【緋彩の瞳】 春を感じて

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

春を感じて


季節が変わる。
つま先の感覚がわからない冷たい風が吹いてばかりの日々だったはずが、ある日を境にゆるりと暖かく変わる。
北風と太陽のように、今まで厚手のコートの前をしっかりと押さえていたはずが少し暑さを感じ、ちぢこめていた首もマフラーをそれほど必要としなくなってゆく。
人々は別れと出会いが訪れる次の季節を静かに受け止め、あるいは胸をときめかせて待ちわびている。
この季節が好きだとみちるは感じていた。
自分が生まれた季節であり、彼女が生まれた季節だ。
ゆるやかに上がる温度グラフを毎日体感できることが素直にうれしい。
不意に冷え込んだりするけれど。
次に訪れる温もりはまた一段と易しい温度に変わっている。

毎日こんなにワクワクしているのに、肝心のレイはこの季節の変わり目を苦手としていた。
理由は単純で、体調を崩しやすいから。
レイははっきりしないのが一番苦手だった。
冬から春にかけて吹く生暖かい風とか。
溶けかけたソフトクリームとか。
料理に使われている過熱されて、味をつけられた果物とか。
完結しないで打ち切られた推理小説とか。

あと、お互いに思いを寄せているのに口にしないとか。

そういうのは、要するにわがままっていうものと限りなく近いもの。
でも、そういうところも結局は“好き”の要素。
好きであることに具体的な理由なんてつけるのは好きじゃないし、そういうことを考えるなんてちょっぴり疲れちゃう。

「レイ」

眉を潜めて機嫌がよくなさそうな顔をしているかしらって覗き込んだら、彼女の瞳は閉じられていた。
みちるの隣に寝そべって本を読んでいたのに無言で出て行くから。
部屋の温度が気に入らないのか、それとも人の気配があると読書に集中できないからなのか。どっちにしろため息を1つ漏らして寝室を出て行ったから少しだけ心配していたのに。
冷たいフローリングに素足。
暖房も入っていない静かなリビングで一人。
手元にはさっき読んでいた本と、それから最近人気のある手の平よりも小さいMP3プレイヤー。

これはみちるのものだ。
レイは趣味で音楽を聴くということはあまりしない。嫌いでもなく、だけど取り立てて好きというわけでもない。だからこういう機械なんかには無縁で、右に向いた三角が再生で四角が停止のボタンって言うくらいしかわかっていないはず。

それなのに彼女は読みかけの本の存在を忘れて瞳を閉じて、イヤホンをつけている。
テーブルに片肘をついて顎を載せて。
半分気持ちよさそうに眠りの世界へと導かれるような表情で。
名前を呼んでも反応しないのは、声が聞こえないのと眠りと。

みちるは音を立てずに隣の椅子にゆっくりと腰掛けた。
かわいい寝顔を覗き込んで、それから軽く右手に握られたままのプレイヤーを見てみる。
このプレイヤーの中身は半分がみちるが演奏しているもので、半分はみちる自身がお気に入りのものを入れてある。そして今レイは、みちるが演奏しているものを聴いていた。
シューベルトやモーツアルト、バッハ、ショパン、有名な音楽家たちの曲と作曲者名なんかが全然一致しないくらい音楽に興味を示さないレイ。
みちるがコンサートをするといっても単なる付き合い程度にしか顔を出さず、演奏については何のコメントもしないし、自分は素人だから具体的に褒める言葉が思いつかないなんていうレイ。
それを悪気もない態度でいるレイ。
でも、中途半端に適当な褒め言葉を貰うよりは、そのほうがずっといいかもしれない。

イヤホンをしている彼女の右耳に、そっと左の耳を近づけてみた。
少し大きめの音で聞いているそれが、漏れて聞こえてくる。
中途半端に開きっぱなしだった本が、ページ数の重みに負けてパラパラと捲られてゆく。

みちるがこんなにも近づいているのにまったく気づくことなく、音と眠りの世界に身をゆだねている。
かすかな呼吸の音は気持ちよさそうだ。
起こしてはいけないと思いつつも、あまりにも胸がときめいていたずらしてしみたいとも思う。
言いようもなくこみ上げる“好き”の気持ちを、今なら声に出して言ってもいい。
あなたを愛していると声に出してもいい。
そんな気持ちもこみ上げてくる。
でも、そういうことをしたら嫌そうな顔をするって言うことくらい簡単に想像できるけれど。
みちるは頬をそっとくっつけた。
彼女は少しだけぴくっと反応した。
いたずら心が勝ってしまう。
そのまま右のイヤホンをゆっくりとはずして、そして自分の左の耳につけた。
二人はひとつのプレイヤーで同じ曲を聴く。
寄り添って。
心臓の鼓動が少しだけ速くなった。

みちるの好きな季節が訪れる。
好きな季節とか、好きな食べ物とか、好きな音楽とか。
好きなものを並べることは簡単だけれど、簡単に言える好きが満たしてくれる心の幸せは、こんな幸せに比べたら微々たる物。
いや、比べるなんて無駄なことかもしれない。
「…ん、…みちるさん?」
はっきりと聞こえてこないメロディに違和感を覚えたのか、ゆっくりと目を開ける彼女。
「レイ。読みかけの本は?全部読まないと気になるでしょう?」
「…あ、うん。そうね」
近いところから聞こえてくるみちるの声にちょっとだけ慌てた感じのレイは、気まずそうに勝手に使っているプレイヤーに目線をやった。
みちるは停止ボタンを押そうとするその手を止めた。
まだ、このたまらなく心を幸せにさせる空間に酔いしれていたい。
「あと1曲。一緒に聴いてもいいかしら?」
片方ずつの耳につけたイヤホンから、みちるの奏でるヴァイオリンの旋律が流れ始める。

二人だけの空間。

もう片方の耳でレイの呼吸を感じて。
体のすべてで彼女のことがたまらなく好きだと感じて。
彼女なりの好きの表現はなかなか見えてこないけれど。
そこがまた愛しくて。
こうやって興味ないけれども、こそっとみちるの曲を聴いてみたりする可愛げあるレイに、どんどん底がないくらいに嵌って溺れてしまう。

溺れてもいい。
溺れていたい。

お互いの好きはとてもよくわかっているのに、口に出さない。
そういうはっきりしないのが苦手なくせに、なぜだかレイはまだまだ言うつもりはないらしいから。
いい加減、言わせないと。
だからもっと、ワクワクしてしまう。

春はみちるにも近いうちに訪れるに違いない。





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Date:2014/02/11
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