【緋彩の瞳】 肩を組んで笑お ④

緋彩の瞳

ダージリン×アッサム〔ガルパン〕

肩を組んで笑お ④

「ペコ」
「………ルクリリ」
「ごめん」
「私が……最初に手を出したんです」
「手を出させたのは私だから。そんなことは気にするな。ダージリン様が、あとは引き受けてくださるそうだ。シナモン様と一緒に、先に船に戻ろう」

 店内は静まり返っていて、面白半分で店を出ずに見ていた他のお客様が様子を伺っている。聖グロの青い制服の生徒たちは、黙ってお店を出た。お店の外では、騒ぎを聞きつけたのか、1年生の戦車道や整備科の生徒たちが心配そうな眉を並べている。キャンディ様もグリーン様も駆けつけてくださった様子。


「直ちに学生艦に戻りなさい。聖グロの生徒は実家に戻った生徒も含めて、全員に帰艦命令が出されました。明日も外出は禁止です」

 いつも柔らかく微笑んでくださるシナモン様は、険しい顔。ご自分が着ておられるセーターを脱ぐと、ルクリリに押し当てた。
「コーヒーのシミを付けて、みすぼらしいわ。聖グロの生徒でしょう?次期隊長がそんな姿で人前に出るんじゃありません」
「………ありがとうございます」
 受け取ったルクリリは、セーターを脱いでコーヒーの匂いのする湿った髪を軽く握った。白いシャツも、薄く汚れていた。

「帰ろう、ペコ。私たちはまだ、聖グロの生徒だ」
「はい」
「帰って、部屋の整理でもするか」
「そうですね」

 いつでも出て行けるように、身軽にしてしまわないといけない。沢山ある戦車道の本も、手あたり次第集めた資料の山も、仲間と一緒に撮ってコルクボードに張り付けている写真も、全部、段ボールに放り込まないと。

 退学かも知れない。それは何かあれば毎回思ったものだ。そのたびにローズヒップだけがアッサム様に頬を叩かれるだけで済んだり、始末書だけで済んだり、清掃活動や、戦車道訓練施設10周ランニング、そういう罰を受けて、それで免れてきた。だけど、人に暴力を振るったことでの罰は一度もない。聖グロに来てから、殴りたくなるほど悔しいと思うことなんてなかった。みんな、穏やかで優しくて、仲間想い。お嬢様と呼べる人間じゃないことはちゃんと自覚していたけれど、それでもこの聖グロと言う世界では、そうでありたいと願い、過ごしてきた。

 思うようには、行かないものなのだ。
 ルクリリがこのティーネームに似合う人物でいようと思っても、どうにもこうにも、おとなしくしていられない。

 部屋で待機を命じられている間、3人で徹底的に部屋を掃除して、ついでに寮の廊下や窓の拭き掃除もして、退学処分にされるくらいなら、自主退学の方がダージリン様に迷惑もかけないだろうと、机に向かって退学願を書いた。ペコとローズヒップには、その罰を受けさせたくはないけれど、2人は何があってもルクリリと同じ罰を受けると言い張って、折れようとしない。聖グロの校章の入った封筒にそれぞれが書いた退学願。流石に、ダージリン様であろうとも、他校との揉め事を起こした生徒を傍に置いてなどくださらないだろう。何とか、2人だけは見逃してもらいたい。床に頭をこすりつけてでもお願いをしなければ。

 殴られた他校の1年生がダージリンのファンだと言うことは、すぐにわかった。殴られた頬を気にしながらも、嬉しそうな瞳は隠せていない様子。
 ペコがいきなり水を掛け、そのことについて謝ってほしいと言ったら、今度はルクリリが殴ってきた、とまくし立ててくる。2人がそう言う暴力的なことをした理由を問うと、ルクリリが大学選抜チームの試合の時に、品のない言葉を吐いたことを注意しただけ、だと。ダージリンの傍にいるのだから、もっと上品にふるまうべきだと、小学生の頃からの友達として、言って“あげた”らしい。そのことで、ペコが腹を立てて水を掛けるというのも不思議なことだ。やはり、ペコたちから説明を受けなければ、本当のことがわからない。隠したいことがありそうな他校の生徒たちの様子を見ている限りでは、水を掛けられるようなことをしたからだと言うのはありありと読み取れる。

