【緋彩の瞳】 恋より深く ①

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

恋より深く ①

「おはよう、アッサム」
「おはようございます、ダージリン」

 部屋を出て、隣の扉をノックしに行こうとする、その10歩の空間。見計らったようにダージリンが出てきた。いつもは、キチンと服を着替え終わっている様子でも、アッサムがノックするのを待っている人だ。いつもと同じ時間に出てきたつもりだけれど、数分、時計が遅れているのだろうか。


「どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません」


 右隣を歩き始めたその歩幅。同じリズムで、同じ呼吸。毎朝、この絨毯敷きの廊下を鈍い靴音と共に2人だけで行進する。このわずか1分ほどが好きだ。心地がいいと感じるそれは、アッサムがダージリンに合わせに行っているからであり、それでもそれをわかっていて、決して音を乱そうとしないダージリンの許しがあるからでもある。

「昨日、寒かったですね」
「えぇ。もっと早くに船を南に移動させておくべきだったわ」
「そうですね」

 日本列島を包む寒気は、陸地とは無関係の船の上でも当然、冷たく痛い風をまき散らした。海の上なのだから、その寒さはもしかしたら、陸よりも厳しかっただろう。寒波到来のため、多くの学生艦は南を目指した。そのため、緊急時の停泊場所がどこもかしこも埋まってしまい、聖グロの学生艦は、結局、大寒波を極寒の場所で過ごす羽目になったのだ。幸い、日曜日だったため、生徒たちの外出もほとんどなく、ダージリンとアッサムは、風で少し揺れる学生艦の船舶科と船長と、ずっと進路会議を行っていた。外の空気があまりにも冷たすぎて、暖房も効力が薄く、何をしても皆、寒い、寒い、としか言わない日だった。

「……寒い」
「大丈夫、アッサム?」
「はい」

 学生寮から食堂へ行く徒歩2分ちょっとの距離。手袋とマフラー、ダウンコートを着ているけれど、それでもまだ、寒波の影響の中に学生艦はある。生活に支障の出ないスピードでしか進めない船なのだ。暖かい場所まではまだ時間がかかるだろう。

 乱れないリズム。
 乱さないようにしているリズム。
 アッサムはダージリンに縋るように腕を寄せた。


「おはようございます、ダージリン様、アッサム様」

 寒さに凍えながら、多くの生徒に白い吐息と共に名前を呼ばれ、そのたびに小さく笑顔を返す。立ち止まらずに流れる、おだやかな風景。

 ふと、何か小さな違和感を覚えた。

 いつもと違うのは、生徒の皆が白い息を吐いているせいだろうか。

 いえ、違和感は風景ではない。

 何かが、少し引っかかる。



「今日は、温かいスープだといいわね」
「そうですね」

 カモミールをリクエストしたダージリンの前に置かれたのは、サラダにスクランブルエッグにクルミの入ったパン。そしてスープ。冷えた手を温めるように、両の手を押し当てられたスープの器。

 また、違和感を覚えた。

「いただきましょうか」
「はい」

 
 スープを味わいながら、思い当たるものを少しだけ整理してみたけれど、些細なことと言えば些細なことだ。そのことが問題なのかと自分に問いかけてみたが、否。気のせいとは思わないが、そのことについて聞いてみたとしても、おそらくは不思議そうな顔をされるだろう。


「もう、毎週月曜日の、スクランブルエッグとベーコンには飽きたわ」
「そう言う生徒が多いので、ベーコンを厚切りにしたばかりですよ」
 海軍の風習でも何でもないが、月曜日の朝食だけ、特別行事の時以外はスクランブルエッグとベーコンが出ることになっている。生徒の中には、それを楽しみにしている人もいるし、月曜日に食堂の朝食を避ける生徒もいる。薄くカリカリのベーコンから、分厚くなったのは秋の初め。家政科たちが試験的に振舞ったものが好評で、しっかりとした歯ごたえのある厚みになった。アッサムは朝から重たくなると思ったが、ダージリンは、月曜日は戦車訓練が朝からあるのだから、と、律儀に食べていたと記憶している。

「厚みじゃなくて、内容変更を提案すればよかったわね」
「家政科に口を挟むと、試食地獄です」
「あぁ……そうね」

 隊長が食堂のメニューに口を出そうものなら、家政科の生徒たちが、毎日ダージリンとアッサムを追いかけまわし、試食、試食、試食と口にいろんなものが放り込まれる。何度も痛い目に遭い、2人で学んだのだ。自分たちからは何も言うまい、と。

