも、と言う会話をした気がする。お風呂に浸かって身体を温めながら、ずっとキスをしていたから、その時は会話をしなかった。朝食の時は何を話しただろう。1年生がすぐ傍にいて、中間試験の結果で、ついにルクリリが1位を取ったと言う報告を受けながら、悔しそうなペコを慰めていた。
「お忘れのようですね」
「朝の何時ごろのお話?」
 とても素直に甘えてきているのかしらと思ったけれど、どうやら少々機嫌がよろしくなさそうな、ひそめた眉に膨らませている頬。ダージリンは右の人差し指で頬を突いた。
「お目覚め、開口一番のことですわ」
「…………裸で寝てしまったわね、っていう開口一番?」
「その後のセリフをどうぞ」
 誘導されて、アッサムとの朝のひと時を思い出してみる。その唇の感触を確かめて、冷たいと言った。そして、何か小言を言われた。

「“セックスしたいって誘っておきながら、先に寝るなんてひどいですわ”」
「それは、私のセリフですね」
「………そうだったわね」

 そう言えば、髪を乾かしているアッサムをよそに、寝間着を部屋から持ってくることをうっかり忘れていたダージリンは、バスローブを脱いでベッドに潜っていた。その後、目が覚めたら辺りはすっかり朝の景色だったのだ。疲れていたと言うわけではなかったが、つい、気が緩んでそのまま寝入ったのだ。
「思い出したわ。夕食が終わったら、すぐにお風呂に入ってセックスしましょうって、言ったわね、私」
「そうですわね。悪びれる様子もありませんでしたわね」
 朝も、こんな風に小さく頬を膨らませていたのを、たった今思い出した。機嫌を取るようにキスをして、それほど、今すぐにしたいのならしてもいいって言ったら、髪を引っ張られて拒否されたのだ。朝から体力を奪われたくはない、と。
「アッサム、お怒りのようね」
「呆れているんですわ」
「拗ねているのでしょう?」
「………あなたと言う人は……」


 拗ねた頬。噛むように口づけると、前髪を引っ張られて拒絶されてしまう。欲しいと言う心と、許していないという心。どちらも等しいというアピールをしてくるアッサムの身体は、それでもダージリンの膝の上にいるという時点で、すでに振り子は傾いているのだ。


「本なんていいわ。今すぐしましょう」
「………まず、ごめんなさいと言ってください」

 これは儀式。
 まずは拗ねた幼い心を慰めて、沈めてあげなければ、呆れたため息の赦しをもらえないのだ。彼女もまた、簡単に許してしまいたくない演技をして、ダージリンがどれだけアッサムを想っているのかを確かめたいのだ。お互いに腹を探り合わずとも、考えていることくらいわかる。


「ごめんなさい、アッサム」
「………それで?どうされますか?」
 少しとがらせた唇のまま、ダージリンの黒いネクタイをセーターから抜いて、シュッと布を擦らせながら外していく指先。胸元のボタンが1つ外された。
「アッサムの言う通りにしますわ」

 自分が宣言したことは、達成できないことがあるけれど、アッサムの命令に従わないなんてことは不可能だ。初めから、言ってくれたらよかったのだ。夕食後、セックスがしたいと。もしそうだったら、絶対に忘れなかった。


 なんて、言い訳をすれば、ビンタされるのはわかっている。


「…………まずは、キスしてください」
「喜んで」



 これも儀式。
 怒ったアッサムがダージリンを許す時は、ちゃんと想いが伝わっているのかを確認してくる。
 偽りのない唇と、偽りのない指先で、互いの心の中に互いがいることを確認する。



「アッサム、ここでする?」
「嫌です。お風呂に入ってからにしてください」
「では、降りてくださらない?」
「………それも嫌です」


 一体、どうしろと言うのかしら。しがみついてくる両腕に圧迫されて、鎖骨に押し付けられた顔。鼻を擦るアッサムの匂いがするセーター。息苦しさを我慢して、そのセーターの中に腕を差し入れて、冷えた手を温めてみた。

 肺に流し込んだ空気が、盛大なため息となってアッサムの身体から逃げて行く。

 その中に混じる想いは、全部が清らかなものではないことは、まとめた三つ編みに圧し掛かる重みでわかる


「もう少し、こうしていたいの?」
「昨日、ベッドに入ったら寝息が聞こえてきて、本当に呆れましたわ」
「……そうね、ごめんなさい」
「幸せそうな顔で寝てしまって」
「アッサムのベッドで眠ることは、幸せなのだから、そう言う顔をするのは当然よ」

 耳たぶを引っ張られて、そう言う所が反省していない風に見えると怒られても、ダージリンの肺に流れ込むアッサムの感情は、すでに怒りも呆れも薄れて、甘い想いが満たそうとしてくるのだから。

「ダージリン、あなたと言う人は」
「アッサムが好きよ」

 …
……
………

「………私も好きです」

 好きと告げれば、好きと返ってくる。
 どんなに喧嘩をしているときでも、必ず好きと返ってくる。

「お風呂に入りましょう?」
「まだ、ダメですわ。もう少し、お預けです」

 足がしびれるほど、膝の上に乗ったアッサムにきつく抱きしめられたまま。
 寂しい夜を過ごさせた罰を、もうしばらく受けることになりそうだ。



「酷い罰だわ」
「当然です」




 
 アッサムの甘い香り。



 胸が苦しい。








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Date:2016/10/20
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