「ルクリリに苦言を?彼女はわが校の戦車道の生徒ですので、責任は私にあります。あなたがルクリリの態度について苦言を呈する必要はございませんわ」
「いえ、あの、私は小学生時代からずっと彼女とは友達で。友達として、言動の注意をしたまでです」
「そうですか。あの子にはOG会からもクレームが来ましたし、こちらではもう、その件での指導は済ませてありますの。ですので、他校の方から何かを言われる筋合いはございません。何か文句があるようでしたら、すべて広報担当におっしゃってください」
 広報担当って誰のことかしら。アッサムは隣で話を聞きながら、きっとグリーンだろう、と心の中で決めておいた。殴られて痛そうな頬の色は、ダージリンと話ができて嬉しそうな、それでいて、ルクリリたちを庇うことが気に食わないような、悔しさの色のようにも見える。

「ダージリン様は、暴言や暴力を振るうような人を庇うおつもりですか?」
「えぇ、もちろん。後輩の失態を庇えないようでは、戦車道の隊長を務めることができませんわ」
「ノーブルシスターズの人は水を掛けてきたんですよ?」
「指導が行き届いておりませんでしたわ。どれほど腹が立つことを言われても、我慢をするようにと、後でいい聞かせておきます」
 ダージリンは謝罪しながらも、ルクリリ達のことを最後まで庇う姿勢を変えようとしない。冗談じゃなく、人を殺したとしても、ダージリンがルクリリたちを学校から追い出すことはしないだろう。アッサムが好きな人は、後輩を愛し、守り抜く人だから。
「聖グロの戦車道に、あんな人たちはふさわしくありません!」
「それもすべて、私たちの指導が行き届いていない結果ですので、重ねてお詫び申し上げます」
 ちくりと嫌味を言いながらも、それでもダージリンは頭を下げる。流石に暴力に打って出た以上、偉そうにふんぞり返ることもしたくないのだろう。アッサムも何度も頭を下げて、最後は目を赤くして悔しそうに逃げ去って行った“自称ルクリリの友達”の後姿を見送った。

「帰ったら、各責任者を適当に見繕って隊長室に呼んで頂戴。1年生はいいわ。大体の事情はわかったから」
「わかりました」
「まったく……あの子たちは。アッサムの指導の賜物ね」

 全員の帰艦が終了したと、グリーンから報告メールが届き、アッサムはタクシーを捕まえて聖グロ学生艦へと告げた。食事会を楽しみにしていた両親には申し訳ないが、全員帰艦は仕方がないことだ。聖グロの生徒が横浜で問題を起こしてしまったのだから、すぐ、あちこちにその噂が広がるだろう。間もなくOG会にも伝わり、いろんな人からの電話攻撃が始まる。反省の態度をわかりやすく見せるためには、生徒の外出を禁止して、浮かれて遊んでいる姿を見せないことだ。

「ダージリン、電話が鳴っていますわ」
「………こっちの暴力の方がよっぽど酷いわ」
 ダージリンが中学時代から使っている、使い慣れた携帯電話の小さな着信画面には、オレンジペコ様と書かれている。名前の変更の仕方がわからないから、ずっとそのまま。
「アッサム、あなたが出て」
「ダージリンにかかってきています」
「私は反省に涙して声も出ないと、そう言ってちょうだい」
「怒られたいんですの?」

 携帯電話を押し付け合う間も、鳴り響く呼び出し音。アッサムは通話ボタンを押した後、ダージリンの耳元に押し付けた。

『ダージリン。3コール以内に出るようにと、何度も言ったはずよ』
「申し訳ございませんわ。反省に涙しておりましたの」
『私は、あなたを嘘吐きに育てた覚えはないわ』
「あら、私たちは愛菜さまに育てていただいたはずですが」
『その態度を改めさせるために、水を掛けてぶん殴らないとダメかしら?』
「えぇ、是非ともそうしてくださいませ。アッサムが受けて立ちますわ」
 聞き耳を立てながら、都合よくしれっとアッサムに責任を押し付けるあたり、まだまだダージリンも余裕らしい。
『OG会の幹事は、面白いって笑っているわよ。前代未聞の新記録樹立、おめでとうって』
「そうですか。オレンジペコとルクリリが問題を起こしましたの。どなたかのティーネームと同じですわね」
『…………最低だわ』
「素晴らしいティーネームですわ。あの子たちにこのティーネームを授けたことが、私たちの誇りです」
『……あぁ、そう。マチルダ会からは、2人のティーネームはく奪を勧告させてもらうわ』
 そう言えば、マチルダ会の副幹事は愛菜さま。幹事はもう少し上のお姉さま。
「ご冗談を」
『OG会の幹事からは、すべてダージリンに一任すると』
「流石、ルクリリお姉さまですわ。今度、うちの1年生たちを1日お貸しいたしますと、お伝えくださいませ」
『ご冗談を。涙を流して反省をしていたわりにはとても元気な声ね、ダージリン』
 愛菜さまは、さほどお怒りではいらっしゃらない様子。何を言っても無駄だってわかっておられるのだろう。ダージリンが全力で1年生たちを守ることは、よくご存じの方だから。
「また、お会いした時に、きちんとお詫びいたしますわ。この件に関して、該当生徒に対するいかなる処分勧告もお受けできませんので、ルクリリお姉さまにそうお伝えください」
『育て方を間違えたわ。私の責任ね』
「そうですわね」
『いいわ。勝手にしなさい』

