「聖那さまは、麗奈さまのどこがお好きですの?」
「何?その、どこがいいのかちっともわからないと言う表情は」
4月に20歳を超えている聖那さまは、ワインを飲まれてほんのりと頬を赤くしておられる。制服を着替えさせられて、強引にホテルのレストランに連れていかれた。アッサムからは迎えに行くとメールが来ている。ホテルの名前を返信した直後、聖那さまに携帯電話を没収されてしまった。どうせ、アッサムがここに来るのなら、それまでは連絡を取る必要がないでしょう、と。そのあたり、ちゃんとお分かりということは、解放してくださる意思はおありのようだ。
「いえ、まぁ…わからないものは、わかりませんもの」
「………どこかしらね。顔かしら?」
「そうですか」
「あらやだ、納得なの?」
「お綺麗ですもの」
「そう言うダージリンは、アッサムの何が好きなの?」
何が、と言われても。一言では表せない。何もかもが好きかと言われたら、多分、何もかもが好き。
「………顔、ですわね」
「ほら、同類よ」
違います、と言いきれずにグラスの水を飲み干した。初めて会ったときから、ずっと記憶にとどめておいたのはアッサムの顔だ。ずっと、まともに会話をしなかった中学時代から、ダージリンはアッサムに何か、特別なものを感じていた。たぶん、それはひと目で好きだと思ってしまったからだ。
「同類、ですの?」
「同類よ。そう言うものじゃないかしら?」
「………もし、同室が愛菜さまだったら、聖那さまは愛菜さまに恋をされましたの?」
「さぁ?それはわからないわね。好きになったとしても、振られるだろうし」
「そうでしょうね」
「あらやだ、それは納得なのね」
「えぇ、まぁ」
美味しそうに、とは言わないが、聖那さまは機嫌を持ちなおして、取りあえずダージリン相手でもなんとか楽しくお食事をされているのなら、それはそれでいいことだ。夜は1人で食べようと思っていたから、結果的にダージリンも美味しい食事にありつけたということで、自分を納得させることにした。携帯電話を取り上げられてしまっているから、アッサムの声も聞けないし、現状の報告もできない。とはいえ、さほど心配されていると言うこともなさそうだ。きっと、聖那さまと楽しく食事をしているはずだ。あちらはあちらで、ろうそくの火を消している頃だろうか。
「大学、もう推薦は通ったの?」
「えぇ。私は聖那さまと同じ学部に。アッサムは愛菜さまと同じ学部ですわ」
「そう。うちの大学に入って、また一緒に戦車道をするの?」
「そうですわね」
「今年は大学チームで準優勝だったけれど、来年は優勝かもしれないわね」
聖グロを卒業した多くが通う、有名な私立女子大。もちろん、他校からの受験もあるが、成績優秀者に限り、受験もなく推薦で入学が決まる。そのため、歴代の隊長、副隊長職を務めていたものはほとんどが、同じ大学に集うのだ。センチュリオンを多く所有しており、高校とは桁の違うレベルで、常に優勝争いをしている大学。刺激は多いだろう。アッサムと同じ戦車に乗れない可能性もかなり高いが、それも致し方がないことだ。
「また、私たちを可愛がってくださいませ」
「あらやだ、思ってもないことを言うのね」
「そんなことありませんわ。アッサムは可愛いから、聖那さまたちに守っていただかないと」
「自分の恋人くらい、自分で守りなさい。ヘタレて手を出せないようじゃ、そのうち他の人になびいてしまうかもしれないわよ?」
聖那さまが在籍していた頃、アッサムに頬を叩かれて赤くしている姿を何度も見ていらしたのに。ダージリンのせいだと言わんばかりの笑み。潔癖の度が過ぎるアッサムの方に問題があるのは明白なのだ。
「アッサムは私が好きなので、そのあたりは大丈夫ですわ」
「あらそうなの?いつまでも初々しい香りがして、何だか腹が立つわ」
「私のアッサムは、誕生日に他の人との約束を入れるほど愚かじゃありませんもの」
「………忘れていたことを、思い出させたわね」
少し酔いが回っておられる聖那さまは、ダージリンを解放してくれる気配を見せずに、ろうそくに火をつけたケーキを恨めしく携帯電話で撮って、なぜかアッサムに送り付けておられる。
