【緋彩の瞳】 ゆらぎ END

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

ゆらぎ END

「シャワーを浴びて、気分を落ち着かせたらどう?」
「そうですわね。と言うか、少し出てきます」
「あら、どこへ?」
 着替えの制服や下着などを揃えて、なにやら鞄に詰め込んでいる。シャワーを浴びずにどこへ行くと言うのだろう。学生艦の中で家出でもするつもりなのかしら。
「スパに行って、すっきりさせますわ」
「あら、いいわね。私も行きたい」
 ジロリ、と睨まれたような気もしないでもないけれど、当たり散らすべき相手がダージリンではないと言うことを一応はわかっているのだろう。それでも、出来る限りわかりやすくため息を見せつけてくる。
「問題児が多すぎますわ」
「本当ね」



 …
 ………
 …………



「………まったくです」
 ほのかに残る紅茶の匂い。その髪を手に取って、唇を寄せる。すぐさま顔を押し返された。
「汚れている髪に触るなんて」
「気にしないわ」
「こっちが気にします。ダージリンも行くのなら、着替えを取りに行ってください」

 アッサムのプリプリしたお怒りは、もう少し続きそう。口調から十分な程に伝わる苛立ち。それでも、その声も嫌だと感じないのは、惚れた弱みだろうか。むしろ、そういう声のトーンも好きだって言ってしまいたくなる。言えば、口をきいてもらえないだろうから、言わないけれど。


 アッサムを助手席に座らせて、機嫌を取りながらスパに向かった。人の少ない時間、丁寧に髪を洗い、身体から紅茶の匂いを消したアッサムと、肩までお湯に浸かる。その頃にはお怒りも頂点から降下していて、気持ちよさそうに伸びをするほどだ。

「少し、怒りは治まった?」
「………えぇ、まぁ」
「そう?じゃぁ、どこかで美味しいものを食べて帰りましょう」
「そうですね」

 たっぷりの時間をかけてスパで怒りを身体から洗い流し、美味しい食事を取ればもう、何かに対してプリプリしていたことも、すっかり忘れてくれるだろう。と言うほど、アッサムの脳みそは単純明快ではないのだけれど、ダージリンが気を遣っているということをよくわかっているから、長引かせたりもしない。そのあたりは自惚れだけど、好かれているからだと想っている。アッサムのことはよくわかっている、……つもり。



「私は、コーヒーがいいのですが」
「………そう、私はいらないわ」
 アッサムの部屋で紅茶を飲みながら、イチャイチャしようと思っても、コーヒーの豆を挽き始めたので、その匂いに想像をかき消されてしまった。今日はもう、紅茶の匂いに飽き飽きしているのだろう。部屋は挽きたての豆の香りに包まれた。

「嫌でした?」
「いいわ。アッサムのお好きになさい。ここはあなたのお部屋よ」
 コーヒーカップに淹れられたコーヒーと、ダージリンのために淹れてくれたアッサムティー。香りはコーヒーの方が強い。それでも、隣にぴったりと身体をくっつけて座り、お互いに飲みたいものを飲んだ。アッサムの部屋にはテレビとオーディオはあるけれど、ダージリンがいるときにそれらが使われたこともないし、おそらく、ほとんどスイッチを入れられることもない。次の日の着替え以上の私物は、お互いの部屋に持ち込まないという、暗黙のルールはあるものの、自分の部屋にいるよりもはるかにこの部屋にいることの方が多いのだ。だから、アッサムがテレビを付ける暇などない。

「ねぇ、アッサム」
「何でしょう?」
「何か、お話しして」
「何をです?」
「私の耳元で何か、話してちょうだい」
「ですから、何をです?」
「何でもいいわ」


 言葉を交わさない時間を過ごすことは、苦ではない。互いに身体の一部をくっつけているものの、それぞれに本を読んだり、資料を読みふけったりして、互いの呼吸の音だけを心の寄る辺にして過ごしていることは多い。その空間は、とてつもなくダージリンを幸せにさせてくれる。


「何でもと言われましても、特に何も思いつきませんが」
「私のことを好きとか、私のこういうところがカッコイイとか、あるでしょう?」
「…………それを、黙って聞いていたいんですか?」
「えぇ」
「変わったご趣味ですわね」

 ぷいっとそっぽ向く頬は、コーヒーの湯気で赤く染まったものであるはずもない。そっと手の甲でさらりとした頬をなぞり、喉の奥に笑いを押し返す。

「あら、良い趣味だと思うわ」
「そうでしょうか?」
「それとも、私のことが嫌いとでも?」
「………本当、私の周りには問題児ばかりですわ」

 やれやれと吐かれたため息は、それはその気になってくれた合図かしら、と思いたいけれど、空のカップを置いて、アッサムはプイッとベッドにダイブしてしまった。

「ベッドの上で聞かせてくれるのかしら?」

 アッサムはよくわかっている。絶対に、ダージリンがめげないことを。

「何でも、と言うのでしたら、絵本でも読みましょうか?」
「あら、それも悪くないわね」


 打開案としては、悪くない。3匹の子豚なんて読まれたら、子豚の代わりに浮かぶメンツを想うと気が休まらないかもしれないが、流石にそれはないだろう。追いかけてベッドに腰を下ろし、アッサムの本棚を見上げてみる。どう考えても絵本なんて1冊もない。戦車道関係の資料や数学の問題集、歴史小説ばかり。
「持っているの、絵本?」
「検索すれば、出てきますよ」
「あぁ、それね」
 アッサムがいつも持ち歩いている電子書籍。サクサクと検索をして、何か読みたいものはあるかと聞かれたので、ピーターラビットがいいとリクエストした。

