【緋彩の瞳】 角を持つ天使の笑み ①

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

角を持つ天使の笑み ①

1本のポッキー。
 唇と唇が近づいていく。


 ダージリンの相手は、バニラお姉さまこと聖那さま。


 睨み合いながら、先に折った方が負けの真剣勝負だ。






 横浜に学生艦が到着する2日前から、今日は一緒にいられないと言うことは聞かされていた。前隊長のアールグレイさまこと、麗奈さまのお誕生日ということで、学生艦を降りて1日デートをしてくるんだとか。2年生の頃も、麗奈さまのお誕生日前後に、アッサムは学生艦を降りて会いに行っていた。何よりも、小さい頃から当たり前のようにそうやって過ごしていたのだ。ダージリンは寂しくない風を装って、送り出すことしかできない。そのことに文句を言う理由もないのだ。1日が終われば、ダージリンの元に帰って来て、どんな風に過ごしたのかを話して聞かせてくれるはず。その夜を待ちわびるだけ。


「ダージリン様」
「なぁに?」
「あの………横浜に出なくてもいいんですか?」

 寄港して早々、機嫌よく出て行ったアッサムを見送って、ダージリンは私服には着替えずに制服のまま、読みかけの本を手に学生艦の中のカフェに1人で出て行こうとしていた。  
 その背中に声を掛けてきたのはルクリリだ。彼女もまた、なぜか制服姿。

「えぇ、今日はね。明日は少し出るかもしれないけれど。ルクリリはどうしたの?」
「溜まった書類の片づけをしないといけなくて」
「あら、そう。がんばってね」

 事実上の隊長職の引退はまだ先だが、すでに多くの仕事はルクリリたちに引き継がせている。書類関係の整理もすべてルクリリにやらせていて、最終的な報告を後で聞くだけ。ずいぶん楽をさせてもらっているが、これも伝統。ダージリンもまた、アールグレイお姉さまから一方的に押し付けられて、この時期は慌ただしくしていたものだ。とはいえ、オレンジペコお姉さまがずっとフォローをしてくださっていた。だから、ルクリリのフォローはアッサムの仕事だ。


 ………でも今日、アッサムはいない。


「アッサム様はどこですか?」
「横浜に遊びに行っているわ」
「置いてけぼりですか」
「アッサムはご家族と過ごすのよ」
 イチイチ、その冗談に本気でムッとしていたらきりがない。そう言うルクリリはペコとローズヒップに置いてけぼりを食らったのだろう。あるいは、せっかくの横浜で過ごせる休日だからと、手伝いをお願いせずに2人を見送ったのかも知れない。書類の山を脇に抱えていて、見るからに重たげだ。
「そうなんですか。ダージリン様、寂しいですね」
「そうでもないわよ。ゆっくりと本を読んで過ごす1日も悪くないわ」
「………手伝いましょうか、ルクリリ。と言うお言葉は、ダージリン様の中には……」
「ないわね。アッサムがいないことが不運だと思いなさい」
 それは、ルクリリのためになんてならない。と言えば聞こえはいいが、ルクリリはまだ、本気で困っている段階ではない。この時点で手を差し伸べることは、ダージリンの仕事ではないのだ。それは優しさではない。
「ですよね」
「まぁ、どうしようもなくなったら、電話していらっしゃい。ランチくらいはごちそうしてさしあげるわ」
「はい」
 アッサムなら、頑張ってと言って頭を撫でてあげるくらいはするだろう。だけど、ダージリンは小さく笑って見せるだけ。恨めしく見送られて、開かれている校門を出ていつものカフェへと向かった。




「ダージリン!!」





 静かな隊長室で、山積みの書類に隠れてマグカップに注いだカフェオレを飲んでいた。確かに山になるまで書類をほったらかしていたのはルクリリが悪い。でも、聖グロのあらゆる学部のすべての書類に目を通さなければならないなんて、知らなかったのだ。そんなところまで、責任を負わせるなんて、ひどすぎる。読んでおけばいいだけだ、なんてグリーン様は言うけれど、読んでおくにしては量が多すぎるのではないだろうか。あと、さりげなく、サインを入れなければならないものも多くて、適当に読んでいたら後々痛い目に合いそうな気もしないでもなくて。


「…………えっ?!え?え?えっと………」


 ノックもなく、いきなりだった。

 バタバタバタという足音が聞こえたような気がしたが、何だろう、と考えるよりも早く開かれた扉に、持っていたペンを放り投げてルクリリは固まった。


 誰だったか。顔は知っているけれど、すぐに名前が出てこない。


「どうして、隊長席にダージリンが座っていないの?」
 なぜか、怒られてしまう。もうそれは、へっぽこ仮免隊長でごめんなさいとしか言いようがないのだけれど、誰だっただろうか、この人。

「え?ええ~~えっと、えっと、すみません、あの、引き継ぎをして、えっと、私が、その、仮免隊長として、えっとえっと」
 仮免隊長と言う呼び方は、ローズヒップが作った。ダージリン様が完全引退をされるまでの間は、仮免だからって。本当に何かがあったら、責任を取るのはダージリン様だ。だから、ルクリリは何事もなく過ごさなければならない。