強引に食べさせられたケーキ。ビターチョコの苦みが広がる。麗奈さまがお好きなベルギーチョコをふんだんに使った、特注のケーキだそう。キャンセルするべきだと思っていたけれど、味わうことができて、少しだけ運がいいと思ってしまった。
「聖那さま、おうちに戻られませんの?」
「私は泊まるわ。どうせ、キャンセルしたって料金を払うのは同じだもの」
「そうですか」
「ちゃんと解放してあげるから、もう少しだけ付き合って」
腕を取られて、相当高い部屋に連れていかれた。アッサムはそろそろ、こちらに向かって車を走らせてくれているだろうか。聖那さまのことは好きだし、お一人にさせることも決していいことだとは思わないが、何も、ダージリンが面倒を見なければいけないことでもない。
麗奈さまにバトンを渡すまで、あと少しだ。
「早く、アッサムが来ないかしらって言う顔をしないで」
「アッサムが来れば、麗奈さまも来ますわ。聖那さまにとってもいいことですわ」
「それもそうね。でも、あの人はさほど悪いとは思っていないはずよ」
「思っていれば、ディナーよりも前の時間に登場されますわね」
「そうね。何だかんだ、アッサムとのデートのことを楽しみにしていたと思うわよ」
聖那さまはソファーに腰を下ろしているダージリンの膝に頭を乗せて、酔いを醒ますまで動くなと言って目を閉じられた。アッサムの真っ白な肌に引けを取らない程、聖那さまの肌も白くて、まつ毛が長くて、お綺麗な方だ。今は、お酒のせいで少しピンクに染まっている。こうやって見ると、クルセイダー部隊を率いて暴れていた人とは思えない。黙って立っていればモデルに見えるのにって、愛菜さまがいつもため息とともに呟いておられた。
「アッサムに八つ当たりをしないでくださいね」
「しないわよ。でも、ダージリンもふくれっ面していると思ったのに、残念だったわ」
「ご期待に沿えずに申し訳ございませんでしたわ。でも、結局、この時間までご一緒して差し上げたんですもの、文句を言われたくありませんわ」
「………あらやだ、可愛くないわね」
酔いが回っている勢いなのか、ダージリンの胸を思い切り掴んできて、麗奈より大きいなんて。目を閉じておられて、酔いが辛いのかと思えば、全然そんなこともないご様子。
アッサムだって、胸に触ってきたことはないのに。
「聖那さま、手をどけてくださいませんこと?」
「麗奈が来たら、どけてあげる」
「私の胸は、代行ですの?」
「麗奈の方が柔らかいわね」
「………でしたら、どけてくださいませ」
「減るものじゃないわ」
「私の胸はアッサムのものです」
「触られていないと、顔に描いてあるわ」
「聖那さまは瞼の上に目がありますの?」
「かもしれないわね」
テーブルの上には、ダージリンの携帯電話。着信の履歴が残っているけれど、腕を伸ばすことができない。アッサムが近くまで来ているはずだ。聖那さまはホテルに麗奈さまが来られたら、スペアのキーを渡せとフロントに伝えてある。だから、この場所に絶対来てくださると、ちゃんと信じておられるのだ。
まぁ、アッサムがいるから麗奈さまはこのホテルに来るしか道は残されていないのだけれど。
いつまでも、胸を触る聖那さまの戯れに嫌がるそぶりをせずにいたら、反応がないことでやめていただけると思ったけれど、なかなかそうもいかないのは、やはり酔いが回っておられるせいなのかもしれない。
「お姉さま、ちゃんと聖那さまに謝るんですよ」
「………10回も言わなくてもわかっているわ」
「ダージリンにも」
「保奈美は、そっちがメインじゃないの?」
「当然です。ダージリンの休日を振り回したんですから」
バレエ鑑賞を楽しみ、美味しい食事をして、バースデーケーキも一緒に食べて、むしろ聖那さまに責められるのはアッサムのような気もするけれど、それはお姉さまを盾にしておくしかない。とにかくダージリンを救いだして、早く学生艦に戻った方が良い。その後、お二人がどんな喧嘩をしようとも、それはお二人の問題なのだ。と言うか、お姉さまは喧嘩ができる人ではないから、聖那さまはその憂さ晴らしにダージリンを利用したのだ。これでお相子ということになる。
「ダージリン!聖那さま!」
「開けたらいいわよ」
ホテルの部屋の扉をノックすると、お姉さまがフロントで受け取っていた鍵を差し込んだ。緑のLEDが光って、いかにもスイートルームですと言った扉が開かれる。
