【緋彩の瞳】 恋より深く END

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

恋より深く END

放課後、船舶科との打ち合わせがあり、ダージリンは姿を消した。アッサムは留守を預かり、隊長室で指導計画や日報などに目を通し、整備科との予算の打ち合わせなど、互いに抱えている仕事をこなした。窓の外が真っ暗になるころ、左手に資料を抱えて戻ってきたダージリンの顔は作り笑顔。

「お帰りなさい」
「ただいま。そちらはもう終わったの?」
「はい」
「そう。もう遅いわね。夕食はどうするの?どこかに食べに行きましょうか?」

 その顔色で、ですか。言いたくなるけれど、これはもう、挑戦状なのだ。騙し合いと呼ぶものでもなくて、馬鹿と馬鹿がお互いの感情を揺さぶり合っている。そして、最初からアッサムは負けが決まっている。攻めて、一矢報いたい。その矢は針程の細さだけど。

 
「………中華料理とかいいですね」
「そう。いいわね」
「嘘です。中華粥のお店がいいです」
「あら、北京ダックを食べたいわけじゃないの?」
「寒いので、温かいものが欲しくて」
「そう?いいわ、あなたが行きたいところに行って」


 夕食なんて取らなくてもいいのでしょう?なんて聞いて差し上げたりしない。ノートパソコンを閉じたアッサムは、空のティカップを急いで洗い、ダージリンと肩を並べて隊長室から出た。歩幅をわざとずらそうなんて思うまでもなく、彼女が先に“わざと”乱してきたから、アッサムは腹立たしさを押し殺して、ダージリンには合わせるなんてして差し上げなかった。バラバラと不穏な音。靴音の乱れ。それは心が重ならないことを意味していて、息さえどのタイミングですればいいのか、わからなくなりそうだった。


じゃぁね、アッサム。また明日」
「…………おやすみなさい、ダージリン」
「おやすみなさい」


 意地を張り合ったと言うよりは、あくまでもいつもと変わらないと言う姿勢を崩そうとしなかったダージリンに、結局、アッサムは何も言えなかった。アッサムと同じメニューを頼み、アッサムと同じスピードで食べきる、その顔はいつもと変わらないし、話す内容もいつもと同じ。本当に、重たい中華料理に行けば、どうなっていただろう。


 今日1日、心配して声を掛ける。そのことをわざとしなかったのは、心配させまいと何事もない風を装う、そのダージリンの、ダージリンという隊長としてのプライドを守りたかったからだ。その姿を、その立ち振る舞いを見守ることしかできないのは、弱さでしかないのだろう。脆さを見せて欲しいと願う反面、それでも、ダージリンはそんなことをしないだろうと言う期待もある。それは期待なのか、絶望なのか。

 誰かから心配されることなど、隊長として、学生艦の責任者として、不適切であると。
 ダージリンはそう思っておられるのだろう。

孤高の静寂の中、ダージリンはいつも、ダージリンであると言うことと向き合い、常に戦っている。そのことを知っているのは、アッサムだけだ。


 アッサムは、その姿さえ好きだと思っている。
 知っていて、止められない愚かさを隠せず、簡単に負けてしまう。

 ただ、一言。

 心配をしていると言う言葉を、差し出すこともできなかった。

 受け取ってもらえない怖さに、結局は勝てないまま。





 隣のドアが閉じられる音を壁越しに聞いた後、暖房を付けてベッドにうずくまった。胃もたれを起こす程の、重たいものを一切食べなかった身体は、苛立ちと情けなさのせいで、立ち上がる気力を奪ってしまっている。

 ただ、どうしようもなく泣きたくなる。理由などない。

 いえ、理由など一つしかない。


 どれほど想っても、ダージリンはただ、ダージリンなのだ。

 アッサムには、彼女の弱さを抱きしめる強さがないと、そう思われているのだろうか。
 それとも、見せない優しさの度が超えているだけなのだろうか。


 心配をさせてもらえない、この寂しさは。
 孤高の静寂を抱く彼女には、邪魔なのだろう。


ここまで具合が悪くなるのは、どれくらい久しぶりなのだろう。昨日の朝から何かがおかしいと言う自覚はあったが、寒波の中、打ち合わせなどであちこちに出回ったのが決定打となったのだろう。
朝、胃の不快感と頭痛で、目覚まし時計よりも随分と早く目を覚ました。あまり薬を必要とした生活を送って来なかったせいで、部屋に常備薬もなかった。制服を着替え、鏡を見てみる。たぶん、いつもとは変わらない。そう思えた。


 問題は、アッサムを騙しきれるかどうか。


 そう考えていたところだというのに、朝の挨拶を交わした直後から、何かを不審に思われていたのだ。顔色や態度など何も変えてなどいない。そう思いかえしてみて、そう言えば、自分から扉を開けてしまったのだと思い当たった。アッサムに気づかれまいとした余計な行動。それでも歩幅を合わせ、寒さに紛れて腕が振れる傍に近寄る彼女の髪を、ほんの少しだけ撫でた。いつもと同じだった。

 朝食の後、気分の悪さと頭の痛みを堪えながら、訓練の最中は、アッサムから逃げるようにずっと、砲塔から顔を出していた。冷たい風は容赦なく頬を打ち、固めている三つ編みの隙間を縫うように、芯まで冷やそうと襲い掛かってくる。それでも、ゆっくりとお茶など飲めなかったのは、そこに気を回す余裕がなかったからだ。アッサムに何を想われるのか。考えたくもなかった。あからさまな視線を感じながら、気づいていると言いたげな瞳に、決して認めたりしないという視線を送るように、笑って見せた。