クッションを背にして、アッサムがくつろぐその足の間に身体を割り込ませて、洗い立ての髪をその胸に押し当ててみる。触れる体温が心地いい。こんな風に誰かに背を預けることはあまりない。無防備をさらせるのは、多分、これからもアッサムしかいないだろう。

「子供ですか、ダージリン」
「そうね」
「機嫌を取る立場が、いつの間にか入れ替わっていません?」
「細かいことは気にしないでちょうだい」


 ページをめくる紙の独特の、あのもどかしさなんていうものがない、あまりにもそっけないものには違いないけれど、そんなことを言えば、この電子書籍の角で頭を叩かれるのは想像に容易い。不満ではないと言っても、機嫌を損ねることくらいはわかっている。


「ねぇ、ほら。読んで」
「では、読みます」


 耳元で少し声のトーンを下げて、ゆっくりと文字を読み始めるアッサム。絵ではなく、その声の心地よさが身体を包み込んでゆく。時々思い出してはページをめくるように右の指先が端末をいじる。


 何も言わず、アッサムの声をじっと身体に染みわたらせる。


 怒っている声も、何事もなく普通に会話している声も、チャーチルの中での険しい声も、そして、こんな風にダージリンのために絵本を読む声も。すべてが心地いいと感じてしまうらしい。


「アッサム」
「はい?」
「あなた、α波を出しているのかしら?」
「……はい?」

 呼吸をするたびに、ダージリンの頭はかすかに動き、喉を通る空気が声になるすべてを感じながら、思わず目を閉じてしまいたくなった。ピーターラビットがどうなるか、なんていうことではなく、ただ、アッサムの声を聞くと言う目的だけしかなかったのだ。もう十分に満たされてしまっている。

「あなたの声は心地がいいのよ」
「………つまり、話の内容なんて興味がない、と」
「だって、何でもいいから話してと言って、困った顔を見せたのはアッサムでしょう?」
「…………うちの学生艦には、困った人しかいませんわね」
「あなたが悪いのよ、アッサム。心地の良い声を出すんだもの」



 肺を満たそうとする音。
 ドクドクと血液を送る心臓の音。
 時々揺れる、髪の流れる音。
 画面をタップする音。
 句読点があるたびに、小さくなる喉の音。
 そして、恋を囁くように読み聞かせる、その声。

 ダージリンの身体を穏やかな眠りに誘うような、アッサムのすべての音。


「怒鳴りましょうか?」
「無意味ね、だってあなたがローズヒップを叱る声ですら、私には心地がいいのよ」
「………本当、うちには問題児ばっかりですね」

 一応は読み終えていたタブレットを放り投げて、アッサムはダージリンの腰に腕を回した。華奢な身体。きっとそろそろ疲れてくるころ。それでもまだ、五感はアッサムを欲している。


「ローズヒップにも、そう思われているんでしょうか?」
「何を?」
「その……何度、怒鳴ってもめげないですし。全然、威力がないと思われているんでしょうか?」
「どうかしらね?あの子の場合は、無視される方がよっぽど堪えるでしょう。アッサムだってわかっているはずよ」
「それはまぁ、そうですが」
 ローズヒップもアッサムに怒られたところで、構ってもらっていると言うことは嬉しいと思っているはずだ。いつかは許してもらえると言う、絶対的な安心感のようなものが見えている。3日間の接近禁止の間、せいぜい寂しがって反省すれば御の字。4日目にはきっと、怒られたことなんて綺麗に忘れて、アッサムにしがみ付いているだろう。



 みんな、アッサムに引き寄せられているのかも知れない。



 声と、温度と、優しさに。



「アッサム、私の名前を呼んで」
「…………」
「アッサム」
「…………」
「アッサム?」

 見上げたら、不満げにとがらせている唇。まるでローズヒップのよう。声なんて、出してあげないという抗議のつもりだとしても、こんなにも身体が触れているのだ。そんなことは大したことではない。


「あら、アッサムは私に名前を呼ばれたい?」
「どうでしょうか?」
「いいわ。あなたにとっても安らぎは私なのね?」
「………問題児にも、程がありますわよ」
「あら、じゃぁ隣で眠るのは嫌かしら?」
「どうでしょうか?」


 まだまだ、眠るには早い時間。身体を回転させてアッサムに抱き付き、そっとクッションをその背から奪う。コーヒーのほのかな香りが残る唇。ダージリンと呼ぶ、甘い囁きを綴る唇。




「今度、ローズヒップが何かしでかしたら、徹底的に声を出さずに無視してみます」
「あの子、死ぬわよ?」
「反省のさせ方を変えなければ、何の成長にもつながりませんわ」
「それは、見るに耐えかねないかもしれないわね」
「………ダージリンが悪さをしたときも、そうしますわ」
「あらやだ、大変だわ」


 生命維持の源を断たれてしまえば、この学生艦は動かなくなってしまう。なんて脅しても、アッサムは知りませんとそっぽ向くだろう。

 そもそも、ダージリンはそこまで悪いことをしていないのに。


「良い子にしていてくださいね」
「当然よ」

 セーターの中に差し入れた右手の甲を抓られて、ダージリンは誤魔化す様にその身体にしがみ付いた。

「ダージリン!」
「………その怒った声、大好きよ」




 言うまでもなく、その後の1時間は口をきいてもらえなかった。




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Date:2016/12/18
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