【緋彩の瞳】 こいのいたみ

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

こいのいたみ

「すみません、先に失礼します」

 準決勝の前夜。戦車道隊員一同が食堂に集まり、栄養学部、家政科の協力の元、ふるまわれた食事。皆、緊張で何も喉を通らない様子の引きつった笑みだった。そんな中、『いつもと変わらない隊長』を演じきったダージリンの傍で、同じようにいつもと変わらない様子だったアッサム。

「わかったわ」

 半分ほど食事を残した副隊長は、丁寧に四つ角を整えてナプキンをたたんだ後、ダージリンの耳元で落ち着いた声で囁くと、椅子を引いて立ち上がった。誰よりも早く食堂を後にする。どこかに何か用事でもあるのだろうか。それが何なのか。あるいは誰かと会うのか。情報処理部も整備科も、一同が集まっているこの時間。黒いリボンの後姿が視界から消えてなくなるのを見守り、持っていたフォークをそっと置いた。





 それでも立ち上がらず、ペコが淹れてくれた紅茶をゆっくり飲み、後輩たちが食堂を後にするのを最後まで見送った。アッサムが先に出て行ってから随分と時間が経つ。隣の部屋をノックしてみたが、何の反応もしない。ガチャガチャとドアノブを鳴らしてみっともないことをせずに、昇ったばかりの階段を下りて、寮の周りを見渡してみた。陽が落ちて、ポツポツとある電灯が照らしているのは、石畳の凹凸だけだ。夏の始まり、ジワリと身体を包む湿気、どうやって海を渡り、腰を落ち着けたのかわからない虫の鳴き声。波の音の聞こえない、大きな学生艦の上。限られた場所の中、アッサムは、学生艦の中にいることだけは確かだ。

「………一体、どこへ行ったのかしら」


 寮生活を送る学生は、まだ、外出可能時間だ。だが、試合前日。偵察をさせないために、学校への出入り口は全て封鎖されて、監視カメラが作動している。それをかいくぐって出て行くなど、彼女はしないだろう。緊張を逃がすために散歩にでも行ってしまったのだろうか。

「まったく、こんなときまで1人で消えるのね」

 黒森峰との対決の前夜に、ダージリンを1人にさせるなんて。文句を言ってやらなければ。石畳を鳴らしながら、革靴の踵のリズムは彷徨うことなく、誘われるように戦車倉庫へと向かっていた。残り香も、髪の1本さえも落ちていないと言うのに、この方向にアッサムがいると信じている、その根拠など何もない。


 根拠があるとするのならば。
 それはただ、ダージリンが彼女を好きだから。


チャーチルの倉庫は扉が少しだけ開かれており、中から光が漏れていた。物音は聞こえてこない。アッサムはここで何をしているのだろうか。他の誰かと、などと考える無駄を排除して、身体が通るだけ扉を開き、黒森峰へと立ち向かう雄大な姿のチャーチルを見上げた。エンジンを入れていない戦車はただの鉄の塊。こんな大きな乗り物を、5人の女の子が動かし、砲撃をして、戦うだなんて。今更ながら不思議な伝統だ。
車長用ハッチが開かれている。いつもとは違い、手を付いてチャーチルによじ登り、覗き込んで見ると、直ぐ視界に入る、車長席に腰を下ろしている黒いリボン。紫かかった瞳が、ダージリンを見上げてきた。


「見つけたわ、アッサム」
「………ダージリン」

 いつもはダージリンが腰を下ろしている席に座っていたアッサムは、慌ててその場から離れようとするものだから。構わないと言おうとしたが、気まずそうに砲手席へとズレたアッサムを追いかけるように、スカートを抑えて狭いチャーチルの中に入った。


「すみません」
「何が?」
「………いえ。隊長の席に腰を下ろすなどして」
「そんなこと、気にしないわ」

 いつも見慣れた、定位置にある後姿。ブロンドの髪を束ねた黒いリボン。細い腕で砲塔を回し、身体をあちこちにぶつけながらも、いつもダージリンの指示に的確に対応し、歴代のチャーチルの砲手の中でも1人、撃破率が抜きんでている。もっと攻撃力の高い戦車に乗っていれば、アッサムは確実にノンナと肩を並べることができるだろう。どれだけ当てても当てても、チャーチルが倒せる相手には限りがある。その中でアッサムは、ここまで聖グロを引っ張って来てくれた。

「いつもの定位置ね。座りたかったのなら、替わりましょうか?」
「いえ、ダージリンがいるのなら、私はここが一番落ち着きますわ」
「そう」

 いつものように髪を指で掬ってみる。温かみも感じなければ、冷たいと感じることはない。それでもこの指先はその髪に触れたがる。昼には仄かな甘い香りがしたが、今はもう消えてしまっていた。


「3度目の黒森峰ね」
「………そうですね。去年と同じ、準決勝での対決です」
「2度、チャーチルはティーガーⅠに砲撃を跳ね返されたわ」
「はい」
「あなたは2度もあのティーガーⅠに接近して、砲撃をしたわね」
 ティーガーⅠに近づくことさえ、多くの学校はむずかしいのだ。ましてやフラッグ車自らが攻撃を仕掛けるなど。
「………撃破出来なければ、当たったところで意味などありません」


 もし、プラウダと同じレベルの重戦車だったのならば、聖グロは2連勝していただろう。いや、黒森峰を常勝校と言わせない程になっていたかも知れない。足りないのは、唯一、火力だけ。アッサムに最優秀砲手賞を取らせてあげられないのは、それはダージリンが悪いのだ。


