【緋彩の瞳】 恋文 ④

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

恋文 ④

「ダージリン?」
「あら、おはよう。……忘れ物?」
「いえ、その、どうしたんですか、その段ボール箱」

 あまりの寒さに肩を震わせて、忘れたことを思い出してマフラーを取りに寮へと戻る。階段を昇りきったところで、大きな段ボールを抱えて部屋から出てきたダージリンと対面した。卒業試合も終わり、3年生は戦車道の授業はほとんどない。今日は、ゆったりと通常授業を受けた後、明日のクリスマスパーティの準備に取り掛かる。みんながウキウキと足を数ミリ浮かせたような、そんな日がやってくる。


「ちょっとね、ゴミを捨てようと思って」
「ゴミ、ですか?何かため込んでいたんですか?」

 定期的にハウスクリーニングが来て、確か、いつも綺麗な部屋だったはず。資料を届けるなどで数回しか訪れたことはないが、壁を挟んだ隣同士。いつも想いを廻らせては、自分の部屋の壁紙を眺めているのだ。


「まぁね」
「お持ちしますよ」
「いいわ」
「足元が見えないと、階段で転げ落ちます。クリスマス前に怪我をされたら、周りが迷惑ですし」
「あら、私の身体を心配しているのか、どっちなの?」
「両方です」 
 蓋をテープで閉められていない段ボールの中に、一体どんなものが入っているのか。わざわざ自らの手で捨てなければならないものって何だろうか。例えば、ファンレターとかあるいはラブレターとか。つい今月頭に、アッサムもかなりの数の手紙をもらった。誕生日カードや後輩たちからの手紙、違う学部の、顔を知らない生徒たちから。捨てるに捨てられず、いまだに大きい箱の中に束ねたまま。だから、きっとダージリンも考えたうえで、そう言うものを捨てる行為に出たのかも知れない。せめて、自分の手で。勝手な想像だけど。

「いいわ、アッサム。ちょっと薪をするだけだから」
「暖炉で燃やすおつもりですか?」
「あら、そうね。それがいいかもしれないわね」

 とてもよく燃えるわ。


 そんなことを言いながら、階段を下りようとするから。
 慌ててその肩を引っ張って止めた。


「………何なの、アッサム」
「ですから、危ないと申しています」
「自分のことを自分で始末しているだけなのだけれど」
「せめて鞄くらいは、預けてください」


 強引にダージリンの脇に挟まれた学生鞄を引っ張ると、ダージリンが嫌がるように身体をよじって抵抗を示す。
「ダージリン、危ないですって」
「何度も同じことを言わせるの?」
「ですから、鞄だけ」
「大丈夫よ、重くないのだから……あっ」


 引っ張り合いをしていると、階段を踏み外しそうになったダージリン。アッサムは腰をぐっと掴み、抱き寄せるようにしてバランスを保とうとした。その反動に逆らって、両手から段ボールが落ちた。


「あっ」


 階段を転げ落ちて、開かれて勢いよく舞うのは、真っ白い封筒。


「ごめんなさい、ダージリン」


 すぐさま、落ちてゆく段ボールと中身を拾おうとした。



「触らないで!!後ろを向きなさい!!」


 だけど、それができなかった。





 今まで、聞いたことなど一度もない、強い命令口調。神様でさえ逆らうことが許されない、それは悲鳴に近いもの。

 アッサムが知ってはならない、何か。
 絶対に触れられたくもない、何かが入っていたに違いない。

「………はい」
「終わるまで、あなたはそこにいて」
「……お手伝いは」
「不要よ」

 絨毯敷きの階段、鈍い音を立てて降りて行く。アッサムは回れ右をして、俯いた。じっと、真っ白な封筒を拾う音に耳を澄ませて、それは一体、どこの誰から貰ったものなのか、尋ねたい心を喉の奥で押さえつけることに必死だった。
 一瞬だったけれど、それらがすべて同じデザインだったことは、ハッキリと見て取れた。切手はなかった。差出人の名前までは見えなかった。だけど、10や20では済まない。かなりの量だ。