 プツンと音声が途切れたようだ。アッサムは押し当てていたダージリンの携帯電話を閉じて、その手に返した。ふて腐れたようにアッサムを睨んでくる。大好きな愛菜さまに怒られたことで、ちょっと機嫌を損ねたのだろう。
「そんな顔をして、私を見ないでください」
「アッサムが電話に出ないからよ」
「私が出た方が、かえって怒りを買いますわよ?」
 窓の外に視線を逃がして、ふて腐れていることをアピールしたところで、甘やかせるまでにはまだまだ、やらなければならないことが沢山ある。きっと、戦車道の生徒たちは気が気ではないだろうから。

「折角のお休みのところ、ご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした」
 アッサムが呼び出したのは、マチルダⅡ部隊長のシナモン、2年生のキャンディ、リゼ、カモミール、整備科長と情報処理部のグリーン。
 隊長椅子に腰を掛けてため息を吐いてから数分。まだ、お湯も沸いていないのに、ぞろぞろと入ってきたメンバーは、ずらりとダージリンの前に並んで一斉に頭を下げた。
「シナモン、あの子たちは?」
「全員、寮にいます」
「そう。グリーン、あなたの元に情報は集まったかしら?」
「はい。バニラ、クランベリー、偶然同じお店にいたニルギリとルフナからの聞き取りは終わっています」
 短時間の内にトラブルの概要をまとめてくれたグリーンから書類を受け取り、パラパラと捲って文字を読む。先に手を出したのがペコと言うのは間違いないようだ。そして、ペコを馬鹿にした発言をした相手に、ルクリリが殴りかかった。ニルギリたちからは、殴られた他校の生徒とルクリリの関係が細かく書かれてある。聖グロへの受験に落ちて、ルクリリに嫉妬していたらしい、と。
「ペコもルクリリもまだまだね」
 読み終わった書類を机に置き、アッサムが淹れてくれた紅茶を手にした。今度はアッサムが書類を手にして、傍で読み始める。
「あの子たちがしてしまったことは、どんな言い訳も通用しません。私の指導不足でもあります」
「それで、シナモンはあの子たちにどんな処分を下せと?」
「もし、聞いてくださるのであれば」
 シナモンは嘆願書と書かれたものをダージリンの机の上に置いた。
「これは?」
「戦車道3年生、ダージリン様とアッサム様以外の生徒全員からのお願いです。寛大な処分を、と。それが叶わぬ場合は全員、連帯責任として退学届けを提出する覚悟です」
 封筒の中には、ダージリンが毎日を共に過ごしている3年生の仲間の署名がある。ルクリリたちに寛大な処分を、つまりは何も処分するなというお願い事だ。
「ダージリン様、私たち2年生からもお願いいたします!」
 キャンディも嘆願書と書いてある封筒を、机に置く。
「こちらは整備科1,2,3年生、全員の署名を集めましたので、お納めください」
「えっと、情報処理部は1年生が全員、何も言っていないのに私に押し付けてきましたので、おまけとしてお納めください」

 ダージリンとアッサムが頭を下げている間、シナモンたちは学校中を走り回ったに違いない。受け取り、全員の名前が本当に書かれてあることを確認して、やれやれ、と背中を椅子に預けた。

「……あなたたちの気持ちはわかりました」
「この様子だと、1年生もあの子たちを助けようと走り回っているでしょうね」

 報告書を読み終わったアッサムが、今度はその嘆願書の束をまとめて机から奪っていく。大切にファイルの中にしまった。アッサムが裏で何かしらの操作をしたとは思わないが、情報処理部や整備科まで動かすと言うのは、アッサムがルクリリたちに目を掛けている影響もあるはずだ。

「3人は部屋で待機をさせていますが、他の1年生は嘆願書と退学届けをセットで用意しているみたいです」
「何だか、私が悪代官みたいだわ」
 この件に関しての処分は、あの場にいた生徒たちの反省の態度を見てから考えると伝えた。OG会の対応もすべて、ダージリンが責任を持つと。不安そうなキャンディたちは、祈るようにダージリンを見つめてくる。