 アッサムは、笑いもしなかった。

 きっと、怒らせたのだろう。

 ランチもわざと、ダージリンと同じものだけを食べ、午後の授業ではずっと、いつもと変わらない様子のままだった。放課後は、スケジュール通りに互いの仕事をこなし、胃の痛みと身体のだるさを背負ったまま、おそらくこのままで行くと、気を失うのではないだろうかと、少し不安にさえなった。それでも、アッサム以外には不審がられることがなかったのだから、何とか乗り越えたのだと、ホッとした。


 アッサムは、普段と変わらずにダージリンと接すると言うことを、やり切ろうとしているようだった。時々見え隠れする、本当に心配していると言った瞳が、ダージリンを更に弱くさせるような気がして、ダージリンはだから、アッサムが必死に、いつもと変わらないでいようとする、その気持ちに応えるべきだと思った。


 今にも吐きそうな身体。
 うずくまり、動きたくないと言いたくなる。
 
 一度乱れた歩みは、わざとお互いに外したままだった。


 息苦しそうな瞳で、おやすみと告げて、部屋に入ると、そのままバスルームに直行して、食べたものをすべて吐き出した。


しばらくそのまま動けず、冷たい空気に包まれていた。意を決して起き上がり、口をゆすいで、顔を洗う。寒いのか暑いのかわからなくなって、とにかく制服を脱ぎ、這うようにベッドに向かい、何とか布団の中に身体を埋めた。

 一晩眠ればまた、明日の朝、いつもと変わらない笑みを彼女に見せてあげることは出来るだろうか。


 アッサムは、愚かだと想っているだろう。

 愚かだと嘆き、もしかしたら、泣いているかもしれない。


 心配されたいとは思わないのに、結果的には心配させてしまっている時点で、ダージリンが悪いのだ。それでも、弱さなど見られたくはないのだ。その弱さはあっという間に、多くの目にさらされてしまうだろう。

 そんなものなど欲していないと、アッサムはわかっている。

 『アッサムなら私のことをわかっている』
 それがもう、弱さなのだ。

「ダージリン」


 布団にうずくまっていると、薄闇の中から声が聞こえた。気を失っていただろうか。もう、あっという間に朝になったと言うのだろうか。


「…………鍵、開けていたかしら」
「はい」

 瞼の奥が赤く感じ、電気がつけられたのだと知ると、致し方なく顔を蒲団から出した。アッサムの顔がすぐ傍にある。

 赤く腫れた瞳。反射的にその頬に触れ、冷たい雫を爪先で掬った。

「何か御用?」
「はい。お薬、持ってきました。きっと、お持ちではないでしょうから」


 見つめ合う瞳からじわりと滲む涙の粒は、ダージリンが犯した過ち。


「………………ありがとう」


 ごめんなさいと、声に出してしまえばどれだけ楽になれるだろうか。

 弱さを認め、縋るように甘えたくなる想いを。
 さらけ出して、荷を下ろしたくなる衝動を。


 そしてそれが怖いと言うことを。


 アッサムはどこまで知っているのだろうか。

 すべて、知られているのだ。

 本当は、とても脆いということを。

 

「…………弱いダージリンなんて…………嫌いです」
「そうね。私も、そんな私は嫌いだわ」
「弱さを見せないのなら…………最初から最後まで、演じきってください」
「そうね」


 頬に伝う、ダージリンが犯した罪。背負わなければならない罪。アッサムの痛みや苛立ちは、心臓に杭を打ち込むように伝わってくる。

 それでも、優しい声を掛けたりしないと言う意地を見せてくるのだから。

 その想いに救われて、縋りそうになる無様を何とか隠すことができるのだ。


「お薬を飲んで、しっかり休んでください」
「えぇ」

 とても自然に近づいてくる唇は、右の頬に押し当てられた。
 引き寄せたくなる両手はかろうじて、その制服を掴むだけでとどめた。

 このまま傍にいて。
 ずっと抱きしめて、一晩傍にいて。

 そんな弱さをさらけ出したくなる衝動は、数秒ですり抜けて行く。

「おやすみなさい」
「……えぇ、おやすみなさい。ありがとう、アッサム」


 拭うことが無意味な程、ハラハラと涙を流す。罪に濡れたシーツに残るアッサムの香り。好きだと零していくのなら、アッサムだって同じ罪なのに。

「好きよ、アッサム」

 アッサムが好きで。
 
「はい、私もです」

 好きでいてくれる。

「そうね」


 ベッドから離れて、扉へと向かう背中。
 遠ざかる足音が、傍にいてと希う気持ちを消していく。


「私、ダージリンのこと……………やっぱりちょっと、嫌いです」
 

 部屋の明かりを消すパチンと言う音と共に、アッサムは言いきって、音を立てて扉を閉めた。


 暖房の音が少しの間忘れていた頭痛を思い出させる。


「………奇遇ね、私もよ」


 彼女にすべてを捧げる強さのない、ダージリンなど。
 アッサムを苦しめるだけでしかないと言うのに。

 濡れたシーツを這う指先。
 温もりは、あと少しで消えてしまうだろう。




 濡れた罪に、唇を押し当てた。



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Date:2017/02/14
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