 ずっと、同じ封筒を使い続けている。毎日、毎週、それが何年も続いていると言うことだろうか。

 ダージリンは、その返事を毎日しているのだろうか。


 そう言えば、思い出したことがある。いつだったか、横浜に2人だけで行こうと誘われた日のこと。朝から整備科と定期点検をしていたけれど、デートという単語に浮かれて陸に降りた。運転しながら、会話に困っては1年生たちのことばかりを話していたはず。
 途中、デパートの中にある文房具店に立ち寄ったダージリンは、万年筆やインク、そして、真っ白な封筒と便せんを買っていた。試合相手やOGのお姉さま方に手紙を書いていると、そんなことを言っていたはずだ。あの時と同じ封筒だっただろうか。振り返って、確かめることができない。



 もらう相手と同じものを、買いそろえているとしたら。
 切手がないと言うことは、差出人は学校の中にいる。


 考えたくなどない。
 だってそれは、ダージリンの自由なのだ。
 彼女が誰かに想われ、そしてその人を想っていることがあったとしても。
 それは応援すべきことであり、喜ばしいこと。

 アッサムが勝手に涙を流しながら、うずくまることではないのに。


「………アッサム?」
「は、はい」
「もういいわ。……どうしたの?」


 階段の一番上で、背を向けてうずくまる。その後ろ髪に掛かる声。アッサムは立ち上がり、頬を手のひらで擦った。

「いえ。すみません、ご迷惑をおかけして」
「いいわ。私はゴミを捨ててくるから、先に教室へ行ってて」
「…………はい」


 このまま、まっすぐ行けば自分の部屋。マフラーを取りに戻ろうとしていた部屋。ずっと、隣の部屋の彼女を想いながら、時々、気を紛らわすようにパソコンで想いを綴っては、保存せずに消し続けた日々。

 想い人がいるなどと、想像したことなどなかった。それは、心が拒否していた事だった。

 頬に触れたら、勝手に溢れる涙がべっとり手のひらを湿らせる。
 拭いながら、マフラーを取ってみたけれど、寒さなど感じていなかった。

 それでも、何もなかったようにしなければならないのなら。


 もっともっと、出会ってすぐにでも好きだと告げて、鼻で笑われ振られていればよかったのだ。

 勝手に傷ついて、勝手に泣いて。この身体は何がしたいのだろうか。アッサムは、アッサムをどうすればいいのだろうか。
 ただ、傍にいたい。そのために、告げないと決めた過去を悔やんだとしても、何になると言うのだろうか。

 頬をゴシゴシと擦った。何度も目じりを擦りながら、掴んだマフラーと鞄を手に、もう一度部屋を出る。教室に辿り着くまでの5分の間に、作り笑顔を取り戻さなければならない。


「あ……」

 階段を2歩降りてすぐ、1枚の真っ白い封筒が落ちている。拾いきれないで残った1枚なのだろう。枚数を把握されていなかったかもしれない。





『大好きなあなたへ』


 宛先の名前はなく、糊付けが剥がれかけている。差出人の名前は嵩森穂菜美となっていた。校内の誰かに、“ダージリン”としてではない、1人の少女として出そうとして、出せずにいたものだろうか。

 もしかして、あの沢山の手紙たちは、出されなかったものだというのだろうか。冷えた頬に指先で触れてみた。表面は冷たいけれど、熱い何かが心臓を急かす。



 濡れた指先で触れた部分に滲みが広がった。


 燃やしてしまうものなのだ。
 燃やしてしまうものなのだから。



 これで、恋を諦めようと。終わりにするためには仕方がないことだからと、言い訳を心の中で一杯並べて、剥がれかけている封筒を、濡れた指先でひっかいてみる。


 ダージリンの、嵩森穂菜美の心を殺めるような傷を付けて行く気分だ。


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Date:2016/12/18
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