「ダージリン、お待たせしました」
「………遅いわ、アッサム」
ソファーに見えた姿は、ダージリンだけだ。肝心の聖那さまのお姿が……。そう思いながら近づくと、その膝に頭を置いてお戯れのご様子だ。手が、胸を掴んでいる。
「………何をされていますの、聖那さま」
「アッサムの反応を楽しみたいそうよ」
ダージリンは、反応するなと言わんばかりに目で制してきた。手を抓って払いどけたい気持ちを殺して、何とかして欲しいとお姉さまを睨み付ける。
「聖那」
「………ん、麗奈の声。やっと来たわね」
「その手、やめてあげなさい」
言われて素直に手を下ろして、ダージリンの膝枕から起き上がった聖那さまは、大きく伸びをして肩を回された。ほんのり顔が赤い。
「アッサム、お久しぶりね」
「そうですわね、聖那さま。ダージリンと一日デートされたみたいで」
「えぇ。楽しかったわ。久しぶりの学生艦だったから。ところで、クルセイダー会の収支報告書、あなた、どこに隠しているの?」
「………さぁ?」
「まぁ、いいわ」
「お姉さまをお返ししますわ。ダージリンと私は学生艦に戻ります」
「まだ、ダメ」
聖那さまは、お役御免になって立ち上がろうとするダージリンの腕を取って、簡単に返さないと言わんばかりに微笑みを投げかけてこられた。
「麗奈」
「……なぁに?」
「悪気はあるの?」
「一応、あるわ」
「あなた、本当にその性格を変える気がないのね」
お姉さま、一応って一言が余計なのに。ムッとされている聖那さまの気持ちもわからないわけではない。でも、お姉さまを好きになってしまった方だって悪いのだ。取りあえず、ダージリンを解放して欲しい。
「聖那さま、お姉さまには私からきつく注意をしておきますから。ダージリンを返してください」
「……じゃぁ、ゲームに勝ったら、2人を学生艦に帰してあげる」
ほんのり酔っていらっしゃる雰囲気の聖那さまは、おもむろに鞄を漁って、お菓子の箱を取り出した。安っぽいと言うか、わりとどこにでも売っているポッキー。
「……それで、何をしたらいいですの?」
満面の笑み。相変わらずお綺麗な聖那さまだけど、嫌な予感しかしない。ダージリンの口に銜えさせて、動くなと命じられたから予感が的中した。
「先に折った方が負けよ」
「ダージリンが勝ったら返してくださいますの?」
「えぇ。私が勝ったら、今日のダージリンは私がもらうわ」
これはただ、お姉さまへの当てつけでいらっしゃるのに。腕を組んで呆れたため息をついている場合ではないのに。お姉さまの疎い感じが本当、情けない。
「ダージリンはダメですわ。私がやります」
「ダメ」
「というか、どちらも折らなかったら大変なことになりますわ」
「大変じゃないわ、キスするだけよ」
「それを大変なことと言っているんです」
お姉さまは腕を組んで、動く気配すらない。1人でイライラしているアッサムがまるで子供のようだ。ダージリンは挑まれた勝負に強制的に参加させられて、ただ、ポッキーを銜えている。投げ捨てればいいのにって言いたくなったけれど、ダージリンは勝負を挑まれたら、受けて立つ性分なのだ。尻尾を巻いて帰るなんて、本気で嫌なのだろう。
……
…………
「あら、アッサム。認めたわね」
「仕方有りませんわ。お姉さまが悪いことをしたんですもの」
「そうよ、すべて麗奈が悪いのよ」
ダージリンは銜えたポッキーを食べ進めることをせず、じっとしたまま。
聖那さまはポキポキとその先を縮めていかれる。
「……お姉さまは、聖那さまがダージリンとキスをしても平気ですの?」
「聖那は、そこまで馬鹿じゃないわよ」
「馬鹿じゃないから、本気でするかもしれませんわよ」
キスしてしまった場合、それはどっちが勝利と言うことになるのだろう。ドローということで、ダージリンを解放してくださるのだろうか。いや、でも、やっぱりキスだけはしないで欲しい。もう負けて、ダージリンを泊めてもいいからそれは勘弁してもらいたい。もし、ダージリンが泊まる羽目になったら、アッサムも駄々をこねて一緒にここに泊まればいいだけのことだ。
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