「では、今年は撃破しましょう」
「………はい」


 腕を伸ばしても、触れることができるのはふわりとした、温度のないその髪だけ。互いに同じ方向で座り続ける限り、視界にはその髪と黒いリボンしか入らない。その肩が落ち込み、自らを責めていたとしても、その表情を見ることなど敵わない。


 そう言い訳をして、負けから視線を逸らしてきた。
 誰よりも、負ける瞬間を感じ、自らを静かに責める表情のすべてから。


「車長席の居心地はどうだったかしら?」
「………息苦しい席でした」
「あら、そうかしら?」
「えぇ。とても」


 制服姿という違和感を取り除けば、馴れた景色。感じる呼吸の音に合わせて、息を吸って、想いをその髪に吹きかけてみた。彼女の呼吸する肩の上下に合わせ、いつも砲撃の合図を取る。この場所は、この席から眺めるアッサムの後ろ姿は、ダージリンだけのもの。夏の戦いを、あと1度だけで終わらせられないのだ。アッサムにティーガーⅠを撃破させなければ、ダージリンの聖グロでの戦車道は終わることができない。


「緊張している?」
「いえ……それほど」
「あら、そうなの?」
「………えぇ。そう言うことにしておいてください」


 風も入らない、空調も効かない狭いチャーチルの中。じわりと胸の周りに感じる汗。指の間を流れて消えていくブロンドの髪。ゆっくりと薄闇の中、振り返ってくるアッサムの作られた笑み。その頬に触れたくても、腕は伸ばせない。


 伸ばせないのか、伸ばさないだけなのか。
 本当は、簡単に触れることができる距離なのに。


「ダージリン」
「なぁに?」
「あの…………いえ。暑いので、そろそろ出ませんか?」

 見上げてくる瞳は左右に揺れ、何かを隠すように喉が小さく鳴った。
飲み込んだ想いは、ダージリンに言えなかった言葉は、どんな思いなのだろうか。


「1人の時間を邪魔してしまったかしら?」
「いえ。私に用事があって探させてしまったのでしょうし」
「あぁ、いいのよ。ただ、アッサムの顔を見たかっただけだから。目的は達したわ」


 言葉にして、それは『とても好き』と同じ意味のようなものだと思い当たり、車内の温度を自分があげてしまったかのような錯覚に陥った。慌てて立ち上がり、先にチャーチルの外へと這い上がって間をあけた。その10秒後にアッサムも外に出てくる。

 とても自然に、2人でチャーチルを見上げた。明日のことを考えても、アッサムが確実に撃破出来るところまで、このチャーチルを連れて行くのがダージリンの使命だ。必ず、ティーガーⅠの傍まで近づいて見せる。


「あの、……ダージリン」
「なぁに?」

 肩が大きく上下する。いつも、トリガーを引くその緊張感を見てきたそれと同じもの。吸われた息を吐く動作の中、言葉は何かが詰まっているのか、ダージリンに何も届きそうにない。

「…………いえ、何も」
「そう?アッサム、よければお茶を飲みながら、もう一度最後に、一緒に地図を眺めたいのだけれど、どうかしら?」
 
 手を差し出せばいいのに。想いながらも、震える指先はかろうじてアッサムのセーターの袖口を掴み、引っ張るようにして車庫から出た。



 何か声を掛けて、あるいはゆっくりと見慣れた風景を眺めながら歩けばいいものを、袖を掴んでしまったせいで、歩くリズムの程よい加減がわからなくなってしまっている。どう考えても、慌てているような気がしてならない靴音に、ぴったりと合わせてきているアッサムが、不意に腕を取った。



「ダージリン。袖が、その、袖が伸びてしまいますから」
「……ごめんなさい」
「あの、嫌でなければ……手を」

 寮のすぐそばにある街灯の下。アッサムの冷たい指がダージリンの手の甲を握りしめてくる。ヒリヒリと痛みさえ覚える、その理由など出会ったころから知っている。想像はしていたけれど、本当に痛いものなのね、と少し笑いそうになった。手のひらを返して、柔らかな感触を確かめようと、包み込むように握りしめてみる。ダージリンの手の中にすっぽりと納まるアッサムの手。ヒリヒリとした痛みは、血管を通って全身を駆け巡る。それでもその痛みが心地いいと感じるのはなぜなのだろうか。ずっと、この手の中にアッサムの温度があればいいのにと口に出しそうになって、喉の奥に押しとどめた。


「アッサム?」
「な、何でしょうか?」
「寮まで、あと30歩ほどで辿り着いてしまうわね」
「そうですね」
「…………このまま玄関の扉を開けず、寮の前を通ってぐるりと練習場を歩くのも、悪くないと思うのだけれど」
「地図はよろしいんですの?」




「………少しは察しなさい、アッサム」




 ……
 …………
 ………………




「わかりました」



 街灯に照らされた瞳は、ダージリンを捉えて離さない。もしかして、私のことを好きなの?なんて言う言葉を口に出してしまいそうで、慌てて繋いだ手を引っ張り、寮の前を過ぎて歩く。



「ダージリン」
「なぁに?」
「………緊張をほぐしたかったのに………ズルいです」


 小刻みに震えているのは、ダージリンの指なのか、それともアッサムの指なのか。



「だったら、ほぐれるまで歩きましょう」
「はい」



 明日が終われば、否、夏の大会が終われば、今度はデートに誘ってみようかしら。そんなことを想像しながら、ぴったりとリズムを合わせて歩くアッサムの手をきつく握りしめた。


 明日がどんな一日になろうとも、すぐ傍にアッサムはいるのだ。
 手を握ることができるほど、温もりは、恋の痛みは、こんなにもすぐ傍に。





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Date:2016/12/18
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