【緋彩の瞳】 LOVE YOU
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LOVE YOU



 LOVE YOU 


美奈子は臨時休校となった暇を持て余して携帯電話を手に取ってみた。メールの受信履歴を流し見て、火野レイを見つけるも、あの人がこの寒い中外に出てくれるはずもない、と、ため息を漏らす。

「みちる嬢は、コンサート中止だったっけ?」

 昨日のうちに、この大雪で都心の交通機関は麻痺するだろうからと、みちるさんのコンサートは中止が決まったそうだ。賛否両論だったらしいけれど、今となっては正しい判断だっただろう。クラシックを好むある程度の年齢層にもファンが多いのだ。うっかり滑って転んで骨が折れたなんてことになった方が、あとあと問題になるのは目に見えてわかる。

「ということは、レイちゃんちには、みちる嬢がいるんだろうなぁ」

 火野レイにのめり込んで、甲斐甲斐しくお世話をしたがる彼女のことだから、ぽっかり穴が空いたものを、愛で埋めるのは当然のこと。きっと、昨日から泊まり込んでいるに違いない。帰れなくなったらどうするのだろう。あの麻布十番の坂が凍てついてしまったら、ソリに乗って降りなければいけない気がする。とはいえ、みちるさんなのだ。きっと何とでもなるだろうし、それを逆手に取って、出来る限りレイちゃんにくっついているだろう。

 いくらレイちゃんが寒がりとはいえ、暑苦しそう。


 想像だけで少し疲れてきた美奈子は、携帯をコートの中に突っ込み、手袋とマフラーをして、部屋の時計を確認した。

「アルテミス、私ちょっと出てくる」
「この雪でよく外に出るな」
「アルテミスも、喜び庭を駆け回っていいのよ?」
「俺はこたつで丸くなる方だ」

 うちに、コタツはない。レイちゃんの家のコタツに勝手に入り込んでいるアルテミスも、流石にこの雪の中、そのために外に出たりしないだろう。美奈子のベッドを温めてくれるのは構わないが、たぶん今日はもう、この部屋に戻って来ない。

「行ってくる」
「どこに?」
「さぁね」


 彼女の名前を、冥王せつなさんという人の名前を、あまり口にしない癖があるのかも知れないと、ふと思った。それは隠したいから、なのか。ただ、ありふれた会話の中にさえ、彼女の名前を声にすることに数ミリのためらいが混じり、他の人には「あの人」と呼んでしまう。あるいは、会うと言うことを誰かに告げようと思わない。

 大した意味のないことだろう。誰かのために彼女を、せつなさんを愛しているわけではないのだ。愛という自己満足の中にいるだけだとわかっていて、そのことに価値を付けることに煩わしさを覚えてしまう。


「………さっぶ!」


 レインブーツのつま先が寒さで痛む。先のとがっていない丸みを帯びたゴムの上には、水分を重く含んだ雪が“ぼたぼた”と落ちてくる。雪を踏むと氷のように固さを感じ、これが一つ間違えれば、大きな事故に繋がるのだと思いながら、一歩一歩腰を低くしてすすんだ。

 マンションにいるかどうか、なんて言うことはわからない。携帯電話の着信履歴にも、メールの履歴にもほとんどと言っていいほど、彼女の名前はあがってこない。やたらめったら多い火野レイの文字と、惚気のために掛けてくる火野レイの彼女が交互に並ぶ。

 マンションにいなくても、この道をまた帰るつもりはない。冷蔵庫の中が空っぽだった場合だけ、少し悩むくらいだ。大きな通りを走る車も、ゆっくりゆっくりと進んでいるし、美奈子もまた、ゆっくりゆっくりと進む。時々思い出したように吹いた風のついでに、傘に積もる雪を落としてみる。雪は、“ハラハラ舞う”とか“しんしん降る”のではなかっただろうか。ざざざと音を立てて足元に落ちた固まり。思わずしゃがんで手袋でぐっと掴んでみた。







「……学校が休みっていうのはね、身の安全のためだということなのよ」
「命張って地球を守る方が、よほど危険でしょ?」
「つまらない屁理屈を」
「面白い冗談、なんだけどね」


 マンションに入る直前、誰にも汚されていない真っ白な雪の絨毯を見て、思わず小さな固まりを2つ作り、グッとそれを合体させて雪だるまを作った。1つ作ると、少し身体がポカポカしたような気がして、もう1つ作ってみる。膝程度の高さのものが2つ、せつなさんのマンションの前に並ぶ。

 見せてあげたいという感情が芽生え、それでもわざわざこの寒さの中に連れ出すことも可哀相だと感じた。

「それで、それはお土産?」
「雪だるま」
「見たらわかるけれど、水分が落ちるから、何とかしたらどう?」
「せつなさんにあげる」
「あらやだ。生まれてこの方、私に何かをくれたことのない美奈子がプレゼント?溶けてしまうものなんて、美奈子らしいわね」
「失礼ね。いつも、楽しい時間をあげているじゃない?」
「そうだったかしら?」

 手袋の上に乗せた小さい雪だるま。
 雫と共に、差し出された温かそうな手のひらの上に置いた。


 じわりと溶けたように見えるけれど、最初から刹那的に楽しむもの。

 少し困った眉の角度を眺めるだけで、美奈子には満足できるものなのだ。


「コートに着いた雪を払ってね」
「うん」
「朝食は?」
「食べてきたわ」

 せつなさんは、部屋の温度でぽたりと落ちる雫を廊下に残しながら、まっすぐにキッチンに向かう。


 トレイに乗せた雪だるま。

冷凍庫の扉を開けて、そっとそっとしまう後姿。
優しく、これ以上溶けないように。
いつか、溶けてしまうと知りながら。



「せつなさん」
「なぁに?」

 その緑黒の長い髪を眺めていた。

「セックスしよう」

 例えば、この一瞬で湧き上がる、それでいて言いようもない愛について、彼女に、冥王せつなにあげられる言葉があるとすれば。


「では、私があなたを温めてあげるわ。プレゼントのお礼にね」

 雪だるまで冷たくなったその両手が、美奈子の頬に触れた。




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Date:2018/01/23
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