 何事もなく。
 それは、もう、無理そうだ。



「あなた、迷子事件の時にいた子ね」
「は、はい。えっと、ルクリリです」

 そう言えば、あの時にローズヒップを保護してくれたお姉さま。
 えっと、そう、バニラのお姉さま。

「それで、ダージリンは?」


 突撃、とはこういうことを言うのだ。ダージリン様もアッサム様も、あんまり前隊長たちのことをお話しされないから、人柄なんかを把握してはいない。バニラのお姉さまだから、確かに顔はバニラに似ている。と言うか、バニラって今、横浜に出ているはずだ。

「えっと、ダージリン様は……ここにはいませんが」
 見てわかるだろうに。呼び出せと言うことなのはなんとなくわかるけれど。
「あの子、横浜に出たの?」
「いえ、降りていません」
 かなりお高い感じのベージュのコートの中は、ひらひらフワフワのスカート。これまた高そうなヒール。でも、柔らかそうな髪におっとしりしていそうな美人。流石、バニラのお姉さま。でも、何と言うか、柔らかく優しそうな表情なのに、怖い。なんだろう、……怖い。


「OK。5分待つわ」
「は、は、はい!」

 何か、先代のバニラ様を怒らせるようなことをされたのだろうか。ダージリン様に何の連絡もせずに乗り込んでこられたご様子だ。一体、どんな悪さをされたのだろう。その答えがこの書類たちの中に埋もれていたりするのだろうか。例えば、クルセイダー会の寄付金のこととか。考えながら、携帯電話でダージリン様を呼び出した。3コール目で繋がって、お昼はまだ早いわ、なんて返ってくる。
「ダージリン様、えっと、ダージリン様にお客様がいらしています」
『そんな予定、ありませんわよ?』
 そりゃそうだ。あったら、優雅に読書なんてされないだろう。
「えっと、バニラお姉さまがいらしています」
『………聖那さま?』

 いや、名前なんて知りません。

「えっと、バニラのお姉さまです」
『なぜ、聖那さまが?』

 それは、こっちのセリフなんですが。色々言いたいけれど、腕を組んでじっと綺麗なお姉さまに見つめられているのだ。すぐに帰ると言ってもらわないと。

「その、えっと、いらしています。ダージリン様をご指名で」
『嫌よ、あなたが相手をして』
「いや、その、ですから、ご指名なんですって」

 ダージリン様の溜息は、この目の前の綺麗なお姉さまは、とてもメンドクサイ相手だというアピールでいらっしゃるに他ならない。何となく、それはわかる気がする。


『紅茶の園にご案内をして差し上げて。あなた、しばらく相手をしておきなさい』
「帰って来ない気、満々じゃないですか」
 それに、わざわざ歩いて紅茶の園にご案内したところで、誰もいないし、結局、ルクリリが相手をして……。バニラお姉さまはきっと一直線にこの隊長室にいらしたのだ。場所の問題ではなく、ダージリン様にだけ用事があるに違いない。優雅に紅茶を飲みに来たわけでもなさそうなのは、見ていてわかる。
『あら、そんなことないわよ。アッサムが戻ってくる頃に私も行くわ』
 それは何時頃のことだろう。少なくとも、ランチ時にいないのは確定している。
「ですから、ダージリン様をご指名ですってば」
 バニラお姉さまの相手は、アッサム様の方が上手いと言いたいのだろうか。アッサム様と言うお人は、先輩から後輩、他学部も含め、本当にモテモテでいらっしゃる。人付き合いが本当にお上手だし、面倒看もいいし。ダージリン様の扱いもお上手だし。

 だから、感心している場合ではなくて。

 電話を切りそうなダージリン様。困っていると、真っ白い手がルクリリの前に差し出された。その腕の先に、とても美しい笑みのバニラお姉さま。微笑みが怖い、これは聖グロに受け継がれる“角を持つ天使の笑み”と言うやつだろうか。

「ごきげんよう、ダージリン。あなたのファーストキスが何年何月何日で、相手が誰で場所がどこなのか、今から、この子とお茶をしながら、楽しくお話しをしてもいいかしら?」

 ダージリン様、相当弱みを握られてしまっているらしい。と言うか、そんなことって、どうすれば知られてしまうのだろう。アッサム様がお話しされたのだろうか。いやでも、ファーストキスの相手なんて、絶対にアッサム様のはずだろうし、バニラお姉さまがおられた頃と言うことは、お2人が1年生の頃と言うことは確かだろう。
公然の秘密と言うことで、今の1年生の中では、お2人がカップルらしいと言うことは有名な話。だけど誰もきちんとした確認を取っていない。3年生たちも、今更過ぎて、1年生たちが聞き回ってみても「どうかしらね」でかわされてしまうのだ。目の前のバニラお姉さまはきっと、とてもよくご存じでいらっしゃるに違いない。あれやこれや、全部。


 ダージリン様は電話口で何か喚いておられるのか、それとも素直に従うことにされたのか。バニラお姉さまが通話を切って、満面の笑みを浮かべて携帯電話をルクリリに返してくださったから、こちらに戻ってくるのは間違いないだろう。
「ダージリン、こっちに来るそうよ」
「それは、その、よかったです。えっと、バニラを…妹さんを呼び戻しましょうか?」
「いえ、いいわ。別に用事なんてないもの」
「そうですか」

 ここに居座るつもりでいらっしゃるようだ。コートを脱いでソファーにお座りになると言うことは、お茶を飲むというアピール。マグカップにカフェオレを淹れて楽しんでいたけれど、仕方がない。ルクリリはダージリン様の分のお湯も計算して、電気コンロのスイッチを入れた。


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Date:2016/11/19
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