「スープが美味しいわ」
「そうですね」

 ダージリンはゆっくりとスープを飲み干し、切り分けたベーコンを一口食べて、ちぎったパンを口にした。文句を言いながらも、出されたものはきちんと食べる。食が細く、規定よりも少なく盛りつけてもらっているアッサムとは違う。

「…………ダージリン?」
「なぁに?」
「まさか、薄いベーコンに戻そうなんて考えています?」
「さぁ、どうかしら?」
 小さく口角をあげてみせる、その仕草は意地悪っぽく冗談を含んでいる。アッサムは同じように口角をあげてみせた。彼女の瞳は、アッサムをまともに捉えているようではない。


訓練が始まると、ダージリンはいつも通り、的確に、落ち着いて、乱れのない指示を出しながら、隊列を双眼鏡で確かめていた。背中に感じる気配。いつも通り、と思い込ませてみる。

「マチルダⅡ、4号車。遅れているわ」
『申し訳ございません!』
「そんなに膨らんで曲がるのはダメよ。周りを見てごらんなさい」
『はい!』

 砂利を踏む履帯の音の狭間に感じる呼吸。背中で毎日感じている、ダージリンの声。
 いつもと変わらない……と思ってあげなければいけない。


「マチルダⅡ、蛇行したのは何号車かしら?」
『申し訳ございません!』
『申し訳ございません!』
「謝らなくてもいいわ。他の車両の足を止める方が問題なのよ」


 アッサムは砲塔をゆっくりと回し、射的看板に向けて砲の角度を合わせた。

「ダージリン、砲撃します」
「どうぞ」

 いつもは、ダージリンからの指示を受けて砲塔を回す。一向に来なかったので、待ちきれなかった。今日はずっと、彼女は座って紅茶を飲みはしないだろう。何となくそう感じるのは、なぜだろう。
冷たい空気が遠慮なく頭上から吹き、その痛いほどの風にさらされている。彼女の結った髪に触れたら、どれ程冷たいだろうか。ちらり、と振り返った。砲撃音と共に揺れる車体に合わせて動く背中。

「…………ダージリン、寒くないですか?」
「平気よ」

 わずかに視線がアッサムを捉え、小さく上がる口角。
 アッサムは同じようになど、しなかった。

 正午。ランチのために食堂に向かい、各々が好きなメニューを選ぶ。ダージリンはスープとサラダを選び、それだけをテーブルに並べた。アッサムも同じものだけを選び、隣に並んだ。
「やっぱり、まだ寒いですね」
「そうね」
「先ほど、ずっと顔を外に出していましたけど?」
「顔面が凍ったわ。スープで温まりたいものね」
「えぇ。そうですね」

 スープの器で両手を温めながら、そっとため息を吐く。
 その刹那に漏らす違和感。
 アッサムは確認をした後、同じ仕草をして見せた。

「アッサム様、ダージリン様。ごきげんよう」
「あら、ごきげんよう」
 スープを口に運ぶ間、ファンの子たちが声を掛けてきたり、遠巻きに眺めてきたり。ここでしか会えないというチャンスを逃すまいと、普段は交流のない他学部たちの子が、わざわざ幹部席の近くを通って移動したがるのだ。背筋を伸ばしたまま、不快な顔など1ミリも見せずに、口角をあげて応える。その仕草をアッサムも真似た。

「ダージリン様、アッサム様、ごきげんよう」
「グリーン。ごきげんよう」
「よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
 アッサムの隣に腰を下ろしたグリーンの手元には、ローストビーフサンドとコーヒー。カリカリに焼いているトーストがおいしそうだ。
「お2人とも、控えめなランチですね」
「厚切りベーコンに胃もたれなのよ」
 ダージリンは朝、細かく切りながらも何でもないと言った様子で食べたベーコンに、責任を押し付けるように言った。アッサムは元から、普通の半分のサイズだったけれど、取りあえずグリーンに笑ってみせるだけ。
「あぁ。生徒の大多数には今のところ好評なんですよ」
「そのようね。若いっていいわね」
 自分だけ年齢が違うわけでもないのに。グリーンと顔を合わせて、相変わらずの人だからと肩をすくめた。


 アッサムが同じ内容のランチを取る。ダージリンはきっと、それがどういうことなのかと言うことをわかっているはずだ。

 わかっているけれど、お互いに言わない。


 本当のところ、そう言う関係を望んでいるのかなんてわからない。


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Date:2017/02/14
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