「うちの1年生は、随分愛されているわね」
「私の指導の賜物ですね」
「あら。他校の生徒を殴ってもいいとあなたが教えたの、アッサム?」
「ダージリンや聖グロの生徒に対して、暴言を吐いたのでしょう?致し方ありません」

 
 …
 ……
 ………

「……うちの副隊長がこう言っているので、あとはこちらに任せてもらうわ」

 人に暴力を振るうことを、大前提として認めてはならないというのに。
 そもそも、アッサムは指導として悪さをしたローズヒップの頬を叩くことや、お尻を叩くなんて日常なのだ。ルクリリもアッサムから言葉遣いのことで、両頬を思い切り抓られていた。アッサムがこれだから、あの子たちに暴力について文句を言えない気がしないでもない。


「流石、アッサム様。裏番長ですね」
 

 グリーンが呟いた言葉は、あながち嘘じゃないだろう。


『1年生のティーネームを持つものは、全員、隊長室に来なさい』

 膝を抱えてじっと待っていると、アッサム様の声が寮に響いた。携帯電話ではなく、寮内放送で呼び出すということは、相当お怒りでいらっしゃるのかも知れない。ペコは立ち上がり、皺の付いたスカートをパンパンと払った。シャワーを浴びて服を着替えていたルクリリは手に退学届けを持っている。ペコも忘れずに持って、ローズヒップとうなずき合う。

 寮の玄関には整備科と戦車道の1年生が全員、放送を聞きつけて集まっていた。

「ルクリリ」
「ごめんね、ルフナ。関係ないのに巻き込んで」
「いいの。殴られた方にだって、絶対原因はあるわ。私たちから、ダージリン様にもちゃんと説明をするわ」
「いや、どんな事情でも先に手を出した方が悪いんだ」
「そうです。最初に手を出したのは私です。私が一番悪いんです」

 言い訳なんてしないで、頭を下げるだけ。みんな、心配そうに見送ってくれたので、手を振って寮を出て隊長室に向かった。


「失礼します」
 
扉を開けて入ると、シナモン様たちが部屋の隅っこに並んで立っておられた。先に呼び出しを受けて事情を聞かれていたのだろう。ペコたちは深く一礼をしたあと、隊長席に座っておられるダージリン様の前に並んだ。

「オレンジペコ、ルクリリ。他校の生徒に暴力を振るったのは、あなた方2人で間違いありませんね?」
「間違いありません」
 ダージリン様の傍に立っているアッサム様が、とても厳しい目でペコを見つめて尋ねてくる。ルクリリがはっきりと答えて、ペコもうなずいてみせた。
「それ以外の人は手を出していないの?」
「出していません」
「ローズヒップは暴言を吐いてない?」
 確認するように、瞳がじっとローズヒップを捉える。お仕置きされることに馴れているローズヒップは、少しひるむように一歩下がった。
「………お相手の方と同じくらいの暴言を…言い返しましたわ」
「そう」

 こんな時でも、ダージリン様は優雅にお茶を飲んでおられる。こんな素晴らしい方に、頭を下げさせたのだ。ペコはもう、ダージリン様のお傍にはいられないだろう。いる資格がない。
 

「オレンジペコ」
「はい、ダージリン様」
「他校の生徒に水を掛けたの?」
「はい」
「どうして?」
「それは………私が未熟だから…です」

 今更ながら、ダージリン様のことを侮辱する見ず知らずの人よりも、ダージリン様に頭を下げさせるペコの方がずっと悪人ではないか、と気が付いた。ずっとずっと、ペコの方がダージリン様にとって嫌な存在になってしまったのだ。

「ペコは他校の生徒がダージリン様を侮辱したことに、カッとなっただけです。ですが、そもそもの原因は私にあります。私の代わりに腹を立ててくれました。すべての責任は、私にあります」

 ルクリリが一歩前に出る。そう言うところでカッコつけて仲間を庇おうとするから、腹が立つのだ。あの時もそうやってカッコつけて、ぐっと我慢してくれていたのに。ペコが先に手を出してしまった。だから、ルクリリも手を出さずにはいられなくなった。ペコだけを悪者にできないって、気を使う馬鹿だから。

「オレンジペコが先に手を出したのよ。彼女には責任を負う義務があるわ」
「いえ。相手は私の知り合いです。全てにおいて私が責任を負います」

 ダージリン様はティーカップをソーサーに戻し、肘を立てた手の甲に顎を乗せた。1年生の端から端まで1人1人の顔をじっくりと眺めておられる。

「ルクリリの言う責任とは、どのようなことかしら?」
「学校を辞めます」

 膨らんでいたスカートのポケットから退学届けを取り出したルクリリは、ダージリン様の机の上に置いた。




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Date:2017/04/03
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